52. 掲げよ、旗を
「最後は僕たちですね! ノーマン領はゲヘチュナの出荷に重きを置いており、これまで本番では休憩所しか行っていませんでした……」
父に促されて、張り切ってレオンが立ち上がり声を張る。緑色の睫毛が微かに震えている弟に(がんばって、レオンさん!)とタイヨウは心の中で応援した。
やる気の全くない文化祭の催し物の最たるもの、それが休憩所である。
飲み物が置かれているわけでもない、ただ申し訳程度にゲヘチュナが飾られたベンチを沿道に置き、簡易トイレやおむつ替えスペースを隙間に並べるだけだ。誰もが皆一日中遊ぶ体力があるわけでもなく、混雑から抜けて一休みしたい参加者のニーズには合致していたが盛り上がるものではない。
建国1000年目から始まった聖誕祭は、四貴家ごとに催しをプロデュースする。その性質上、どうしても縁嫁やその子供である王位継承者の代理戦争の色合いを孕む。歴史的背景から縁嫁を輩出してこなかったノーマン領は聖誕祭にやる気が出るはずもなく、結果としての休憩所であったが、必然的に毎年最低の評価だった。
例外は2回しかない。
1200年目に魔力専門医のいる簡易診療所を設置したことが評価されて3位になった年。そしてフォルクスがノーマン公爵になった直後に、会場に迷い込んだケツァルコアトルを瞬時に討伐したことが評価され3位になった年。
「国民の皆様にノーマン領もやればできると言うことを知っていただくために、今回僕たちが考えたのは“スーパーデラックス休憩所”です!」
レオンにも成長の機会をということで、今日まで内容を知らされていなかったタイヨウが期待に目を輝かせる。
レオンはバベル王国の地図を掲げて、説明を続けた。
「ご覧の通り、ノーマン領は大ゲヘナに隣接し、その影響から闇系能力者も多く輩出しています。その利を活かし、父上の現役時代は小ゲヘナの開拓が進んだと高く評価を受けたそうです」
レオンが指差したゲヘナの地図に、猛ったルイが立ち上がる。
「あ、そこ! さてはエリア3のデスバレー攻略だ!! ワイバーンのボスを鷹波で倒したところに群れが襲いかかってきて万事窮すと思いきやゴーン先輩が炎猿太鼓で……クゥゥゥ!! 次期団長と目されてたゴーン先輩が生意気な後輩のフォルクス先輩をついに認めて背中を預け合うあのシーンは何回読んでも沸るベストシーンの一角ッス!!」
伝記風冒険小説の一節を語ったルイに、うんうん! とレオンと、ついでにキランも頷く。
「あそこはいいですよね!! 僕も好きです……」
そこで顔を見合わせた13歳と16歳の少年は声を揃えて名台詞を叫んだ。
「「“うちのボスに大層なことしてくれるじゃねえか!!!”」」
「カッコいい〜!!!!」
「あのときから団長を“ボス”って呼ぶようになったとか息するように歴史変える2人のレジェンドエピソードもたまんないよなっ」
「ふぅ。やれやれ、よさないか君達。今日の本題ではないだろう?」
はしゃぐファンをちっとも制する気がなさそうなフォルクスが、わざとらしいため息をつきながら先を促す。
「コホン! 失礼しました! まあ兎にも角にも、我がノーマン領では他領からのルートがエリア1までしか攻略が進んでいないのに対し、N-5、つまりエリア5とルート開拓が進んでいるわけです。うちには父上とゴーンさんがいます。伝説の2人に護られながら、エリア3で休憩していただくというのはいかがでしょうかっ!! バベル感満載です!」
つまりレオンが考えたのは推しと行く聖地巡礼である。ヴォルフガング領の出版社から発行されている2人の活躍譚は累計200万部突破のベストセラー。取り立てて強みのないとされるノーマン領の魅力は“人”、そして“魔の森ゲヘナ”であるという視点はユニークであった。
「お、お、お2人とデスバレーへ……? いくらでも払う!!! 行きます!行きます!!! お願いしまあああす!!!」
タイヨウがパチパチと拍手する中、膝を震わせたルイが頬を紅潮させて絶叫する。
「エリア3は比較的瘴気も薄く、三級でも12時間ほど滞在が可能……とな」
資料をめくるヴォルフガング翁が老眼鏡の奥で眼を光らせた。
「平民は大半が無能力者じゃ。五級のワシも、この濃度の瘴気では数分持たずに死ぬぞ。休憩どころか永遠の安眠所になるわい」
頭を振った祖父にルイが眼を尖らせて反論する。
「じいちゃん! そんな萎えること言うなよ! こんな最高なイベント、死んでも行きたいヤツいるって!」
「バカモン! 損害賠償がいくらかかると思っとる!だが、写真でしか見たことのない小ゲヘナに立ち入れるというのは確かに魅力的ではある……」
