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転生DKの帰還〜男子高校生ですがお嬢様やってたらチートな天使様になって、ついでに世界も救っちゃいました〜  作者: 森戸ハッカ
第三章 敵か、味方か

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39.親子喧嘩

「母上!!!」


 顔面蒼白になって膝をついたタイヨウに、カザンが駆け寄る。


「何を言われた? 焼くか? 今すぐ焼くか?」


 ゆらりと、カザンの琥珀色の瞳が揺れた。魔圧は暴走寸前まで高まり、髪をかすかに巻き上げている。


 ふぅっと煙管の煙を吐きながら、カグヤ妃がカザンを見下ろした。髪も瞳も肌の色彩も異なるが、やはりよく似た親子だった。


「野暮なことを。わっちは暫くタイヨウと話すゆえ、主は下がりなんし」

「できるか! タイヨウは連れて帰る」


 威圧を発した瞬間、カザンを中心に風が巻き上がった。窓ガラスがガタガタと大きな音を立て、次の瞬間、弾き出されるように割れ飛ぶ。庭の植栽も、台風に吹かれたかのように折れ伏した。


 それでもカグヤ妃は、まったく怯む様子を見せない。眼だけで圧をかける。


「阿呆。疾く、去ね」


 鋭く上げられた口角から、ちらりと犬歯が覗いた。妖狐というものがいるなら、きっとこんな姿をしているのだろう――とタイヨウは思う。敵わないと心底悟った途端、不思議とクツクツと笑いが込み上げてきた。


「――大丈夫ですよ、カザンさん。お母さんがあまりにお綺麗なので、びっくりしただけです」


 タイヨウは自分を護るように立つ大きな背中に、額を寄せる。シャツ越しに触れた背中は火のように熱く、汗ばんでいた。すでに馴染んだカザンの香りを吸い込むと、自然と笑みが溢れる。


「こっちを向いてください」


 呼びかけに、カザンがゆっくりと振り向く。両頬をつかんで覗き込むと、琥珀色の瞳の奥で虹色のプリズムが揺らめいていた。


「……俺は嫌なんだ。タイヨウが傷つくことが。色情狂みたいな格好をしているが残念ながら母親だ。このクソババアがお前に嫌われることも不本意だ」


「クソ……」


 両手で口元を押さえたタイヨウが背後を見ると、カグヤ妃が青筋を立てて「チィッ」と吐いていた。短気なのは、間違いなく母親譲りである。


「嫌いになんかなりませんよ! それに……たとえ傷ついたとしても、そんな弱虫じゃないんで心配いりません。すぐ治ります」


 少年の顔になり、赤くなって拗ねるように、カザンが小声で続ける。


「……それに、お前がクソババアに目を奪われるのも嫌だ。連れて帰りたい」


 ブワワッと頬を染めたタイヨウが、カザンの頭を胸に抱き寄せる。心臓がバクバク鳴っているが仕方ない。この顔を誰かに見せるのは、どうしても嫌だった。


「……アホなんじゃないですか。本当に」


 抱きしめた髪に口付けながら呟く。心の柔らかいところが、きゅっと締めつけられるように痛んだ。これまでも微かによぎっていた甘い痛みを、今ははっきり自覚している。


 落ち着いていく魔圧に胸を撫で下ろした、その時だった。カグヤ妃がカザンの頭を叩く。


「ど阿呆。主は三千世界一の阿呆じゃの。こんな阿呆でいいのか、タイヨウ」

「……ッ」


 赤い瞳を見返しながら、タイヨウは息を止めた。


 どうしよう。

 どうしたらいい。

 僕は、どうしようもないタイミングで、どうしようもなく恋に落ちた。

 腕の中にある存在なしでは、もうどんな願いも叶わない。どう生きていけばいいのかも、思い出せない。


(……でも、僕1人が決められることじゃない……)


 その時、風と共に中庭が光り、光が消えると隊服姿のヒューが立っていた。クセの強い白髪の下で、タレ気味の青い目が大きく見開かれる。


「ええっ!? タイヨウちゃん!? これどういう状況?」


 観月宮の護衛陣は、緊急時に危険を知らせる魔石を、騎士団副長でありカザンの乳兄弟でもあるヒューに預けていた。ヒューが対応できない場合は諜報部へ通報が行く。アボット家の護衛システムに頼らないという皇国側と、王妃に護衛をつけたい王家側の折衷案である。


 護衛陣は地方隊長格相当の戦力を誇るが、カザンには敵わない。その結果、魔石はヒューに託され、実質「親子喧嘩通報サイレン」と化していた。


 緊急転移陣を起動させたセミマルが、気まずそうに頭を下げる。


「すまん。今度こそ本気で屋敷焼かれるかと思ったんだけど、天使のおかげでなんとかなっちゃったみたいで」

「申し訳ございません。ヒュー坊っちゃま。私が悪いんです、坊っちゃまの魔圧で失神してしまったので……」


 爺とナリに支えられ、ホタルが青褪めて平伏する。魔力差の現実を目の当たりにし、タイヨウはカザンからそっと離れてから、カグヤ妃の前に平伏した。


「――カグヤ様、失礼ながら申し上げます」


 カグヤ妃は、タイヨウの瞳をじっと見つめる。


「僕とお時間をいただく際、門前で待機している側仕えを呼ぶことをお許しくださいませんか。アボット家の者ではありますが、僕の命に賭けて、この場の皆様にご迷惑をおかけすることはないと誓います」


