19.プロポーズ大集結
「改めまして、今夜はお招きいただきありがとうございます。タイヨウさん、デビュタントおめでとう。僕は第一王子のレイです。どうぞよろしくね」
貴賓席に主賓たちが腰を落ち着かせると、最も上席となるレイがにこやかに口火を切った。
眼下には星空を映して波打つ紺碧の海。崖の上に据えられたインフィニティプールは、夜の気配を吸い込むように静かに光っている。周囲には優雅なデザインのインテリアが配置され、松明とランタンの火がゆらめいていた。
国中の粋を集めた食事と酒が客の目を引く。ビーチハウスから少し離れたダンスホールにも料理と飲み物が用意され、到着した者たちは会場の美しさと香りに驚きの顔を見せていた。楽団はゆったりとした夜会曲を奏でながら、ノーマン邸の演出を担っていた楽団とも合流している。
「本日はお越しいただきありがとうございます。レイ王子。タイヨウちゃん、こちらはレイ王子、そしてこちらはキラン・シナン王子だ。キランはシナン諸島連邦の第二王子だ。大昔、私が騎士団長を務めていた頃に幼いキランの護衛を頼まれたことがあってね。それ以来の縁で……あの頃はタダのクソ生意気なガキだったが、今じゃ立派な王位継承者様だ」
ノーマン公爵が異国風の男を指す。
ソファにふんぞり返って座っていたキランは、ブドウを口に放り込みながらタイヨウを指さした。もちろん言葉はシナン語だ。
『フォルクス、これがタイヨウか? 確かに美しいが、俺の好みじゃない。俺はもっと背とケツがデカい女が好きだ。恩のあるお前の頼みなら嫁にもらってやってもいいが』
崖側最奥の大きなソファの脇には、褐色の肌をした屈強な側近。さらに凶悪な面持ちの蛇をまとわせたキランの圧力もすさまじい――のだが。
その隣で、ニコニコと座っていられるレイもまたレイだった。
だが、それよりも――。
「てゆうかさあ、お前そこ座る!? あの流れだったら俺でもそこには座れねえよ!?」
バベル語で言い放ち、キランはタイヨウの隣に悠然と腰掛けたカザンを指さした。
歳の近い王族同士。幼い頃から交流のあった彼らの距離感が一瞬で伝わる発言だった。
その言葉に、タイヨウ以外の面々が「よく言ってくれた」と心のうちで快哉を上げる。ついでに、キランの好感度がほんの少し上がった。
貴賓席エリアは主賓に自由に使ってもらうため、名札など置かれていない。インフィニティプールに面してコの字型に設置された大きな白いソファ。パラソルを張ったテーブル席。乳幼児のクリスに配慮した、ゲル型の小さな白いドームハウス――席自体はいくらでもある。
にもかかわらず、到着するなりカザンが当然のようにタイヨウのソファの端へ座ったため、周囲は一斉に(えっ、もしかしてカザンのメンタル強すぎ……!?)と戦慄した。
給仕の者たちも同じ感想だったのだろう。グラスが割れる音や物を取り落とす音が、あちこちで控えめに響いたのも仕方がない。
結局、ノーマン家の面々はタイヨウとカザンの向かいに腰掛けることになった。
キランの問いには答えず、カザンがタイヨウの手を取り口づけをした。
「タイヨウ、俺はカザン・ミカド・バベルだ。お前とは一度会ったことがあるのだが、その時は事情があって気配を隠していたから俺のことを知らないのも無理はない」
赤銅色の髪が夜の波風に揺れる。トパーズ色の瞳は周囲の灯りを受け、炎のように揺らめいていた。
その低く響く、抗い難い声――聞き覚えがあるような気もする。だが、こんなに綺麗な顔の男の人は見たことがない。タイヨウは目を見張った。
「は、はじめまして。カザンさん。レイさんも、キランさんも、本日はお越しいただきありがとうございます」
令嬢のデビュタントとしては既に尋常ならざる状況だが、何が普通かを知らないタイヨウは立ち上がり、体裁を整えようと美しいカーテシーで挨拶をした。
そして――わからないなりに、これだけは言わねばならない。
タイヨウはキッと父を見つめた。ノーマン公爵が、その視線にギクリと身を固める。
「父様、先程のキランさんのお言葉ですが、『お前の頼みなら嫁にもらってやってもいい』とはどういうことですか!? 今夜は僕の結婚相手を決めるパーティだったんですか?」
『私以外の誰かの都合のいい相手と結婚させられることになる』
――あのソーレさんの言葉は本当だったんだ!
タイヨウは少年らしい清らかな義憤に駆られ、拳を握りしめた。そんなことってあるもんか。ソーレさんが戻ってきた時、結婚相手が決まっている――それだけは避けないと!
だが、キランの言葉をシナン語からバベル語へ、正確に繰り返したタイヨウに、皆が驚愕の眼差しを向ける。
「タイヨウとやら、シナン語がわかるのか?」
興味を引かれたらしいキランが海色の眼を輝かせる。
(えっ!? 外国語だったの!? 珍しい言葉なのかな?)
冷汗を流したタイヨウが慌てて口を開こうとした、その瞬間――腹心のメイドが影より突然現れた。
「側仕えの身で発言をお許し下さい。タイヨウお嬢様は複数の翻訳魔術を御自身にかけられております。シナン語、アーシリア語、ヴィロン語、ミカド語にご堪能であらせられます」
事実とは異なる報告だった。
正確には対象言語に制限はなく、タイヨウがいた世界の言語も翻訳できる。そもそも翻訳魔術をかけたのはソーレだ。
辻褄合わせと、ソーレの存在を誤魔化すため。実際より控えめに申告したハンナだったが、それでも一同は十分に驚愕した。
認識阻害でここまで来たらしいヒューが、タイヨウの顔を見た。
「ワルトは一言語だけでもすごいのに!? 大陸以外の言語まで! すごいな、タイヨウちゃん。あ、いきなりすいません。王国騎士団副長のヒュー・バレットです」
今夜は風職人として酷使され続けたヒューが、アイスブルーの瞳をきらめかせて挨拶する。
「ヒュー君、先程は助かったよ。ちなみに君の上司のカザン君は先程我が娘にプロポーズして断られていたよ」
ノーマン公爵が苦々しく言うと、レイはへえっ!と楽しそうに笑い、ハンナは白目を剥いた。
「ええっ!? カザンさんがプロポーズ!?」
タイヨウは顔を赤らめて立ち上がり、カザンから距離をとる。
「ファーストダンスもすっ飛ばして、いきなり!? しかも振られたの!?」
大笑いするヒューの言葉に、カザンが軽く手を振って答える。
「タイヨウには前回俺たちに会った記憶がないのだから仕方がない。しかも世慣れていないあまり、求婚の儀も理解していなかったようだ。天使だから仕方がないことだが」
「えっ! 前向きすぎない!? そういう問題なの!? 振られた人のセリフじゃないんだけど」
ヒューの言葉に、一同が強く頷いた。




