28.5 【幕間】コクーン・プラン
「……以上が今回の『コクーン・プラン』の全容となります」
胡麻塩頭に迷彩服を着込んだバベル軍元帥が、重々しく資料を差し出した。
「この短期間で素晴らしい内容だった。礼を言うよ」
ヒューがにっこり笑って握手の手を差し出す。しかし元帥は応じず、「礼など要りません。仕事ですから」と、皺をさらに深くした。ノリが違いすぎる。差し出したままの手で頭をかきながら、ヒューは苦笑する。
場所は、王国騎士団隊舎の最上階。
強固な隠蔽魔法のかけられた、重厚な応接間――上座側にカザンとヒュー。地方3武官のアガサとミモザ、ルイ。さらに諜報部長とノーマン領隊長を兼務するメイ・アボットが並んで座っていた。
向かいには、民間人によって形成されるバベル王国軍のトップが三人。陸軍大将、水軍大将、そして元帥。
王国軍側の代表が、五十代以上の男性だけで固められているのに対し、騎士団側は若い。地方三武官のうち二名が女性で、メイも女性。メイを除いても、いずれも十代から三十代の顔ぶれだ。
バベル王国は、20万平方規模メートルほどの国土に約1500万人の国民を擁する大国家。
その九割以上が魔力を持たない平民で、魔力を有する貴族は百万人余り。
王国軍は平民の警察機能として陸軍約四万人、消防機能として水軍約二万人の兵を抱える巨大組織だ。女性兵士が皆無ではないが、武が生来の膂力に依る性質上、ほぼ男性で構成される。功績は年齢と共に積み上がり、序列は基本、年功だ。
対する王国騎士団は二千人のみ。
――だが、その人数差が、そのまま戦闘力の差を示していた。
騎士団は主に貴族街の治安維持とゲヘナ警備を担い、魔力のピークが十代後半から二十代であるがゆえに人員は若い。男女比も半々。退団者は国防とゲヘナ探索・警備を主とする防衛局など、重要な役職へとスライドしていくのが常だった。
王国軍は名目上、防衛局の傘下に入ってはいる。
だがゲヘナ深奥部では、瘴気で五分と生きられぬ平民と、高い魔力を持つ貴族騎士とで役割が明確に分かれてきた。長い歴史の末、組織体系も権力も、いまやはっきりと分立している。
聖誕祭だけは例年、合同で警備にあたる決まりだ。もっとも打ち合わせは現場レベルに留まるのが普通である。
――通常、形式的にしか交わらない二つの組織。その長がこうして相見えるに至ったのは、ゲラン公爵から騎士団へ異例の依頼が舞い込んだことに端を発していた。
『来月の聖誕祭で特級能力者によるチームでゲラン領の祭進行を警備せよ』
王都で開催される聖誕祭は、四貴家がそれぞれの催しを行う国家的イベント。
本来、騎士団が一つの領を特別に保護することはない。だがゲラン公爵が『前例のない危機』を掲げ、他の四貴家と王の承認が降りた――という建て付けになっている。
「ゲラン領は私の担当なのに〜。こうしてその裏をかいた立案ができていても、やっぱり腹が立ちますわ〜!」
淡い桃色のウェーブ髪をポニーテールにまとめたアガサが、片頬に手を当てながら資料を捲る。操獣の一級能力者でゲラン領隊の隊長。にもかかわらず、ゲラン公の申し出により聖誕祭の担当はノーマン領へと差し替えられていた。
「……“操獣”」
褐色の肌に淡い水色の髪と瞳を持つ、操氷の一級能力者――フィガロ領隊隊長のミモザが冷ややかに呟く。はちきれんばかりの豊満な肢体を、質実剛健を形にしたような隊服に包むという女王様スタイル。国内外に熱狂的なファンを持つ人物だ。
「そうッスよ!!『操獣能力者をゲラン領担当から異動させる』『王の身辺警護からボスと副長を外す』この情報を軍側に提供したことで色々見えてきたんすから!」
