第16話 魔法の再興
ウィステリアの夜は静かで、幻想的だ。
街の喧騒が消え、人通りもまばらな中、大きな船着場では片付けられたゴンドラたちが夜の休息に入っている。水面には街灯の明かりが揺れ、宝石のように煌めいていた。その脇の通路を、ジンとアイネが並んで歩いている。
「……あ、あの」
アイネが小さな声で切り出そうとした瞬間、ジンが彼女を見て軽く笑いながら羽織っているマントの裾を差し出した。
「おい、大丈夫か? これで拭け」
「えっ……ええ?」
戸惑ったアイネは、そのマントの裾に近づき、そっと鼻を寄せる。そして、微妙な顔をして後ずさった。
「……冗談だ。明日お前の制服も一緒にクリーニングに出すから、俺のところに持ってこい。ファミリアの予算で払ってやる」
「え、あ、ありがとうございます」
どこか気まずそうに礼を言ったアイネに、ジンは軽く肩をすくめる。それ以上何も言わず、二人は再び並んで歩き出した。足音が静かな夜道に響く。
「それにしても、どうして私を助けてくれたんですか?」
「どうしてって――昼間、お前も俺を助けてくれただろ? あれは何か理由があって助けてくれたのか?」
「い、いえ。ただ……困ってそうだったので」
「なら俺も同じだよ」
ジンはそう言いながら、水路脇の手すりに腰掛けた。その目は遠くの闇に沈む水面を見つめている。水面は街灯の光を受けて煌めき、夜風に揺れていた。
「……って訳でもないけどな。俺の場合、もう少し個人的な理由がある」
「え?」
立ち止まったアイネが、ゆっくりとジンの側に歩み寄る。
「お前さ、テイルでやりたいことがあるんだろ?」
「え? あ、はい……」
アイネは真っ直ぐジンを見つめ、小さく頷いた。
「それ、多分俺も一緒なんだよ」
「え……それってどういう……?」
アイネは困惑した様子で首を傾げる。そんな彼女に、ジンは振り返り、いつになく真剣な顔でじっと見つめた。
「シエナ・ヴァン・アルストロメリア。俺は彼女の汚名を晴らす」
「……!」
その名前を聞いた瞬間、アイネの目が大きく見開かれた。驚きのあまりポカンと小さく口が開いている。
「ただ――簡単な話じゃない。いきなりどうこうできることでもない。まず、《《この世界》》について、調べなきゃならないことが山ほどある」
「ち、ちょっと待ってください!」
耐えきれずに声を上げるアイネ。
「どうして、ジンさんがひいおばあちゃんのことを……?」
ジンは腕を組み、少し困ったようにため息をつく。
「聞いた話によれば、シエナが犯した罪ってのは、魔法を兵器に変えたこと。それに、魔物を世に放ったこと……そういうことだろ?」
「い、いえ。魔兵器を開発した事はむしろ偉業と言われています。けれど、それ以上に魔物の件が……。自分の発明の力を誇示するため、私欲で世界を混乱に陥れたって」
アイネは俯きながら言葉を絞り出す。
「なるほどな。でも、俺はあいつが何の考えもなしにそんなことをするとは思えない」
ジンの言葉が冷たい夜風に溶けて消える。アイネはその隣に立ちながら、小さく肩を震わせた。
「……あいつ、って?」
アイネの問いかけに、ジンは少し目を逸らしながら頭をかいた。
「まぁ……何だ、そんな気がするんだよ」
「で、でも――」
「細かいことはいいだろ。それに、ジンさんじゃない。マスターだ」
そう言って、ジンは軽くアイネの頭をポンと叩くと、再び石畳の道を歩き出した。
「それに、まずはお前の学業が優先だ。俺は教師で、お前は生徒なんだからな。二人して落第とクビなんて笑えないからな」
「は、はい!」
アイネはジンの後を小走りで追いかける。その顔には、少しだけ少女らしい明るさが戻っていた。
「さあ、やるぞ――シエナの汚名返上と、魔法の再興だ!」




