12.日の当たる場所
タイヨウは、親の顔も名前も知らない。
知ろうともしなかったし、必要も感じなかった。
よその子に両親や兄弟がいると知ったときも、寂しさは湧かなかった。育ててくれた祖母は優しく、クセはあったが彼女なりのやり方で目一杯愛してくれていて、彼の世界は十分満たされていたからだ。
だが、十歳を過ぎた頃から、自分には年老いた祖母しかいないことが怖くなった。
「おばあちゃんが死んだらどうしよう」
僕は一人になってしまう。
それはまるで普段着のような不安だった。
その頃からタイヨウは、祖母が死ぬ間際まで手掛けていた様々な内職を手伝うようになった。やがて彼の器用さは違法バイト界隈で噂となり、次々と仕事が斡旋されるようになる。
お金を稼いだら、おばあちゃん休めるかな。
そうしたら、ずっと一緒にいられるかもしれない。
だが、少年のいじらしい願いは叶わなかった。
祖母が死んだ日、タイヨウは自分が祖母の年齢すら知らなかったことに愕然とした。
知ればきっと、「あと何年一緒にいられるのか」ばかり考えてしまう。そんな利己的な恐れが、年齢を聞くことを避けさせたのだろう。
自分の弱さが情けなくて、そして途方もなく寂しくて。
一人になった暗いアパートの部屋で、タイヨウは泣き続けた。
◆◆◆
いいなあ、夢みたいだな。
タイヨウは目の前の景色を見て、泣きそうになっていた。
お腹の底から、ふつふつと幸せが湧き上がってくる。それが止まらない。
タイヨウのカルマによる奇跡の土木工事で大量に出た草木や土は、土属性――草系統の能力が芽吹き始めているレオンが、父とゴーンの指導を受けながら肥料土へ変えている。
ゲヘナの魔力を多く孕んだ肥料は作物をよく育て、国外からも人気が高いという。出荷できればソマ村の名物となり、大きな実りをもたらすだろう。
祖母しかいなかったタイヨウにとって、一年限りの契約とはいえ、『家族』を得たこの二ヶ月は毎日が奇跡だった。
全力で愛して慈しんでくれる母マーレ。
見守りながら機会を与え、導いてくれる父フォルクス。
子犬のように慕ってくれる弟たち。
そして――まるでずっとタイヨウがそこにいたかのように、居場所を作ってくれたハンナ。
―――それは僕がソーレさんになっているからで。ソーレさんが戻ってきたら、全部返さなきゃいけないものだけど。
眩しい太陽の下で、みんなが笑っている。
この瞬間、この景色は僕のものだ。きっと一生忘れない。そう思って、タイヨウは微笑んだ。
新築の木の匂いがする出来立ての防護柵の前で、ソマ村の女たちと共に猛スピードでズタ袋を縫い続けていたタイヨウが、糸を切りながら叫ぶ。
「レオンさーん! 袋、とりあえず100枚は作れそうですー! そちらはいかがですかー?」
「昼食の用意も整いました」
ハンナが、カザンの視線を遮るようにタイヨウへ寄り添いながら告げた。
カザンとヒューは事後処理のため認識阻害眼鏡を外し、村長と打ち合わせをしていたが、再び装着してこちらへ向かって来ていた。
「姉上! 肥料土は順調に作ることができましたよ! 僕の能力はやっぱり草系みたいだ。姉上と同じ闇属性がよかったなあ」
一足先にテーブルへ戻ってきたレオンが、ビーチチェアへ飛び込みながら残念そうに呟く。
タイヨウを知る前は闇属性を蛮族が多いと忌避していたことなど、すっかり忘れているらしい。
「水属性は系統が多彩で奥深い。素敵な能力だよ」
追いついたノーマン公爵がレオンの肩を叩き、タイヨウへ向き直った。
「ノーマン家はもともと草系統を多く輩出してきたんだ。一族には『茨のノーマン』と呼ばれた伝説の名将もいる。彼は王国騎士団初代団長だったそうだよ」
私は入婿だから風属性だけどね、とウインクしながらビーチチェアに座る。
興味が湧いたらしいタイヨウは目を輝かせ、矢継ぎ早に質問を投げ始めた。
タイヨウが知らないであろう情報を、最適なタイミングと量で与える――上に立つ者としての器量の差がそこにあった。ハンナは内心で感心する。現役時代、部下をよく育てる上司だったに違いない。
「で? てめえらはなんでまだいるんだ?」
和やかな空気を断ち切るように、ゴーンが戻ってきたカザンとヒューを睨んだ。
二人はいたたまれなさに身を竦める。第3王子であるカザンへの不敬罪が問われかねない言動だが、王国騎士団は実力至上主義だ。カザンは気にした様子もなく、ただ己の至らなさに沈んでいる。
「お暇するんで、ご挨拶ですよ! 無事に修繕……っていうか大規模な改修工事が済んだと報告しないと。とりあえずご希望通り『ノーマン公爵家の力添えで』と濁しておきますからね! 早晩タイヨウ嬢のことは噂になると思いますが」
ヒューが身を引きながら答えた。
ンッ?この地味な人たち、王都の方々だったのですか?
認識阻害眼鏡の影響がガンぎまりのレオンとタイヨウが、そろって首を傾げる。
――その時。
カザンが人垣をすり抜け、タイヨウの前へ出た。
顔を覗き込む。
ハンナはもちろん、ノーマン公爵でさえ一瞬、呼吸を止めた。
速い。
一瞬の隙を突かれた。キョトンとしているタイヨウへ、カザンが低く語りかける。
「――魔力が尽きかけている。今日はもう能力は使わない方がいい。底付きすると回復までに数ヶ月は時間がかかる」
BGMみたいな感じで、どこから声がするのかがよくわからない……。
でも、すごくいい声。少しだけゾクゾクするような、ずっと聞いていたいような、低くて、なんて落ち着く声なんだ。
タイヨウがホワホワと微笑みながら、うなずく。
――ハンナが、その表情を見て戦慄した。
タイヨウの顔には、認識阻害に慣れていない人間に出る“酩酊反応”が浮かんでいた。
アボット家ではそれを自白剤代わりに使う。そして王家御用番であるアボット家をよく知るこの王子が、その効果を知らぬはずがない。
「昨日会得したばかりのカルマの連続使用なんて、無茶なことをする。今も動くのすら辛いはずだ。どうしてそこまでやるんだ。名声か? それとも何か別の目的があるのか?」
カザンの問いに、タイヨウがぼんやり答える。
「目的……? 昔は生活のため、お金のためだったんですけど……」
その言葉に、入れ替わりを知るハンナ以外の一同が息を飲む。
周囲の反応から数秒後の未来を察し、ハンナの二の腕にざわりと鳥肌が立った。




