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転生DKの帰還〜男子高校生ですがお嬢様やってたらチートな天使様になって、ついでに世界も救っちゃいました〜  作者: 森戸ハッカ
第三章 敵か、味方か

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51. 領横断聖誕祭特別対策本部会議

「マイクテス、マイクテス……」


 ピー、という微かな異音が混じったが、ほどなく収まり、ダークカラーのストライプスーツを着こなしたリリガルドの声がホールに響きわたる。


「えー、皆様お手元に資料は届きましたでしょうか?」


 ヴォルフガング領の新しい豪華客船エヴァII内の大ホール。二層のガラスがはめ込まれた円筒状の吹き抜けから穏やかな光が差し込み、ヴォルフガング松をふんだんに用いた中央の円形舞台を囲むように、ノーマン領、ヴォルフガング領、フィガロ領、そしてミカド皇国陣営として観月宮の代表が円卓についた。


 ノーマン領からはノーマン公爵フォルクスとレオン。ともにブラックスーツに身を包み、髪と瞳の色は異なるものの、並ぶと不思議なほど風貌が似ている。


 ヴォルフガング領からはヴォルフガング公爵と、ヴォルフガング領隊隊長ルイ。

 家紋を背負った黒い羽織に禿頭を光らせるヴォルフガング翁はいつも通りの風格だ。一方ルイは、黒い隊服の襟元や袖を何度も整えながら、横目でノーマン公を盗み見ている。トレードマークの暗い金髪のリーゼントも、今日はいつにも増して勢いがあった。


 フィガロ領からは、シナン諸島連邦王族の正装に身を包んだキラン王子と、フィガロ領隊隊長ミモザ。薄青い髪に氷のように鋭い美貌と、豊満な肢体を閉じ込めた隊服は今日もはち切れんばかりだ。


 観月宮からは、長髪を一つに結び、細い目をさらに細めて微笑み続ける護衛官セミマル。丸眼鏡にダークトーンの千鳥格子柄スリーピースという装いで、静かに席に着いている。


 非公式とはいえ政治の場にミカド皇国の人間が参加するのは初めてだった。記念すべき第一回として自国の正装を着るかどうか、観月宮内で一悶着あったものの、セミマルの羽織に虫が食っていたため断念した、という経緯がある。


 そしてその隣。

 長い白髪をオールバックにまとめ、ミモザとは対照的に見事な曲線美を誇示するかのようなタイトな黒のミニ丈スーツ。黒縁の細い眼鏡をかけた、ひときわインパクトのある女性が長い脚を組んで座っていた。


