闇の令嬢と愉快なメイド
「というわけで! ここからはあなたの転生を一年間サポートする有能なスタッフと共にご案内します! ハンナ、カモン!!」
ソーレが指を鳴らした瞬間、部屋の奥のドアが勢いよく開き、タイヨウは思わず飛び上がった。
ドアの向こうは衣装部屋のようで、黒を基調としたドレスがずらりと並んでいるのは見える。だが、肝心の人物の姿がどこにもない。
「そー……ソーレさん? もしかして、魔法が使えないと見えない人だったりしますか?」
小首をかしげてそう尋ねた、その直後。
「……そんなことはございませんよ、タイヨウ様」
右耳元で、女性の囁き声がした。
「ひえええええ!???」
鳥肌を立て、涙目になりながら窓際まで逃げたタイヨウを、仮面のような無表情を貼りつけたメイドが見下ろす。
「フ。お可愛らしいこと。確かにお嬢様の姿形ですのに、別人に見えますね」
「どういうことよ、それ! てゆうかあんたどこにいたのよ!」
ソーレの言葉に、メイドは、タイヨウの部屋と未だつながったままの扉を指し示した。
「その扉の影で、ずっとスタンバっておりましたけど」
「だったらもっと早く出て来なさいよ!」
ソーレが叫ぶと、カーテンに半身を隠したままタイヨウも声を上げる。
「本当ですよ! 心臓が止まるかと思いました!」
双子のように息の合った二人の様子を見て、メイドは小さくうなずいた。
クラシックなロング丈のメイド服に、片目が隠れたボブショートの亜麻色の髪。
「何かあったときにお守りできなくては、メイドとは呼べませんもの。しかし――まさか『闇の令嬢』の最敬礼が見られるとは思わず、思わず撮影してしまいました」
そう言いながらポケットからタブレット端末を取り出し、写真をスワイプさせる。
「ちなみにこのタブレットはお嬢様がニッポンで購入してきてくださったもので、ソーラー充電で日々稼働しております。バベル王国には電気などのインフラは整っておりませんので。中世ヨーロッパ+魔法、という感覚で捉えていただければちょうどよろしいかと。ほら、こちらなど良い写真ですよ」
そこには、満月を背に見事なボウ・アンド・スクレープで礼をする少年と、それを驚いた表情で見守る美しい少女が、一幅の絵画のように収められていた。
唖然とするタイヨウを前に、タブレットをしまったメイドは、丁寧に一礼する。
「――申し遅れました。私はハンナ・アボット。ドゥフト家にて、ソーレお嬢様付きのメイドを務めております」
カーテンの裏に隠れていたタイヨウをカフェテーブルへと促すと、テーブル脇のワゴンから、流れるような手つきでアフタヌーンティーセットを用意する。
小さなテーブルに所狭しと並べられた、スコーン、サンドイッチ、セイボリー、プティフール……。
「おいしそう!」
そう言って手を伸ばしたソーレの手を、ハンナはぴしりと払った。
「タイヨウ様、お飲み物は何になさいますか?」
無表情のまま顔を近づけられ、
(近い、近いです……無表情が怖いです……そして近いのに呼吸が全く感じられないです……)
と震えながら、
「み、水で」
と小さく答える。
ミントとオレンジ、レモンの浮かぶ水差しからグラスに水を注ぎ、ことりと目の前へ置く。
「タイヨウ様。突然のことで驚かれているかとは思いますが、一年間の『ゆる甘♡異世界令嬢生活!』は、私が責任を持ってサポートいたしますのでご安心くださいませ」
「ゆ、ゆる……あま……?」
「ちなみにお嬢様は性格は少々アレですが、稀代の天才でございますので、一年後にお身体をお戻しできることは確かかと」
その言葉に、向かいに座ったソーレがうなずいた。
「今日はさすがに魔力使いきっちゃったから、今すぐってのは無理だけどね。『黒門』は……入れ替わりの魔法は禁術なんだけど、そもそも闇属性で膨大な魔力持ちしか使えないのよ。ねえ、これ美味しいわよ、食べてみて。お腹空いてない?」
「いただきます……あ、本当だ美味しいです!! すごく美味しい!!」
猛烈な勢いでつまみ始めるタイヨウの横で、ソーレは微笑みながら紅茶をゆっくりと口にする。
「この国の魔法は、火、風、水、土、あと闇の五つの属性があります。お嬢様は闇属性。闇鍋の闇……といいますか、他属性に当てはまらないものが闇、と言われておりますね」とハンナ。
「天才だから時間操作以外はだいたい扱えるけど、私が一番得意なのは『移動』なの。ほら、見て!」
ソーレがタイヨウの前のマカロンを指さす。
パチン、と指を鳴らすと、ピンクのマカロンがクリーム色の隣へ移動した。もう一度鳴らすと、二色のマカロンが入れ替わる。
「わぁ!! すごいです〜!!」
タイヨウは目を輝かせ、頬を染めてぱちぱちと手を叩く。
「え、可愛すぎ……?」
「天使かと思った。自分の顔なのに恋しそう」
二人の呟きには気づかず、マカロンを両手に持って不思議そうに眺めるタイヨウ。
ソーレは頬杖をつき、クッキーをつまむ。
「五年前かな。この能力で移動しまくって遊んでたら、偶然タイヨウのいた日本に繋がって。最初は怖かったわよー。見たこともない景色だし、真夜中なのにギンギラギンだし!」
両腕を抱えて震える真似をする。
学ラン姿の少年だが、小柄で中性的な顔立ちのせいか、お嬢様口調も不思議と違和感がない。
「さすがに焦って隠れられる場所探してたら、漫画喫茶にたどりついてね。漫画を翻訳魔術使って読んでみたら……最高!! もう最高! 日本最高ッッ!!」
推しの漫画や小説、アニメについて怒涛の勢いで語り始めるソーレに、ハンナは小さくため息をつき、タイヨウにも紅茶を差し出す。
ふわりと香る温かなカップを受け取りながら、タイヨウはぽわんと微笑んだ。
「明るい人ですね、ソーレさん。僕の身体のはずなのに、もう別の人にしか見えません」
「アホなだけですよ。闇魔法以外は基本的にポンコツです。しかしタイヨウ様、お怒りにはならないんですか?」
「怒る?」
きょとんと、小首をかしげる。
「なぜですか?」
「ン゛ッ……信じられないくらい可愛い意味がわからない……今回の入れ替わりのために、お嬢様と共にしばらくタイヨウ様の周りを伺っておりましたもので。たった一人の肉親であるお祖母様を亡くされたことや、高校進学を諦め、マグロ漁船に向かう途中であったことは存じております。そのご心痛も癒えぬうちに、こんな変人令嬢のテンションと、才能の無駄遣いとしか言えない荒唐無稽な計画に巻き込まれて……」
「ああ、亡くなったおばあちゃんが――」
そこで、タイヨウは一瞬言葉を止めた。
亡くなった、と口にすると、まだ胸が痛む。
孤児になった瞬間に生まれた、迷路のような空洞が、そろりと存在感を増す。
――亡くなった、は、しばらく使わないでおこう。
「――おばあちゃんが、ソーレさんみたいにグイグイくる人で。僕、自分で物事を決めるのが得意ではないので、逆に『こうして』って頼まれると助かるというか……だから怒ってはいないです。お仕事だと思えば、がんばれそうな気がしますし」
役目があるということは、居場所があるということだ。
沈んでいた心に、温かな光を灯されたような気持ちで、タイヨウは微笑んだ。
「天使か……?」
「尊い……」
二人は、再び口を押さえた。




