36.タイヨウの夢
「レイ兄、邪魔するぞ」
数分後。
片手でタイヨウを抱いた長身のカザンが、麻の白シャツに黒いパンツというラフな服装で教授室に入ってきた。
「降りますよ!! も〜! カザンさんはすぐ僕を弱虫扱いして!」
不満げなタイヨウがトンッと軽やかに床へ降り、手を腰に当てて三十センチほど背の高いカザンを睨む。
「ここまで来るのも僕が転移するって言いましたのに! だからお迎えに行ったんですよ」
「今日はオフだからトレーニング代わりだ。相変わらず小さいし、軽くて負荷にもならんがな」
「むぅぅ! 伸び代だらけと言ってください! 実父もそこそこ背が高かったのでいつか抜きます! 射程範囲です!」
ぴょんぴょん跳ねるタイヨウの頭頂にキスしてから、カザンが楽しそうに笑う。
残暑の昼下がりに馬で駆けた後、タイヨウを抱えて七階まで昇ってきたにも関わらず――汗ひとつかいていない。
教授室の空気が、ふわりと固まった。
「あ、ああ……よく来たね。カザン」
戯れる二人に絶句した面々を代表して、若干引き攣った笑顔でレイ王子が語りかける。
「しかし婚約もしていない令嬢を公然と抱いて歩くのはどうかな? とお兄ちゃんは思うんだけど……」
「何を言う。抱かなければ運べないではないか?」
カザンが腕を組み、片眉を上げる。
「運……エスコートしたいのであれば手を繋ぐとか、腕を組むとか他にあるでしょうカザン殿下」
最年長者としてセバスが常識的な助言をすると、タイヨウはたちまち頬を真っ赤に染め、それを見たカザンも微かに赤面する。
「手を繋ぐなど破廉恥な! タイヨウは洗礼式も済ませておらず、大体まだ出会って数ヶ月だぞ。当主から退いて狂ったかセバス?」
「てててて手はちょっと……抱く、というか徒手運搬はレンジャーの基本ですし……」
なあ?と顔を見合わせて照れるタイヨウとカザンに、一同が砂を噛まされた顔になる。
「先生〜!! さっきアタシ、カザン王子がタイヨウの頭にキスしてるのも見ました〜!! あれはいいんでしょうか〜?」
キッス!キッス!とリリガルドが挙手しながら、学級委員風にレイ王子へ訴える。
「そうだね、その点も先生は気になっていたよ。どうなんだい、カザン君」
論に乗ったレイ王子に、カザンが呆れ顔で笑う。
「は? スポーツの試合を見たことがないのか? 口に接吻するならまだしも、そのようないかがわしい行為では断じてないが」
その横顔を見て、タイヨウも大きく頷いた。
「ノーマン家では父様からもよくされるので、それが普通なんだと思ってました」
違うんですか?と穢れひとつない宝石のような瞳で問われ、レイ王子が視線を逸らす。
黒天使の前で“常識”が折れていく音がした。
「違……わないと思います」
机を叩き、更に食い下がるリリガルド。
「先生っ!! タイヨウがカザン王子から『御霊石』をもらってるのもみました!!」
「ミタマイシ?」
タイヨウが小首を傾げる。
「それ!! そのネックレスにしてるやつ!! それ、貴族が結婚相手に何年もかけて準備して渡すやつだよ! 魔石なんて普通はカンタンにつくれないし、下手したら底尽きしてしばらく仕事できなくなっちゃったりするけど、『それだけ貴方のことを思ってます』っていう重い愛の証で……」
「庶民の常識はわからんが、俺の御霊石ならヒューも持ってるぞ」
マッ!?とハンナが声を上げ、左手で口を塞ぐ。
腐女子レーダーが点火して瞳がギラついたが、次のレイ王子の言葉でスンッと鎮火した。
「ごめん……カザンの御霊石なら僕も持ってます……」
「どういうこと!?」
若干気まずそうに、レイ王子が説明する。
「うーん。平和な時代が続いて意味が変わってしまったけど、御霊石は本来お守りなんだよね。御霊石を持っている人間が命の危険を感じると、石の制作者に通知が行くらしいんだ。上級能力者が建国期ほど多くない今となっては本来の使い方をしているのは王族や騎士団の上層部だけだけど」
「なるほど、それでノーマン様はお怒りにならなかったのですね……」
小声でハンナが呟く。
あえて目に触れるようネックレスに加工したのに、見事にスルーされたことがずっと引っかかっていたのだ。
御霊石はカッティングができないため、ルースの状態で身につけるのが特徴である。国内屈指のお嬢様であるタイヨウが“手の入っていない石”を身につけていれば目立つ――それが狙いだった。
(番犬感覚、ですかね)
アボット家は家系魔術『御霊の誓い』により忠誠を誓った主人の危機を感じ取れる。ゆえに、御霊石に関しては世間一般の認識しかなかったハンナは、内側でため息をつく。
「仮に庶民側の使い方なら、俺がこんな豆粒にすると思うか? 誰も見たことのないサイズにしてやる」
