14.霊感マッサージ
「さあ!! 今日はママとたっぷり遊んでもらいますからね!!」
ノーマン夫人マーレはタイヨウの部屋で、踊り出さんばかりにはしゃいでいた。
14歳になったばかりの長男と、生後半年の次男がいるとは到底思えない若々しさだ。シックな濃紺のドレスが、白百合のような楚々とした美しさを際立てている。息子たちの顔は精悍なノーマン公爵譲りだが、彼女のつややかな金髪とグリーンの瞳は長男レオンへと継がれたらしい。
ソマ村から一行が帰宅後、写真や動画を記録できる記録玉の存在を夫と息子が忘れていたことを知ったときの、マーレの怒りと落胆ぶりは相当なものだった。
タイヨウが若干15歳でカルマを会得しただけでなく、それを自在に操り、通常なら一年はかかる見事な獣害防護柵を一晩で完成させたと知ったときには、キィエエエエエッ!と怪鳥音を発しながら倒れてしまったほどだ。
推しの尊い供給を独占した罪の罰として、3日3晩食事をシナン諸島名物激辛料理にされ、唇の形が変形し鼻水と涙が止まらなくなったノーマン公爵は、元騎士団長としてのツテを使って、国内有数の商家であるオータム商会お抱えの人気デザイナーを手配した。
2週間後に迫った夜会に向けて作られたタイヨウのデビュタント用ドレスに対し、「タイヨウちゃんの尊さを表現できている自信がない」と妻が忸怩たる思いを抱えていることを知っていたからだ。
そして今日。多忙なデザイナーは日程をやりくりし、ノーマン公爵邸を訪れたのだが……。
はしゃぐノーマン公爵夫人の傍らに立つ人気デザイナー、マダム・バタフライは憂鬱だった。個性的な黒髪のボブショートに黒い詰襟のドレス、赤い蝶の形を模した眼鏡。太り肉の彼女は、まずタイヨウを見る。
なるほど、近頃話題の黒天使は、創作意欲を掻き立てる美しさだった。
だが、この仕事を始めて数十年、美しい娘は山ほど見てきたマダム・バタフライの心は晴れなかった。マダム・バタフライがノーマン公爵家に呼ばれたと知ったオータム商会から嫌がらせのように大量注文が入り、また仕上げたドレスには正気の沙汰とは思えないクレームが舞い込むという日々が続いていたのだ。
これには部下のパタンナーも縫い子も根を上げ、そんな渦中に2週間という超短期スケジュールでの依頼をねじ込んできたノーマン公爵家への印象も、よくなるはずはない。
(嫉妬深いのよね、オータム商会のあの子……)
厄介な相手に目をつけられたものだ。豹を思わせる杏色の吊り目を思い出して、マダム・バタフライが小さなため息を漏らした。それでも仕事に取り掛かるしかない。スタッフに合図し、ショールームから持ちこんだ20着ほどの新作ドレスを並べさせる。
パーティはデザイナーにとっての新作発表会だ。美しい令嬢や話題の美姫が身につけたドレスは廉価版が制作され、その後のメゾンの売り上げを支えることになる。注目を集めるタイヨウ嬢のドレスとあっては影響力も保証されているようなものだが、オータム商会にめぼしいものを食い散らかされた残り物ドレスに、デザイナーとしてのプライドを満足させるものが見当たらない。
「あの〜……」
そこでタイヨウが、伺うようにマダム・バタフライに話しかけた。
「はい、なんでしょうお嬢様」
マダム・バタフライが営業用の笑顔を貼りつけて振り返る。
「ご安心くださいませ。こちらはあくまでも見本でございまして、お嬢様のイメージに合わせて最高のドレスを……」
「いえ、ドレスはどちらも素晴らしいと思うのですが、マダム・バタフライさんのことが心配で。ーー最近頭痛がしたりしませんか?」
その言葉に、マダム・バタフライは戦慄した。
確かにここ最近頭痛がひどい。だが、それを誰かに告げたことはない。なぜ会ったばかりのこの少女がそれを……? 何を視たというのだろう。まさか黒天使とは美しさや能力を称える異名ではなく、本当になんらかの霊性を持つというのだろうか。
「た、確かに……少々頭痛が」
「ですよねえ。一度こちらにおかけになってくださいませんか?」
タイヨウが気遣うように、窓際に置かれた大きなソファを指し示す。大人しく座ったマダム・バタフライの頭や首筋、肩をタイヨウが撫でていく。その様子をノーマン公爵夫人も心配そうに見守っていた。
なるほど、ひどい凝りだ。タイヨウは眉をひそめた。首凝りもひどく、これでは頭痛もするはずだ。素人目にはわからぬ差だが、よく針仕事を内職にしていた祖母も、同じように利き腕側の肩が若干盛り上がっていたことを思い出す。
「早くなんとかしないと……」
(どんなひどい霊が取り憑いているというの!? いえ、この天使がわざわざ言うほどと言うことは、もしや悪魔!?)
怯えたマダム・バタフライがタイヨウの手を握る。
「救けてください! わたくし、まだやり残した仕事があるんですの!」
なんかまた始まった、と控えていたハンナが部屋の隅で半目になる。
タイヨウ様は、結局、人がいいのだ。まだ数ヶ月の付き合いだが、ハンナはタイヨウという人物がだんだんわかってきていた。タイヨウが出会った全ての人間を虜にするのは、その美しさでも類稀な能力でもなく、その親切心と誠実さからだった。
貧しい家庭に生まれたが、育ての親である祖母は高潔な人物で、『人は、人の役に立つために生まれてきた』とタイヨウに幼い頃から言って聞かせたという。『タイヨウ、お前が生まれる前より、この世界がほんの少しでもいいものになったとしたら、それほど素晴らしいことはないんだよ』と。
タイヨウは華奢な細腕に力こぶを作って見せ、言った。
「ええ、やりましょう!」
アアーーーーッ!!!
その後、ノーマン公爵邸にマダム・フライの歓喜の声が響き渡った。タイヨウの巧みなマッサージによって重度の肩凝りから解放された彼女は、悦楽に息を上げ、頬を紅潮させながら当代一の職人の目をギラギラと滾らせて宣言した。
「降ってきましたわ! このマダム・バタフライ史上最高のデザインが!!!」
ペン!と叫ぶと、勝手知ったるスタッフがスケッチブックと羽根ペンを差し出す。マダム・バタフライはバババッ!っとデザイン案を描くと、それを高らかに掲げた。
タイヨウファン筆頭のノーマン公爵夫人が、かじり付いてそのデッサン画を見ると、その顔にはたちまち歓喜があふれた。
「これですわーーーーーー!!!!」
妻の歓びの叫びを階下で聞いたノーマン公爵は、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。




