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転生DKの帰還〜男子高校生ですがお嬢様やってたらチートな天使様になって、ついでに世界も救っちゃいました〜  作者: 森戸ハッカ
第一章 異世界令嬢、爆誕

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17.天使、舞う


「照明、直してきます!」


 逡巡も後悔も、すべてが一瞬で吹き飛んだ。

 人々を守らなければならない――その強い意志に突き動かされ、タイヨウが声を上げた次の瞬間、テーブルごとテラスへと転移する。


 暗闇の中、ハンナに告げられた両舷の照明位置を即座に思い描き、次々とスポットライトを正位置へと戻していく。


 そして――


 人々は、強い照明に照らされる中、

 突如として現れた、高らかに右手を挙げる少女の姿を目にしたのだった。


 津波のような大歓声。


 その圧に呑まれ、完全にパニックに陥ったタイヨウは、思わず右脇にいる母の姿を探した。

 ファンとしては感動で倒れそうになりながらも、プロデューサーとしての気概でなんとか踏みとどまっているマーレが、


『あいさつ! あ・い・さ・つ!!』


 と、必死に口パクで指示を送ってくる。


「挨拶……!? この音の中で!?」


 拳の中に汗がにじむ。

 令嬢のデビューとは、かくも過酷なものなのか。

 タイヨウは、わずかに足元の震えを感じていた。


 眼下では、群衆が一斉にこちらを見上げている。


 その瞬間――

 脳裏に、かつてアイドルのバックダンサーとして働いた日の記憶が蘇った。

 スポットライトを浴びるアイドルの背中。

 その立ち姿を思い出し、タイヨウの身体が無意識に動き出す。


「みなさーんっ!」


 両手をメガホンの形にして声を張り上げると、

 群衆は一糸乱れぬ返答を返した。


「「「なあにーーーー!?」」」


「タイヨウです!! 今日は来てくれて本当に、ありがとう!!!」


「「「こちらこそーーー!!」」」


 そこで、タイヨウは一度言葉を切った。


 歓喜にあふれる人々の顔。

 着飾った老若男女の中に、城下の村人たちの姿もある。


 自分は、ニセモノだ。

 けれど――


 どうか、この人たちに幸せが訪れますように。

 そう祈る、この気持ちだけはホンモノだ。


「――みなさんに会えて、とてもうれしいです」


 アメジスト色の瞳に、宝石のような涙を煌めかせながら紡がれた言葉は、まっすぐに人々の胸を打った。


(ソーレさん、大切なデビューを貰っちゃってごめんなさいっ!)