カザンがふんぞり返りながらタイヨウの胸元を指す。豆粒というが、優秀とされる三級能力者でも毎夜力を込めて数年かかるとされる一カラットほどのサイズだ。
「……なるほど? では僕もカザンさんに御霊石をお渡ししないとですね。ちゃんと呼んでくださいよ。ピンチになったら、僕が助けに行きますから」
虚をつかれたカザンのうなじに、タイヨウが飛んで触れる。
そのままくるりとカザンの周りを飛び、一周。空間転移を毎朝の自由時間に鍛錬しているおかげで、ソーレのように浮遊できるようになっていた。
「髪、少し切ったんですね。ネックレスよりピアスのが似合いそう。ああ、でも僕の石は何色なんだろう? 闇属性だから紫色になるのかな? この綺麗な赤い髪に似合わないかな。黒い石ならいいのに……」
髪を撫でながら言った後、背中から両方の耳たぶをそっとつまむ。ビクンとカザンの肩が固まった。
「ーー残念、その前にピアス穴空いてないですね」
ため息がかかる。
ついにカザンが乙女のように両手で顔を覆った。ついでにレイ王子とセバスも口を両手で覆い、萌え声が漏れぬよう堪えている。
「……出た、天然ハーレム製造機」
ハンナが眉間の皺を深め、額を押さえた。
「ねえ、アタシにも頂戴よ。タイヨウ」
「もちろん、いいですよ!」
「!?」
地に降り、リリガルドの元へ歩いていくタイヨウを、呆然とカザンが見ている。
「アタシはブレスレットにしたいから、小さいもので“3つ”頂戴?」
手を差し出しながら、さり気なくピアスより多い数を指定し、顎を逸らしてカザンを睥睨する。
「さすがリリガルドさん! 確かにブレスレットなら髪や眼の色と喧嘩しませんね!」
キャッキャと手を取り合う二人――その背に、カザンの魔圧が“変わりかける”のを、ハンナは感じ取る。
しかし、レイ王子が即座に割って入った。
「ストップ! ノーマン君、オータム君! 御霊石はアクセサリー感覚で作るものではないからね。洗礼式を終えないと作り方は教わらないし、今考えることではないかな!」
(――洗礼式後か。僕が御霊石を作る日は来ないんだな)
ツキン、と胸の奥が痛む。
それを笑顔で隠すタイヨウとリリガルドの間に、カザンがヌッと割って入った。
「タイヨウ、こいつは誰だ?」
「夜会の時に会ってますよ! オータム商会のリリーマリーさんです。今日は女の子の格好をしていらっしゃいませんので、『リリガルド』さんですが。僕たち、大切なお友達になったのです」
照れ照れと嬉しそうに報告するタイヨウの横で、リリガルドがニヤニヤする。
「ほう、あの騒動を起こしただけで飽き足らず……お前、歳は幾つだ」
高圧的に睨みつけるカザン。
だがリリガルドは涼しい顔で見返していた。タイヨウの眼前で、しかも無能力者の兄がいる前で魔圧を叩きつけられない――そう踏んでいる。
リリガルドは元々、バベル王国きっての大成金オータム商会で、砂糖菓子より甘やかされて育った天上天下唯我独尊の傲岸不遜系美少年である。
「15よ! タイヨウと同い年で来年洗礼式。話は変わるけど、結婚って同い年のカップルが一番多いんですって。3歳違いまでがほとんどだとか」
そうなんですねえ、とホワホワ頷くタイヨウ。
四歳年上のカザンの瞳が、一瞬だけ揺らぐ。次いで作り物の笑顔が貼り付いた。
「ケツァルコアトルの呪符を起動できるくらいだ。既に3級程度の力はあるだろう。これから成長期に入ることを考えれば、既に平民の器ではない。どこか貴族家に養子に入るのか?」
「まあね、ヴォルフガング様の遠縁のライプニッツ様の所に行く予定」
バベル王国腐女子の伝説のアイコン――同性カップルの名。
それを挙げてリリガルドが胸を張る。
先代騎士団長ライプニッツが辺境の村で拾った白皙の美少年を一流の能力者に育て上げ、ついにはその身も心も奪った経緯は聖伝と尊ばれ、何万回と薄い本になっていた。
「ならば丁度いいな。お前、洗礼式がおわったら騎士団に入れ。ライプニッツ先輩には俺が話をつける」
「え゛っ」
リリガルドの髪が、猫の耳のように跳ねた。
「タイヨウの友人とあっては丁重に扱わなくてはな? まだまだ伸びる時期だから、俺が直々に鍛えてやろう」
一級に上がるまで休めると思うなよ――カザンがリリガルドの肩に手を置き、耳元で囁く。
「よかったですねえ、リリガルドさん」
「よかないわよ!! そうだ、アンタも入りなさいよ騎士団!!」
涙目で肩を揺するリリガルド。
タイヨウは即座に首を振る。
「いやあ、僕は……」
「――ノーマン君は何がやりたいんだい? 君も随分優秀じゃないか。いい機会だし、カザンもいる前で聞いておきたいな」
