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第8話 大罪人

 聞き覚えのない名前――おそらくIDに記されていたものだろう。


(しまった、無効なIDだったのか!?)


 名前どころか、このIDが本物かどうかすら俺には確認のしようがない。


「あ、えっと……この春から赴任してきたんだ!」


 アイネの言っていたことが脳裏に浮かび、咄嗟に口から出た。

 少女は一瞬黙り込み、再び俺のパスケースをまじまじと確認する。


 不安と気まずさから何か言葉を探していると――


『シェンナ先輩! どうかしたんですか?』『何かお困りですか?』


 遠くから聞こえる声と共に、数人の女子生徒がワラワラと駆け寄ってきた。


「あ、ううん。見慣れない人がいたから、どうしたのかなと思って」


 様子からして、集まってきたのはこの少女――シェンナの取り巻きらしい。

 確かに整ったルックスをしているし、ファンの数人くらいいてもおかしくない。


「さすがシェンナ先輩! 困った方を見過ごせない正義感、誇り高きノーブル家の次期当主に相応しい器量です!」「そのお優しさ、私たちも見習いたいです!」


 口々に賞賛の言葉を唱える女子生徒たち。


 話の内容から察するに、このシェンナという少女、良い家柄のお嬢様らしい。


「ち、ちょっと。あんまり集まると他の人の迷惑になるから」


 シェンナはしどろもどろになりながら取り巻きたちをなだめる。いつの間にか、俺の腕を掴んでいた手も離されていた。


(どさくさに紛れて逃げるなら今だな……)


 悟られないようそっと距離を取ろうとしたその時――


「……ちょっと待ってください! 私、この人をさっき中央駅で見ました! よりにもよって、あの"ヴァン家の魔女"と親しそうに話してましたよ!」


「何ですって!?」


 シェンナを取り囲んでいた女子たちが、一斉にこっちを振り返る。その顔は一様に怒りと疑念の表情に満ちているようだ。


 ヴァン家――ヴァン・アルストロメリア。つまり、アイネのことだ。


「おいおい、ちょっと待ってくれ! さっきのアイネって子には道を教えてもらっただけで、別に怪しいことはしてない!」


「は? 怪しいなにも、あんな大罪人に道を尋ねる時点で不審者確定よ!」 「ホント忌々しい。朝から顔を見ただけで嫌な気分だったのに!」


 俺の弁解なんて耳にも入らない様子で、女子たちはアイネのことを口々になじり始める。


 なるほど、ゴンドラ乗り場で感じた嫌な視線もこれか。まさか街全体がこうなのか?

 あの時……アイネが急いで去っていった理由が、ようやく分かった。

 いつの間にか取り巻きの向こうに追いやられたシェンナも、じっとこちらを見ている。


 ここでこれ以上問題を起こすわけにはいかない。


 一か八か逃げるべきか。


 ――だが、そんな事よりも。


「おい、ちょっと待て。あの子が何なのか知らないが、そこまで言われる筋合いはないだろ。あの子が何かお前たちに何かしたのか?」


 他人の問題に軽々しく口を突っ込むべきじゃないのは分かっている。だが今のところ、俺はアイネに助けられた恩がある。何なら命まで救われた。


「――はぁぁ!? あなた、あの大罪人の肩を持つ気!?」「信じられない! すぐ通報しましょう! 不審者どころか異常思想の危険人物よ!」


 女子たちが一気にヒートアップする。

 まるで痴漢を取り押さえたかのように俺を取り囲み、騒ぎが収まる気配はない。


 これはさすがに……魔法でも使えない限り逃げようがないな。


 そんな状況の中で――


「――分かったから、そこまでにしましょう」


 騒ぎ立てる女子たちを一声で黙らせたのは、他ならぬシェンナだった。


「これ以上騒ぐと周りに迷惑よ。あとは私が対処するから」


「で、でもシェンナ先輩。こんな不審者を先輩だけにお任せするなんて――」「そうですよ! 急に襲い掛かってくるかもしれませんよ!」


 口々に不満を漏らす取り巻きたち。おいおい、俺は猛獣か何かか。


「大丈夫。これくらい一人で平気よ。それとも、私の実力じゃ不安?」


 シェンナが自信ありげに髪を掻き上げると、女子たちはキャーっと感嘆の声を上げ、目を輝かせた。


「とんでもないです! 私たちなんて、いても足手まといになるだけですし!」「皆さん、行きましょう! シェンナ先輩、くれぐれもお気をつけて!」


 キャッキャと黄色い声を上げながら去っていく女子たち。

 その後ろ姿を見送ると、シェンナはふと俺の方を振り返った。


「……ねぇ、あなた。アイネに道案内してもらったって、本当?」


 先程までと変わらず鋭い目で俺を睨んでいるが、その声には僅かに穏やかさが混じっているように思えた。


「あ、あぁ。少しの間だけだけどな。なんだ、まだ文句でもあるのか?」


 真っ直ぐに俺を見据える紅く澄んだ目にたじろぎながらも、負けじと聞き返す。


 だが彼女から返ってきたのは、意外な問いだった。


「……別に。どんな様子だった? アイネ」


「ど、どうって。優しくていい子だったぞ。魔物に襲われてた俺を助けて街まで案内してくれた。……何があったか知らねぇが、お前らさすがに寄ってたかって言いすぎじゃないのか?」


 俺の言葉に暫く考えるように俯いたシェンナは、一言だけ呟いた。


「……そうね」


 そう答えると、彼女は黙り込んでしまった。そういえば、こいつだけは一言もアイネの悪口なんて言ってなかったか……。


 黙られると、こちらも何と返していいか分からず、頭を掻いていると――


「……あっちよ」


 不意にシェンナがゲートの隅にある建物を指差した。


「へ? まさか警備室か!?」


「違うわよ! 来客用の受付。もしテイルに用があるなら、そこで聞けば案内してくれるから」


 少し照れたように目を逸らしながらもう一度建物を指差す。


「? あ、ありがとう」


「ええ。じゃ、私は行くから。あんたもまた捕まる前に早く行きなさい」


 シェンナの突然の変わりように疑問を覚えつつ、指さされた受付へと歩き出す。


 そういえば……さっきまでの腹痛は、いつの間にか消えていた。

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