27.錯綜する思惑
「――もちろん能力者でなければ王位に就けないという法はない。だが能力者ではない王はこれまでいなかったんだ」
ノーマン公爵が苦々しく言うと、マーレ夫人も重いため息をついた。
「概ね第一子が継いできたのだけれど、それでも能力が全くないという方はいなくて。それが元でレイ王子は幼い頃から心ない言葉をたくさんかけられてきたんじゃないかと思うわ」
その“心ない大人”の中に、レイ王子の生母が含まれる――。
それを知るノーマン夫妻は、どこまで子どもたちに話すべきか迷い、この日は口を閉ざした。
「ご存知の通り、現バベル王には4人のお子様がいらっしゃいます。アーシリア王国ご出身第1妃コーネリア妃のお子様が第1王子レイ様、第2王子ゲオルグ様。次にミカド皇国ご出身第2妃カグヤ妃のお子様で第3王子カザン様。最後にシナン諸島連邦ご出身第3妃クマリ妃のお子様で第1王女シュリ様。レイ王子が王位を継がないのであれば、継承順で言えばゲオルグ王子なのですが……ですが……」
言葉につまり、汗をだらだら流すオータム氏の“言えない”を、ノーマン公爵が雑に掬い上げる。
「ゲオルグ王子、クズなんだよなあ……」
「あなたっ!」
もはや開き直った顔で堂々としているリリガルドが、ぷうっとピンク色の前髪を吹き上げた。
「クズとしか言いようがないんだよね。法に触れないギリギリの犯罪は大抵してるし、泣かされてる女の子もいっぱい知ってる。最悪なヤツだよ」
それを聞いたノーマン公爵は肩をすくめ、苦い現実をさらりと言う。
「昔からいるんだよ。集団の中で目立とうとして、いじめや性犯罪をやらかしたり、万引きや薬などの軽犯罪を犯す良家のボンボンが。こんな悪いことできるか? すげえだろってな具合にな。あいつらは“守る力”がデカいほど……厄介だ」
タイヨウとレオンは顔を見合わせた。
理解はできる。だが、納得できない。
「そんなことして、すげえって言われても……」
「褒められるように頑張ればよくないですか?」
あまりに優等生な結論に、ノーマン公爵は娘と息子を抱きしめた。
「パパは、お前たちのパパで本当によかったと思っているよ!」
その光景を見ながら、リリガルドは商家の子らしい、妙に大人びた視線で口を挟む。
「あの手のタイプはさ、能力がないのに、周りの期待がデカいからああなっちゃうんだと思う。アタシやあんた達とは違うのよ」
甘やかされ、増長し、暴走する癖が治れば――この子はきっと一角の人間になる。
リリガルドを見守るマーレ夫人の瞳が、ふっと優しく光った。
「とまあ、そんな具合で世論も厳しく……ゲオルグ王子が成人を迎えられても王位継承権の移行やレイ王子の臣籍降下の話は進んでおりません。陛下が御年50歳という若さですから急ぐ話でもないのですが、ここで問題になるのがカザン王子ですわ!」
オータム氏が芝居じみた仕草で、パチンと指を鳴らす。
衆目を集めることに慣れた国内屈指の営業マン――ここからは彼の独壇場だった。
「19歳で騎士団長に選ばれた護国の騎士、カザン王子の人気は圧倒的。国民のほとんどが、あの人が王だったらいいのになあと思っとります。これは当然ゲオルグ王子は気に入らない。これまでもゲオルグ王子の御生母コーネリア妃と縁の深いゲラン領では騎士団の活動が阻まれるなどの妨害は起きていました」
護国の騎士団を率いる王子カザン。
それを阻む悪役王妃と悪役王子。
その構図は、初耳のタイヨウとレオンにも容易に想像できた。
「なるほど。それが魔法陣に繋がると睨んだわけか。これは唯一ゲラン領に出荷されていたもの。細工を行ったのはゲラン領の人間で、裏にはゲオルグ王子とコーネリア妃がいるのではないかと?」
