3.闇の令嬢と愉快なメイド
「というわけで! ここからはあなたの転生を一年間サポートする有能なスタッフと共にご案内します! ハンナ、カモン!!」
ソーレが指を鳴らすと、部屋奥のドアが勢いよく開き、タイヨウは飛び上がった。ドアの向こうは衣装部屋のようで、やけに黒の多いドレスが並んでいるのは見えるのだが、肝心な人物が見当たらない。
「そー……ソーレさん? もしかして、魔法が使えないと見えない人だったりしますか?」
タイヨウが小首をかしげてソーレに尋ねる。すると右耳に「……そんなことはございませんよ、タイヨウ様」という女性の囁き声がした。
「ひえええええ!???」
鳥肌と涙を浮かべながら窓際まで逃げたタイヨウを、仮面のような無表情を貼り付けたメイドが見て言う。
「フ。お可愛らしいこと。確かにお嬢様の姿形ですのに、別人に見えますね」
「どういうことよ、それ! てゆうかあんたどこにいたのよ!」
ソーレの言葉に、メイドはタイヨウの部屋と未だ繋がったままの扉を指し示す。
「その扉の影で、ずっとスタンバっておりましたけど」
「だったらもっと早く出て来なさいよ!」とソーレが叫べば「本当ですよ! 心臓が止まるかと思いました!」とタイヨウもカーテンに身を半分隠しながら非難する。
双子のように連携の取れた2人を見て、メイドがうなずく。クラシックなロングのメイド服に、片目の隠れたボブショートは亜麻色だ。
「何かあったときにお守りできなくてはメイドとは呼べませんもの。しかし、まさか『闇の令嬢』の最敬礼が見られるとは思えず、思わず撮影してしまいました」と言いながら、タブレット端末をポケットから出して写真をスワイプさせる。
「ちなみにこのタブレットはお嬢様がニッポンで購入してきてくださったもので、ソーラー充電で日々動かしております。バベル王国には電気等インフラは整っておりません。中世ヨーロッパ+魔法という感覚でいただけると調度いいかと。ほら、これなんかいい写真ですよ」
そこには満月を背景に見事なボウアンドスクレープで礼をする少年と、驚いた表情でそれを見守る美しい少女が一幅の絵画のように写されていた。唖然とするタイヨウに、タブレットを再びしまったメイドが丁寧なお辞儀をする。
「――申し遅れました。私はハンナ・アボット。ドゥフト家でソーレお嬢様付きのメイドをしております」
カーテンの裏に隠れていたタイヨウをカフェテーブルに促し、テーブル脇のワゴンから一瞬でアフタヌーンティーセットをサーブする。
小さなテーブルに所狭しと並べられたスコーン、サンドイッチ、セイボリー、プティフール……「おいしそう!」と手を伸ばしたソーレの手をぴしりと払うと「タイヨウ様、お飲み物は何になさいますか?」とハンナが顔を覗き込む。
(近い、近いです……無表情が怖いです……そして近いのに呼吸が全く感じられないです……)と震えるタイヨウが「み、水で」と小さく答える。
ミントとオレンジ、レモンが入った水差しからグラスに水を入れると、ことりとタイヨウの目の前に差し出す。
「タイヨウ様、突然のことで驚きかと思いますが、一年間の『ゆる甘♡異世界令嬢生活!』は私が責任を持ってサポートしますのでご安心くださいませ」
「ゆ、ゆる……あま……?」
「ちなみにお嬢様は性格は少々アレですが稀代の天才なので、一年後にお身体を戻せることは確かかと」
その言葉にタイヨウの向かいに座ったソーレが頷く。
「今日はさすがに魔力使いきっちゃったから、今すぐってのは無理だけどね。『黒門』は……入れ替わりの魔法は禁術なんだけど、そもそも闇属性で膨大な魔力持ちしか使えないのよ。ねえ、これ美味しいわよ、食べてみて。お腹空いてない?」
「いただきます……あ、本当だ美味しいです!! すごく美味しい!!」
猛烈な勢いでぱくぱくとつまんでいくタイヨウの横で、ソーレが微笑みながら紅茶をゆっくりと飲む。
「この国の魔法は火、風、水、土、あと闇の5つ種類があります。お嬢様は闇属性。闇鍋の闇……といいますか、他属性にはまらないモノが闇と言われておりますね」とハンナ。
「天才だから時間操作以外は大抵扱えるけど、私が得意なのは『移動』なの。ほら見て!」
ソーレがタイヨウの前のマカロンを指し示す。パチンと指を鳴らすとピンクのマカロンがクリーム色のマカロンの横に移動する。もう一度鳴らすと、2色のマカロンが入れ替わった。
「わぁ!! すごいです〜!!」タイヨウが目を大きく開き、頬を染めパチパチと手を叩く。
「え、可愛すぎ……?」
「天使かと思った。自分の顔なのに恋しそう」
口を押さえて呟く2人には気付かず、2つのマカロンを手に取り不思議そうに眺めているタイヨウ。ソーレが頬杖をつきながら、クッキーをつまむ。
「5年前かな。この能力で移動しまくって遊んでたら、偶然タイヨウのいた日本に繋がって。最初は怖かったわよー。見たこともない景色だし、真夜中なのにギンギラギンだし!」
と両腕を押さえて震える真似をする。姿は学ランの少年なのだが、小柄で中性的な顔立ちをしているからか、お嬢様言葉でも妙にしっくりきている。
「さすがに焦って隠れられる場所探してたら、漫画喫茶にたどりついてね。漫画を翻訳魔術使って読んでみたら……最高!! もう最高! 日本最高ッッ!!」
そこから推しの漫画や小説、アニメについて怒涛の勢いで語り始めるソーレにため息をついてから、ハンナがタイヨウにも紅茶を差し出す。
ふわりと香る温かなカップを受け取りながら、タイヨウがぽわんと微笑んだ。
「明るい人ですね、ソーレさん。僕の身体のはずなのに、もう別の人にしか見えません」
「アホなだけですよ。闇魔法以外は基本的にポンコツです。しかしタイヨウ様、お怒りにはならないんですか?」
「怒る?」きょとんとタイヨウが小首をかしげる。「なぜですか?」
「ン゛ッ……信じられないくらい可愛い意味がわからない……今回の入れ替わりのために、お嬢様と共にしばらくタイヨウ様の周りを伺っておりましたもので。たった1人の肉親であるお祖母様を亡くされたことや、高校進学を諦めマグロ漁船に向かう途中であったことは存じております。そのご心痛も癒えぬうちに、こんな変人令嬢のテンションと才能の無駄遣いとしか言えない荒唐無稽な計画に巻き込まれて……」
「ああ、亡くなったおばあちゃんが――」
そこで一瞬タイヨウは言葉を止める。
亡くなった、と口にするとまだ胸が痛む。孤児となった瞬間にタイヨウの裡に生まれた迷路のような空洞がそろりと存在感を増す。亡くなった、はしばらく使わないでおこう。
「――おばあちゃんが、ソーレさんみたいにグイグイくる人で。僕、自分で物事を決めるのが得意ではないので、逆に『こうして』って頼まれると助かるというか……だから怒ってはいないです。お仕事だと思えば、がんばれそうな気がしますし」
役目があるということは、居場所があるということだ。ずっと気落ちしていたタイヨウは、胸の奥に温かな光を灯されたような気持ちで微笑む。
「天使か……?」
「尊い……」
二人は再び口を押さえた。