21.舞い降りたもの
タイヨウの言葉に、リリーマリーが誇らしげに答える。
「アホウドリを呼ぶ魔法陣です。二千羽ほど」
「アホウドリ!? そんなに!?」
「はいっ! アホウドリの群れにいっぱい糞させて、カザン様とのファーストダンスの邪魔しようかと! でもタイヨウ様を見たら全部吹き飛んじゃって! あんなに美しいダンスを踊る天使に婚約なんて早すぎるでしょ? だからやっぱりファーストダンスはなしなし! お任せくださいねーっ!!!」
――その件は既に僕が……。
身を乗り出したタイヨウの肩を、ハンナが素早くグッと押し戻した。
余計なことは言わなくていい、という圧。いや、圧というより“命綱”である。
その時だ。
タイヨウが周囲を見回すと、海とは逆――西の空を、男たちが揃って見上げていた。
何故だろう。あちらには魔の森ゲヘナしかないはずだ。
「あの魔力量で、アホウドリだけで済むわけないだろう」
キランの言葉が落ちるより早く、侍従の一人が手を振った。
自分たちの周囲に、見るからに強固な水のドームが展開される。
ハンナが目を閉じ、素早くカルマを起動させて索敵を広げた。
次の瞬間、その声が鋭く跳ねる。
「捉えました! 西からケツァルコアトル、2000到着は3分後です」
「「けつぁ!?」」
タイヨウとリリーマリーの脳内に、一瞬で“群れなす怪鳥”のビジョンが流れ込む。
二人は同時に、あんぐりと口を開いた。
血の気の引いた顔で魔法陣を破ろうとするリリーマリーを、レイが静かに止める。
「お嬢さん、発動した魔法陣を破いても意味がないし、それどころか術者に反魂されて命を落とす場合もあるからおやめなさい」
ヒンッ!と声にならない悲鳴を上げ、リリーマリーがへたり込む。
それに……とレイが微笑む。
「――幸い、ここには我が国の最強が集まってるから、なんとかなるよ」
王国騎士団は徹底した上下関係と厳しい隊規で知られるが、それは退団後も適用されるらしい。
公式の場では王家のカザンの下にあるはずのノーマン公爵が、元騎士団長として迷いなく指令を落とした。
「ゴーン、お前は私と招待客の退避誘導と安全確保だ。キラン、レイ様を頼む」
花火船から様子を伺いに抜けてきていたゴーンが、了解の意を示すようにゴキゴキと腕を回す。
キランは、幼い頃は守られるばかりだった自分が、憧れのフォルクスから“要人の護衛”を頼まれたことがよほど嬉しいのだろう。
溌剌とした闘志を漲らせ、シナン語で部下へ矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「カザン、ヒューはケツァルコアトルをここで殲滅しろ。屋敷がどれだけ燃えようが構わん。一羽たりとも敷地内から出すな」
カザンとヒューが頷き、同時に空を見上げる。
西の空に黒い雲が出現した。
翼を広げた体長が10メートルにも及ぶ怪鳥ケツァルコアトルの群れが、猛スピードでこちらに向かっている。
尋常ならざる気配に招待客も気づいたらしく、階下の野外ダンスホールから不穏なざわめきが上がりはじめた。
「タイヨウ様っ!?」
怪鳥の影を見たタイヨウが、ハンナの手を振り切ってノーマン公爵の前へ走る。
「父様! 招待客の皆様をダンスホールに留めて下さい。スタッフさんも全員です! 僕が皆さんを安全な場所へと移動させます」
アメジスト色の美しい瞳に、凛とした決意が宿っている。
愛娘の能力を知る父は、この場の指揮官として問いを返した。
「1000人だぞ。できるか?」
「問題ありませんっ!」
その答えに、ノーマン公爵の表情が一瞬だけ“父親”になる。
普通の令嬢なら、一生に一度のデビュタントが災難続きで、挙句にケツァルコアトル二千の襲来と知っただけで倒れる。
だがこの娘は違う。強い意志と、眩しいほどの輝きがある。
――バベルの鷹と呼ばれていた頃の自分を見ているようで、いささか面映い。
これぞ、まさしくフォルクス・バロウズ・ノーマンの娘。
いや……
「鷹が、天使を生みましたね」
マーレ夫人がクリスを抱き、婉然とした笑顔で侍女たちとともにダンスホールへ降りていく。
ノーマン公爵がタイヨウの頭を撫で、低く言った。
「合図をしたら、ダンスホールにいる者たちをタイヨウビーチに転移させてくれ。あそこなら距離も稼げるし、この丘を見上げることもできる。私とゴーンは彼らと共に行く。全員移動したらタイヨウちゃんも……」
「僕は姉上と、ここに残ります!」
レオンがタイヨウの腕をがっしり掴み、父の目を見上げる。
「レオンさん! ダメです!」
「レオン、こっちに来なさい!」
母と姉の悲鳴を無視し、少年は父だけを見つめていた。
「ノーマン家当主名代として、殿はお任せください!」
自分の生写しのような、意思の強い目。
ノーマン公爵は一瞬、言葉に詰まった。
「ノーマン、僕もキランとここに残るよ。愚弟は恋愛はアレだけど、戦闘に関しては天才なので」
水の防御壁の中から、レイがのほほんと声をかける。
キランもソファにどっかりと腰掛け、涼しい顔で言った。
「俺たちはここで花火代わりに見物している。心配するな」
逡巡している間にも、怪鳥の羽ばたきと怪鳥音が“距離”になって迫ってくる。
タイヨウが叫んだ。
「父様、お急ぎください! レオンさんは必ず僕が守ります」
「パパは君のことも心配なんだよ」
ノーマン公爵は素早くタイヨウとレオンの額に口付けると、カザンを振り返り、低い声で唸った。
「わかってるな。天使に、傷一つつけるな」
「承知した」
カザンのトパーズ色の瞳が色濃くなり、淡い光を放ちはじめた。
背後でヒューがハンナに敵の陣形を聞き取っている。
ダンスホールに降りて行ったノーマン公爵が、タイヨウに向かって手を挙げる。
――合図。
その瞬間までぶつぶつと思案していたタイヨウが、ぱっと顔を上げた。
「安全、素早く、大量に、快適に運ぶ……カルマ降ってきました! 行けます!!」
アメジスト色の瞳に光が宿る。
ドンッ、と強い風圧。黒髪が舞い上がった。
「『はたらく車・E7系新幹線〈かがやき〉』! 発車!」
タイヨウが両腕を天高く掲げると、千人の招待客とノーマン公爵たちの姿が忽然と消えた。
数秒後。
南――ビーチの方角へオペラグラスを向けたレオンが、歓声を上げる。
「姉上、ランタンが上がりました! ランタン3つ、オールグリーンです!」
ビーチでは《天使の御業》を体感した人々が歓声を上げていることだろう。レオンは、一仕事終えて息を整える姉の横顔を見て、誇りと歓喜に身震いした。
「来るよ! 俺の後ろに行って!」
ヒューが叫ぶ。
腐った土埃のような異様な匂いを放ちながら、ギャアギャアと鳴くケツァルコアトルが、すぐそこまで迫っていた。