再び教師モードになったレイ王子が問う。
タイヨウは言葉に詰まり、救いを求めるようにハンナを見た。
ハンナは相変わらず無表情だ。止める気はない――むしろ“吐かせる気”だ。
未来のない僕が言っても詮無いことだけど。
内心の皮肉を飲み込み、タイヨウは誰にも打ち明けたことのない夢を口にした。
「僕は……この国に新しい輸送システムを作れたらいいなと思っていて……」
以前、日本の新幹線をモデルにしたカルマを発動させた時、ノーマン公が画期的だと褒めた。
その瞬間に“種”が生まれてしまったのだ。
魔力の低い招待客を大量に移動させたにも関わらず、誰一人転移酔いもしなかった。タイヨウ的にはそれほどの消費でもない。
だが、この国では違う。
闇属性は長い歴史の中で蔑まれるようになり、アボット一族を除けば能力を伸ばそうとする者が進んで出る環境ではない。技術開発も進んでいない――そう聞かされた。
「ほう。面白いですな。闇属性は『移動』は初手で身に付ける者が多いですからな」
窓際にいたセバスが、部屋のドアまで転移する。
「アボットは移動はいささか苦手で、私でも陣がなければこの程度ですが」
タイヨウが頷く。
「きっとイメージしやすいからだと思います。僕のカルマも基本『移動』のアレンジですし。効率の良い転移陣を開発したり、車両にも転移陣を埋め込んだりすれば、能力の低い方でも起動させられるんじゃないかなと思うんです。あと、僕はゲヘナの森の近くでとてもパワーを得られたので、他の闇属性の方もそうならあのエリアでエネルギーを貯めたりできないか……とか、考えていて……僕にはできないと思うんですけど……」
輸送革命。
人流だけでなく物流が変わる。
そうなれば、冷遇されているという闇属性の者たちも未来が変わるのではないか。
僕は叶えられないけど、ソーレさんなら。
時間があれば、大学に行って研究して、きっと。
長いまつ毛を伏せ、瞳を陰らすタイヨウ。
その頬を、カザンが両手で掴み、ぐいっと上を向かせた。
熱い。
縮こまった心を溶かすような熱。
「お前ならできる。自分で叶えろ、タイヨウ」
トパーズ色の瞳に覗き込まれ、タイヨウの瞳が涙で潤む。
「――でき、ますかね……?」
「何を心配することがある? 世の中を変えようとするお前を誰が止めるんだ。家か? 結婚か? 子供か? そんなもの10年でも20年でも先にすればいいだろう」
見当違いながら力強い肯定を、明るく言い放つ。
ぐしゃぐしゃな気持ちで、タイヨウが顔を歪ませた。
「――お望みなさいませ。タイヨウ様」
腹を決めた腹心のメイドが、静かに言う。
タイヨウが驚いてハンナを見る。
「タイヨウ様の御望みをお聞かせいただき、ハンナは嬉しゅうございました」
跪き、忠誠の礼を行う孫娘を、片眼鏡の奥でセバスが誇らしげに見ていた。高い能力を持ちながら一族の意志に沿わず、勝手に主人を決め家を出たハンナ。
(ハンナよ、見る目があるな。アボットとして誇らしいぞ)
「いい侍従だな。母上は『アボット家』がお嫌いだからお目見え出来るかわからんが。今日は連れて行くのか?」
「「「「は???」」」」
カザンの一言に、一同があんぐりと顎を落とす。
「はぁ? 何を驚いている。今日行くのであろう? 母上の元へ。だから俺が来たんだが。うちのアボットがそう言っていたぞ」
「セバス、メイに何か言ったのかい!?」
焦ったレイ王子がセバスを問い詰める。
モラトリアム大作戦は秘密裏に行う計画だ。ゲラン公の警備担当になるはずのカザンにはもちろん、ノーマン領隊隊長のメイ・アボットにも伝えるべき内容ではない。
「いえ、もちろん口外などしておりませんが、ただ娘は……アヤツ一年に一度のアレをここで……!?」
セバスの顔が、固まる。
(メイよ、父としてもアボットとしてもどうかと思うぞ……!!)
フリーズしたセバスに代わり、ハンナが膝をついた。
「……レイ様、申し訳ございません。母は『千里眼』を多少嗜みますので……おそらくタイヨウ様が今日こちらにお越しになることを知って一点突破で張り込んだのではないかと……」
「母!? ハンナさんのお母さんは騎士団にいらっしゃるのですか!?」
「ああ、もう、タイヨウ様そこらへんは道中話しますので……ちょっと私、情報が多すぎて1人になりたいです」
「僕、今日カザンさんのお母さんに会うのですか!? 手土産も何もないんですけれど!!」
ハンナさあん!!と肩を揺さぶるタイヨウ。
だがハンナは構わず、ゆっくりと瞑目した。
次話からは新章です!
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