33.夜会騒動の真相
「レイ殿下、そのケツァルコアトルを喚ぶ呪符はゲラン公領で見つかったと先ほど仰いましたよね」
沈黙を破ったのはハンナだった。
部屋の空気がぴん、と張る。レイ王子は小さく頷いた。
「そうなんだ。しかも来月行われる聖誕祭の準備品の中にあった、とゲラン公爵は言う」
聖誕祭。
王の誕生と治世を祝う祭は、王都で毎年華々しく行われる。平民も店を閉め、四貴家がそれぞれの催しをプロデュースし、人々はその「お披露目」を巡って街を回るのが通例だ。
そして近年、その「お披露目」はそのまま――王位継承代理レースの様相を帯びている。
ノーマン家を除く三家が、王の子どもたちの後援についているからだ。
「白々しくも彼らはこう言う。『不敬甚だしくも聖誕祭の準備品にオータム商会の商品を改悪した呪符が紛れ込んでいた。先日の夜会のように、レイ王子だけでなく、ゲオルグ王子も狙う者がいるのではないか。オータム君のように呪符を発動できる“操獣の能力者”を使役する者が』と。その存在が明らかになるまで聖誕祭には参加できない。それがゲラン公の主張だ」
レイ王子の口調は淡々としているのに、内容がいやに生々しい。
その瞬間、リリガルドの頬がかっと赤くなる。
「馬鹿馬鹿しい言いがかり! 操獣系はウチに多いけど、オータム商会が犯人だって言いたいの? 元々海鳥撃退君はゲラン領で使用されていたものだし、今回のそれも自作自演でしょ!」
「――近いが、少し違う。オータム商会はヴォルフガング公爵の後援を受けている。ヴォルフガング公もターゲットだと考えたほうが妥当だよ。ヴォルフガングは明言こそしていないがカザン王子派だ。大陸随一の工業国であるヴィロン共和国の商品の消費が激しい騎士団のトップだし、カグヤ妃とも縁があるしね」
つまり「犯人」より先に、「狙い」がある。
タイヨウの背筋がぞわりとする。
「狙いはヴォルフガング公……? しかしカザン×黒天使CP人気は金払いのいいトップオタを失脚させたからといっておさまるものではない気がするのですが」
自分のカップリングの話になった瞬間、タイヨウが反射で口を押さえる。
ハンナはその口を押さえたままソファに座り直し、祖父を睨みつけた。
「トップ……カプ……? 若者言葉はわからんが、ゲオルグ殿下たちはタイヨウ嬢のことをようわかっとらんのじゃろうとワシは思う。アボットのお前も常に侍っておるし、二級能力者以下は近づくことすら叶わぬ。そうだな。王子の目に止まらんがため、派手なパフォーマンスをする悪役令嬢あたりが関の山の当て推量だろうて」
国内随一の隠密一家の元当主。
その自信が言葉の端々から滲む。
ハンナの口角が、ほんの一ミリだけ上がった。
「フン! ゲオルグ一派に悪役令嬢って言われたら、それ一周して正ヒロインじゃない? よかったじゃん、タイヨウ」
「あり……がとうございます?」
肩を叩かれても、タイヨウはまだ話の速度に追いつけていない。
目をぱちぱちさせる彼を、ハンナは半眼で眺める。
(実際のソーレお嬢様はバチクソ悪役令嬢ですし、あながち間違えでもないんですが……)
思考を飲み込んで、ハンナは話を戻した。
目的は「盛り上がる雑談」ではない。「抜け道」の確認だ。
「レイ王子が先日の夜会の招待を受け取ったのはいつなんです? 『カザン王子から返事がないからレイ王子を呼ぶことになった』と旦那様は仰っていました。ノーマン公爵はミスター無礼講でいらっしゃいますから、かなり直前だったのでは?」
「ハハッ! パーティの1時間前だよ。暇なら来いって速烏が来てね」
「あり得ない……脳筋系はこれだから……」
唇だけを器用に動かさず、認識阻害をかけたまま毒を吐く。
それが自然すぎて、もはや芸だ。
「王都からノーマン領までは馬車で時間がかかりますよね?」
タイヨウが思案顔になると、レイ王子はぱっと破顔した。
「緊急脱出用の転移陣を持たされてるからね。タキシードに着替えて、セバスの魔力が込められたストック魔石をおいてポンッだよ。帰りはカザンと馬車で転移しながら帰ったよ」
「ポンッじゃございませんぞ、殿下。緊急の際にお使いくださいとアレほど……!」
「変態ロリジジイの寿命が削れるなら魔石はどんどん使ってほしいんですが、それはそうと……無理ですね」
「無理じゃろ?」
「抜け道がない」
「そう、無理なんじゃよ」
よく似た亜麻色の瞳が交わる。
アボット家の二人が、顎に手をやり唸った。――“同じ結論”に至っている顔だ。
「何が無理なのよ!」
置いて行かれるのに慣れていないリリガルドが、机をパンと叩く。
「急に決まったレイ王子の来訪をゲオルグ王子一派が知る抜け道がない、ということです。アボット家の網を抜ける方法がない。アボット家は王家の盾。索敵、認識阻害、鑑定に長ける闇属性が多い王家御庭番一族です。王族はカザン様とカグヤ妃以外はアボット家の一級能力者以上を側仕えに入れています。現王には当主が、第一継承者であったレイ王子には元当主の祖父がつき、周囲を常に索敵網で警戒しているのです」