 赤いルージュで彩られた口角をニッと上げ、彼女は司会進行役のタイヨウとリリガルドに向かって名乗りを上げる。


「わっちは観月宮医療官兼催事部長ホタルじゃ」


「……いや、カグヤ様ですよね?」

「カグヤではない。ホタルじゃ」

「いや、え、セミマルさん? ホタルさんはどうしたんですか?」


 リトルブラックドレスに小粒パールのチョーカー。カザンから贈られた紅い御霊石は、本日もペンダントトップとして静かに輝いている。


 額を押さえるセミマルに、タイヨウが問いかけた。

 本日の『領横断聖誕祭特別対策本部会議』への出席者として打診した際、確かに名が挙がっていたのはホタルだったはずだ。


「勘弁してくれよぉ〜タイヨウちゃん。言い出したら聞かねえんだこの人はよぉ〜」

「わっちはホタルじゃ。水系じゃ」

「そういうことで頼むよ〜! Jの旦那には内緒にしてくれよ〜」


 大の大人の泣き声に戸惑う娘へ、ノーマン公爵が毅然と声を投げる。


「タイヨウ、いいから進めるんだ」


 普段は“タイヨウちゃん”と二トーンほど甘やかな声で呼ぶ父の、珍しい呼び捨て。タイヨウは思わず目を丸くした。


 その腕一本で道を切り拓き、貴族の頂点に立った伝説の元騎士団長フォルクス。

 彼に憧れ、名家の跡取り争いを捨てて騎士団に飛び込んだ青年ルイは、念願の生フォルクスを目前にして感極まり、呼吸が荒くなっていた。


 訓練や式典で遠巻きに見ることはあった。だが、これほどの至近距離は初めてだ。


「ダメだ俺、泣いちゃダメだ……泣いたら御尊影が見えないっ!」

「こりゃ、ルイ! 落ち着かんか!」


 ただでさえ高い魔力が揺らいでいるせいで、隣のヴォルフガング翁は先ほどから露骨に不機嫌そうだ。


「Jはあと2時間は王の側を離れられんはずだ。なんとかなる。はじめよう、そして済ませよう、ーー」

「あぁーーーっ!! それ『無茶無理無謀は騎士団の十八番』って続くやつッスよね! 『バベル純愛爆裂団』で読んだッス!! バイブル生再現、マジで感激ッス!! フォルクス先輩、動画回していいすか!? そんで、後で隊服にサインもらっていいすか!?」


 ついに堪えきれず、ルイが叫びながら立ち上がる。

 やれやれ、とノーマン公が作り笑顔でため息をついた。いつになく“タイヨウ”と呼んだのは、どうやらファンの前で格好をつけたかっただけらしい。


「ちょっと! 猿芝居がすぎるんですけど!?」


 桃色の髪を揺らしながら、リリガルドが怒りを滲ませてタイヨウに耳打ちする。


 ノーマン公本人はもちろん、父や兄貴分が同性のファンにもてはやされている状況を、レオンとキランも決して嫌ではないらしい。口角は、史上最高角度まで上がりそうだった。


 身内の子供じみた姿がたまらなく恥ずかしくなり、タイヨウは小さく身をすくめて囁く。


「すいません、はじめちゃってください……」


「はい、じゃあ始めさせてもらいますね! 本日司会進行を務めさせていただきますのは国内最大手オータム商会から私リリガルド・オータム、そして本プロジェクトの発起人であり代表のソーレ・タイヨウ・ノーマン嬢です」


 温かな拍手が起こる中、カグヤ妃が頬杖をついたまま口を挟んだ。


「タイヨウはわかるが、オータムの倅がなんでおるんえ?」


 威圧する意図はないのだが、どうしてもそう聞こえる口調だ。慌ててセミマルが空中で手をわたわたと振る。


「リリガルドさんは僕の一番のお友達ですし、司会進行はきっと得意だろうと思ってお任せしました」


 にっこりと微笑むタイヨウの肩を軽く叩き、男装の令嬢にしか見えないリリガルドがマイクを取る。


「加えるなら、『我々の辞書に“できない”はない』が国内最大商会である我がオータムの社是だからよ。聖誕祭まで時間はないわ。今からできることなんて普通はない。でもアタシができると判断したら、あと2週間でどんな無茶無理無謀も叶うってこと。それが理由よ」


 相手が王妃だと知っても、本人が一般人と言い張るなら即座に対応を切り替える。その柔軟さに、耳にしたばかりの“無茶無理無謀”まで拾い上げる地頭の良さ。カグヤ妃は目を細めた。


「ほう、主は男にしておくのは惜しいの」


 どういたしましてっ! と髪をかきあげるリリガルド。その様子を、部屋の隅で控えるハンナが静かに見守り、小さく頷いた。


 洗礼式を終えれば準成人とみなされ、相応の権威を持つタイヨウの脇に、会議の場でメイドが侍ることは許されない。擬似転生から日も浅く、まだ世界の常識を掴み切れていない彼女にとって、世慣れたリリガルドは貴族の友人以上に得難い存在だった。デビュタントの夜会で闖入してきてくれたことを、人には言えないがハンナは内心感謝している。


 こうして、今後の聖誕祭を大きく変えることになる歴史的会議は幕を開けた。


「それでは領横断聖誕祭特別対策本部会議を始めます! まず事前にお配りしたアンケートにより各領から出ている案を発表していただきます。まずフィガロ領から『シュリ姫コンサート』とのことですが」


