01-00:荒野のバス艦隊
そのクルマは、元は観光地を巡るただの観光バスだった。
だが、今は違う。
それは観光地ではなく、文明の崩壊した弱肉強食の大地を巡るべくして生まれ変わった地上戦艦。
景色を眺めるために作られた大きな窓は、すべて鋼板で補強された砲門となっていた。ルーフにも多数のSE装備(スペシャル・エクイットメント:主武装以外の武装や補助・防御装備全般を指す)が装着されている。
車体は全長12~18mほどに延長されており、タイヤに至るまですべて分厚い複合鋼板にモジュラー装甲を重ねて防御。その重量増に耐えるべく5~9軸の10~18輪に改造されている。多少ながら、車幅も大きくなっている。
駆動軸はまちまちだが、最低でも4軸8輪駆動であり、搭載されたダブルまたはトリプルエンジン、もしくは小型艦艇用エンジンを搭載し、その大馬力を地表に叩きつける。
このクルマは、総じて『戦列バス』と呼ばれていた。
攻撃行動には向かないが、並外れた重装甲と迎撃火力、そして機動力を持ち、大抵の場合は貴重な物資や人を安全確実に輸送することを目的に建造されている。
戦列バスは重量や特性、砲列階層によってクラスが分かれており、
比較的小型(40トン以下)で砲列が1階層だとフリゲート・バス級(分類記号:FF)
砲列1~2階層で中サイズ(74トン前後)だとクルーザー・バス級(分類記号:CB)
護衛を目的として、車体下方のトランクスペースまでもガンデッキに改造した、砲列3階層以上の純粋な戦闘用超大型戦列バス(90トン以上)をバトル・バス級(分類記号:BB)と呼ぶ。
また、地域によっては1~6等級でクラス分けされている場合もある。
戦列バスは、一列縦隊の『艦隊』を組んで荒野を巡行していた。
前後への火力が弱いため、一列に並ぶことでお互いの前後を守り、かつ側面へ最大火力を発揮できるようにしているのだ。
艦隊の側面の防御力と火力は絶大で、並みのモンスターは粉砕され、接近できたとしても強靭な防御力に阻まれてしまう。
だが、この戦列バスにも苦手な相手がいた。それは、暴走族だ。
暴走族は元は人であるらしいのだが、彼らにもはや文明的な思考は存在しない。あるのは、代々引き継がれるバイクと、本能に突き動かされた破壊衝動と爆音の追及だけだ。
文明を捨てた理由は定かでないが、放射能等による影響で脳を変異させてしまったという説が有力だ。現に暴走族のバイクはサイレンサーが無く、地平線の彼方からでもエンジン音が響いてくる。理性ある人間が、雷のような爆音轟くバイクに乗ろうなどと思うはずがない。暴走族はもはや人類ではなく、荒野を跋扈するモンスターなのだ。
多くの集団は、チョッパーを好むアメリカンタイプや、カフェレーサーのヨーロピアンタイプなのだが、まれに特異な姿をしたジパングタイプも存在する。
戦列バスを追跡しているのは、その中でもポピュラーなヨーロピアンタイプだった。
古めかしいフルフェイスヘルメットの奥に野性の眼光を光らせ、薄汚れた継ぎ接ぎだらけの革ジャケット姿の暴走族たちは、ボロボロながら鋭いエンジン音を響かせるバイクで戦列バスを追う。
狙いは、戦列バスのトランクスペースや、牽引貨物車にたらふく詰め込まれた生鮮食品、貴重なケミカル品、精密部品、そして女だ。
メスの暴走族はほぼ存在せず、基本的にはオスのみで群集を構成している。そのため、暴走族は繁殖を目的として、近縁種である人の女性をさらうのだ。
後方から迫りくる暴走族に対し、戦列バスは大きく蛇行して攻撃を試みるが、暴走族たちは射線に入らないよう距離を置いて追跡し、スキを見ては最後尾車両に対して一撃離脱を繰り返す。
戦列バスの足回りに携行ロケット弾を撃ち込み、最後尾バスを落伍させようとしているのだ。
戦列バスは何度も最後尾を入れ替えて対抗するが、すでに牽引貨物車を2つ持っていかれている。脱落車が出るのも時間の問題だった。
強靭な防御力と大火力を有する戦列バスであっても、軽快な暴走族の群れを相手に1台だけでは勝ち目がない。奪われた車両は分解されてバイクの材料となり、男は食料、女は繁殖の道具にされる。
先頭を走行する嚮導バス『サンダラー号』(二層CB級、重量78トン、5軸10輪の全軸駆動、ネイピア デルティック1825B〝トライアングル〟エンジンを1基搭載、最高出力2,150馬力)の車長は、自力での対抗はもはや不可能と判断。カーラルシティに救援要請を発信し、艦隊に牽引貨物車を放棄し、変針するよう命じた。
2度目のパルーティカへの輸送作戦は失敗に終わった。