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01-01:カーラルシティ

男はコップの酒を一気にあおると、ガツンと粗末なカウンターに叩きつけた。

「ぷはー! 酒が染みるぜ」


彼の息はアルコールの匂いで充満し、隣の席にいた客が思わず顔をしかめた。しかし、ダンは気にすることなく、間髪入れずにビンから、とげとげしい匂いの酒を注ぎ始めた。


今にも崩れそうなつぎはぎだらけの掘っ立て小屋バーは、薄暗く、客もまばらだ。それも当然で、国家という文明が崩壊した現在でも、人間は昼間に働くものだからだ。


まばらにいる客は、食事のついでに気付けの一杯という感じだ。そんな中、ダンだけはガブガブと浴びるように酒を飲んでいた。彼の瞳には、どこか絶望と無力感が浮かんでいる。


カウンターに立つ妙齢の女店員があきれたような視線を向ける。

「いい加減にしなよ。知ってると思うけど、この街で酔いつぶれても、誰も助けてくれないよ。朝起きたら身ぐるみ剝がされているのがオチさ」


「あんたは助けてくれないのか、俺は常連だぞ」


「金持ってなきゃ常連じゃないよ。商売ダネがぶっ壊れちまったんだろ? この先どうすんのさ」


げふー、と酒臭いげっぷを吐いてからダンは口を開いた。


「それ、誰から聞いたんだ?」


「さっき散々自分でしゃべってたよ。トラックが地雷踏むなんてよくあることじゃないか、さっさと修理しないのかい?」


「無理だね、足だけじゃなくてエンジンがやられちまったんだ。エンジンを交換するしかないが、アイツを動かすにはそれなりの馬力のあるエンジンじゃなきゃだめだ。だが、そんなものおいそれと転がってない。もうオシマイだ」


そしてまた、一気に酒をあおる。ダンの手は少し震えていた。彼の心の中には、果てしない絶望が渦巻いている。


「トニーのジャンク屋に置いてあるのじゃダメなの?」


「あそこにあるのはガソリンエンジンばかりだ! ガソリンのクルマに乗るぐらいなら、死んだ方がマシだね」


女店員は、これはダメだとばかりにフンと鼻を鳴らす。


「ところで、今日飲んだ分と先日のツケの分、払うお金ぐらいはあるんでしょうね?」


「そんなもん、あるわけないだろ」


女店員の目は、あきれたものからムシケラを見る目に変わり、客から見えないカウンター裏のスイッチを押した。


店の奥でビー!というブザー音が鳴り、身長2mはあろうかという大男が出てきた。

この大男は、この店の店長だった。



**************************************************************



バーを叩き出されたダンは、酒瓶片手に修理工場へととぼとぼと戻り始めた。愛車の修理は不可能のため、明日にでもジャンク屋に売り払う予定だった。


「くそっ」


あれは掘り出し物のトラックだ。それなりの値がついて、数年は遊んで暮らせるだろう。ただし、まともな街で売れたらの話だ。こんなチンケな田舎街では手に余る代物だし、だからと言って、大きな街に持ってはいけない。値を叩かれて終わりだ。


ぐびーと酒瓶をあおるダンの耳に、遠くから「金ははずむぞ!」の声が聞こえてきた。


また賞金首でも出たのだろうか。ダンは運び屋であって、賞金稼ぎではない。だが、喉から手が出るほど金が欲しいダンは、吸い寄せられるように声のする広場に向かった。


どこの町の広場も同じだが、ホコリとゴミまみれで、衛生環境なんて言葉は知らないかのような、汚らしいトタン屋根の屋台と露天商。そして、いつ風呂に入ったかもわからないような薄汚れた人々。


乾燥した気候のこの場所で、厚着でうろうろしているのは大抵は行商人だ。そして、バックパックとライフルを持っているのが歩兵ソルジャー、リュックを背負わず、ベストやポーチを体のあちこち付けてるのがタンク乗りだ。


