54. ドーム
防御テントに戻ったタイヨウは、王都ヴォルフガング家タウンハウスに行き、エリア3鉱山で働く3級土系能力者3人とルイを伴って戻ってきた。土系能力者は防御布で作られた白いスーツで全身を覆っていたが、ルイはいつも通りの隊服姿だ。
「ここが……ここがエリア3……!!」
フォルクスの背後に広がる赤茶けた大地を見たルイは感激のあまり膝をついた。推しは黒いTシャツにカーゴパンツであり隊服ではなかったが、そこは脳内で補完できるらしい。
「訓練で何度も来てるだろうが」とカザンに頭を叩かれ、「ルイ坊ちゃん、ガキの頃から坑道にもよく来てたじゃねえか」と防御スーツの1人に嘲笑われたルイが赤い顔して反論する。
「ボスまで! 違うんだよ、全然違う! フォルクス先輩がいるエリア3は俺にとっては初めてなの! 今が初めてなの!!」
笑いが起きる中、「初めては何事も大切ですよね……」と、再び何かを思い出そうとしているタイヨウを見てカザンが話を変える。
「それで、どうするんだタイヨウ」
「あ、そうですね。ハンナさん、あれください」
主人に命じられたメイドは茶色いボストンバッグから金魚鉢を取り出す。相変わらず阿吽の呼吸だ。
出てきたのは透明な球体が上部で窄まり再び開く、最上部にフリルのようなあしらいのついた日本ではありふれた金魚鉢だった。観月宮に問い合わせると案の定いくつかあるというので一つもらってきたのだ。
「ここらへんかな?」と最も径が太くなる部分をリボンで結び、「カザンさん、指を高熱にして、この線に沿ってガラスを切り取ることってできます?」と首を傾げた。
仮にも王子であり騎士団長であるカザンを熱性ガラスカッター扱いする発言だったが、タイヨウの目は本気だ。何ということもない顔で金魚鉢を受け取ったカザンが、目を細めて様々な角度から見ながら答える。
「やったことはないが、ガラスを溶かしたことはある」
「全部溶かさないでくださいね、これ一つしかないんで」
「わかった。上の方は使わんのか?」
「はい、この丸い下の部分だけ使いたいです」
「端で練習してみるか……」
若き特級能力者達の無邪気だが無鉄砲な会話を聞き、職人たちは顔を見合わせた。
初めて間近に見た話題の黒天使の美しさに腰を抜かしたが、今日は一般の依頼者として接して欲しいと嘆願されている。ならば現場のおじさんとしてやるべきことをやるだけだ。
四貴家令嬢に向かって、班長を名乗ったシュミットが手を差し出す。
「お嬢ちゃん、貸してごらん。ようわからんが、そのガラスをその線で切りとりゃいいんだな?」
「はい!」
頷いたタイヨウがカザンの手から金魚鉢をとり、シュミットに託す。
「ミュラー、底を支えろ。フォン、上を持ってろ」
手短に部下に指示を出したシュミットは手袋を外して太い人差し指でリボンの上をなぞる。音もなく切り離された上部がスコンとどくと、さらさらと継ぎ目から白い粉が飛び散った。ガラスは元々砂でできている。土系能力者であるシュミットはその物理を逆回転させただけだ。
「こんなもんか?」
「すごい、すごいです!!」
美少女に絶賛されて嬉しそうな職人達に反して、カザンは面白くなさそうな顔をする。
切り離された下半分の球体を持ち、トコトコとテントから出て行ったタイヨウは、職人達を振り返ると赤茶色の大地に元金魚鉢を下向きに置いてみせた。
荒野の乾いた風が少女の髪を巻き上げる。
「エリア3を一般観客に見ていただくために、こういうガラスのドームを作ったらどうかと思うんです」
ハンナが主人の発言を無表情で後押しする。
「ガラスなら魔素防御陣を組み込むことが可能です」
水族館をイメージしていたタイヨウにとっては単純すぎるように思えたアイデアであったが、代表メンバーから絶賛されて自信を持った。バベル人である職人達も驚愕して、再び顔を見合わせると口々に疑問をぶつける。
「ど、どのくらいの大きさで?」
「うーん。いっぱい入れるドームにしたいので、横幅は王都の中央広場くらいの大きさでしょうか?」
「高さは?」「厚さは?」
そのとき、遙か上空にワイバーン2匹の侵入を察知したハンナがフォルクスとカザンに無詠唱で索敵を共有する。
テントから出た2人はタイヨウの背後に立ち、言葉も交わさず背中を合わせると向かってくる灰色のワイバーンを同時に退けた。それぞれが5mほどとワイバーンにしては小さな個体とはいえ、片方は焦げた肉塊となり、片方は首を180度後ろに捻じ曲げられて落下していく。
ルイは言葉にならない歓声を上げながら「目線ください!!」とフォルクスを撮影し続けていた。なかなかの轟音と砂埃が巻き起こるが、黒天使は振り返りもせず顎に手を当てて思案顔だ。
