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転生DKの帰還〜男子高校生ですがお嬢様やってたらチートな天使様になって、ついでに世界も救っちゃいました〜  作者: 森戸ハッカ
第三章 敵か、味方か

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43. 主従の密談

「どうしましょう〜!! やっぱり繋がりません〜!!!」


 ノーマン邸の自室。ソーレとの通信用貝殻『潮騒のメモリー』を耳に当てたまま、タイヨウは机に突っ伏した。昨夜は、こちらに来てから七回目の満月。日本にいるソーレと通信できなかったのは、これが初めてだった。


「おかしいですね……私もタイヨウ様も生きているということは、死んでいるわけではなさそうですが」


 ハンナが空の魔石を手に、いつも通り無表情で言う。


「怖いこと言わないでくださいよ! 心配じゃないんですか!?」

「だから何度も申し上げましたように、ソーレお嬢様の身に何かあれば“御霊の誓い”を誓った私には感じ取れますので。大方遊び惚けて通信のことなど忘れているのでしょう」


 時刻は朝の六時。使用人以外まだ動いていない静かな屋敷で、タイヨウの自主練にハンナが付き合っていた。


「うう〜!! どうしてもソーレさんとお話ししたかったのに……」

「それもお伝えしましたが、入れ替わったままにしたいという提案はソーレお嬢様には願ってもないことです。今回話せなくても結果は同じですよ。タイヨウ様こそ、本当によろしいんですか? 女の身体には生理もあれば、出産することもあるかもしれません。その美貌もいずれは経年劣化します。ですが、入れ替わりの秘術“黒門”は一度きり。一年をすぎれば永劫、あなたはおとぎ話の続きを生きるのですよ?」


 ツン、と額を突かれて、タイヨウはしばし固まる。次いで、へにゃりと笑った。


「へへへ。男の身体だって、そんなにいいものではないですよ」


 フリルたっぷりのネグリジェに、長い髪をざっくりまとめたゆるいお団子。肩をすくめる仕草すら、寝起きの姫そのものだ。


「そうですか。ソーレお嬢様は『入れ替わり期間中に夢精が体験できなければ身体を返すつもりはない』って言ってましたけどね。今だから言いますけど」

「そんな理由で!?」


 主従の間に、静かで穏やかな笑いが弾けた。


 机上には、ソーレがストックしていた禁術のコピー本と、聖誕祭の企画をまとめるノート。タイヨウは広げたまま、視線だけあちこちに迷子になっている。


 朝の時間に付き合うようになって、ハンナも気づいていた。生真面目な黒天使は、机に向かうと意外なほどすぐ気が散る。頭より先に体が覚えるタイプ――本人は魔法大学の研究に憧れているようだが、研究室に籠るより現場でこそ生きるだろう。

 そして、その性質はソーレによく似ていた。


 集中が十分もてば上等で、タイヨウは鉛筆をくるくる回しながら、また唐突に顔を上げる。


「僕を日本人だと認識していたのにも関わらず、ミカドの皆さんは一度も“どうして魔法が使えるのか?”って聞きませんでしたよね。あれ、ずっと僕気になっていて」

「……たしかに、気になりますね」


 適当にあしらっていたハンナが、そこで手を止める。主人の瞳をまっすぐ見つめ返した。その反応にタイヨウの顔がぱっと明るくなる。


「ですよね! あれで、きっとミカドにいる日本人は魔法が使えるんだろうって思ったんです。“日本にいるから日本人は魔法が使えない”んですよ」


 ハンナが頷く。


「なるほど。私は数回行っただけですが、確かに日本は魔素が非常に薄いと感じました」

「魔素って、魔力の素ですよね? ゲヘナから漂ってくるという」

「そうですね。魔素は酸素のようにあたりに満ちていて、そこから私たちは魔力を生成していると言われています」


 なるほどなるほど、と相槌を打ちながら、タイヨウはぽてぽてと素足でクローゼットへ向かう。奥に隠した宝石箱の二重棚、その底から闇Suicaを取り出した。ソーレが魔改造したカード状の魔石――タイヨウが魔法を使えるように残していったものだ。