 もはや令嬢ではなく、大貴族の令息そのものの佇まいだった。緊張に漲る美しい顔に、周囲は固唾を飲む。


「――嫌じゃ、と言ったらどうするえ?」


 煙管を咥えたまま、表情を変えずに問う。

 “日本人”という言葉を口にしたカグヤ妃と話す必要があるのは、タイヨウ自身だ。


 それでも――。


 改めて、床に額がつくほど深く頭を下げる。


「……誠に残念ながら、この場を下がらせていただきたく存じます」


「タイヨウ、なぜ引く!」


 肩を掴まれ、タイヨウはそっとその手を握り返した。瞳を覗き込む。


 好きだなあ。

 この人の、こういうところが好きだ。


 役目を理解し、それを奪わない。守るだけでなく、1人の人間として尊重してくれる。だから、ただ僕でいられる。


「僕のそばにハンナさんがいれば、カザンさんは安心して帰れるでしょう? ここまで案内してくださってありがとうございます。ご家族の皆さんに会えて、とてもうれしいです」


 一人一人と視線を交わすと、観月宮の者たちは照れ臭そうに笑った。


「それに僕の都合もあって……カグヤ様、ちょっと失礼しますね! あ、ホタルさんもちょっと離れた方がいいかもしれません。背中側だから平気かな?」


 勢いよく立ち上がり、割れた窓枠の前に立つ。中庭で立ち尽くす二人に、現場監督よろしくチョイチョイと手で指示を出した。


「ヒューさん、セミマルさん、ちょっと退いてもらっていいです?」


「あ、ハイ」


 ガラスを踏みながら、セミマルがヒューを縁側へ引っ張っていく。


「ねえ、俺何しに来たの? 帰っていい?」


 ドシリと腰を下ろすヒューに、タイヨウが頷いた。


 息を一つ吸う。濡羽色のウェーブが舞い上がり、凄まじい速さで手印が組まれる。バチバチと音を立てて魔圧が上がった。


 紫色の光で形作られた魔法陣が浮かび、カルマが唱えられる。自作ではない。ソーレが遺した禁術集から、こっそり練習していたものだ。


「……『逆転する運命の輪〈リバース・エッジ〉』!」


 光が消えると、窓ガラスも倒れた植栽も、破壊前の姿へと戻っていた。


「“この直すやつ”、僕あんまり使えないんで、これ以上壊されちゃうと困っちゃうんですよね。だからハンナさんを呼べないなら、僕も帰るしかないんですよ」


 唖然とする一同に、未熟者ですいませんとへにゃりと笑う。


 それは開国期に魔王と呼ばれた能力者の遺産――復元不可能とされた伝説のカルマだった。“この直すやつ”呼ばわりする存在は、数千年遡っても他にいない。


「――カザン、表のハンナとやらを呼びなんし」


 カザンが跳ねるように立ち上がる。


「ヒュー、そのままこの唐変木を連れて帰りゃ。主が離れとるのは事情があるんじゃろ」


 事情の全てを知らずとも、勘は告げていた。すでに抜き差しならぬ局面だと。


 カグヤ妃は、いなせに笑う。


「こことタイヨウは、わっちに任せなさんし。主は殿と民草を守るんじゃろ」


 入口に回ったヒューが手を振る。


「行くぞ、カザン! タイヨウちゃん、またね」


 去り際、セミマルとナリが戯れる。


「無理をするなよ」


 カザンが両頬に触れる。名残の熱が伝わる。


「はい、カザンさんも」

「当分逢いには行けんが、八咫を飛ばす。石を外すなよ」


 真紅の御霊石を指差す。


「……聖誕祭が終わったら、お時間をもらってもいいですか? 2人でお話がしたいんです」


 掠れた声に、カザンが青褪める。


「別れ話か!?」


 オロオロと取り乱す肩に手を置き、タイヨウがふわりと浮かび――唇を塞いだ。


 一段、世界が明るくなった気がした。


 長い、長い口づけ。


 観客が震え、カグヤ妃が紫煙を吐く。


「……この流れで、あなたは本当にアホなんじゃないですか?」


 カザンは物のように転移させられた。


 唇を離したタイヨウが、物を投げるようにヒューの元へカザンを転移させた。


 我慢できずに高笑いするカグヤ妃の周りで、侍従たちといつの間にか増えた黒装束の忍達が紙吹雪を散らし、くす玉を開け、太鼓を鳴らし、歓声を上げて総領息子の春を寿いだ。


「おさらばえ」


 ヒューが手を振り、唇を押さえるカザンをズルズル引き摺っていった。



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