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転生DKの帰還〜男子高校生ですがお嬢様やってたらチートな天使様になって、ついでに世界も救っちゃいました〜  作者: 森戸ハッカ
第三章 敵か、味方か

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49. 女達の決意

「……どういう状況!?」


 ノーマン領は平均して気温が高い。沿岸部に位置するノーマン本邸は、初秋のこの時期でさえ日中に三十度近くまで上がる日がある。

 夏の忘れ物のような強い陽気に照らされた白いパラソルの下で目覚めたキランは、思わず絶叫した。


 少し頭が痛い。喉が掠れる。

 だが、覚悟していたほど二日酔いはひどくない。ミカドの医術の確かさに驚く――が、それ以上に驚いたのは、自分の横にビーチチェアを並べている二人だった。


 左に、ハイビスカス柄の水着のフォルクス。

 右に、ストライプ柄の水着の――


「俺、名前言ったっけ? 言ったような気もするけどまあいいや。ヒュー・バレット。愛称はない。ヒューでいいよ」

「お、おお……」

「水は枕元にあるから適当に飲んどけ。ワインはフォルクス先輩のだから手出すなよ。ビールは俺の」

「どうも……」


 男の声に促されるように周囲を見回し、キランはここが、タイヨウのデビュタントで訪れた宮殿のプールサイドだと気づく。

 あの夜会で、カザンの横にいた騎士団の男――確かに、あいつだ。キランは思い出して小さく頷いた。


 サングラスをかけたヒューは一度だけ顔を上げ、またすぐ寝椅子に身体を沈める。赤い石のついた金のネックレスが、見事な腹筋の上で日差しを受けて輝いていた。


 枕元を見ると、ヒューの言う通り氷入りの銀色のワインクーラーが三つ置かれ、水と酒がそれぞれ冷やされている。

 見た目の華やかさに似合わぬ気遣いに、思わず心が温まった――が、


「……じゃなくて!! どういう状況!? あと、俺なんで裸!?」


 申し訳程度に白いタオルがかけられた心許ない股間を指さし、キランが叫ぶ。蝉の声と波音が、キランの声に呼応するように強くなる。


 ザザァ……

 振り返れば、美しい海原が眩くきらめいていた。


 キラン諸島連邦第二王子――形式上のフィガロ公、キラン・クムダ・シナンが「ひょっとして、俺はまだ夢を見ているのか?」と思い始めた頃。ようやくヒューが口を開いた。


「ちんこがさあ……」

「言うな。吐きそうだ」


 ヒューの言葉を吐き捨てるように、低い声で止めるフォルクス。

 白い髪を持つ屈指の風能力者二人は、揃って太いため息をついた。


 風系能力者は論理的で社交的な者が多いと言われる。外面は厚く、組織向き。

 その一方で、身内には驚くほど怠惰な一面を見せる傾向がある――そんな俗説を、再び放置された水系能力者キランは思い出し、空に向かって吠えた。


「……誰か、風系以外を呼んでくれーーー!」


◆◆◆


「Jの旦那! 観月宮の転移陣が反応してる! このコールはヒュー坊ちゃんだ」


 どんな仕組みか。部屋の隅に待機していたセミマルが、胸元から取り出した木札がビーッビーッと警告音を発する。


 王の決意を受け取り、それぞれの想いに胸を熱くしていた面々が、その音で一斉に表情を固くした。


「観月宮に戻る。殿は城に戻りゃ」


 立ち上がったカグヤの脇に素早く控えたホタルとセミマル――その動きを、ジョルジュ・アボットが制する。


「お待ちください。バレット君は今、ゲラン宮に詰めている。そして私の記憶にある限り、彼が転移陣の使用要請を出したことはありません。この意味がわからない貴女ではないでしょう。危険すぎます」

 

 その言葉に、カグヤ妃が尖った犬歯を露わにして啖呵を切った。


「主はほんにつまらん男じゃの。そんなことは百も承知じゃ!」

「しかし……」

「なんらかの手段でヒューの転移陣を手に入れたゲラン共が押し寄せてきたとしても構わん! 売られた喧嘩は買う! ミカドを侮るな!」


 特級に近いカグヤ妃が暴発させた魔力に、ヴォルフガング翁とシュリ姫の側近二人が暴風に嬲られたように顔色を失う。


 アグニ王が口を開こうとするより早く、「……Jの旦那、見逃してくんねえか。俺たちは二十年以上前から戦争してるんでさあ」と、セミマルが穏やかな顔で言った。


「……二十年?」とノーマン夫人が小声で反応する。二十年前――カグヤ妃が第一子を流産した時期の前後だ。


 当時マーレは十六歳。

 存命だった両親が、姉ソレイユの駆け落ち後にマーレの縁談をまとめようとしていた頃。

 だが、大貴族の子息が並んでいた相手のラインナップは、カグヤ妃の悲報の後になぜかすべて吹き飛び、王国騎士団長フォルクス・バロウズのみになった。名誉も実力もある――だが彼は貴族の最下層である子爵位。予想もしていなかった相手だった。