「この闇Suicaの魔力量を鑑定してもらっていいですか? 僕も試しにやってみたんですが、ハンナさんのが上手なので……」


 聖職者でも淫行待ったなしの潤んだ上目遣いで差し出されるカード。受け取ったハンナは、触れた瞬間に目を丸くした。


「……空っぽじゃないですか」


 魔族と勘違いされるほど馬鹿げた魔力量を誇るソーレが、計画当初から折に触れ溜めていたはずの魔力。それが、綺麗さっぱり抜け落ちていた。


「ですよねえ。きっと、このカードは僕が魔法に慣れるまでのサポートツールだったんですよ。魔法はイメージが大切だって父様から前に聞いたことがあったんですけどその通りですね」


 闇Suicaを窓にかざす。昇る朝日を受けて、背後の海がきらきらと燦いた。


「このカードが『世界には魔法が存在していて、自分にも使える』って信じられるまでの時間を作ってくれて、おかげで今の僕は自分一人で魔法が使えるようになったわけです。話はそれましたが、もしかしたら日本にいるソーレさんは通信もできないほど魔力が失われている可能性はありませんか?」


 腕を組み、考えを聞いていたハンナが、束の間思考して頷く。


「あの方は規格外の魔力量ですから想定していませんでしたが、その可能性はありますね……“黒門”の消費分は魔石を持っていったはずですが、お嬢様は元々特級クラスの魔術を好む方でしたから、消費量に対して魔力が回復していないのかもしれません」


 ハンナが指を鳴らすと、卓上に東京の路線図が転移してきた。ソーレが禁術のコピー本や魔道具の試作品を詰め込んだ秘密箱――解錠できるのはソーレ、ハンナ、タイヨウだけ。その中から引っぱり出されたらしい。


「路線図だ!! なんでこんなものがあるんだろうと思っていました!」


 タイヨウがかじりつくように覗き込む。


「日本にも魔素がないわけではないのですよ。この丸をつけたポイントはトーキョーで魔素が比較的潤沢な場所です。その点を繋いだのがヤマノテセンだとソーレお嬢様は仰っていました。そのためヤマノテセンを周遊すればある程度魔力を回復できるとは言っていましたが……」

「うーん。僕は山手線沿線育ちですけど、魔法は使えませんでしたし、魔法を使える人も見たことありませんでしたよ……?」

「エキとやらを離れるとダメだと言っていましたね。しかし、少ないとは思いますが日本にも能力者はいると思いますよ。上空から見るとヤマノテセン全体が巨大な魔法陣になっているそうです。古来より日本にも能力者がいた証左かと」


 ほええ、と呆けた感嘆を漏らしながら、タイヨウは路線図を高く掲げ――そのまま、ぴたりと動きを止めた。


「その能力者もバベルの人なのかもしれませんよ? 誰かが既に日本に渡っていて、その道が残っていたからミカドに日本人が来たり、ソーレさんが日本に行ったりできたのかも」

「今となっては確かめようもありませんが、いい仮説なのではないかと思います」


 信頼のおけるメイドの肯定に、タイヨウのアメジスト色の瞳がきらりと光る。


 ――そうだ。きっと、そこに道はある。


「日本に特異点が生じていて、一方通行ではなく次元転移ができるのであれば、僕もいつか日本に行けると思います。ソーレさんをお迎えに行けます。今はどのくらいの魔力消費かわからないので試すことも難しいんですけど……少なくともモノだけなら送れるんじゃないかと思うんです。手紙と、僕が魔力をチャージした闇Suicaをソーレさんに送るのはどうでしょうか?」

「いい考えだと思います。しかし現地に行けば私がお嬢様の位置が捕獲できますが、ここからは無理です。住所がわからなくとも届けられるものでしょうか? タイヨウ様のお住まいは引き払ったまま、ソーレお嬢様が今はどこでどう暮らしているのかわかりません」