ソルジャーは主に人や、小型のバイオモンスターを狙う賞金稼ぎ、タンク乗りは大型のモンスターを専門とする賞金稼ぎだ。特にソルジャーはいろいろいて、全身をヘルメットと防弾アーマーで覆ってるやつや、リボルバーをメインウェポンとするウェスタンスタイル、カタナと呼ばれる細長い剣だけで戦う者もいる。

それから、軽装でガタイのいいのが、たいてい運び屋だ。


広場には、そんな連中が集まっていた。その集まりの中央に、身なりの良い女が地図が印刷された紙を片手に声を張り上げている。


「君たちの協力が必要だ! 今、パルーティカが危機に陥っている。落盤事故で地下から原油をくみ上げるパイプラインが破壊されたのだ。彼らの燃料がなければ、このカーラルシティも危機に陥る。わかっていると思うが、燃料がなければ、戦車もトラックも動かない。発電機も停止する。そうなれば、防壁外のモンスターどもの餌になるだろう」


女は片手にもつ紙を掲げた。


「パルーティカは、ダイナマイトが足りず、岩盤の半分しか除去できてない。そこで、カーラルシティのダイナマイトを提供することになった。諸君らには、このダイナマイトを運んで欲しいのだ」


女の掲げる紙には、カーラルシティからパルーティカまでの、荒野を突っ切るルートが示されていた。それを見たタンク乗りの1人が声をあげる。


「おい! そのルートって、この前バス艦隊が失敗したとこだろ、別のルートはダメなのか?」


「ああ、ダメだ。なぜなら……」


女が箱を開け、そっと手を差し込む。そしてゆっくり持ち上げると、聴衆に向かって軽く振った。先頭にいた観衆の足元でパパパンッ!と爆竹のような音が響き、聴衆がざわつく。


「こいつは"元"ダイナマイトだからだ。保管状況が悪く、中身がしみだして液化している。つまりニトログリセリンに戻っている。今見たとおり、この液体は軽い衝撃で爆発する。そのため荒地や山道ルートはダメだ。平坦な荒野を突っ切るルートしかない」


聴衆がシンと静まり返る。


「いいか、報酬は30万リドルだ! 10年は遊んでくらせる額だぞ!」


衝撃で爆発する荷物を持って、暴走族どもが跋扈する荒野を走り抜ける。女は平坦だと言ったが、実際は岩や穴のある荒地だ。一瞬の油断でガンと乗り上げて爆発してしまう。だからと言って低速ではだめだ、機動力抜群の暴走族に追い付かれる。普通のトラックには不可能だ。


ダンはにっと笑った。そう、"普通のトラックにならば不可能"だ。

そして、手をあげる。


「おい! それ、俺が行くぜ」


女はダンを見て顔をしかめた。


「どう見ても酔っ払いにしか見えないが、貴様は?」


「なに、俺はしがないただのトラックドライバーさ、だが、俺のトラックはスペシャルだ。その爆弾、山岳ルートで運んでやるよ」


聴衆がざわつく。驚きというより嘲りだ。だが、ダンは気にも留めない。

不機嫌そうな女は、切り捨てるように言った。


「不可能だ。段差にタイヤが乗って、少しでも跳ねたら終わりなのだぞ」


「俺のトラックは全輪独立懸架の足だ、跳ねやしないさ」


女は目を見開いた。

トラックは通常、リジットアクスルと呼ばれる左右のタイヤを固定したような構造をしている。そのほうが頑丈で、構造が簡単で、安く作れるからだ。商用にしても軍用にしても、頑丈で修理がしやすい方が良い。比べて、独立懸架では構造が複雑で脆くなるため、ほとんど存在しない。あるとすれば、伝説のトラックだけだ。


「貴様のトラックはなんだ?」


「タトラ813だ」


"タトラ"の名を聞いて聴衆がざわつく。こんどは嘲りなどではなかった。

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