 その後マーレは、四貴家の令嬢では異例だが魔法大学に秘密裏に入学し、魔力量を底上げして確定診断で特級と認定され、今に至る。

 少女だったマーレは、絶大な人気を誇った美丈夫の騎士団長にほのかな憧れを抱いていた。自分の人生に突然舞い降りたロマンスに舞い上がっていただけ――そう思っていた。


 だが今、すべてが繋がった。

 ノーマン夫人は固く手を握りしめる。


 カグヤ妃の流産はコーネリア妃――ひいてはゲラン領からの攻撃によるもの。両親は何らかの形でそれを掴んでいたのではないか?


(ソレイユ姉様が夢見していたのかも……!)


 他国からの王妃すら攻撃するゲラン公の狂気が、他の四貴家に向かわない保証などない。たとえ縁嫁を輩出しないノーマン家であっても。

 だから跡取り娘に、この世界で当時いちばん強かった男を娶せたのだ。


 ずるく、狭量で――だが何よりも強い、親の愛。


 私は守られた。だが、彼女は傷ついた。

 ならば今度は、私が守る番だ。同じ女として、母として。


 ノーマン夫人は、その日いちばん大きな声を出した。


「この家をお使いなさいませ。転移陣はこの部屋で発動させればよろしいですわ」


 その言葉でノーマン家の侍従二人は部屋を飛び出し、レオンたちがいる階下をタウンハウスに転移させるべく走り出した。


「まあちゃん!?」

 妻マーレに思わず愛称で呼びかけてしまった夫を制しつつ、ノーマン夫人は娘に声をかける。


「タイヨウちゃん! ハンナ!」


 父様、まあちゃんって呼んでるんだ……と驚いたタイヨウが「はいっ!」と返事をする。ハンナは片眉を上げた。


「ハンナ。転移陣の周りを一番強い防御壁で包みなさい。足りない魔力はタイヨウちゃんが補って」


 セミマルが一瞬だけ迷うように視線を泳がせた後、床に転移陣の書かれた木札を放る。“彪”と書かれた裏面が表になっていたが、問題はないらしい。


 タイヨウがハンナの背中に抱きつき魔力を流し始める。腹心のメイドは柔らかな光をまとい、長い前髪に覆われていた片眼が露わになった。眼底に刻まれた鑑定印が紫色に輝き出す。

 特級しか扱えないはずのアボット家のカルマを、未成年の姪が発動させようとする――その姿に、アボット家当主ジョルジュが軽く目を見開いた。


 ハンナが手印を切り、「『玄武〈ゲンブ〉』」と呟く。

 木札の周りに、巨大な紫色の光に包まれた亀型の結界が現れた。亀の腹で地をも護る。制限はあるが移動もできる――完全無欠の空間結界。


「やめりゃ! マーレ、黙りんす。これはミカドの喧嘩じゃっ」


 眦を上げたカグヤ妃の顔を見上げ、ノーマン夫人が声を張る。


「信じてください! ノーマンはもうミカドを――貴女を一人にしません!」


 タイヨウは涙ぐんで肩を震わせる母を見た。そして猛り狂う妖狐のようだったカグヤ妃の顔から、棘のようなものが抜けていくのを見て、奇妙な安心を覚えた。自分の覚悟は間違っていなかった、と。


 ノーマン夫人のこの発言は、バベル原住民でその多くが構成される古豪ノーマン領が、明確に現王支持――そしてミカド皇国との共栄へと舵を切った歴史的瞬間として、後に高く評価されることになる。


 ハンナが張った結界の強さを誰より知るジョルジュが言い捨てる。


「話し合っている時間はありません。私は王とシュリ姫を城へお連れします。セミマル君、カグヤ妃を観月宮へ」

「カグヤ、すぐ連絡する!」


 王が妻に声をかけ、娘を抱き寄せた。


「ワシも連れてけ!」

 ヴォルフガング翁の言葉に頷くや否や、謁見の間からジョルジュと共に王とヴォルフガング翁、シュリ姫とその側近の姿がかき消えた。


「カグヤちゃん、ここは私が残るから帰りなさい。セミマル、戻り次第第一級防衛体制を。私の“神樂”発動権限は今の時刻をもってナリヒラに移管します。カグヤちゃんを死守するのよ。私たちの、ミカドの宝を守って」