暗い金髪をリーゼントにしたルイが、茶色い瞳をきらきらさせて頷く。身長二メートルを感じさせない仔犬みのある男子だ。
若干十六歳の土系一級能力者で、ヴォルフガング領隊隊長ルイ・ヴォルフガング。総家に生まれながら、先々代騎士団トップ『フォルクス&ゴーンコンビ』の活躍記をバイブルにして育ち、洗礼式を前に騎士団へ飛び込んだ変わり種である。
「軍側からの行方不明者関連の報告が正しければ、もう少し早くプランを実行できたと思いますけどね」
眼鏡を押し上げつつ、一族特有の鉄仮面で指摘するのはメイ・アボットだ。
「……かたじけない」
両手を岩のように握りしめ、渋面を作る元帥。その前で、カザンが静かに口を開く。
「この3年で大量の行方不明者が出ていたとはいえ、闇属性の認識阻害や操心の悪用があっては民間では太刀打ち出来ないだろう。当局としては今回の協力を申し出てくれたことに感謝する」
――と、言い切る前に。
メイがピシッと片手を挙げて、その言葉ごと止めた。
「ノン! ボス。行方不明だったはずの女性達が数週間後に帰宅した事件をいずれも『自身の夜遊びを誤魔化しているだけだと判断』し、報告すらしなかったというのはいただけません」
諜報部として。女性として。母として。
思うところが山ほどあるのだろう。メイは片眉をきりりと跳ね上げる。彼女はアボット家元当主セバス・アボットの娘であり、ハンナ・アボットの母でもある。
「お互いが知り合うこともないはずの被害者達が複数人、供述の中にいずれも同じ言葉を上げていたのですから。なんでしたっけ? ねえ、何という言葉でした?」
眼鏡を光らせながら、メイは王国軍首脳陣の背後へ――いつの間にか、音もなく回り込んでいた。
ヒッ、と小さな声が水軍大将から漏れる。
その顔を覗き込み、メイが蛇のように囁く。
「ねえ、なんという言葉でしたっけ?」
「……部屋だ」
ぽそり、と元帥が吐く。するとメイは、ギュンッと顔を寄せた。完全にホラーである。
「もう一度? 大きい声で?」
「『セックスをしないと出られない部屋』だ! 拉致され、そんな奇妙な空間に閉じ込められていたと口々に語っていた」
「大変結構。まあ、一番憎むべきなのは“犯罪者”たちなのでこのくらいにしておきましょう」
メイは何事もなかったかのように、音もなく自席へ戻った。
水軍大将は、まだ気味悪そうにメイを見つめている。
そこへ、頬に大きな刀傷を刻んだ巨躯の陸軍大将が、重々しく口を開いた。
「……ゲオルグ王子は……男相手には執念深く痕跡を残さないように手配するが、女子を痛ぶるときに証拠は隠滅するが記憶は消しとりゃせん。ありゃ、わざとじゃ」
――あえて、心の傷は消さない。
「……わしゃ、それが一等許せん」
王族を訴えることも、討つことも出来ぬ平民に。
ぎりりと音がしそうなほど噛み締められた歯の隙間から、警察組織としての忸怩たる思いと無念が滲む。
ゲオルグ王子の悪行が加速し、ゲラン公爵が揉み消してきたこと。
さらにゲラン公がバベル民間人を拉致し、アーシリア王国で貴族や豪族を相手にデスゲームを秘密裏に開催していたこと。証拠こそ掴めないが、地道な調査の末に辿り着いた線は、王国軍首脳陣に戦慄をもたらしていた。
「悪しき繭〈コクーン〉から引き摺り出す。全ての罪を、必ず。後は任せてくれ」
トパーズ色の瞳が、魔力の揺らぎに合わせてかすかに揺れる。
平民を前に抑えているのがわかる。それでも、これまでにない怒りがカザンの内側で燃えていた。
その言葉に、王国軍の三人の表情が、わずかに和らぐ。
「俺たちの大切なものを繭〈コクーン〉で守りながら、ね」
口許だけは笑っている。だが瞳はまったく笑っていないヒューが言うと、騎士団側の面々も大きく頷いた。