 資料を読み上げるリリガルドに、キランが肩をすくめる。

 この場で自分より高位の者はいない。今日も方言混じりのラフな口調だ。


「準備してた花祭の花が全部枯らされたから、正直困ってんねん。聖誕祭は3日間、朝10時から夜の10時やろ。目玉のシュリのコンサートもせいぜい2時間。10歳の体力考えたら朝と晩に2回やれるかもわからんし、たいして捌けん」


 ハイハイ! と、リリガルドが軽く手を叩く。


「キラン王子から、いい〜視点がでましたね! 人数という視点です!」


 真っ向から褒められ、小生意気な司会者にキランの小鼻がぴくりと動く。

 否定は暴力であり、価値を生まない。改善案とともにある肯定こそが、会議に必要なもの――リリガルドはそう理解していた。


 後に諸外国の歴史に名を残す稀代の大商人。その片鱗は、すでにこの場で鮮やかに輝き始めている。


「まず人数、バベル最大の聖誕祭では毎年100万人が参加します。人口の約5%と言われるとそうでもなさそうだけど、会場はとんでもない数です。さらにゲヘチュナリースなど関連商品を購入したりと、全国民が何らかの形で参加する正に国民的祭り! 大人数を満足させられるものでなければならない、これは忘れてはならないポイントです」


 バベル王国は暗黒大陸大ゲヘナに隣接し、魔の森小ゲヘナを擁する国家だ。バベル王は過酷な土地を切り拓き、定住した誇りの象徴である。そのため、王の聖誕祭ではゲヘナ関連、もしくは無能力者でも魔力を体験できる催しが喜ばれる傾向にあった。


 ゲヘナ原生、小ゲヘナ近隣で栽培可能なゲヘチュナ。可憐な姿はペチュニアそのものだが、陽が落ちると花に蓄えられた魔力が色とりどりの淡い光を放つことから、建国初期より聖誕祭には欠かせない縁起物として尊ばれてきた。


「ゲラン領はそこらへんが非常に上手いのよ。会場はもちろん、より多くの人に祭りの醍醐味を届けるシステムが構築されてる。ゲラン座の特別公演を収録した録画玉もそうですし、魔法食が気軽に楽しめる出店も大人気。昨年のヒットは、ル・コルトン料理大学の七賢人が一角、“神の味蕾”エルーブジ考案のソフトクリーム、“怠惰なレイジーサンデーモーニング”!」


 キランの横に座っていたミモザが立ち上がり、長身を折って木箱を拾い上げると、無言のまま掲げた。


「……」


 怪訝そうに見上げるキランに、リリガルドが満面の笑みで語りかける。


「はい、今日は何と氷系能力者のミモザさんが、そちらの現物をお持ちいただいたとのことで。実際にキラン王子にお試しいただきましょう」


 一つ頷くと、ミモザは箱から冷えたソフトクリームを取り出した。見た目はコーンに載った、ごく普通のバニラソフトクリーム。コーンに巻かれた白い紙には、バベル王国とゲラン領の紋章が青いモノグラムであしらわれている。


「はああ?? いつの間にそんなことになってんねん。こいつ、いっつも喋らんのやけど」


 キランの言葉には答えず、そのままソフトクリームを強引に唇へと寄せる。

 「ちょ、やめぇや……」と微かに怯んだ口元を見て、ミモザは0.1秒だけ止まり、氷のような美貌を一ミリも崩さぬまま内心で絶叫した。


(た、た、たまらねぁーーー!!!!)


「やめ、わかった舐めるから。口に入れようとすな」


 赤い舌先でクリームを舐め取ったキランは、二秒後、「待っ……」と声を上げながら上衣を弾け飛ばし、褐色の胸板を露わにした。


「ああ、もう……」


 恥辱に歪む眉根、微かに赤らんだ頬。唇から頬へ、だらしなく白い液体が伝う。


(え、え、エッチすぎだべーーーー!!!)