「……わかってらぁ!」


 妻の笑顔にクシャクシャになった顔で頷き、セミマルはカグヤ妃の二の腕に手をかけた。その手を振り解こうと、子供のようにカグヤ妃が暴れる。


「いやじゃ、いやじゃ姐さんっ」


 浮世離れした美貌から涙を落とし始めたカグヤの傷を包むように、ホタルが笑う。


「大丈夫よぉ。二十年前とは違うのよ。坊ちゃんが選んだ嫁御様と――御家族を信じましょう」


 タイヨウがハンナの腰に巻きつけた左腕を外してピースサインを作る。フォルクスも見よう見まねでダブルピースを作り、不敵な笑顔で頷いた。


 それを見て、カグヤ妃が小さく笑った声を残し、二人は消える。

 次の瞬間、床に置かれた木型を中心に転移陣が浮かび上がり、強い光が転移開始を告げた。


「玄武はあと十分保ちます。その間、内からも外からもあらゆる攻撃を防ぎますが――毒は防げません」


 防御陣形成に集中し、普段よりも一層鉄仮面めいたハンナの言葉に、ホタルがノーマン夫妻へ頼む。


「解毒剤は一式持ち合わせておりますが、念のため大きい風穴をお願いします!」


 ノーマン夫人が頷き、夫に叫ぶ。


「ふっくん! 1秒でやって!」


 母様、ふっくんって呼んでるんだ……と、タイヨウは再び猛烈な恥ずかしさを覚えて、ハンナの背にグリグリと顔を埋めた。


「お安い御用だ。『疾風〈ハヤテ〉』」


 ドンッという爆発音。フォルクスが発したカルマにより、二十メートル四方の謁見の間の天井が吹き飛び、強い陽光と風が入り込む。伝説の元騎士団長は間を置かず「『鷹波〈タカナミ〉』」と再びカルマを発動させ、無数の風の刃を空中に配備した。


 そして――転送は完了した。


「失礼しまああす!!!」


 二人に覆い被さっていた長身のドビーが頭を持ち上げようとして、つっかえてパニックを起こす。


「え、待って狭い狭い狭い! ここどこ!? 隊舎じゃないのぉぉぉ!?」


 黒い隊服に細く長い手足をバタバタさせる様子は、捕らえられた哀れな蜘蛛のようだった。


「……この子がヒューでしたっけ?」


 マーレが尋ねると、「ヒュー坊ちゃんじゃありませんね」とホタルが頭を振った。


「……ドビー?」


 ハンナが片眉を上げる。


「!! その声はハンナ!? え、ということはこれ玄武!? 玄武なの!? お前、玄武出せるくらいなら騎士団入れよ!!! 非戦闘民の俺がどんな目に遭ってると……ていうか解除しろよ!!! 説明しろ!!」


 だがハンナは答えず、玄武のサイズをそっと縮める。

「いだいっ!! やめ、やめろ!! やめてぇ!!!」

 ドビーの頭がさらに圧迫され、悲鳴が上がった。


「お前誰だ。所属と状況を報告しろ」


 フォルクスが命じる。ヤケになったドビーが、声音に嘲りをにじませた。


「はあん!? そっちこそ誰!? 言うわけないでしょ!!」

「あぁ? 新年のOB稽古だけじゃ声も覚えられんか。シゴキが足りんな。俺はノーマンだ。顧問権限で指揮権を一時的に俺に移管する。報告しろ」

「は、はわぁ……」


 ドビーが情けない声を出す。新年のOB稽古に出る顧問『ノーマン』など一人しかいない。防衛局局長であり四貴家当主。伝説をいくつも打ち立てた生きるレジェンド――『バベルの鷹』フォルクス・バロウズ・ノーマン。


 そうだ。ハンナが名捧げした令嬢はノーマン家に入ったと聞いた。


「本物だ……」


 優秀な闇属性とはいえ、攻撃手段を持たぬアボット家男子は、良くも悪くも攻撃力のある者への依存性が高い。ドビーはことさらにその傾向が強かった。寄らば大樹が座右の銘である。


「ドビー、ドビー・アボットです! 総務部第三課所属、階級は三正、闇属性三級。現在は特務隊に派遣され、バレット副長の“目”を担当! 下の二人はゲラン城ゲラン公居室内で負傷しているのを発見し、治療目的で連れてきたものであります! 女性はいずれ目を覚ますと思いますが、青年の方は重大な欠損があり出血が多い! 副長も一時間後に到着予定です! 先輩、助けてください!!」


