白昼夢
白昼夢
令和六年八月十五日。
お盆休みなどなく、今日も仕事。
午前中に時間が空き、公園の木陰のベンチでちょっと一服と冷たい缶コーヒーを飲んでいると、昭和みたいな格好をしたおじさんが見えた。
昭和と言っても戦前って感じの雰囲気だ。丸メガネだし。
少し気になって目をやっていると、そのおじさんが薄くなったり、揺らめいたりしている事に気付いた。
現実感がないといった感じかな。
立体映像?オカルト?SF?なんだろうと注目していると、目が合ってしまった。
その瞬間、おじさんの存在感がはっきりしたものになった。そして不思議と、午前とはいえ真夏の暑さを感じなくなった。
おじさんがこっちに近寄って来ながら声を掛けてくる。
「おい、ここはどこなんだ。」
…これは…来ましたね。タイムスリップか異世界転移か、はたまた平行世界からのお客さんか。ドッキリという可能性も残ってはいるけど、昼からの仕事まで暇なので、付き合ってみることにした。
「ここは西暦2024年、令和6年8月15日の日本、東京ですよ。」
いろいろと想定して、そう答えを返してみた。
するとおじさんはキョロキョロと周りを確認し、西暦2024年?令和?とぶつぶつ呟いて、「夢か…。」となにやら納得していたようだった。
そこで今度はこちらから尋ねてみた。
「あなたは何年のどこから来られたのですか。」
「私は昭和6年の同じく東京からだ。」と答えてくれた。
タイムスリップもしくは、未来を観測している感じかな。とくれば、未来を教えてリアクションを楽しみましょうかね。
「えーと、今年が昭和にすると、昭和99年かな。だから93年後に来られたわけですね。昭和6年以降の歴史がどうなったか、知りたくないですか。」
おじさんは目を見開き逡巡しているようだった。
「さっきあなたが言われたとおり、夢かもしれませんよ。なら、何も気にする必要はないのでは。」何か悪魔の囁きみたいになってしまった。
「それもそうだな。」と、おじさんが納得してくれたので、さっそく昭和6年以降の出来事一覧を、タブレットで検索し見せていく。
最初はタブレットに驚いたりもしていたが、本当の驚きは情報に触れてから後となる。
うん、すごいリアクションだった。
おじさんパニック。
まあ、終戦までに310万人以上の死者がでた敗戦の情報は、非常に刺激が強かっただろうね。
「まあ、夢かもしれませんので…。」と、慰めてみた。
「…夢ではないのかもしれないのだろう…。」青ざめた顔でそう呟くおじさん。
「あなたが夢から覚めて、その後の出来事が一致したら、そうなるでしょうね。もっとも、対策を立て、未来を変える努力はできるのでは。」ちょっと煽ってみた。
「そうだな、まずは陸軍の独断専行をどうにかせねば。」と、一番難しそうな事をおっしゃるおじさん。
「どこまで役立つか分かりませんが、いろんな情報を提供できますよ。」そう言いながら、タブレットを見せる。
おじさんは「頼む」と言って、食い入るようにタブレットを見てきた。
おじさんがこのまま素直に元居た場所に帰れるとは限らないが、一応伝えられるだけ情報を提供してみる事にした。
可能なら満州事変回避。
駄目なら支那事変を回避。
それが駄目なら三国同盟回避。
それも駄目なら仏印進駐だけはどうにか回避。
できる限りアメリカを刺激しない方向でいく。
備えも怠らず、アメリカへの石油依存脱却や人造石油の話。
電探、電子計算機の話。
航空機の話。
潜水艦の話。
色々話したが、おじさんの頭がパンクしてきた。
「…アンテナ、マグネトロン、パラメトロン、フェライトコア、パラメータ励振現象、プログラム、電子計算機が凄いのは分かったが、仕組みがよく分からんのだが。」
「大丈夫です。私もほとんど分かりません。単語だけ覚えて、後は専門家に丸投げしてください。優秀な専門家はいっぱい居るはずですから。」必殺丸投げを提案してみた。
ただ、このおじさんかなり優秀みたいで、謎単語をすぐに暗記できていた。特に軍事に関する事柄は理解が早く、もしかしたら軍関係者なのかもしれない。
大体重要な情報を見せた後、細々としたネタを見せていたら、慰霊のサイレンが鳴り出して。
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はっと気が付いた。
白昼夢をみていた様だ。
だが、なにか違和感を感じる。
夢が鮮明すぎて、夢の中の自分が本来の自分のような気がする。
夢の中の自分と今の自分は、全く違う人生を送っている。
これは…、もしかして歴史改変が起きたか、もしくは平行世界が出来た…のか?
おっと、仕事の時間だ。考えるのは暇な時にしよう。
しかし、お盆休みの連中がうらやましいな。
お読みいただきありがとうございます。
東京では、たぶん慰霊のサイレンは鳴らないと思います。