20.プロポーズは踊る
「タイヨウ。先程は名乗りもせず、いきなり求婚して申し訳なかった」
「キュキュ……キュ〜〜ッ!?」
カザンの言葉に、タイヨウが飛び上がる。
「ああ、あまりに礼節を欠いていた。すまない、まずはなんだ……文通? 文を読み交わすところからはじめるべきだったと反省している」
((((ぶ、文通ッ!?))))
その場にいる者たちが固まった。
キラン王子の足元に這っていたヘビですら、目を大きく見張った気がした。
カザンは周囲の反応など視界に入れない。思いを込めた熱い瞳で、ひたすらタイヨウを見つめる。
遅い初恋は概して重くなる――第三王子も例外ではなかった。真っ直ぐで、熱くて、そして重い。
恋愛経験が皆無だったタイヨウは、人生で初めて“告白”という弾丸を胸に撃ち込まれた気がして、動揺して目を泳がせた。
(求婚!? このキレイな男の人が、僕に!? なんで!?)
心臓を鷲掴みにされたみたいだ。驚きすぎて、胸が痛い。
その時――穏やかだが毅然としたレイの言葉が、見つめ合う二人の空気を断ち切った。
「―――カザン、君の想いはわかったけどね。ノーマン家は、タイヨウ嬢を君とは結婚させたくないみたいだよ」
レイの声に、タイヨウがノーマン公爵とマーレ夫人を見る。
二人は、意外な表情をしていた。
タイヨウの心が、すっと冷えた。
この顔は見覚えがある。祖母が、たまに見せた顔だ。理由はわからない。けれど二人は――僕を、とても心配している。
「カザンとっつーか、バベル王国の男と、だろ」
キランが言うと、レイが一瞬怪訝な顔をしてから「あぁ、」と頷いた。
「そういうことか、タイヨウ嬢の御母堂が……」
その言葉にかぶせるように、顔を真っ赤にしたタイヨウが立ち上がった。
「ぼ!! ぼきゅ、僕はっ!!!!!」
僕の知らない事情があるみたいだ。
でもソーレさんのためにも、これだけはハッキリしておかないと――!
決意を漲らせたタイヨウの背後で、ハンナが拳を握り、無言でエールを送った。
「結婚なんて、まだ考えられません! それに僕抜きで、結婚のことを決めるなんておかしいと思います! 今僕は……やっとできた、大好きな家族といたいんです!」
タイヨウの言葉に、ノーマン一家がそれぞれ感動で涙ぐむ。
「タイヨウ様……!」
ハンナが思わずタイヨウの肩に手を置いた。
本来メイドが主人の肩に触れるなどあり得ない――だが、生家より連れ添ってきた者だと知る周囲には、親愛の情の自然な発露にしか見えなかった。
(タイヨウ様、グッジョブです。ここが正念場です!)
一年後の帰国時に「王子と結婚が決まっていた」など露見したら、ソーレなら怒りで国を滅ぼしかねない。
否、一国で済めばまだ軽い。
常に最悪の右斜め上を行く、能力と人格が反比例した主人を思い出し、ハンナは静かに念を送っていた――だけなのだが。
「え、ごめん。カザン、この流れでなんで満足気に笑ってるの?」
ヒューがカザンの顔を見てギョッと身を引く。
「何が問題なんだ。タイヨウは『まだ』と言ったんだ。まだ、ということは、いずれは考えるということだろう?」
「そ、そういうことじゃないんですぅ〜!!」
パニックになったタイヨウが、顔を真っ赤にして手をぱたぱた振る。
「違うのか? 結婚しないのか?」
「いや、するかしないかわからないと言いますか、僕は個人的には結婚は好きな人と、いつかできたら〜なんて思いますが!!」
「……? 既に誰か好きな奴がいるのか?」
「いません!! いませんよ!!」
「ほら、問題ないじゃないか」
「あ、ありますううう〜!!!」
涙目で慌てるタイヨウ。
首を傾げるカザン。
その光景を見ながら、レイが深いため息をついた。
「カザン……。お兄ちゃんはどこから説明すればいいのかな……」
軽薄な見た目とは裏腹に、カザンよりは常識を兼ね備えているらしいキランが、懐中時計を出して舌打ちをする。
「フォルクス、もう客が痺れを切らす頃だぞ。ファーストダンスの相手はどうするんだ。こうなったら今回は父親のお前が……」
その刹那。
貴賓席に、白いドレスをまとったピンク色の髪の少女が飛び込んできた。
「だめええええええッッ!!」
「何者だ、無礼者が!!」
キランが怒号を上げる。怒髪天を衝く勢いの彼を、レイ王子が横目でとりなす。
その間にタイヨウは、闖入者の美少女を上目遣いでそっと伺った。――さっきの地獄のような“知らない=不敬”の再来は、勘弁してほしい。
それを目敏く見つけたハンナが、耳元へ淡々と囁く。
「……彼女はカザン様のように有名人じゃないと思いますので、タイヨウ様が知らなくてもだいじょうぶですよ」
タイヨウは安堵のため息をついた。
「ありがとうございます! 気にしてたんです。さっきみたいに王子様の顔を知らないとかがバレたら、ソーレさんにご迷惑がかかるんじゃないかと焦りました!」
小声で耳打ちすると、ハンナも同じ温度で返す。
「いえ、まさか正式に王族と絡むことになるとは思わず、お教えしなかった私の失点です。不敬罪で罰せられるようなことがあれば、この首を差し出そうと思っておりました。解雇的な首ではなく、物理的に」
「ぴっ!?」
小動物のような奇声を上げて目を白黒させるタイヨウの前を通り過ぎ、キランが褐色の胸を大きくはだけたまま、リリーマリーを眼下に見据えて命じた。
「娘、道を開けろ。さもなくば……」
だが言葉の途中で、キランの背後に控えていた屈強な侍従たちが前に出た。主人をガードするため、即座に戦闘態勢へ入る。
リリーマリーがポケットから、バベル文字と複雑な図案が書き込まれた紙札を取り出し、掲げたからだ。
たちまち少女の身体と紙札が、柔らかな光を放ち始める。
「魔法陣!? あんなに小型化されたものは初めて見たよ!」
近くで見ようと立ち上がったレイのもとへヒューが駆け寄り、カザンはタイヨウを、フォルクスは妻と息子たちを庇うように瞬時に立ち上がった。
「タイヨウ様っ!」
「はいっ!」
リリーマリーの声に、タイヨウが手を挙げる。
「さっきのタイヨウ様のパフォーマンス、素晴らしかったですわ。アタシ、あんなソウルフルで綺麗なダンス、初めてです!! 感動いたしました!!」
喜色満面で声をかけてくる少女に、周囲がなぜここまで毛を逆立てているのか理解できないタイヨウが、無邪気に照れた。
「あ、ありがとうございます。ちなみに、それはなんなんですか?」
タイヨウが尋ねると、少女と紙札を包む光が一層強くなった。