 フォルクスは報告を聞くと、何やら小型の鑑定器を掲げていたホタルに問う。


「ホタルさん、毒は?」

「反応ありません」


 その返答を受け、フォルクスは頭上に展開した鷹波を消し、ハンナに指示を出した。


「ハンナ、玄武を解除。ホタルさん、容態を確認してやってくれ」


 ハンナが頷いて玄武を解除した途端、糸が切れたようにその場に座り込む。顔は青ざめ、息が上がり、額には大粒の汗。


「ハンナさんっ!」


 魔力切れだろうか。タイヨウが再び抱きつこうとしたが、ノーマン夫人がそれを止めた。


「魔力酔いよ。しばらく休めばよくなるわ。能力差のある人間から加減なく魔力を流されたときにそうなるの」

「そんな……大丈夫ですか? お水とかいりますか? 背中さす……僕が触らないほうがいいですね!? ベッド行きます? ああ〜! お顔の色が悪いですぅ〜〜」


 かがみ込んで慌てるタイヨウ。その背に、立ち上がったドビーが隊服をはたきながら吐き捨てた。


「へっ。主人から魔力もらってたのか? なんのためのアボットだよ、だらしねえ。女の魔力酔いなんて結婚初夜の男の自慢話でしか聞いたことないぜ」


 その言葉に、タイヨウが珍しく怒気を露わに振り返る。艶のある黒髪がふわりと舞い上がり、アメジスト色の瞳が虹色の光をたたえて輝き始めた。


 今まで見たこともない、この世のものとは思えぬ美少女。神も「流石に盛り過ぎた」と恥じらうほどの造形。

 なんなんだ。夢を見ているのか――ドビーがあんぐり口を開いた、その瞬間。


「どちら様か存じませんが、うちのハンナさんを馬鹿にしないでくださいっ!!」


 他人に怒鳴ったことすらないタイヨウの初めての暴発。加減ができるはずもなく、特級を超える特級の魔力を真正面から叩きつけられたドビーは「ひょっ」と奇怪な音を吐いて背から倒れた。


 それを見て、タイヨウがピョンピョン跳ねて慌てる。


「ああ〜!!!!! この大変なときに僕はなんてことを〜!!!」

「タイヨウ様、落ち着いて……旦那様……その木偶は部屋の隅に蹴っておいてください」


 ハンナが荒い息のまま、ようやく声を出す。


「お安い御用だ」


 流石に蹴りはしなかったが、突風をぶつけて部屋の隅にドビーを押しやる。フォルクスの元へホタルが駆け寄った。


「報告の通りでした。女性は失神しているだけなので、いずれ目を覚ますでしょう。問題は男性です。医術者の手によるものではなく、鋏状の器具で男性器が損壊させられています。腹部に置かれていた花鋏で、少しずつ――ですかね」


 フォルクスはもちろん、半年ほど前まで同様のものがあったタイヨウも、沈痛な面持ちになる。


「拷問かしら? カグヤ様のお耳に入らなくてよかったわ」


 ノーマン夫人の言葉に、ホタルが微かに微笑む。だが男性と元男性の少女は一層青褪めた。


「ノーマン様。女性の手の中に、魔素が一致するものがあります。どうします?」

「ど、どうします……というのは?」


 フォルクスが視線をそらして問う。バベル王国の医療なら絶命する――脳がそう判断している。だがミカド皇国では違うのか。


「つけます?」


 首を微かに傾げるホタルに、フォルクスが目を丸くして齧り付く。


「つけ……つくんですか!?」

「陰嚢には傷がありません。このままでも排尿に問題がない状態へ治療は可能です。ただ、完全な再建となると少々手間が……」


「「つけてください!!」」


 フォルクスだけでなくタイヨウまで声を揃え、ノーマン夫人が若干怪訝な顔をする。ハンナは焦るが、魔力酔いが酷く、声がうまく出ない。


「承知しました。緊急施術を行いましょう。観月宮へ運びたいところですが、防衛システムを駆動すると解除まで三十分かかります。転移が叶いません。簡易オペ室をこちらに設置します。奥様、水系と伺いましたが、少々魔力をお借りしても?」

 

