活躍した大和型戦艦
活躍した大和型戦艦
現実のアメリカとの戦争は、大和型戦艦が活躍している印象が強い戦争になっている。
夢の中の感覚ではありえない事だ。
ざっくりと調べてみたら、日本海軍が大きく変わっていることに気付いた。
おそらく、あのおじさんは海軍関係者だったのだろう。
まず何といっても大和型戦艦の誕生が夢の中と違う。
1940年の観艦式に参加しているのだ。
つまり、それまでに建造しているのだ。
軍縮条約失効後すぐに建造を始めたとしても、とても日本では間に合うとは思えない。
いろいろズルをしているのかもしれない。
ただ、大和型建造を切っ掛けに統一規格・品質管理が整備され、あらゆる物に波及したようだ。
夢の中の世界のように、「ネジが合わなければ鑢を掛けて合わせればいいじゃない」なんて時代は戦前に終わっていたようだ。
そうやって効率を上げ、夢の中みたいに極秘にはせず、堂々と建造されたようだ。
資材もあらかじめ集めていたようで、戦前にアメリカから大量の鉄くずを輸入できていたみたいだ。
この当時、世界はまだまだ大艦巨砲主義の時代で、戦艦は戦略兵器だったらしい。
なので46センチ砲搭載戦艦を、抑止力にしたかったのかもしれない。
でも、そのわりには大和型1・2番艦の建造と引き換えに、扶桑型と伊勢型を空母化しているし。
その辺は航空主兵なのだろうか。
大和型の活躍は主に3回あった。
マーシャル沖海戦と第一次・第二次マリアナ沖海戦だ。
マーシャル沖海戦は大和型2隻、長門型2隻、金剛型4隻の計8隻で戦われた海戦だ。
前座として空母同士の航空戦があり、航空攻撃では沈められなかった米戦艦部隊を、大和以下8隻の戦艦部隊が艦隊決戦を行い、主に大和型戦艦が米戦艦を撃沈している。…空母同士の航空戦が前座って…。
海戦後、戦艦同士の艦隊決戦大勝利を、大本営や政府は大々的に報じている。そのせいもあり、航空戦が霞んでしまったのだろうか。
第一次マリアナ沖海戦は航空戦の後、大和型2隻、長門型2隻の4隻の数的不利な状況で艦隊決戦を行っている。
やはり大和型が活躍し、マリアナ諸島防衛成功が大きく報じられた。
第二次マリアナ沖海戦は航空戦の後、大和型4隻が倍する米戦艦部隊に対し圧勝している。
これまた空母は前座に追いやられ、大本営と政府は大和型4隻の大活躍を広く世界に喧伝し、世界最強の戦艦だとしていた。
大和型の強みは長射程と、電探に連動し電子計算機によって高められた主砲の命中力。
何より46センチ砲弾の威力だろう。
命中率は電算機のおかげで長門型や金剛型も同様だったが、
長射程と砲弾威力が大和型は桁違いだった。
恐らくは、あのおじさんに伝えた電探と電子計算機関連の情報から、高い命中精度の電探連動射撃が実現したのだろうと思われる。
もちろん猛訓練も行っただろうが。
当時は戦艦が戦略兵器。
その戦艦を圧倒する大和型戦艦。
その心理的衝撃は世界に波及した事だろう。
実際、米英ソは戦後に18インチ砲搭載戦艦を就役させている。
そのまま建艦競争かと思われたが、核兵器が使用された後、戦略兵器の座は戦艦から核兵器へ移行し、戦艦は建造されなくなっていった。
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主人公がざっくりと調べた内容と感想です。
主人公の興味の赴くままに、もう少し深掘りされていきます




