31.レイ王子の授業〈1〉
「――ここから先の話は他言無用で頼みたい。王家の護衛を任されているアボット家の伝手で手に入れた情報だからね。漏れたとあっては、アボット家の信頼問題にもなる。ハンナ君にも迷惑がかかるだろう。約束できるかい? ノーマン君、オータム君」
眼鏡の奥。地味な茶色の目が、真摯に光っていた。
いつもの能天気さが消えたレイ王子の気迫に、タイヨウはごくりと喉を鳴らす。
思わずハンナを見上げた。
すると彼女が、ほんのわずかに戸惑っているのが見えた。どんな時も動揺を見せたことのない腹心のメイドのその微細な揺らぎが、逆にタイヨウの背中を押した。
(ソーレさんの代わりに、聞いておいた方がいいよね!)
「はい、それでもお聞きします。よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっとタイヨウ!?」
「大丈夫ですよ。何かあっても僕がリリガルドさんも、みんなも守ります」
後光がさすような天使の微笑みに、リリガルドは思わず頬を赤らめ、コクコクと頷いた。
「よろしい。では説明を始めるよ。この呪符があったのはゲラン領だ。それもゲラン公邸で見つかったという」
「ゲラン公爵って、元々海鳥撃退君を導入していたという南の領地の方ですよね?」
(つまり騒動の原因がわかったということ? ゲラン公爵の企みだったと露呈した?)
タイヨウは、これまでに聞き齧った話を脳内で束ねながら尋ねた。
「そうだね。ノーマン公爵からもタイヨウ嬢は箱入りで、世情に疎いと聞いているよ。少し我々王家について話そうか」
レイの声に、セバスが無言で動いた。
机の端を払い、大陸の地図を広げる。その所作がいちいち無駄なく、教えるというより“提示”に近い圧がある。
バベル王国は大陸の中央に位置し、北にアーシリア王国、西にヴィロン共和国、海を挟んで南にシナン諸島連邦、東に魔界とも呼ばれるゲヘナを擁する。
バベル王国中腹の魔の森ゲヘナは飛び地にすぎず、並んで呼称されるときは『小ゲヘナ』『大ゲヘナ』とされる。その小ゲヘナですら人類は未だに攻略できてはいない。
これまでは魔の森同様、時折魔獣が溢れる程度で魔界からの干渉はない。今後もない保証などないが、数千年の安寧を礎に、その昔にある男がこの地に領土を主張した。
男は闇魔法に長けた遊牧民、バベル一族の者であった。
各国の公地として放置されていた地を治めるために長い戦争が始まる。
百年戦争である。
バベルの神話はこの建国期に誕生したものが多い。夜色の髪、夜明けの空の色の瞳を持つと言う暁の女神イシュタルを妻に迎え、その貢献を元に、ついにバベル一世がバベル王国を建国する。
人類未踏の暗黒大陸に臨する唯一の人類国家として、3代目国王は戦争を放棄し、永世中立を宣言する。
長きに亘る戦争により国内は疲弊。『武をもって聖地に還らん』の一文で創世記が始まるバベル王国であっても、戦争への忌避感は避けられなかった。
周辺国への不可侵の証として、妻は必ず隣国から複数名迎えるという『縁嫁』という風習もこのときから始まった。
そしてバベル3世は、もう一つ理をつくる。
『闇属性は王になれず、配偶者もまた闇属性を迎えてはならない。また嫡子に闇属性が誕生した場合は廃嫡とする』
いわゆる非闇三原則である。
建国を導いたバベル一族の闇属性の圧倒的な武力は、周辺国を畏怖させ刺激することはあっても、友好に繋がることはない。
その判断は当時権力を握っていた闇属性の貴族たちから、内乱寸前となるほどの反発を受けた。
しかし、その反発もすぐに治まることとなる。王家はもちろん、貴族たちの間でも闇属性が産まれることが激減したためである。
これは縁嫁の風習により血が急速に薄まっていったことが主な原因だとされている。また近親婚を続けて短命であったバベル一族が、多民族と交わるようになり如実に子の死亡率が改善されたことも追い風となった。
元々バベル王国は周辺国の公地であったため、様々な民族が入り乱れていた。
バベルに残った他国民はそれぞれ等分された領地へ分かれ、アーシリア王国はゲヘナ領、シナン諸島連邦はフィガロ領、ヴィロン共和国はヴォルフガング領、原住民はノーマン領へと分かれていった。国土の半数を有する王都だが、その半分が魔の森ゲヘナであるため、比重が際立って偏っているわけでもない。
こうしてバベル王家は歴史に例を見ない実質的合衆国として、平和に、そして豊かに発展をしていく。
そして、現王家に話は続く。
現バベル王は129代。建国以来初めてミカド皇国から妻を迎えることとなり、黄金の国と伝説で語られるのみであったミカド皇国との外交も少しずつ進むなど、『開かれた王国』を押し進める現バベル王は賢王と名高い。
しかし長子が成人を迎える頃となって、継承問題が勃発する。
第一妃コーネリアはアーシリア国出身、子は第一王子レイ、第ニ王子ゲオルグ。後援はゲラン公爵。
第二妃カグヤはミカド皇国出身、子は第三王子カザン。
第三妃クマリはシリア諸島連邦出身、子は第一王女シュリ妃。後援は儚くも産褥死でこの世を去ったクマリ妃を悼むシリア諸島連邦、及びフィガロ公爵。
ヴィロン共和国は当時内乱が続いており、縁嫁を拒んだため妃はいない。そのため名言はしていないがヴォルフガング公爵は後援のないカグヤ妃とカザンを陰ながら支援してきた。
「……まさかの第一王子の僕が無能力者で、母上はもちろんゲラン公、アーシリア王国はそれはもうガッカリしたってワケ。アーシリア王国はエルフを祖としていて、気位が高くて閉鎖的なんだよね。とてもお茶飲みながら語れる幼少期ではなかったよ」
肩をすくめてから、レイ王子はお茶を優雅に口に運ぶ。
その横で、一瞬だけ老執事が目を逸らすのを、タイヨウは見逃さなかった。
言葉はないほうが、時として雄弁に伝わってくるものだ。
ちょっと物語が進むスピードが落ちてすいません……!あと2話ほどでまた動きはじめます!