 こくりと頷いたノーマン夫人を、フォルクスが遮る。


「御婦人、待たれよ! 妻が他人の……局部に触れるのは嫌なんだが!?」

「……私も人妻ですが?」

「医者はいいのっ! 医療関係者じゃないでしょ、うちのは!」


 ホタルがため息をつく。バベル王国の魔力医療水準の低さはこれほどか。ヒューが観月宮に運び込もうと決断した理由がよくわかる。

 ならば、この青年の命は――ミカドの医療技術が明るみに出る危険を冒してでも繋がねばならない。


 夫の手を払ってから、ノーマン夫人が胸元の水色の大きな魔石つきネックレスを外す。


「ホタルさんが治療のために魔力が必要なだけでしょう? このネックレスに私の水魔力が三万ほどストックしてあるわ。足りて?」


 受け取ったホタルは無造作にそれを首にかける。


「充分です。あと、時間短縮のためにお嬢様のお力をお借りしたいのですが……」

「ぼ、僕ですか? 僕、闇属性なんで治療関連は何もできないんですけど」


 タイヨウが自分の顔を指さし、小首を傾げる。


「増血や内部の形成は私がやります。ですが、最終的な皮膚の再生は――貴女のアレでできるんじゃないかと思うんですよ。うちの窓を直した、あの……」

「ああ、『逆転する運命の輪〈リバース・エッジ〉』ですか?」


 ホタルが木札を床に投げると、水のドームが形成され、簡易オペ室が着々と仕上がっていく。


「そうです。単純な構成しか直せないと仰っていましたね。細かな仕組みを理解していなければ直せない。でも――壊れる前の“形”が分かれば、表面的には戻せる可能性がある。治療で試してみたかったんですよね」


 いい機会です、とホタルが微笑む。タイヨウも「なるほどですね。やってみましょうか」と顎に手を当てて頷いた。こういう検証を論文にまとめるのが魔法大学でやることなら――やはり楽しそうだ、と少し心が湧き立つ。


「ちょっと待て!! タイヨウちゃんが何をするかわからんが、“壊れる前”などわからんぞ!」

「はぁ……?」


 ホタルは相槌だけ返し、手元はテキパキと準備を進める。


「うちの天使が、そんなもの見たことあるわけないだろう!」


 唖然とするタイヨウと女性陣の前で、フォルクスが堂々と主張する。


 フォルクスの入団当時、騎士団は男子校状態だった。十二歳で養成所に入り、二十八歳で勇退するまで男子校にいたようなものだ。現在も防衛局は引き続き男子校状態。

 結果、彼の女性観はピュアの極みである。


「見本でもあればと思うが、タイヨウちゃんに他人の……棒を見せるのはカザンも嫌がると思うぞ」


 やれやれ、と理解ある大人の男を気取って頭を振る。心底呆れた顔を見合わせてから、ホタルがノーマン夫人に話しかけた。


「まあ、見本はあったほうがいいかもしれませんね」

「キラン君でいいんじゃないかしら。天井が吹き飛んだのに寝てられるくらいなんだから、まだ起きないわよ」

「肌の色も近いですしね」

「ちょっ、待っ、俺の話聞いてた?」


 フォルクスの抗議を無視し、ノーマン夫人がタイヨウに命ずる。


「タイヨウちゃん。このドームの横にキラン君を寝かせてくれる?」


 タイヨウは「はいっ!」と片手を挙げ、隣室に転移する。ベッドの上でガウン姿のキランに近づくと、ほのかに酒の匂いがした。

 宝石の散りばめられた金のネックレス、大粒のサファイアのような石のはまったピアスやイヤーカフ――夜会のとき、露悪的なヤンキーのようだった彼の姿を思い出し、手を合わせる。


「ごめんなさい。医学のためです」


 半年前までは男子だったタイヨウだ。他人のそれなど見たくもない――だが致し方ない。

 キランを連れて戻り、「検体、連れてきました!」と見上げる目に、もう迷いはなかった。


「せめてあなたが脱がせてあげて。そこまでやったら、もう行って」

「ええ〜……まあちゃんは?」


 フォルクスは渋々視線を逸らしながら、キランの下帯を外す。


「私はできることがあるかもしれないから残るわ」


 水球のドームが、うにゅりと誘うように開く。ホタルが入り、続くようにタイヨウの首根っこを掴んでノーマン夫人が入ると、再びドームは閉ざされた。


 パン、とホタルが手を叩き、祝詞を呟き始める。


「……祓い給へ 清め給へ 神ながら寄しみ給へ 守り給へ」


 祝詞に合わせ、ホタルの魔力が漲っていく。密閉する効果のあるドーム内で至近距離に他系統の急激な発力を浴び、タイヨウは微かな目眩を覚えたが、能力差が大きいゆえ違和感程度で治る。


「さあ、参りますよ。『月影流反魂術第伍 数珠繋〈ツキカゲリュウハンゴンジュツダイゴ ジュズツナギ〉』」


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