死ぬまでに一度は見たいと思っておった、と呟きながらヴォルフガング翁がブツブツと考え事を始める。
フォルクスとゴーンという建国期以来の特級コンビは、小ゲヘナの地図を塗り替え、ゲヘナの恵みをいくつも持ち帰って魔法薬と魔導具の開発に革命を起こした。
だがその先々代チームは現在防衛省の役務についており、ゲヘナに踏み込むのではなく出てくるものを防ぐことに徹している。その次世代であるライプニッツ隊は王師を率いており、現世代のカザンとヒューは急速に増える能力者の魔力犯罪と高位能力者の教育に追われているのが現状だ。
過去最高のレベルの能力者達が同世代に集結しているにも関わらず、この10年ゲヘナの開拓が滞っていることには商人としても歯がゆいものがあった。
「そうなんだよなあ。あそこは広いし、会場のノーマン通りからエリア3まで転移陣置けば大人数捌けるんだが、瘴気はどうにもならんな」
「問題は瘴気だけなんですか?」
タイヨウの問いに、ここではない景色を思い浮かべる顔でフォルクスが頷く。
「まあな。あそこはワイバーンの縄張りだから、弱い魔獣達はいないんだ。荒野だから魔草や魔蟲の被害もほとんどない。素人引っ張ってくるにはピッタリだ」
頭痛や吐き気といった軽度なものから、意識喪失、心臓麻痺といった重篤なものまで並んだ瘴気障害の症状の資料を眺めていたタイヨウは思案顔だ。
「僕は小ゲヘナの近くに行くと元気になったような気がしたんですが……」
「特級は、な。試しに俺とゴーンだけ残ってみたこともあったんだが、ハイになっていくだけだった。ただ3日過ぎるとハイを通り越して頭パァンってなる感じがする」
超感覚派のフォルクスの発言に、レオンとルイ以外は怪訝な顔だ。
資料に貼られたエリア3の写真を見れば、確かに日常では目にしない景色に心が踊る。赤茶けた荒野に地層の見える岩山が聳える姿は、昔教科書で見た火星の写真のようだ。
「タイヨウ、どうするえ? それぞれに問題があるが、玉は出揃った。この中では世間知らずの主が一番国民の感情に近い。あと二週で完成することができ、国民が喜び、いずれかの領が優勝できる策を思いつくかえ?」
当然、日本人としての知識も求められているのだろうと、真紅のカグヤの瞳を見返したタイヨウが真剣な面持ちで頷く。
そして、ホタルから借りた半紙と筆を卓上に出すと一気にキーワードを書き、会議室に浮かべる。ハンナのブレインストーミングの真似事だ。見ていたハンナが、見慣れた人間しかわからないほど微かに微笑んだ。
シュリ姫の歌、ボードゲーム、観月宮、賭博、エリア3、小ゲヘナ、フォルクス&ゴーン
「これらは僕たちが持っている“コンテンツ”です」
王位継承者選挙の延期、5年間の確保、シュリ姫の即位
「これが僕たちの“ゴール”です……よね? ここまでは皆さん、大丈夫ですよね? 僕、ズレていたりしませんか?」
一同が頷く。
「聖誕祭はこれまでそれぞれの領が頑張ってきたんだと思うんですけど、ゴールが同じならもっと協働できると思うんです」
「シナジー効果ね!」
タイヨウの言葉に、リリガルドがパチンと指を鳴らしながらビジネス用語を挙げる。人や組織が協働することにより、それぞれの力の和以上の力や効果を得られるようになるというものだ。
タイヨウは自身の言葉に魔力が極微かにのっていることを感じていた。集中すると、その魔力の端にソーレの存在を感じる。目の前にいる人たちの期待に溢れる眼の、なんて優しいことだろう。
ソーレさん、僕をこの世界に連れてきてくれてありがとう。
僕たちは出来る、何でも出来る。
行こう、行けるところまで。
「はい、だから僕はここにみんなを繋げる“コンセプト”を足したいと思います!」
タイヨウが半切の半紙に元気よく書いた言葉に、まずフィガロ陣営が眼を潤ませ、ノーマン陣営が頷き、ヴォルフガング翁が頭で算盤を弾き始め、観月宮陣営はニヤリと笑った。
“シナン復興支援チャリティー”
衣食住、芸術、あらゆる快楽は金になる。欲望を金にする。それはゲランが最も得意とするものだ。
だが、欲望より強い欲求として、人は良くありたい生き物だ。
崇高な目的の元にも金を払うのだ。
そして、この短い時間に様々な許可を取るためにも掲げられた大義は最適解であった。
「愛はシナンを救う、だな!」
セミマルが一番美味しいセリフを持っていき、カグヤ妃に後頭部を燃やされたところでこの日の会議は笑いに包まれて終会となった。
次話から新章です!
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