「そうですねえ、寄ってくる悪い子は父様とゴーン様がやっつけてくれると思いますが、厚さは結構あった方がいいと思います。ここはとても風が強いから、風で石がぶつかってヒビが入ったりするのが怖いですからね」
風やヒビなどより怖いものを見た男達は呆気にとられ、「ガ、ガラスだったらヒビ入ったくらいじゃすぐ直せるよ」と呆然と返すしかなく、「すごいですね!土系」と褒める少女に引き攣った顔で微笑み返した。
腕を回しながらテントに戻ってきたフォルクスは目を閉じているハンナに「斥候か?」と尋ねた。
「――いえ、今のところ群れは見当たりません」
「様子見か」
折り畳み椅子にドカッと腰掛け、テーブルに脚を乗せてボトルから水を飲む姿は四貴家当主とは思えず、職人達は再び少女の顔を見た。
するとタイヨウの隣に立ったカザンが仁王立ちで職人達を睥睨し、「やれるのか?」と聞く。
ビクッと肩を振るわせた職人達に、「やれるよなあ?」とフォルクスからも追撃が入り、一番歳の若いフォンが涙ぐんでいるのを見た班長シュミットは、臍の辺りに力を入れると大きな声を出した。
「やれるかやれないかで言ったら、やれるさ。だが問題が三つある。一つ目は土の質だ」
「やっぱり、ここにあるものじゃ、やはりダメですか…?」
タイヨウがパフパフと脚元の土を踏むと、シュミットは頭を振った。
「そうだ、エリア3の赤土からはガラスができない。さっき見ただろう? ガラスの元になるのは白い砂だ。珪砂、石灰石、ソーダ灰なんかが主な原料なんだ」
見せてやれ、と言われた部下達が抱えてきた荷物の中から木製の箱を組み上げ、分厚い紙袋から白っぽい砂を入れた。
「これがガラスの原料だ。ミュラー、頼むぞ」と班長に言われた細身の男は「魔設計図もないのにうまくできるかなあ……」とブツブツいいながら、砂の上に手を触れた。魔圧が上がる気配がして、ごそりと砂がなくなる。男が手を開くと、砂のついた小さなガラスのドームが光を受けてきらめいた。
観客はどよめく。
だが……
「ちっちゃ」
ハンナの呟きに、タイヨウも頷かざるを得ない。ビー玉を一回り大きくしたくらい、あの量の砂でこれだけ……と眉根を寄せたタイヨウを見てシュミットが口を開いた。
「そう、問題その2。量だ。在庫を調整しても、お嬢ちゃんの望むもんを作るためには相当な量が必要になるだろう。当主様から元は取るから金に糸目をつけるなと言われてるが……」
控えていたフォンが頷いて、手元のファイルを見ながら防御スーツの奥のメガネを光らせた。
「ガラスには様々な種類がありますが、今回は強化ガラスが最適かと思われます。ご存知の通り、ヴォルフガング領は祖国ヴィロンの鉱山より原料を取り寄せており潤沢な在庫がありますが、石灰石が不足するかと思います」
「爺さんは金に糸目をつけるなって言ったんだろ?吐き出してくれよぉ」
音もなく近づいたフォルクスが太い腕をフォンの肩に乗せる。現役時代の無茶無理無謀はこうしたヤクザまがいの行為に下支えされているに違いないとハンナは半目でそれを後ろから見ていた。
だが、現場修羅場を生き抜いてきた班長はビクともしなかった。
「金に糸目はつけるなとは言われたが、生産ラインを止めていいとは言われてねえ! 近い先の大口納品先には病院だってあるんだ。医療器具もやまほどな。聖誕祭ごときで止めたと知れちゃあ、あんたらも本意じゃねえ結果になると思うがな」
学術都市で知られるヴォルフガング領には病院も多い。そこに迷惑をかけたとあっては、ノーマン領の住人からも共感を得られないだろう。聖誕祭の票田づくりという目的も果たせない。めんどくせぇという顔になったフォルクスは空を見上げている。
「あの〜……石灰石の採掘現場はあるにはあるんでしょうか?」
タイヨウがおずおずと尋ねた。
「ああ、大陸の半数の石灰石採掘場はアーシリア王国にあるが、ヴィロンにもヴォルフガング領にもある。だが、それが問題その3につながる。魔力不足だ」
小ゲヘナのヴォルフガングルートはエリア1までしか開拓されていないが、そのエリア内に魔力集力システム“マハト”を置いている。日本における発電所のような機能を担っており、祖国も含めて工業の発展を下支えしている画期的なシステムだ。バベル王国は大陸唯一の魔力輸出国であり、その恩恵を最も受けているヴォルフガング領であっても、予定外の高出力は受け入れられないらしい。
「そちらの土系の御坊ちゃまも、魔力だけならタイヨウ様に匹敵するほどあるようですが?」
前髪に隠れたハンナの鑑定印が紫色に光る。
