01-02:タトラ813
その車両を見た者の反応は二つに分かれる。一つは、低くて巨大なキャビンを見上げるもの。もう一つは足回りを覗き込むもの。後者は"タトラ"の名を知っている者の行動だ。
"タトラ" それは、史上最強のオフロードトラックだ。
人々は文明の残滓に群がって生きているが、その場所にすべてが揃っているわけではない。水があっても燃料がないかもしれないし、食料はあっても弾薬がないかもしれない。
人間が少しでも文明的な生活をしたいと思うなら、物流は必須なのだ。
だが、舗装路なんてものが自然に帰りつつあり、荒野をモンスターが跋扈するこの世界で、輸送は困難を極める。だからこそ、圧倒的な走破性能を持つタトラは非常に貴重なのだ。
タトラならば、この末期の世界のどこにでも物資を運ぶことができる。
タトラの特異な低く横広のキャビンは極限まで重心を下げるための設計で、その真下に二軸四輪、そして荷台の下にも同様に二軸四輪。計四軸八輪であり、そのすべてのタイヤが駆動する8×8方式だ。
フレーム構造は独特で、通常のラダーフレームの下に、極太のパイプが設置されている。これはセントラル・バックボーン・チューブと呼ばれるもので、ディファレンシャルやプロペラシャフトを内蔵し防護するほか、これ自体がフレーム構造として機能する。
通常、ラダーフレームだけでは捻じれを生じやすいが、このセントラル・バックボーン・チューブを追加することで正面から見て三角形の構造体を形成し、あらゆる方向からの入力に耐えゆる非常に強靭なフレームとなる。
サスペンションは通常のトラックと同じリーフスプリングが使用されているが、前後左右と連動して動く通常のトラックとは異なり、タトラはひとつのタイヤごとに別々に動く。そのため、各タイヤの地形追随性が高く、かなりの荒地でも効率的にトルクを発揮できる。また、各サスペンションの可動域も大きくなり、車体が揺れにくく、安定しやすい特徴もある。ディファレンシャルの位置が高くなり、走破性能も高まる。
ただ、独立懸架に欠点がないわけではない。通常のトラックではタイヤにかかった荷重を、イコライズ、もしくはトラニオンサスペンションなどで前後に隣接するタイヤに逃がすなどの過重の分散が考慮されているが、独立懸架はそのタイヤと支えるサスのみに荷重が集中する。
通常、荷重が集中すればその部分のフレームが捻じれる等のダメージが入る。
だが、強靭なセントラル・バックボーン・チューブ構造なら問題はない。
あらゆる地形を走破するために生まれたオフロードトラック、それがタトラだ。
「お前、これをどこで手に入れた?」
先ほど演説していた女が尋ねてきた。名をエミリ・マクナブと言うらしい。肩書はよくわからなかったが、この街カーラルシティの支配者の部下なのだとダンは認識していた。
エミリの部下らしい他の連中は、気にも留めず物珍しそうに修理工場の敷地を占領する、巨大なタトラの周りをうろうろしている。
「そんなことはどうでもいいだろ。問題はエンジンだ。クランクケースに亀裂が入ってて使い物にならねえ。替えが必要だ」
「トニーのジャンク屋にあるやつではダメなのか?」
「あんたも飲み屋のおかみと同じことを言うんだな。あれじゃダメだ。そもそも馬力が足りねぇし、もしタトラを動かせるだけの馬力があったとしても、ガソリンエンジンだと回転数が違うからトランスミッションとファイナルギアまで変えなきゃ使い物にならねえ。変えたところでタトラ本来のトルクは出せない。ようやく走るって感じだろうよ。コイツを走らせるなら低回転域の強いディーゼルエンジンを使うしかない。もちろん高出力のヤツな」
エミリは顎に指を触れて、少し考えてから口を開いた。
「それならアテはある。ただし、貴様も分かっていると思うが、そこまでの高出力エンジンともなればかなりの高額だ」
「報酬がわり、ってのはどうだ?」
「あの金額はゆうに超えている」
「だが、他のトラックよりは運べる可能性が高いぜ」
エミリはまた黙り込んで考えを巡らしていた。そして不意に口を開く。
「よかろう。ついてこい」
エミリの後について歩きながら、酔いの醒めつつあるダンは自分の判断を反芻していた。
爆発物を運ぶという危険な仕事を引き受けることが、果たして本当に正しい選択なのか。
だが、考えたところでダンには選択肢はなかった。手元に残った唯一の財産、それがこのタトラだ。