 逡巡を断ち切り、

 タイヨウは両手を振りながら、太陽のような明るい笑顔で声を上げる。


「大好きです!! 今夜は楽しんでいってくださいねー!!」


 その瞬間――

 言葉にしがたい感動が、会場全体を包み込んだ。


 人々は、少女の健気な想いに、生きる力がこんこんと湧き上がるのを感じる。

 それぞれが天使に導かれ、幸福への道を見出し、

 この歓びをもたらした存在を生涯応援したいと願う――

 『推し』の精神が、確かに芽吹いたのだった。


 うねりのような大歓声の中、

 推しの勇姿に号泣しながら手がちぎれんばかりの拍手を送る妻の隣で、ノーマン公爵が低く呟く。


「――まずいな、道が空かない」


 国立公園ほどの広さを誇るノーマン公爵邸の庭。

 屋敷から少し離れた位置には野外ダンスフロアが設営されている。


 本来であれば、テラスからそこまでレッドカーペットを敷き、人垣を割りながらノーマン公爵がタイヨウをエスコートしていく予定だった。

 だが、アイドルの登場に興奮する群衆を前に、スタッフたちが右往左往している。


「ハンナ」


 そう声をかけると、認識阻害で舞台脇に控えていたハンナが即座に姿を現す。


「ここに」


 視線を向けぬまま、ノーマン公爵が問いかけた。


「別ルートを確保するまでにどのくらいかかる?」


 自身の能力でタイヨウを抱えて飛ぶことはできる。

 だが、それでは下にいる人々に強い逆風をぶつけることになる。

 その選択肢は、最初からなかった。


 索敵を続けていたハンナが答える。


「現状、会場での別ルートは困難かと。ただ、砂浜にヒュー様がいらっしゃるようです。彼の方のカルマ、荒神〈アラジン〉であれば……」


 ソマ村の現場で、如何ともし難い布ポスターに乗って現れたヒューのカルマが脳裏に浮かぶ。

 殺傷能力ではノーマン公爵に分があるが、風のコントロールに関しては当世一だ。


 彼ならば、レッドカーペットを上空に舞わせ、その上をノーマン一家が歩むことも可能だろう。

 安全で、何より――絵になる。


「それで行こう。5分待つ。連れてこい」


 音もなく、ハンナの気配が消える。


 さて、パパが場を繋ごうかな――

 そう歩み出しかけた夫の手を、夫人がガッシと掴んだ。


「あなた、何をなさるおつもりですの?」

「えっ、ちょっと小噺でも挟んで……」

「小噺!? まさか天使(アイドル)の舞台におじさんを乱入させるとでも!? お話は伺いました。とにかく5分あればいいのよね? ジェイクスピア、カモン!」


 控えていた舞台監督が、歴史的な舞台を目撃しつつある興奮と使命感を漲らせた目で飛び出してくる。


「ハッ! 奥様、ここに」

「BGMでもダンス曲でもなく、劇伴を7分。オペラ巌陀夢〈ガンダーム〉!」


 古き戦記物の名オペラを告げた瞬間、マーレ夫人の若々しい美貌は、完全に軍師のそれとなった。


「御英断です、奥様! 歴史が変わりますぞ!!」


 舞台監督は歓喜を弾けさせ、楽団へと駆けていく。


 そして、夫人は静かに夫を見つめた。


「――あなたから、タイヨウちゃんが虐待されていたかもしれないと聞いたとき、どうしても信じられませんでしたの。ソレイユ姉様が選んだ方が、そのようなことをなさるとは思えませんし……」


 一瞬、言葉を切り、


「何か事情があるのは事実でしょうが、あの子の、心から人を想う力は――愛されて育った子のそれですもの」


 壮大なオーケストラ曲が鳴り響く。

 曲調の変化に戸惑い、こちらを見るタイヨウへ、マーレ夫人はハンドサインを送った。


『進行変更・ソロダンス・5分』


「信じましょう。わたくしたちの娘を」


 兎にも角にも、5分間踊らなければならない。

 そう理解したタイヨウは、かつて見たアイドルのソロダンスを思い出し、舞い始めた。


 名オペラの旋律に合わせ、手を組み、目を伏せ、跪く。


(この次なんだっけ、グラン・バットマンからのグラン・ジュテ的な……)


 急にぶん投げられた5分という持ち時間。

 タイヨウは、記憶野が焼け焦げるほど脳を回転させながら踊り続けた。


 バックダンサーの経験も、

 バレエ教室でのバイト経験も、

 すべてを総動員して。


 黒天使の、ひたむきな舞。


 それを見た人々は、思わず手を合わせる。

 その瞬間、彼らの目には、天使が描く一大叙事詩が映っていた。


 オペラ巌陀夢〈ガンダーム〉。

 ガンダームの丘で追い詰められながらも、

 鉄の大鎧を身に付けた暁の女神〈イシュタル〉に導かれ、劇的な勝利を掴んだ――バベル王国の古い戦記。


 本来は、振られた女子高生の悲しみを表現したコンテンポラリーダンス。


 だが人々は、

 高いジャンプに戦の女神の苛烈さを、

 ピルエットに民へ豊穣をもたらす慈愛を、

 勝手に、しかし真剣に見出していた。


 約5分後。


 割れんばかりの喝采の中、舞台袖へと到着したヒューが、隣のカザンに小さく呟く。


「ごめん、カザン。ファーストダンス、終わっちゃったみたい……」


 だが、

 ハンナに重いレッドカーペットを持たされていた王子は、その言葉に気づかなかった。


 人々の歓声に応える天使(アイドル)|の姿に、感極まり、ただ静かに――下唇を噛み締めていた。

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