 ハンナが首を振ってため息をつく。タイヨウは顎に人差し指を当て、天井を一瞬だけ見上げてから頷いた。


「ソーレさんは、僕が入れ替わりを終えた時に礼として高校に入学させると言っていました。色々省いて説明しますが、それを叶えるために僕の戸籍は生きているでしょうし、郵便物も転送処理をしているはずです。切手は用意できないけど……元の住所を宛先にして、僕が詳細にイメージできるポストの中に転移できればいけると思いますよ。日本の郵便屋さんは優秀なのです!」


 ところで、とタイヨウはハンナの手元を指す。


「ハンナさん、この間からそれ何やってるんですか?」


 観月宮から戻り次第、女性の手のひらに収まるほどの薄い魔石――元は魔魚の鱗だという――を大量に仕入れて、ハンナはひたすら魔力を込めていた。黙々と、無表情のまま。


 ハンナは手を止めずに言う。


「……タイヨウ様は魔法大学と観月宮に赴かれ、この先を自ら選択されました。それはソーレお嬢様にとっても最良の選択だと言いきれます。ですが、ソーレお嬢様の“この先”については考える必要があると思いました。あの方は日本ではなく、バベルで生きていく方がよろしいのではないかと思うのです。ソーレお嬢様は魔力が使えなければ、ただの怠惰で傲慢な性格破綻者です。日本では生きていく術も根性もない不良債権です」

「そ、そこまで言わなくても……」


 怒涛の勢いで主人を貶してから、ハンナは息をつく。


「いや、全く言い足りませんよ。それが私が命を賭した主人なんです。あの魔力量は特級と認定されるでしょうし、ここにいればゲヘナ開拓でも魔獣退治でもなんでも仕事は見つかるでしょう。ですが、入れ替わったままこちらに戻って来たら、名も戸籍もない状態なんですよ」


 確かに、とタイヨウが口元に手を当てて息を飲む。

 『ソーレ・タイヨウ・ノーマン』になった自分のせいで、ソーレは「タイヨウ」を名乗ることすらできない。


「洗礼式を無事に終えればどこか名家の養子になると思いますが、それまでが重要なんです。そのためにも平民の戸籍を買ったり、当座の家を用意したり……金が必要なんですよ。これはその準備です。この魔石は金になります。闇の魔力は高く売れるんですよ」

「だったら僕が……!」

「いいえ、いけません。タイヨウ様は相談もなく異世界に拉致され、身体を奪われ、男との結婚まで決まってしまったということを忘れてはなりません。これは主人を止めなかった私の責務です」


 メイドなりのケジメ――その硬い言葉を、タイヨウは真正面からひっくり返した。立ち上がり、猫騙しみたいにパァン!と、ハンナの目の前で手を叩く。


 仮面のように片側の瞳を隠す長い前髪が、ふわりと舞い上がった。


「ノンノン!! ノンノンですよハンナさん!! 僕、ここに呼んでもらって本当によかったんです。今思うと、日本では育ててくれた祖母しか繋がりが感じられませんでした。あの国には家族も友達も仲間も、もちろん恋人もいない。……僕の居場所はないんです」


 タイヨウはずっと、人は誰かの役に立って初めて居場所を得られるのだと思っていた。日本で働いても、得られたのはわずかな金だけ。

 でも、今ならわかる。


 人は本来、ただ存在するだけでいいのだ。


『この人にいてほしい』

 そう思う人が一人でもいれば、そこに居場所は生まれる。心と心のつながり――目に見えない土地に、確かに家は建つ。


 この国に僕の居場所はある。

 そして、それを作ってくれたのは、ソーレとハンナだ。


「ハンナさんは、ソーレさんにバベル王国にいてほしいのでしょう? 僕も同じ気持ちです。ソーレさんの居場所は僕も作ります。手伝わせてください!」


 そう言って、木箱に収められた空の魔石を一つ取り、力を込めて魔力を流し込む。


 ――次の瞬間。

 魔石は、呆気なく砂塵と化した。


「え゛っ!!? ごめ、ごめんなさいっ!!」


 あわあわと空中をかき、舞い散る砂塵を集めようとする美少女。その姿に、ハンナが噴き出した。次いで腹を抱え、大笑いする。


 鉄仮面のメイドが笑う。初めて見る光景に、タイヨウは呆然とした。眼尻の涙を拭い、息を整えたハンナが言う。


「申し訳ございません。魔石のバーストですよ。この魔石は1000程度の魔力しか納められませんから、そこに特級相当のタイヨウ様が力を込めれば壊れてしまいます。お気持ちだけで十分です」


