13.5【幕間】ソレイユ
「――神は奇跡が得意だったかもしれないが、奇跡が好きだったかどうかはわからない」
聴診器をわたくしの胸に当てながら、お医者様は言いました。
わたくしの周りは媚びるように話す人ばかりだったので、淡々とした喋り方が新鮮です。
お日様がポカポカ、病室に差し込んでいます。
聞けば、昨夜わたくしが魔力を軽く底付きさせて意識を失い、こちらに運ばれたのだとか。記憶にないわ。死もあんな感じなら、意外と怖くないのかしら。
「得意だからやってたんだと思うよ。大抵の場合、好きなことでは稼げないんだ。ごく稀に、好きなことと得意なことが同じという人間もいるが、そういう人間はその才能を発揮できる時間が限られていることが多い。芸術家や、兵士といった類だ」
神様もお金を稼ぐのかしら?
そう聞き返したかったけれど、馬鹿だと思われたくないから黙ってることにしましょう。
鑑定魔石で脈をとったり、瞼をペロンとめくってみたり。
先生が色々するたびに、カルテへ淡々とメモが増えていきます。
先生の仕事は他の人ができるものではないから、看護師さんは部屋の隅で個室の片付けをしてくれていました。
お医者様は黒髪に黒い瞳。清潔感はあるけど、地味目な顔立ち。身長もそれほど高くはないし、あまりモテるタイプではないのかもしれません。
おじいさんみたいに落ち着いて喋るけど、眼鏡の向こうの穏やかな顔は意外と若そうです。といっても、15歳のわたくしには20歳を過ぎた人はみんな大人に見えるのですけれど。
「君が未来予知が得意なのはわかる。でも底付きするほど、好きなことなのか? よく考えた方がいい。底付きは癖になるし、後遺症が残ることもある」
「……底付き、しちゃったんですのね」
ソレイユ・ドゥ・ノーマンは、ベッドの上で膝を抱えてため息をついた。
腰まである菫色の髪がさらさらと御簾のように小さな身体を包む。白い簡素な寝具のワンピースを身につけていたが、逆に少女の美しさは際立っていた。
王都で起きる事件の真相を知りたくて、昨夜はつい深追いしてしまった。
興味本位で調べはじめたあの事件が、まさかあんなことになっていくなんて。
それにしても、まだ断片的にしか視えていないというのに底付きするとは。
わたくしはあの子と違ってなんてダメなんだろう。
「わたくし、回復までどのくらいかかりますの?」
項垂れた顔をあげると、アメジスト色の大きな瞳を曇らせ、ソレイユが尋ねた。
先日拝見した第2王妃カグヤ様のお腹はまだ大きくなかった。ということはアレが起きるのは半年ほど先か。もっと情報が欲しい……。
「一年か、早くても半年はかかるよ。魔力を使いたいのか? 貴族なんて皆労働はクソだと思っていると思っていたのに、君は違うんだな」
意外と口の悪い魔力専門医の言葉に、ソレイユがうめく。
未来視のソレイユ。
バベル王国屈指の名家であるノーマン公爵家の長女は、生まれつき身体が弱かったものの、能力者の未来を視るという稀有な闇属性能力を開花させていた。国家中枢にも関わることが可能であり、悪事を企む者には垂涎の能力である。
それゆえノーマン公爵家は、娘の能力をひた隠しにしてきた。
娘を想う親心から家に閉じ込められてきたソレイユは、その反動で未来視を頻繁に行うようになっていく。
鳥のように俯瞰して、物語を読むようにシーンが視える。
それは刺激に飢えた令嬢にとって、自家中毒になるほど好きなことで得意なことだった。
だが哀しいことに、能力と魔力量が合っていなかった。底付きに近いことはこれまでも何度か起きていたし、これからも何度か危険を冒すことになるだろう。
それでも今日、わたくしは運命の輪を廻す。
「レヨン・ドゥフト先生。わたくし、2年後にあなたの妻になりますの。不束者ですが、末長くよろしくお願いします」
ベッドの上できちんとお辞儀をしながら、ソレイユが告げた。
なんで僕の名前を、それより妻!?
と焦る医師の声が聞こえる。
ソレイユは知っている。
末長く、は嘘になることを。
それでも伏せたソレイユの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
どうしましょう、わたくし、此の方のことがもうとっても大好きだわ!
◆◆◆
それから3年後、ソレイユは妊娠した。
妊娠の兆候が見られるのに胎児は成長せず、だが母子ともに健康体である。魔属大継承は妊娠期間が通常妊娠の約2〜3倍であることが知られる。すべての要素が、これが魔属大継承であることを示していた。
「名前はソーレ。あなたに似た黒髪の可愛い子よ。素晴らしく優秀なの!」
出産に向け魔力量が減ってきた妻は、文字通り命を削りながら未来視にダイブしていた。
ソレイユは明るさを失わなかった。自分が若くして死ぬことは、幼い頃からわかっていた気がする。色んな人の未来を見てきたけれど、その中に自分はいなかったから。
レヨン・ドゥフトは妻が隠していた、いや、言わなかったことを悲しみはしたが、怒りはしなかった。
なぜなら彼も、ある秘密を隠していたから。
「ソーレはね、魔獣退治をストレス発散で夜な夜なしてるの! とても強いんですのよ。無事に帰ってくるから、許してあげてくださいね」
「異世界に行くようになるんですよ。まくどなるどが好きなんですって」
まるで娘との日々を愛しむように、ソレイユは『ソーレ』の未来を視た。
◆◆◆
無事に出産を終えると、ソレイユは人払いをした。
娘を抱きながら、あまりに幸せだった自分の人生を振り返り、温かな涙を流した。
指先が冷たく、頭が重い。身体の中がすべて砂になっていくようだ。
お別れの時間が近い。
夫が、妻の髪を梳りながら静かにいう。
「『異世界で見つけた魂の双子と、15歳になった時に入れ替わる』と聞いたときは驚いたし、しかもその片割れが男の子だと知ったときはどんな変わった娘が出てくると思ったけど、君に似た可愛い子でよかったよ」
ソレイユが乾いた唇で微かに笑う。
「……君に言えなかったことがある。君は『高能力者の未来』しか視えない。だから能力のない僕の未来は視えないと思ってきただろう。そうだね?」
レヨン・ドゥフトは妻の手を握った。
妻は猛スピードで老化しはじめていた。10歳も歳下だったはずが、もう追い抜かれそうだ。
―――急げ。降ってこい。
「だが、違うんだ。実は僕も高能力者だ。『能力拒否』ができる。だから君には僕の未来が視えないだけだったんだよ」
そうだったの、と掠れる声がする。
娘を受け取り、ベッド脇のゆりかごに寝かせると、ソレイユをきつく抱きしめた。
「君から妊娠したと聞いた時から古来魔法を研究して、人生で一度だけ使えるカルマを会得したんだ。僕は奇跡が得意ではないけれど、嫌いじゃないんでね」
すっかり歳上になってしまった妻にそっと口付けると、レヨン・ドゥフトは詠唱を行なった。
そのカルマは魔力を拒否し、運命をも拒否する。永遠の底付きと引き換えに。
魔属大継承の作用を拒否され意識を失ったソレイユは、まるで眠り姫のようだった。
「――君を救う術を、必ず見つける。それまでおやすみ、お姫様」




