46. 王の決意
「して、本日は何のお話ですかな? 今日は先日仕立てが上がってきた“ハオリ”を着て参りましたぞ。側仕えがいなくても一人で着れる正装ですからな。家紋がほれ、こうして随所に入れられる点も素晴らしい! カグヤ様様ですぞ」
ヴォルフガング公が猿顔に笑みをたたえて、揉み手でカグヤ妃に話しかける。
先々代王の時代に当主に着任したヴォルフガング公爵は、祖国ヴィロン共和国の内乱により縁嫁の供出が途絶えるという不遇の時代にありながら、ヴォルフガング領税収の最高益を更新し続けた辣腕のビジネスマンだった。老獪ではあるが老害ではない。むしろ商機への勘は年々高まっている。
荊から解放されるも維持に魔力を奪われ顔色を失っていたハンナが、闇Suicaを介してタイヨウに魔力を分けてもらっている様子をじっとりと眺めていたジョルジュが「王、お時間もございませんので……」と王に耳打ちした。
「ヴォルフガング。今日は其方にも聞いてほしい話が――」
「ヒョッ! タイヨウ様のアイドルデビューのお話ですかな? 爺も今年こそ引退、と決めておりましたが、先日の夜会のライブ映像を拝見してまだ死ねんと思いましてなあ」
「ヴォルフガング、違うんだ――」
「デビューの折には是非我がヴォルフガング系の芸能プロダクションを、というお話ですかな? 我が領は“魔法令嬢☆プリンチペッサ!”のヒットでも分かるようにグッズなど横展開も慣れておりますぞ。録画玉を改良して、領営放送システムを作ろうと思っておりましてな。大広間の大画面にバーンと幕を貼り、ほれこのようなグッズで皆同時に応援上映なんぞいかがですかな?」
スーツケースから様々な色のペンライトを取り出し、ブンブンと老骨に鞭打つオタクムーブで振り回すヴォルフガング公を遮ったのはシュリ姫だった。
「――お爺さま、その御力、私に貸していただけませんか?」
シュリ姫は言うや否や勢いよく立ち上がり、胸に手を当てて息を吸い込むと一節の歌を歌い上げた。
歌詞はない。
ただラララと声を乗せただけの音に、無限の世界が広がっていた。
ある者は大海で跳ねる鯨を、ある者は首をたれて風に揺れる一面の小麦を、ある者は幼い頃に歩んだ茜指す帰り道を思い浮かべ、いずれも激しく心を揺さぶられていた。
「これは……」
一粒の涙を大きな瞳から零したマーレ夫人が、王とジョルジュを見る。全身に鳥肌を立てたタイヨウが涙ぐみながらパチパチと拍手し、立ち上がった。
「すごいです!! 歌姫って本当にいるんですね!! コンサートもパブリックビューイングもやるべきですよ! お花は残念でしたが、聖誕祭はシュリ姫のコンサートにすればいいじゃないですか!!」
ついにはペンライトを手中に転移させ、ヴォルフガングと共にブンブンと振り回す。
「爺も涙が止まりませんぞ! デビューの御支援ならお任せあれ! 御母堂のクマリ様も素晴らしい歌姫であられたとお伺いしております。ぜひ聖誕祭ではシナンと共同で製作中の豪華客船の柿落とし公演を……」
その周囲の興奮を断ち切るように、金色の瞳を光らせてシュリ姫が宣言した。
「違うんです!! ……違うんですお爺さま。私、王になりたいんです。ならなくちゃ、いけないんです」
その言葉を聞いた一同は息を呑み、まず王を見て、それから最有力王位継承者カザンの母であるカグヤ妃に視線を移した。強い肯定が両者の瞳にあるのを見て、ノーマン公がシュリ姫に――一人の王位継承者として、初めて向き合った。
「――貴女の父上であるアグニ王もシナン系です。シュリ姫の即位となれば二代続けてシナン諸島連邦縁者の王となります。違法ではないが縁嫁が生まれた経緯を考えれば得策ではない。その事は既に考えられているのですね?」
それどころではない。シュリ姫はクマリ妃と同一人物であり、現アグニ王の血縁ではあるが母系の縁者であり、バベル王室の血は流れていない。シュリ姫本人ですら知らない事実を知るタイヨウとハンナが、顔を一瞬見合わせて緊張した面持ちで見守る。
「……王位継承の儀を行えば、問題なく王位は継承できる」
刹那、ブゥンと微かな音を立ててアグニ王の頭上に金色の光で出来た王冠が浮かんだ。
タイヨウはもちろん、ハンナも初めての感覚に目を丸くした。
逆らえない。
目の前に王が在ることに、ただ渾々と喜びが湧いてくる。仕え、支え、使ってもらうためにこの身があるのだという見知らぬ感情が、生まれつき備わった本能として沸き起こる。
バベルの王冠は絶対操心の顕現だった。創世期のバベル王は皆優れた闇属性能力者であった。それが故にこの王冠を作ることができたのだろう。その後も王の盾として守護者に闇属性のアボット家が置かれたことは、闇属性能力の結晶である王冠の継承を闇属性特級能力者しか扱えぬことを指している。
闇属性が王になれず、縁嫁にもなれぬ理由もそこにあるのだろう。この王冠を王以外が自在に扱うことを許してはいけない。そしてまた絶対王政ではなく、平和の象徴としてバベルの王が在らねばならぬ理由もそこにあった。
この王冠はバベル王国の最強兵器だ。
「シュリを王とすることは私の意志だ」
「「「はっ!」」」
カグヤ妃とシュリ姫を除いた能力者達、そこにいた全ての人間が席を立ち最敬礼を行う。
「ああ、すまない……。そんなつもりでは」
「それ、引っ込めなんし。出さなくてもここの者達に主の真意は伝わりんす。皆も席につきなんし」
カグヤ妃の言葉を受けても動けなかった身体が、王冠の顕現が消えて自由を取り戻したことにタイヨウは驚いた。
「これは……悪い人を王様にする事はできませんね」
子どもらしい、幼い純粋な一言が全てを物語っていた。
王は頷く。