ハンナの説明は、冷静で、容赦がなく、誇りすらある。
王家の盾。網。抜け道がない。
「寝てる間もですか? 休めてますか!?」
「そこらへんは企業秘密ですが、なんとかなりますのでご安心を。夜会当日は範囲を広げ、タイヨウ様の周りには私が索敵網を張っています。あの夜は明確な悪意を持った侵入者も、不審な通信烏もありませんでした。ゲラン公付きのアボットは一級。同級の私の索敵網は抜けられません。呪符をリリガルド様の荷物に仕込んだのがゲオルグ王子一派だとしても、あの夜レイ王子が来ることは知り得なかったはずです」
つまり、筋が一本、折れる。
「ゲオルグ一派が全部を操った」なら成立するはずの線が、アボット家の網で遮断されている。
「――アタシも悪意がないって判断されたってこと? 結構ギラギラしてたと思うんだけど」
少し決まり悪そうに訊ねるリリガルドに、ハンナはなんでもない顔で肩をすくめた。
「いえ、リリガルド様ご本人は現在三級相当のお力かと思われますので、イキったモブとしてスルーしておりました」
「誰がモブよッ!!」
ぴしゃり。
漫才のように軽く落ちたのに、空気の芯は緩まない。
「う〜ん。わからなくなっちゃいました。結局ゲオルグさんたちは何がしたかったんでしょう……?」
タイヨウが腕を組み、天井を見上げる。
軽く尖らせた唇すら規格外に美しいのに、本人だけが必死だ。
レイ王子はにこにこと、教師の顔で続けた。
タイヨウを特別扱いしない、その距離感が逆に怖い。
「大混戦の戦局ではね、枝葉を削ぎ落としてシンプルにしていくんだよ。そうすると敵の本意がわかる」
「あの呪符を仕込み、そして操獣系のアタシが会場入りするのは予定の駒運びだったとして……あいつらの誤算一、タイヨウがガチ天使で率先して救命に寄与した。誤算二、レイ王子が来た。誤算三、カザン王子が会場にいた。でかい枝葉はこんなとこ?」
リリガルドが整理すると、レイ王子がパチンと指を鳴らした。
「大変結構! カザンは周辺の警備のみと判断されていただろう。隊舎を出た時も礼服ではなく軍服だったしね。外周警備では会場に駆けつけるまで時間がかかる。つまりあの場はフォルクス殿とゴーン殿がいたとはいえ、ケツァルコアトルの大群に対して戦力は手薄だった。さあ、悪意の矢印が見えてきただろう?」
「……目的は招待客を中心に、多数の死傷者をだすこと。主犯はオータム商会、背後のヴォルフガング公爵に見せかける。ノーマン家には監理不行届の咎を負わせる。計画通りならノーマン家とヴォルフガング家は悪くて失脚、良くても聖誕祭には出られませんね」
ハンナの言葉に、タイヨウの血の気が引いた。
両手で口元を覆う。息が浅くなる。
レイ王子は大きく頷いた。
「15歳の普通の令嬢ならどうなっただろうね? パニックになって救命なんて思いつかないし、ましてやオータム君の救済なんて考えないよ。黒天使が自身の安全を優先しても評判は下がる。ついでに傷ついてくれたら儲け物だ。ノーマン家にはシナン諸島連邦のキラン王子という来賓を危険に晒したという咎もついただろう。黒天使はカザンとは出会う間も無く退場さ」
「そんな計画を立てるなんて! よ、欲張りだし、悪い人達だ〜〜〜〜〜!!!」
明確な悪意を向けられた経験のないタイヨウは、胸元に手をやる。
心臓の音がうるさい。大きすぎて、止められない。
「だからずーっと言ってるじゃん。ゲオルグ王子は真正クズなんだよ」
言い切ったリリガルドは、慌てて「お兄様の前で言うのもアレだけどさ」とレイ王子をちらりと見た。
「血を分けた弟とはいえ、否定するつもりはないよ。夜会の騒動は、黒天使、そしてノーマン家、オータム商会、ヴォルフガング公を貶めるという悪意の矢印が仕掛けられていたと僕は思ってる」
「は〜! ひっどい動機! 失敗してお生憎さまだね。しかし、この世には黒幕みたいなのがいると思ってたけど、こんなもんなんだね」
「こんなもんさ。君がさっき言ったように、悪意の本質は子供と変わらない。大抵の歴史の勉強も子供に置き換えればわかりやすくなる。さあ、まとめるよ。ゲオルグ達は僕が飛び入り参加したことで、計画が台無しになったと考えていると思う。何しろみんな不問にしちゃったからね! 黒天使の洗礼式は半年後。洗礼式を過ぎれば王命による婚姻が実現できる。特級の令嬢の誕生、すなわちチェックメイトだ。焦るだろう? そこで第二ラウンドのゴングがこれなのさ」
レイ王子が、トントンとブリーフケースを叩いた。
軽い音なのに、部屋の温度が一段落ちる。
タイヨウはその箱から目を逸らせない。
笑いはまだ残っているのに、背中だけが冷たい――そんな、嫌な「次」が始まる気配がした。




