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6.ようこそノーマン家へ

「ソーレ・タイヨウ・ノーマンと申します。本日からお世話になります」

 

 タイヨウがハンナに教えられた挨拶を緊張しながらこなしている。タイヨウから3歩ほど下がって待機しているハンナは、闇魔法『索敵』を展開してノーマン家の人々の反応を盗み見ていた。


 馬丁から道中の『黒天使の御業』は門番から執事に、そして家の者たちへと伝わっているらしい。


 ソーレの叔母にあたるノーマン公爵夫人マーレは「ソレイユお姉さまの生写しだわ…!」と感動の涙を流しながら顔を覆い、腕に抱かれた赤子はおしゃぶりを落とし、城の主であるノーマン公爵フォルクスは「パッ…パパパパ…パパ……」と意味のわからない言葉を呟き、嫡男のレオンは「天使が来た」と呟いている。


 王族も含め、セレブを見慣れているはずのノーマン家の使用人たちは数十人全員が召されかけ砂になりかけていた。レオンは身分の低い従姉妹に石でも投げるつもりだったのだろうか。力を失った彼の手からポロポロと小石が落ちていくのを察知し、ハンナは片眉をあげた。


 一番早く正気を取り戻したのは、亡くなった姉のカリスマ性で鍛えられていたノーマン夫人だった。


「いらっしゃい、タイヨウちゃん。いらっしゃい、じゃないわね、今日から娘になるんですもの。おかえりなさい! だわ」


 そう言って楽しそうに笑うのはマーレ・エル・ノーマン。貴婦人然とした佇まいと編み上げられた金髪で印象は異なるが、その美しい面差しは確かにソーレと同じ血を感じさせるものだった。彼女の腕には金髪の赤子、ノーマン家の末子クリスがいたが、ダァ!!とタイヨウに手を伸ばしている。


「なんて可愛らしいレディなの! 道中疲れたでしょう? 夜の歓迎パーティーまで、お部屋でゆっくり休んでいてね。ごめんなさいね、一番いいお部屋を空けたかったのだけどレオンが部屋を譲りたくな……」と言いかけた途端、頬を紅潮させたレオンが割って入る。


「姉上!! 僕、義弟のレオンです! 僕なんか使用人部屋で構いません!! 海の見える南側のいい部屋がありますので、僕がご案内いたします」


 眺めが最高なんですよ、イルカも見えます。イルカお好きですか? とエスコートの手を差し伸べれば、その手をやさしくおさえてノーマン公爵が歩み出る。


 ノーマン家の当主にして防衛局局長。バベル王国の防衛の要であるフォルクス・バロウズ・ノーマン。


 白髪にアイスブルーの瞳。40を越える頃のはずだが、黒いシャツとトラウダーズというラフな服装により鍛えられた肉体が際立ち、若々しく見せていた。


 貧しい子爵家の生まれながらも闘う貴公子と話題になり騎士団長に着任。先代ノーマン公爵に見出され、マーレ・エル・ノーマンを娶り貴族の頂点である四貴家当主まで上り詰めた伝説の男。しかし『バベルの鷹』と恐れられた双眸も形なしで、いまやデレデレと蕩けている。


「レオン。ここは当主の私の出番だろう。初めまして、タイヨウさん。うちには男の子しかいなくてね、こんなかわいい娘の父になれて心から嬉しいよ。あー……慣れてきたらで構わないからパパって一言呼んでほしい求婚でどんな男が来ても斬る自信あるぞパパ」

 

 後半はバレないように顔を背け小声で呟いていたが、ハンナの耳にはしっかり届いている。


「……しい」


 うつむいたタイヨウが漏らした声に、ノーマン家の人々が吸い寄せられるように注目する。


「うれしい!」

 

 パッと顔をあげた少女の神々しい笑顔に、ノーマン家のメンバーが固まった。


 喜びに潤んだアメジスト色の大きな瞳。感動で染まった桃のような頬。その頬を恥じるように押さえ、こぼれた宝石のような涙をそっと拭う。


「はわわ、ごめんなさい! おかえりなさいって言ってくださって、あまりにもうれしくて、なんだか涙が出ちゃいました!」


 あ……あ……と言葉にならない声を漏らすノーマン家メンバー。


(そろそろ、整うな……)

 

 ハンナが内心でカウントダウンを始める。


 タイヨウは、ハンナさんお願いします!とハンナをぱたぱたと手招きした。そして大きな紙袋を受け取ると、ガサゴソと中から3本タオルを出す。


「つまらないものですが、これタオルです! こんな豪邸の方に恥ずかしいんですが、引越しのご挨拶はタオルしか思いつかなくて……」

「まあ素敵! うちの家紋の刺繍が入ってるわ。どこのメゾンに頼んだの?」


 受け取ったノーマン公爵夫人が薔薇と鷹の刺繍をそっと撫で嘆息を漏らす。


「あ、時間がなかったので自分で……」

「えっ!?」

「でも、ごめんなさい! こんなにお家の方がいるってわかってたらもっと用意したんですけど、100枚だけなんです」

「ええええーーーっ!!!?」


 ノーマン公爵夫人の叫びに、やれやれとハンナはため息をつく。


 入れ替わった日から、一事が万事これなのだ。刺繍は淑女教育の一環だが、針を持とうともしなかったソーレとは異なり、タイヨウは『バイトでやったことあります〜』と超スピードで一流の手技を披露。そのほかの令嬢業務も、これまでのバイトで培った庶民スキルで尽く神がかったレベルで遂行してしまうのであった。


 そして、類まれな美貌とそのスキルの掛け合わせはタイヨウを恐ろしい最強生物兵器令嬢『ハーレム製造機』へと進化させ……


「ふつつか者ですが、今日からお世話になります!」


 ペコリとお辞儀したタイヨウに、ミュージカルのように一同が手を差し出し


「「「ようこそ、ノーマン家へ!!!」」」


 と合唱した。


(ハーレム、整いました……)

 ハンナは瞑目をしながら、天を仰いだ。


 ちなみに後日、ノーマン領にタオルを差し出すタイヨウの像が建ち『黒天使の帰還』と崇められることになる。その像はその後王国中に無数に制作されたタイヨウ像の一体目として後世高く評価されるようになった。


挿絵(By みてみん)


レオン・ブルム・ノーマン。15歳の姿。

本編ではもう少し幼いですが、パパの面影が強くなった頃のイメージです。


☆ご覧いただきありがとうございます。少しでも「いいな」と感じていただけましたら、ブクマ・評価・リアクションをいただくと五体投地で泣いて喜びます。あなたの応援が大きな支えです☆



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