ノーマン公爵が低い声で問うと、オータム氏は重々しく頷く。
「さようでございます! 加えて我らオータム家は元々ヴィロン共和国の人間。ヴィロンの血を継ぐ現王の妹姫が降嫁されたヴォルフガング公爵家と縁が深く……。そのヴォルフガング卿はかねてよりカザン王子派であることは知られとります。つまり今回オータム商会を失脚させればヴォルフガング卿にも影響があると見込んだ、というのは考えすぎですかな?」
ノーマン夫妻は即座に反論する。怒りと困惑が、声の端に滲んでいた。
「……推論でしかないが、あり得ないとは言い切れない話だ。だが、そこにうちが巻き込まれる理由がわからん! うちはリベラル。昔からノーマン家は誰推しとかないぞ」
「そうよ、なんでうちが! それもタイヨウちゃんのデビュタントを狙うなんて。意味がわからないわ!」
怒り心頭の二人を前に、オータム親子が寸分違わぬ間合いで声をそろえる。
「「デビュタントだからです!!」」
そこから先は、勢いが全てだった。
「奇跡、起こしまくってたじゃないですか黒天使!しかも最年少でカルマ発動で大規模公共工事してぼんぼん銅像建てて……バベル中の人間がみーんな知っとる話をゲオルグ陣営が知らんわけないんですわ。そして自分より目立つ優秀な人間を皆憎んどるゲオルグ王子ですよ。内心穏やかであったはずもありますまい」
「おまけに、どんなキレイなお姉さんも良家のお嬢様も大金持ちで可愛いアタシも、みーんな見事に無視してきたカザン様が! 初めて令嬢のデビュタントに行くって話題沸騰だったもん。デビュタントのファーストダンスは許婚の第一歩! ゲオルグは元々カザン様が大嫌いなのに、話題の黒天使と奇跡の護国婚♡なんて、ノーマン討つべしになるに決まってるでしょ」
けけけけ結婚――!
再び赤面し、ツインテールで顔を塞いだタイヨウを見て、ハンナが深くため息をついた。
「あんなヤツの所に嫁にはやらんッッ!! 大体、ヤツは返事すら出さなかったんだぞ! だから急遽レイ王子を呼んだんだ。それがなんで噂になるんだ!」
「いやあ、なぜか昨夜は軍服でしたが、カザン様は夜会用タキシードを我がオータム商会系列のメゾンにご注文なさってましたので」
「スケジュールですぐピンときたよね。黒天使のところに行く気だって」
「噂の火元は貴様らか!!」
舌を出すオータム親子に激怒する父親。
その横で目を白黒させるタイヨウの耳元へ、ハンナが静かに囁いた。
「タキシード、見れなくて残念でしたね?」
「いえ、そんな! 昨夜のお洋服もとっても素敵でしたし!」
ぽうっと頬を染める愛娘を見て、ノーマン公爵の額に青筋が立つ。
「おのれカザンめえ……!」
だが怒りの矛先は、政治の核心へ引き戻される。
ノーマン公爵はオータム氏へ噛みついた。
「しかしオータムよ、大切なことを忘れているようだから教えてやろう。カザンは成人と共に臣籍降下すると宣言している。王国騎士団長として国を支えるとな。それこそ、子供でも知ってる話ではないか!」
その正論に、オータム氏は一瞬だけ目を細め――次いで、にたりと“商人の顔”で返した。
「はて。ノーマン様が王国騎士団を引退されたのはおいくつでしたかな?」
「俺? 28だが?」
「カザン様は19歳。王は50歳。御壮健の王の在位は問題なければあと10年は続くでしょう。ご希望通り職務を全うされ、フォルクス様のように引退されてから王位継承すればいいのでは?……というのが大勢の意見ですわ」
「お、お、お、おのれ〜〜〜!!」
まさか、自身の出処進退が追い風になっていたとは。
都合よく整った“背景”を突きつけられ、ノーマン公爵は青筋を立ててぶるぶる震えた。