 ミモザの脳内では、百人の男たちによる裸祭りが神輿を担いでいた。


 ミモザ・イノーク、二十一歳。

 祖父の代でシナン諸島の小島から渡り、バベル王国民となった彼女は訛りが強く、騎士団入隊後、翻訳魔術を介しても訛りが消えないと知って絶望した。結果、不必要なほど寡黙になったが、実際はやや癖の強い性癖を持つ饒舌な乙女である。


(何でいう絶景なんだべがー!! エッチすぎるのでねが。眼福なんてものんでねんだが!!)


 ガッツポーズを決めたハンナが、録画玉を仕込んだ双眼鏡で覗いているのを確認し、タイヨウはため息混じりに口を開いた。


「資料によると、風と水の魔力を独自の配合でブレンドし能力体験ができる、とありますね。初めて見ましたが、すごいですね」

「ミカドにも似たような酒はあるえ。廓の名物じゃ」


 つまらなそうに資料をめくっていたカグヤ妃は、「それを平民のガキでも喰えるよう改良するのはやりよるの」と小さく呟いた。


 権力者の過信ほど、チームの足を引っ張るものはない。

 その心配が不要だと悟り、リリガルドは満面の笑みで続ける。


「はい、では観月宮の案に移りましょう。ヴォルフガング領は今回、観月宮の後援とのことですので、ご一緒ということで」


 ヴォルフガング翁が恵比寿顔で頷く。工業と学術に長けるヴィロン共和国系はファクト主義だ。稼げる話であれば、非は言わない。


「ミカドは将棋、囲碁、花札、トランプをこの二十年で売ってきた。一番売れたのはトランプじゃな。ババ抜き、七並べ、神経衰弱、ポーカー……遊び方も輸出した。アーシリアの貴族達も気に入って、手を汚さないためにサンドイッチまで発明したほどじゃ。だがまだ、我らが売れるもんはある」


 勢いよく立ち上がったセミマルが、長い半紙を広げて見せる。


 そこには「賭場」と墨書されていた。翻訳魔術のかけられたホタルの筆によるものらしく、意味を理解した会議室の面々がどよめく。


「バベル王国の法で賭け事が禁止されているのは知っている。だが盛り上がる、金になる。わっちらがこの国に持ち込んだものは全て、ミカドの賭場の花形じゃ」

「賭博、禁止されてるんですね」


 賭博が禁止されている日本で育ったタイヨウに違和感はないが、異国から見れば珍しい法らしい。祖母が違法賭博で荒稼ぎを始めた頃、その法律が先進国でも稀だと知って驚いた記憶が蘇る。


 肩をすくめたカグヤ妃が、ニヤリと笑った。


「本会場となる王都の通りでやれとはいわん。だがな、ヴォルフガング宮は治外法権、そしてうちもだ」


 セミマルがもう一枚、「観月宮」と書かれた半紙を取り出す。

 おお、と会場がどよめいた。領立公園として一部公開されているヴォルフガング宮だけでなく、観月宮まで初解放となれば話題性は十分だ。


 四貴家の邸宅ほどの広さはないものの、王とその側近、そしてカザン周辺の限られた者しか足を踏み入れたことのない王都の秘境。その開放は、国民の関心を大いに集めるだろう。


「庭に野点みてえな賭場をつくろうかと思うんだ。うちの庭はひろい。1日1万人は入れられるぞ」


 護衛官セミマルが言うからには、安全面への自信もあるはずだ。

 初対面からわずか一週間。状況の変化に目を見張りながら、かつて自分たちで考え、起案を止められていたタイヨウは心底感心した表情で頷く。


「いいですね! 3日間で3万! 観月宮は王都にあるという点もプレゼンスが高いです。これに聖誕祭ならではのお祝い感を追加できれば、言うことなしですね」


 手を叩いて称えるリリガルドに、セミマルは嬉しそうに半紙を畳み、何度も頭を下げた。


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