ハッピーハロウィン
「とりっくおぁとりぃと」
日も暮れかけた逢魔が刻、誰も居なかった筈の背後から不意に声をかけられたのに然程驚かなかったのは可愛らしい子どもの声だったから。 そして、その声の主を私はよく知っていたから。
「今年は随分と遅かったじゃない、もう来ないのかと心配していたのよ」
そう言ってゆっくりと声のした方に振り向き、お決まりの言葉を返しながらお菓子の入った袋を差し出す。
「はい、ハッピーハロウィン」
男の子はハロウィン仕様にラッピングされたお菓子を受け取り嬉しそうに笑って応える。
「ありがとう。 コトシは六かいめだからね、いつもよりちょっとジカンがかかっちゃったんだぁ」
あぁそうか節目の年、成る程それで彼は『今日は忙しいから逢えない』って言ってたのね。
秋の日は釣瓶落としの喩え通りにあっという間に完全に日が沈む。 辺りはすっかり暗くなってしまったので、電気を点けようとスイッチに近づいた。
「まって、ボク、もうそろそろいくから」
そう言われて声のする方に顔を向けたが男の子の姿は闇に溶けて、ぼんやりとした気配しかしなかった。
そうか満六年、そろそろいくとはそう云う事か。
「ねぇ、もう逢えないの?」
そう訊ねると暗闇からふわりと笑った気配がした。
「ウーン、とうぶんはムリ、かな? あっ! でも、 三ねんゴに『カボチャぼうろ』ほしいかな」
三年後に南瓜ぼうろ?
どういう意味なのか判らず、訊き返そうと暗闇を凝視したけれども其処にはもう男の子の気配はなかった。
******
私がその男の子に初めて遇ったのは五年前、 大学に通うために一人暮らしを始めた年のハロウィン当日にマンションの廊下で後ろから声をかけられた。
「とりっくおぁとりぃと」
男の子が突然現れた事に驚いたが、何故だか不思議と恐いとは思わなかった。
偶々持っていたお菓子を『ハッピーハロウィン』と言いながら差し出すと、男の子は一瞬吃驚した顔をしたが直ぐに破顔して受け取った。
「ありがとう、おカシもらったのはじめて。 おねえちゃんはボクがコワくないの?」
確かに誰もいない筈の廊下で行き成り声をかけられたのだから物凄く驚きはした。
「うーん、今日はハロウィンだからね。 お化けのお祭りでしょう? それにお菓子をあげたら悪戯されないんだよね?」
そう答えると、男の子はコクンと頷いて笑って手を振って消えた。
それから毎年、ハロウィンに男の子は私の前に姿を現した。
二年目には彼が本当に幽霊なんだと判ってはいたが、やはり何故か恐いとは思えなかった。
「ボクがみえる人ってあんまりいないし、みえてもコワがってにげちゃうの。 パパもボクがみえないんだよ」
そう言って寂しそうに笑うので、噂好きの管理人さんに教えてもらった男の子の家に突撃して『パパ』に抗議したのは三年目の話。
最初は信じて貰える筈もなく、不審者扱いされて怒鳴られそうになったが、男の子から聞いた家族だけが知る話を伝えると一転して大泣きをされてしまった。
そうして男の子の『パパ』とは道で出会えば挨拶をする関係になり、ハロウィンのお菓子のお礼にとご飯に誘われたのは去年の事。
男の子の両親は元々何となくすれ違い気味だったのだが、息子が交通事故で亡くなった事が決定的な亀裂となり、三回忌を終えると離婚したらしい。
「ママはね、おシゴトしたかったのにボクがデキタ?から、きまっていたおシゴトあきらめたのがイヤだったんだって」
泣きそうな顔で話す男の子を抱きしめた。
「おねえちゃんがママだったらいいのに」
小さな小さな声で呟くのが聞こえて胸が痛んだ。
******
ハロウィンの翌日に私の部屋を訪ねて来た彼は、照れながら赤い薔薇十二本の花束を差し出して私に告げた。
「七回忌も終わって一区切り、私も先に進みたい。 一回り以上違うおっさんですが、この先の人生一緒に歩いてくれませんか」
勿論、返事は諾の一択。 だって初めて会った時の大泣きした顔に惚れちゃいましたからね。
最後に男の子に逢ったあのハロウィンから三年、私の腕に抱かれて笑う小さな天使。
そして私の手から南瓜ぼうろを受け取る小さな手の愛しさよ。
ハッピーハロウィン!