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第11話 未来で仕事を手に入れた

「どうぞ。お口に合うと良いけど。私のお気に入りの茶葉よ」


 シエンが慣れた手つきで淹れてくれた紅茶から、ほのかに甘い香りが漂う。湯気が静かに立ち上るカップを手に、俺たちは向かい合ってソファに腰を下ろした。


「師匠……シエラがよく話してくれたわ。かつて、慕っていた師匠と生き別れになったと。あの人は素晴らしい魔法使いで、世界を救った英雄だったって」


 シエンは穏やかな声で語り始めた。紅茶を一口飲み、カップをそっと膝の上に置きながら、どこか懐かしそうに微笑む。

 シエラのやつ、自分に弟子にまでそんな事を言っていたのか。嬉しいような恥ずかしいような。


「でもね、シエラはそれ以上に、いつも寂しそうだったの。師匠にまた会える日を夢見て、いつも研究に明け暮れていたのよ」


 シエンがふと窓の外に目をやると、木の枝にとまっていた二羽の鳥が連れ立って飛び去った。


「そう、だったのか……」


 あの時は裂け目を閉じる事だけに夢中で、残される者の気持ちなんて考えてもみなかった。シエラがずっと俺を思い続けていてくれたことを知り、感謝と切なさが胸の奥でグッと押し寄せる。


「でも、諦めが悪いところは俺と一緒に居た頃からずっと変らなかったみたいですね」


 そういって笑う俺を見て、シエンは小さく微笑むと、ふと紅茶のカップを置いて言った。


「ねぇ、そんなに気を使わなくてもいいのよ。もっと楽に話してくれて構わないわ。もうあなたを敵だなんて思ってない。この場合、どちらが年上かなんて考えるのもナンセンスでしょ?」


「……確かに、そうかも……しれないな」


 少し肩の力が抜けるのを感じながら、俺もカップを手に取った。同じ人を思い会話を重ねるうち、とても他人とは思えなくなっていた。


「それにしても、まさか未来に跳ばされるとは。俺はてっきり異世界に飛ばされたもんだとばかり思ってた」


「シエラも、始めはそう考えていたみたいよ。けれど研究を進めるうち、あの裂け目がもしかしたら未来に繋がっているかもしれないって気づいたの」


「さすがだな……まさかそんなところまでたどり着くなんて」


 才能に溢れた彼女がいったいどれほどの魔法使いになったのか。この目で確かめられなかった事が今更残念に思えて来る。


 そんな話に夢中になっていると、不意に扉がノックされた。


「グランドマスター。そろそろ今夜のパーティーの打ち合わせを」


 秘書と思われる人物がシエンを呼びに来た。


「分かったわ。すぐに行くから待っていて」


 そう答えて秘書を部屋の外へ返した後、シエンは少し肩をすくめて笑いながら俺に向き直る。


「ごめんなさい。呆れるでしょ? 人が死んでるのにパーティーだなんて」


「あ、あぁ。いえ」


 忘れていた訳ではないが、未来に飛ばされたという話が衝撃的過ぎて、先程シエンが話していた内容がすっかり頭から抜けていた。もしかすると、前の世界で人の生き死にに僅かばかり慣れ過ぎたのかもしれない……。


 俺が答えあぐねていると、シエンは机の上に整理されていた書類を持って立ち上がった。


「この件は、くれぐれも内密にお願いするわ。学園としてもまだ調査中で、知っているのは私と他に極一部の職員だけなの」


「わ、分かりました」


 そう答えながら、俺もソファーから立ち上がる。


「さて。ごめんなさいね。まだまだ話したいことは山ほどあるのだけれど、見た目以上に多忙な身なのよ」


「いや、突然押しかけてきたのは俺の方だし。この世界の事も分かって助かった」


 皮肉っぽく笑う彼女に、俺も肩の力を抜いて笑い返した。


「――それで、一つ提案があるの。単刀直入に聞くけれど、あなた、この世界で食い扶持の当てはあるのかしら?」


「いや……考えてなかった。そういえば今夜泊まる場所もないな」


「それなら、仕事を斡旋させてもらえないかしら」


「仕事?」


 突然の事に思わずそのままの言葉を返してしまう。


「えぇ。この学園テイルで教師として働くのよ」


「は……?  俺が、教師?」


 予想外の提案に、思わず呆気に取られる。頭の中でその言葉を反芻するが、どうにもピンとこない。


「えぇ、私の師匠の師匠なんですもの。実力に疑いの余地はないでしょう?」


「い、いや。それは元居た世界での話で。俺はここじゃ魔法も使えない魔法使いだぞ」


「ふふ、構わないわ。何も教師に必要なのは力だけじゃない。それに……」


 シエンはそう言いながら、俺がテーブルの上に置いたIDカードに視線を落とした。


「最近、テイル内で色々と不穏な動きがあってね。信頼できて、かつ自由に動ける味方が欲しいの。もちろん、協力してもらえるなら衣食住と身分証を用意するわ。あなたにとってどれも必要なはずよ」


 たしかに、この世界では特に「身分証」というのは簡単に手に入るものではなさそうだ。ここは乗る以外に選択肢がないだろう。


「分かった。あんたに何か考えがあるなら、それに乗っからせてもらう。見返りは十分だからな」


「よかった。それじゃあさっそくだけど、準備しましょう。あまり時間がないわ」


 シエンは部屋のドアへと向かい、一緒に来るよう促した。


「その前に、もう一つだけ教えて欲しい事がある」


「何かしら?」


 シエンはドアの前で俺を振り返る。


「街で、アイネ・ヴァン・アルストロメリアという少女に会った。彼女はいったい何者だ?」


 俺の問いに、シエンは少し驚いたような表情を見せたが、直ぐに目を細め声を曇らせて答えた。


「あの子に……会ったのね」


「あぁ。シエラと同じ名前、それに髪の色も。もしかしてあの子は……」


「その話はあとでゆっくりしましょう。今はあまり時間がないわ」


 そう言ってそのまま部屋を出て行くシエン。

 しかたなく、俺も黙って学園長室を後にした。


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