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第14話 そのためにここに来た

 アイネの真っすぐな視線を受けて、クァイエンはそれを小馬鹿にするように鼻で笑った。


「……フン、覚悟を見せろとはいったが、それでファミリアに入れてやると言った覚えはない。」


 鋭い言葉が場を切り裂き、それを聞いたアイネはひどく動揺し表情を硬直させる。


「そ、そんな!」


「貴様も武を志す者なら、喰いかかってでもくればまだ一興かと思ったが……。酒のつまみにもならんな。失せろ。」


 言い放つと同時に、クァイエンは背中を向ける。


「ま、待ってください!」


 アイネは慌てて立ち上がり、その背中に追いすがろうとした。しかし、突然二人の男子生徒が割り込んで来て行く手を遮る。


「ど、どいてください! 私、まだお話しが――」


「マスターはお忙しいんだ。これ以上邪魔をするな」


「失せろと言われたのが聞こえなかったか」


 冷淡な声がアイネを追い詰めた。


 二人は、クァイエン・ファミリアの内定者だろうか。既に弟子気取りの態度をとっている。


「そういえば、お前。その制服――どうしたんだ?」


 片方の生徒がニヤリと笑みを浮かべて尋ねる。その問いにアイネの顔が一瞬強張った。


「昼間、パーティーに来ていく制服が無い、って騒いでなかったか? 確か、()()()()()()()()()()()()()んだろ?」


「そ、それは……」


 思わず一歩下がるアイネに、もう一人の生徒が追い討ちをかけるように鼻で笑った。


「おいおい、まさかゴミ捨て場から拾ってきたのか?」


「待て待て、コイツ、何かゴミ臭くないか!? これ、ワインの臭いだけじゃないだろ」


 片方の男が嫌らしい笑みを浮かべながら、アイネの首元に鼻を寄せクンクンと音を立てる。


 その様子を見て周りもクスクスと嘲笑を溢した。


「そ、そんなことないです! さっきちゃんと洗って――」


 アイネの反論が終わるより前に、男子生徒たちは揚々とした態度で騒ぎ立てる。


「おい、まさか本当に拾ってきたのか!? ゴミ捨て場から!」


「うわ、ありえねぇ。ゴミを着てくるような奴がうちのファミリアを志願とか、ほんと勘弁してくれよ!」


 その言葉に、周囲で見ていた他の内定者らしき生徒たちも小声で笑い始めた。


 アイネは彼らの視線を全身に浴びながら、黙って俯き拳を握りしめる。


(あいつら――ろくでもないわね)


 その様子を見て、クァイエンは我関せずといった様子で鼻で笑って、その場を立ち去っていった。


「ちょ、ちょっと待ってください! お願いします!」


 慌ててクァイエンを追いかけようとするアイネを、男子生徒が突き飛ばした。バランスを崩し、ワインの上に倒れ込むアイネ。小さく飛沫が上がり、白いスカートがワインを吸って赤く染まっていく。


「おい、どこ行くんだよ。掃除、してくれるんだろ。まだ終わってないぞ」


「なぁ、どうしてくれるんだよ、この空気。お前のせいでせっかくのパーティーがヒエヒエだろ」


 皮肉混じりの声が耳に刺さる。アイネは周りを見渡したが、全員が咄嗟に目を逸らす。黙ってその場から離れていく人々の態度は冷たく、アイネだけがただその場に取り残された。


「――それじゃ、向こうで新学期の事について少し話ましょうか」


 突然の声にビクリと肩を震わせると、マスター・カルーナが何事も無かったかのように微笑みながら私を見ている。


(そ、そう……よね。アイネに対するあの扱い。別に今更始まった事じゃ……。 それに、ここで私が出ていっても何にもならない)


「は、はい。よろしくお願いします。」


 慌てて笑顔を作り、マスターの後に着いてその場を離れる。


「おい! 何とか言えよ、この大罪人!」


 さっきの生徒がまだアイネに絡んでいる声が聞こえる。その声から耳を背けようとした瞬間――


 どこかで聞いたことのある締まりの無い声が、突如として辺りに響く。


「あ、臭いの多分俺だわ。ゴミ捨て場で寝てたから」


 驚いてアイネの方へ目を向けると、一人の男が静かに前に歩み出た。その足取りには一切の迷いもなく、男はアイネと生徒の間に割って入る。周囲のざわつきが一瞬で静寂に変わり、男の存在感がこの場を支配した。


「ほれ、ここ嗅いでみ」


 そう言いながら、男はボロボロのマントの裾を男子生徒の顔の前へ近づける。


「――!? うげ、臭っせ! このおっさん、臭いぞ!」


「おい、その言い方は何か傷つくな」


 冗談か本気かわからない悲しそうな表情を一瞬浮かべた後、男は締まりのない笑顔を見せておどけて見せた。けれど、その笑顔の裏には、何だか得体の知れない気配を感じる気がする。


(まって、あの男……見覚えが。確か――今朝ゲートの所に居た不審者!?)


「ジン……さん?」


 アイネが驚きと戸惑いを含んだ声を上げた。


「よっ! その説はどうも。あと、ここ流の言い方をするなら、俺の事は“マスター・ジン”と呼ぶべきかな」


 目をパチクリさせるアイネを前に、男は飄々とした態度を崩さない。


「アイネ、お前に用があって来たんだ。もしどうしてもあのじいさんのファミリアじゃなきゃ嫌だ、ってんなら話は別だが――」


 そこまで言うと、男は床に座り込むアイネに手を差し伸べた。


「どうだ、うちのファミリアに来ないか?」


 アイネは驚いて目を見開き、声を詰まらせた。


「で、でも……」


「何だ、俺みたいな新人マスターじゃ不安か?」


 男が軽い調子で問いかけると、アイネは慌ててブンブンと大きく首を横に振る。


「ち、違います。そういう事じゃなくて。私……」


 2人のやり取りに気付いた周囲の視線が、再び集まった。冷めた目と嘲笑が飛び交い、不審者の奇行を見るような視線が2人に注がれる。

 ヒソヒソと交わされる怪訝な声が響く中、ワインの水たまりの上に座り込むアイネと、彼女に優しく手を差し伸べる男の姿だけが、場違いなほど穏やかで静かな空間を作り出していた。


(あのジンって人、状況分かって言ってんのかしら……?)


 戸惑いを隠せないアイネは、否定するでもなく、ただ困ったようにジンを見上げるばかりだった。

 小さく開いた唇は言葉を探しながらも何も発せず、まるで時間が止まったかのように固まっている。


 その様子を見て、ジンは困ったように頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。


「っても、偉そうな事言いながら、実はまだ生徒を一人も確保できてなくてな。お前に断られたら予算ゼロなんだよな。だから頼む! 俺を助けると思って!」


 そう言うと、ジンはパンと顔の前で両手を合わせて見せた。その動きが滑稽なほどに真剣で、アイネの目にもんの少しだけ笑みが戻る。


「……あ、あの。本当に私で良いんですか」


 雨に濡れた子犬のような瞳で、戸惑いながらジンを見つめるアイネ。彼女の問いに、ジンは一呼吸置いて大きく頷いた。


「――ああ。そのためにここに来た」


 その言葉にはさっきまでのお道化た様子の欠片もなく、ただ真っすぐにアイネの青い瞳を見つめていた。

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