一級と公表されているはずのルイだが、認識阻害をかけられた向こう側に明らかに特級の、しかも異次元のレベルの魔力量が隠れていることが以前より気になっていた。土系でこれだけの魔力があれば、掘削もガラス化も容易だろう。転移ならタイヨウができる。問題の大半が片付くはずだ。
特級能力者は1人で国を潰すことができると言われているが、反面活かすこともできる。そのため、特級能力者は法外な公金を与えられるかわりに、国外に出ることを禁じられているのだ。
ノーマン夫妻がタイヨウ、もといソーレを養女に迎え入れたのは実はそこに理由があった。認識阻害の巧手とは言い難いソーレは10歳で三級相当と診断されており、その後ハンナと出会い四級に見えるように調整されていたが、20歳までに特級まで駆け上がる可能性を既にメイ・アボットによって報告されていた。
闇属性はアボット家やソレイユに見られるように他級との交配が可能だ。他国民相手であれば魔属大継承を防ぐことができるし、仮にバベル王国の男性と結ばれたとしても妊娠後期及び出産場所が他国であれば魔属大継承が発生する可能性は下がる。
ならば、魔属大継承で夭逝した旧黒天使ソレイユの忘形見を20歳までに何らかの形で他国に縁付かせるしかない。ソレイユが嫁いだことにより男爵位となった元平民のドゥフト家よりも四貴家ノーマン家に戻す方がソーレにとっていいはずだ。そう伝えられたドゥフト氏が呆気なく許可したため、ソーレは養女となることが決まり、タイヨウが連行され現在の顛末となっている。
ともあれ、ハンナに指摘された当のルイはもちろん、職人達、そしてカザンまでもが気まずそうに視線を逸らした。
「ウチの坊ちゃんは、魔力をコントロールできねえんだよ……」
「は?」
ハンナの冷たい返答に、ルイがいよいよ縮こまる。憧れの人、フォルクスの前で言われたくないことらしい。
「能力者が魔石に魔力を移すことは合法だが、機械で吸い上げることは禁じられてることは知ってるだろう? こっちだって色々試してみたさ。だが頃合いのいい高品質魔石を作ってもうまく操作できねぇから大抵砂にしちまう」
ハンナの裏バイトを手伝おうと手にした魔石を呆気なく砂にした経験のあるタイヨウも気まずそうな顔になる。ハンナは片眉を上げてルイに尋ねた。
「操作できないということは、カルマもお持ちでない?」
「……お持ちでないです」
「禁書にある土系カルマもお試しになりました? 騎士団なら閲覧可能ですよね? 他の人のカルマも再現がおできにならない?」
「……おできにならないです」
襟の高い隊服に亀のように縮こまったルイが半泣きで答える。
カルマは“降ってくる”。
フォルクスやゴーンが度々作中で言うその現象を誰よりも心待ちにしていたのはルイだ。だが待てど暮らせど、彼にその兆しはなかった。
ヴォルフガング領は元々高い能力者が生まれる土地ではなく、ルイは建国以来初めての逸材だった。当主一族の末孫の快挙は領中で持て囃されたが、魔力の扱いを手ほどきしてくれる先達がいるわけでもなく、15歳で騎士団に入るまで自身でも持て余すしかなかった。
ハンナは視線をカザンに移し、やや怒り口調で尋ねた。
「なんでヴォルフガング隊“隊長”なんです?」
痛いところをつかれたカザンが一瞬詰まる。魔力のコントロールなどカザンにとっては「どうやって呼吸できているのか?」と聞かれるようなもので、それが身につかないルイを上手く成長させられていない自覚はある。だが彼の隊長職は家格による贔屓ではなく、新人の可能性に期待する騎士団の意思だ。
「……身体強化は図抜けている。作戦立案は元々別の部署が行っているし、最適な戦略を立てれば……ルイ、見せる方が早い。2時の方向のあの山を削れ」
「ハイ!」
わかりやすい指示に、大型犬のようなルイがテントを飛び出していく。尻尾が生えていたらブンブンと千切れんばかりに振られていただろう。
ルイは両腕にはめていた銀のブレスレットを外してポケットに入れる。そして振り返り、「ちょっと揺れるっすよ!」と叫ぶと、大地に膝と手をついた。
ドン!という大きな音と共に、立っているのがやっとな程の地震が発生した。
カザンが隣に立つタイヨウを抱き上げ、フォルクスはハンナの肩を抱いて共に飛び、職人達は机の下に入ると、地煙と轟音を巻き起こしながら先刻までタイヨウとカザンが立っていた700mほどの岩山が瓦解した。
ハンナが「なるほど」と呟いたのを見て、カザンは内心胸を撫で下ろした。
そして、「お、思い出の場所が……」と小さく呟いた恋人の唇にフォルクスの目を盗んで短いキスをした。




