22.怪鳥襲来
「カザン、セルビンだ! 俺がダンスホールに鳥を誘導するから全部落とせ」
ヒューが両手を挙げた瞬間、彼を取り巻く魔力の圧が一段跳ね上がった。
空ではケツァルコアトルの群れが、見えない風に押し流されるように進路を変え、行軍を“細い列”へと編成されていく。あれだけの巨体が、まるで一本の川に吸い寄せられる魚の群れのように――。
「せるびん?」
腰の抜けたリリーマリーを引きずりながら、レオンがタイヨウを見る。
「川で張る罠のことだと思います! お魚さんを狭い出口に誘い込むんです!」
タイヨウは物音に負けないよう、喉が裂ける勢いで答えた。
「タイヨウ様、お分かりですね? 危険が迫ってきたら……」
ハンナの言葉に、タイヨウが即座に頷く。
「はい! その時はレオンさん、キランさんたちも転移させます! ハンナさんも。負担をかけて申し訳ありませんが、それまでしばらく索敵を続けてください!」
「タイヨウ様は!?」
ソーレの身体というだけでなく、タイヨウ自身のことを、ハンナの目は本気で心配していた。
その“らしくない切実さ”が伝わったのか、タイヨウは珍しく感情をあらわにして、メイドへ慈悲深い――そして、この上もなく美しい微笑みを向けた。
「僕は、ここに残ります。避難場所にこの子を連れていくわけにいかないし」
泣きながら魔法陣を握りしめるリリーマリーを指差す。
「いけません! タイヨウ様!」
「大丈夫ですよ。いざとなったら、僕が知ってる一番遠いところ、ドゥフト家に彼女を連れて転移します。ここから距離があるからケツァルコアトルも途中で疲れてくれたり……」
「その必要はない」
カザンが背を向けたまま、低く言い切った。
「俺の背中を見ていろ」
その一言の直後。
カザンを中心に、強い風が巻き起こった。タイヨウたちは見えない手で押されるように、思わずたたらを踏む。
カザンが右手を挙げ、カルマを詠唱する。
「『天ノ銃火〈アマノジュウカ〉』」
ドンッ!!
激しい爆発音が夜を裂き、次の刹那――天から無数の火の矢が降り注いだ。
火の矢に貫かれ、落とされていく怪鳥たちの絶叫。
タイヨウたちは反射的に耳を押さえる。
火系能力最強と謳われるカザンの能力は、まさに圧巻だった。
一羽が小型の飛行機ほどの大きさにもなるケツァルコアトルが、なすすべもなく地面へ叩き落とされていく。
バベル王国では年に数人、ケツァルコアトルの獣害で命を落とす者が出る。
ケツァルコアトルは魔獣リガオンとは違い、進んで人を襲うことはない。だが繁殖期、主食である魚を求めて沖合を目指し、魔の森から出てくる性質を持つ。そのため釣り人や地元の漁師が、怪鳥の膂力の被害に遭うケースが後を絶たなかった。
通称、翔ぶ悪夢。
だが――今夜、その“悪夢”の片鱗すらない。
ヒューが作った漏斗状の風のトンネルへ誘導され、休みなく爆音と共に降り注ぐ無数の火の矢へ、ケツァルコアトルは自ら飛び込んでいく。
死が待っていると分かりそうなものなのに、リリーマリーの召喚を跳ね除けることができず、ただ真っ直ぐ進む姿は――哀れですらあった。
そして……
「臭い!! 煙い!! そして、熱いッ!!!」
怒鳴りながらキランが部下の制止を振り払い、水のドームから飛び出してプールへ飛び込んだ。
「これだから火系は嫌なんだよ!」
茫然と光景を見ていたタイヨウが、その声でハッと周りを見回す。
「本当だ! 焼き鳥屋さんの匂いがします」
「すいませんねえ。風で匂いはかなり飛ばしてるんですけど。いつもは水系のサポートもつくんですが、俺だけだと熱はどうにもならなくて」
そう言うとヒューもカザンから離れ、プールサイドのビーチチェアに腰掛けた。
暑い暑い、と言いながら上着を脱ぎ、ちゃっかりその場にあったワインを口にする。仕事終わりの顔が早い。
「お前、風の術式から離れても平気なのか?」
プールの中でカクテルを呷りながら、キランがヒューに尋ねる。
ヒューは何でもない顔で肩をすくめた。
「こんくらいでしたら。一回イメージできれば後はなんとか」
「カザンもだが、揃って馬鹿げた能力の高さだな。特級は」
呆れたようなその言葉に、ヒューは不敵に笑った。
「この国の“意志”を護るためには力が必要なんですよ」
「……何か気になるのかな? タイヨウさん」
同じく水のドームから抜けてきたレイが、ヒューとキランのやりとりを見つめていたタイヨウの顔を覗き込む。
わからないことがある。だが、何から聞けばいいのかもわからない。そんな顔だった。
タイヨウが、教えを乞うようにレイへ話しかける。
「あの……僕、術式とか特級とか、今のお話、全然わからなくて……」
「能力が有効に使える人間は国民の約1割だし、彼らの話はその中の1%にも満たない選ばれた者たちの話だからねえ」
レイが、何やら盛り上がっているヒューとキランを指しながら頷く。
「――ここに来て、知らないことばっかりで。もっと知りたいなって思うんですけど……僕が勉強しても意味ないな、とか、思っちゃって」
この世の者とは思えぬほど美しい令嬢が、憂いをたたえて自嘲する。
天使の御業と呼ばれる偉業は王宮にも届いている。可能性に満ちているはずの彼女の心を曇らせるものは何なのだろう――家名か、婚期か、それとも。
レイ王子は穏やかな笑顔でタイヨウに微笑んだ。
「タイヨウさん、もし興味があるなら、能力のことを学べる勉強できる所があるよ。一度遊びに行ってみるといい」
「そんな場所があるんですか!」
「ああ。貴族の令嬢はあまり行かないから、知らなくても無理はないよ。君のような若くて優秀な能力者達の育成と、魔法の研究をしている機関なんだ。通称アカデミアっていうんだけど」
場所はここだよ、とレイがポケットを探り、一枚の名刺を差し出す。
桜貝のような爪がきらめく両手で受け取ったタイヨウが、目を輝かせた。
『バベル王立魔属大学校 客員教授レイ・アーシリア・バベル』
「ふぁー! ありがとうございます! 僕、名刺って初めてもらいました。かっこいい!」
「わかるよ、その気持ち! 僕も小さい頃から名刺にずっと憧れてたんだけど、王子は名刺持たないって知ったときはショックだったよ!」
「確かに〜!! 王子や王様は名刺使わなそうです! レイ王子、教授なんですか? すごいです〜!」
「いやあ、僕は第一王子なんだけど無能力者だから、研究者の道を目指していてね。実は弟妹が全員成人したら、臣籍降下するって何年も前から宣言を……」
その時。
和やかな空気を一刀で切り裂くように、ハンナの鋭い声が響いた。
「3羽逸れました! 6時の方向から来ます!」
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