26.継承問題
「これは……!」
オータム氏が開いたアタッシュケースを覗き込み、言葉を止めた父に、レオンが詰め寄る。
ケースの中には、短冊状の紙が無数に詰め込まれていた。
「父上、一体なんなのです!?」
「これは……」
口元を覆った当主の次の言葉を、ノーマン家の一同が固唾を飲んで見守る。
――流石、お分かりになるのですね。
そう呟いたオータム氏の額にも、緊張の汗が滲んでいた。
「いや、ごめん。全然わかんないわ。これ何?」
わずか二秒後。小首を傾げてそう尋ねた当主を、家族が間髪入れず叩く。
「父上!!」
「あなた!」
「父様!」
「だって俺、魔法陣とか使わないし……」
「いやはや、元騎士団長様でもご存知ないのも無理はない。こちら、実はゲラン領下に特別に出荷している弊社の商品『海鳥撃退君3号』でして」
「う、海鳥君?」
レオンが思わず口にすると、オータム氏は神妙に告げた。
「海鳥撃退君、にございます、坊ちゃま」
そして紙束の中から一枚を抜き取り、裏返して一同へ見せる。
「昨夜のトリさんを喚んだ魔法陣じゃないですか!」
タイヨウが警戒して中腰で立ち上がった。
昨日は一枚で、あの数のケツァルコアトルが来た。これほどの束となれば、被害の想像すらつかない。
「おい、また喚んだらさすがに殴るぞ」
ノーマン公爵が殴打以上の危害を加える準備を始めた、その瞬間。
古代バベル文字と紋様をじっと見つめていたハンナが、小さく呟いた。
「……この魔法陣、逆ですよ。避けてる……?」
「正解です!」
驚いた顔で頷くオータム氏。
ハンナさんすごい!とタイヨウが目を輝かせると、ノーマン家の面々もつられて若干得意げな顔になる。タイヨウを溺愛する家族は、彼女が全力で信頼するハンナには一目置いていた。
「この海鳥撃退君3号は画期的な魔法陣でして、召喚するのではなく避けるために作られとるんですわ。海を挟んでシナン諸島と向き合うゲラン領はご存知の通り水産で有名ですが、近年海鳥の食害に遭う市場が増え、深刻な問題になっておりまして。海鳥避けの依頼を受けて研究を重ねリリースしたところ、効果は抜群! うちの隠れた看板商品になってガッポガッポで。ガハハ」
「海鳥なら人力で駆除できそうですけどねえ?」
魔法陣を興味深そうに手に取って眺めていたレオンが呟くと、リリガルドがツンとした表情で即答した。
「出来る出来ないじゃなくてさ。漁師って、やたら験を担ぐのよ。船に女を乗せるのは縁起が悪いとか、海鳥を殺すと港に帰れなくなるとか。だからアタシたちの仕事にもなるってわけ」
リリガルドの言葉に、レオンとタイヨウが感心して頷く。
「この魔法陣はリリガルドのように操獣ができる水系能力者が陣を書くこと、そして同じように操獣ができる水系能力者が使用すること。入力と出力で成り立っとります。ノーマン様が魔法陣に馴染みがないのも無理はありません。元々魔法陣は力のない人間がカルマレベルの魔法を使うために生まれとりますから。それで本題に入りますが……」
好々爺然としていた猿顔のオータム氏の表情が、そこで急に落ちた。
猿顔が陰ると、途端に“悪巧みする小悪党”――いや、妙なマフィア感が立ち上がる。
レオンが思わず少し身を引く。
「リリガルドがうちの職人を誑し込み、2000羽の海鳥を避ける為の魔法陣を逆転させ、召喚するように書き換えさせたことまでは調べはついとります。でもケツァルコアトルを喚ぶようになった理由が皆目わからんのです。先程、魔法陣には入力と出力の術者が2人必要と言いましたが、リリガルドは類稀な魔力はあるものの技術が残念でして。未だに魔法陣は書けんのですよ。そしてパーティの間はずっとバッグをそこらへんに置いていたと……」
人の悪意をまだ知らぬタイヨウとレオンは、話の流れについていけずにぽかんと口を開けたままだ。
だが世の裏を知るノーマン公爵とハンナは、オータム氏が途中まで語ったあたりから眉根を寄せている。
二人の表情を見て察したマーレ夫人は、落ち着かない様子で祈るように手を合わせた。
「――つまり、ケツァルコアトルを召喚するように書き換えた術者が昨夜のパーティーにいたということだな?」
「情報通でもありますし、かなりの術者であることは確かですね」
夫とハンナの言葉に、マーレ夫人が青ざめる。
「きっとタイヨウちゃんが可愛すぎるからよ! ああ、なんてことでしょう。私が『天使の御業通信』を出したからですわ!! それが不貞の輩の目に止まって……」
よよよと泣き崩れた母を抱きとめながら、タイヨウが静かに尋ねる。
「……狙われたのは、僕ではなく“ノーマン家”ですか?」
「えっ!」
レオンが椅子から飛び上がるのを見て、ノーマン公爵が短く息を吐いた。
「子供に聞かせたい話ではないが、おそらくそうだろう。敵は王家の人間と隣国の王族が集まるパーティーを潰すことで、責任を問われノーマン家が失脚することを期待していた。カザンがいなくてもパパも鳥くらいやっつけられたけどね!? ショーの一環って言い張って揉み消すことまで出来たよ!」
「でも、うちそんなに狙われるようなことしたかしら……? 個人的にパパが恨まれるようなことはあっても、御家取り潰しレベルで恨まれるってピンとこないわ」
夫のアピールは見事に無視しつつ、マーレ夫人が首を傾げる。
バベル王国の四貴家――東のノーマン家、西のフィガロ家、南のゲラン家、北のヴォルフガング家。
最北に位置する王都と、中央の魔の森ゲヘナを除く土地を四等分して治めている。
とはいえ実際には配下の貴族たちの自治に任せる部分も多く、四貴家の権力が絶対――というわけでもない。
「横浜や鎌倉、箱根と各都市が目立つわりに神奈川県庁の影が薄い感じですね!」と、来た当初にハンナからレクチャーされたタイヨウが言ったほどである。
どの当主家にも等しく力と魅力があり、欠点もある。領地は等分。戦乱の時代は遠い。
ノーマン家の失脚を望む家が出てくるとは、考えにくい状況だった。
「――失礼ながら、王位継承問題に巻き込まれたのではないかと」
オータム氏の言葉に、一同が息を飲む。
空気が一段、重くなる。レオンはその重さを払うように、手にしていた魔法陣をテーブルへ放り投げた。
「もう4年になりますか。王位第一継承者のレイ王子が成人の折、臣籍降下の御意向を表明されましたな。王位継承者が全員成人するまで承認は見送られておりますが」
「そうなんですね! いい方でしたのに」
タイヨウが目を丸くすると、リリガルドが肩をすくめて答える。
「アタシのことも助けてくれたし、いい人だよ。顔は地味だし、魔法バカだけどね。ただ、これも公表はされてないけどさ……あの人魔法使えないんだよ」
「?? 王は能力者じゃないとなれないんですか? この国って魔法使えない人の方が圧倒的に多いんですよね?」
根深い問題の核心へ、黒天使はあまりに真っ直ぐ踏み込んだ。
その慧眼に、大人たちが一斉に気まずい顔で視線を落とす。
2章は王位継承問題という厄介なお話の説明がどうしても増えてしまうので、「こまけえことはいいんだよ!」という方は飛ばし気味でもよいかと思います!