 本当に、ありがとうございます。

 そう言ってハンナは、バベル式の最高礼でタイヨウの前に跪いた。


「……タイヨウ様。既に他の方に名を捧げた我が身ではありますが、生涯貴方に忠誠を捧げることをアボットの名において誓います」

「そんな、改まってやめてくださいよ!」


 慌てて身体を起こすタイヨウに、ハンナはまた小さく笑う。


「魔石の販売は、私にもメリットがあるのです。常に底つき手前にキープしておくことで、魔力量が成長しやすくなるんですよ。私の魔力は9000程です。半年後の成人式の特定診断で一万を超えれていれば特級の判定が得られます。階級に興味などありませんでしたが、最悪特級手当てでソーレお嬢様をヒモとして養っていけますからね」


 四貴家当主相当の金額には、それ相応の責任もついてくる。アボット家に名を連ねる者の特級誕生は、次期王の守護者となることを意味していた。

 だが、その時はその時だ。未来に絶望しか抱かなかった自分に、「大抵のことはなんとかなる」と信じさせた二人の主人。その背に続いていれば、きっとなんとかなる。


「私にもこの地でBLのレーベルを育てたいという夢はありましたが、日本人の影響で漫画文化が発展しているミカド皇国とのコネクションができればそれも叶うはずです。……貴方はカザン様と結婚するのでしょう?」


 ハンナはタイヨウの両手を取り、コツンと額を寄せた。姉のように親しい仕草に、タイヨウの鼻の奥がつんとする。


「はい、不束者ですが、カザンさんを幸せにしたいと思います……」

「ふふっ、それはカザン様のセリフですよ」

「そして、僕はハンナさんが19歳ってことに一番驚いてます……」

「どういう意味です?」


 手を離し、鉄仮面をかぶり直したハンナが頬をつねってくる。タイヨウは破顔した。


「へへへ、大して変わらないじゃないでふか!もっと頼ってくださいよ」


 ふふ、と笑って、ハンナは再び魔石を手に取る。


「というわけで、こちらの魔石は引き続き私にお任せください。闇Suicaのチャージはお任せしていいですか? 10万ほど入れられるはずです。そして準備が出来次第、日本に送ってみてください。洗礼式の前にソーレお嬢様をこちらに呼び戻したいです」

「合点承知です!!」


 力瘤を作る真似をしてから、タイヨウはコテンと首を傾げた。


「特級認定は1万からなんですよね。ソーレさんの魔力量ってどのくらいだったんですか?」

「ソーレお嬢様は“53万”です」

「ど、どこかで聞いたことのある数字だ……」


 タイヨウが目を泳がせる。ハンナは肩をすくめ、容赦なく続けた。


「鑑定したときに面白がって数値を調整していましたので、実際にはもっと高いと思いますよ。洗礼式前の底尽きの危険は本人も何度か痛い目を見てわかっていたようで、私が今やっているような負荷をかけたトレーニングはやっていませんからね。タイヨウ様もやらないでくださいよ」

「……僕が10万チャージしても大丈夫でしょうか?」

「問題ございませんよ。禁術のカルマよりだいぶ少ないかと。タイヨウ様はソーレお嬢様と同等の魔力量をお持ちですから……そうですね、1日の使用量が40万を過ぎると危険だと覚えていてください」

「数字が出るわけではないので、わかりにくいですねえ……」


 タイヨウはにぎにぎと両手を開いたり閉じたりして見つめる。


「初心者向けの魔力カウンターもあるんですが、貴方達の魔力量を把握できるものはないので、こればっかりは鑑定ができる者とともに感覚を掴んでいっていただくしか……」


 その瞬間だった。


 庭奥のVIP用転移陣が閃光を放つ。

 そして――耳慣れぬ獣の咆哮が、空を引き裂いた。

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