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第7話 燃えるような朱色の瞳

 ゴンドラに揺られながら、俺はウィステリアの風景に見入っていた。


 入り組んだ水路と、それを繋ぐ無数の橋が立体的な迷路を形作る。水路沿いには商店や住居が立ち並び、賑わう街の様子が伺える。

 小さなカフェでくつろぐ紳士や、着飾った婦人たちが行き交い、街全体に活気が満ちていた。


 ゴンドラは市民の足として機能しているらしく、乗り合わせた客にはビジネスマンや主婦、学生らしき若者たちが混じっている。

 船頭は慣れた手つきでゴンドラを操り、すれ違う船同士で挨拶を交わす光景が実に優雅だ。


 歴史を感じる石造りの建物と、未来的なガラス張りのビルが混在し、独特の雰囲気を醸し出している街並み。至る所に飾られたガラスのオブジェが光を反射し、水面に幻想的な輝きを映し出していた。


『ご乗船ありがとうございました! 終点、テイル前駅です。お忘れ物の無いようご注意ください。』


 やがてゴンドラは大きな桟橋のある船着場に到着した。


 船頭に礼を言いながら、他の乗客と一緒にゴンドラを降りると、目の前にはテーマパークの入園口を思わせる建物が広がっていた。


 周囲の様子を見る限り、ここ“テイル”は学校施設のようだ。

 学生たちが賑やかにゲートを出入りし、小学生くらいの子供たちは笑いながら駆け回り、高校生らしき生徒は友達とスマホのような端末を見て笑い合っている。もう少し年上の、大学生らしき若者たちは真剣な顔で議論を交わしながら歩いている。


(……懐かしい光景だな)


 始めて異世界に来る前の記憶がよぎる。


 県外の大学へ入学した直後、知り合いも友達もいない中で、楽しげに話す人たちの輪を遠巻きに眺めていた孤独感。あの時感じたプレッシャーを思い出すと、つい腹が痛くなってしまう。昔からの嫌な体質だ。


(おい待て待て。そういえば受付はどこなんだ? アイネから“テイル”の場所は聞いたけど、その後のことは教えて貰ってないぞ)


 周りを見渡してみるが、コンビニどころかトイレの場所すら分からない。


(おいおいおいおい、こんな広場で脱糞なんかしたら、異世界到着早々、社会的に終わるぞ!)


 腹痛なんて気のせい! そうだ、気のせいだ。そんな事よりせっかくの新しい世界だ。もっと楽しい事を考えよう!


 妙な緊張感が襲う中、気持ちを切り替えようと無理やり考えを逸らしたその時――


「あの」


「はいぃっ!?」


 突然かけられた声に、思わず背筋が突っ張った。


 振り返ると、アイネと同じグレーの制服を着た少女が、明らかに不審な顔でこっちを見ている。

 スカートがひらりと風に揺れ、その端正な顔立ちが目に入った。


「……どうかしたんですか?」


 鋭く睨み付けるように俺を見るその瞳は、アイネとは正反対の燃えるような朱色だ。まるで夕陽をそのまま閉じ込めたかのような印象的な揺らめきにぐっと引き込まれそうになる。

 赤土色の髪を後ろで一つにに結んで、シワひとつない制服をビシッと着こなしている。


 年齢もアイネと同じくらいだろうが、アイネがアイドル寄りの可愛らしい見た目なら、こっちは学生モデルかと思わせる程の整ったルックスだ。


「いや、別に。ちょっと考え事をしてただけで……何か用?」


「いえ、用というか、明らかに怪しかったので。不審者なら警備に連絡しようかと思って。最近、女子生徒をつけ回す変質者の目撃証言もあるので」


 にこりともせず淡々と言い放つ少女。そのまっすぐすぎる物言いに、俺の背中を冷や汗が伝う。


「ま、待て待て! 俺は変質者じゃない!」


「変質者って、みんなそう言うんじゃないですか?」


 確かに。むしろそれ以外のリアクションが思いつかない。


「いやいや、ほら、これを見ろ! 身分証だ!」


 慌ててポケットから取り出した例のIDを少女に見せる。


「……“マスタークラス”の教員ID? しかも“戦術魔鉱学科せんじゅつまこうがっか”所属?」


 少女はパスケースを手に取ると、じっと中のIDカードを見つめた。その視線の圧力たるや、まるで職務質問中の警察官のようだ。


 僅かに考え込むような素振りを見せた後、少女は顔を上げてニッコリとパスケースを差し出してくれた。


(やれやれ、どうにかやり過ごせたか)


 そう思ってパスケースを受け取ろうとした瞬間、少女の手が素早く俺の腕を掴んだ。

 意外な力強さに驚きながら顔を上げると、燃えるような瞳がこちらを睨みつけてくる。


「うちの学科に“ブエラ・シュトルフ”なんて名前のマスターはいませんけど?」


「は?」


 突然の出来事に、心臓が大きく跳ねた。

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