第四話:大人が二人、子どもが四人
私が食事を終えると、ライスさんは私に干し肉の入った革袋と硬貨をいくらか渡して、森の中へと消えていきました。これが、この世界における子どもに優しくということなのでしょう。
お金までいただいておいてこんなことを言うのもなんですが、安全な場所まで付き添うなどはしないのですね。
「受け入れるしかないですね。まぁ、私には拳聖があるから、大丈夫です」
私の前世の世界とは、だいぶ感覚が異なる世界ということなのでしょう。
「これ、日本円だといくらくらいなのでしょうか」
ライスさんの言っていた言葉は理解できたし、会話も普通にできました。でも、硬貨に書かれている数字? 文字? は読むことができません。この事実から推測するに、私にはこの世界の言葉を日本語にリアルタイムで翻訳できる能力があるのでしょう。読み書きには対応していない能力のようですが。
「ライスさんの言う通りですね」
教えてもらった通りに進むと、整備された道へと出ることができました。時間にして七分くらいかな。たしかにこれなら子どもでも付き添いはいらない…………いや、いりますよね。ゴブリンいる森ですし。
「歩きやすいです」
さすがにアスファルトで舗装はされていないけれど、森の中よりは随分と歩きやすい。靴は、この世界に転生したときから履いていたものなので血がついていますが…………そういえば、血まみれの服を泉のほとりに置いてきてしまいましたね。不法投棄なんて価値観はこの世界にはなさそうですけど。
「この道を進めば、街につくのでしょうか」
ライスさんがくれた服がなかったら、街に入りづらかったでしょうね。血だらけ土だらけでぐちゃぐちゃでしたから。ありがとうございます、ライスさん。
「独り言やめられないですね」
自分の声でもいいから、人間の声を聴いていないと気持ちが折れてしまいそう。多分、そんな理由で独り言をやめられないのだと思います。
「…………」
大きな曲がり角。道の両側は森なので、曲がらないと先が見えません。
「嫌な感じですね」
先が見えないだけで、進むのってこんなに怖くなるのですね。でも、行きましょう。早く街に行かなければ、また、何かを殺さなければならない場面に出くわしてしまうかもしれませんし。
「…………!」
曲がり角の先の景色を見た時、私は思わず道から離れ木の後ろに身を隠してしまいました。
「私と……同じくらいの子ども」
倒れている馬車。大人が二人、子どもが四人。馬も含めて、誰も生きていないようです。
「血が……乾いてる?」
腐っているようには見えないということは、殺されてからそんなに時間が経っていない…………? ともあれ、あれだけ乾いているのであれば犯人はもう近くにいないような気がしますね。
「はぁ。私って……気持ち悪い」
馬車の中に何か役立つものがあるかもしれない……。ふと、人でなしの考えを思い浮かべてしまった私は、悪魔なのでしょうか?
「もしかしたら、誰か生きているかもしれないし」
倒れた馬車の向こう側などいくつかの死角はあるけれど、そこに、生存者がいるとは思えません。ええ、私は、馬車に近づくためにもっともらしい理由をでっちあげただけなのです。
「……う」
人の死体は、ゴブリンの死体よりも精神にきますね。でも、比較的綺麗な殺され方をしているからか、絵的にはそうキツくありません。凶器は刃物? 見事に急所を突……ああ、死体を見つめて冷静に分析している私は……とても…………良くない生き物のように思えます。
「誰か、生きていませんか!」
許しを請う様に、大声を上げました。でも、返事はありません。わかっていました、もう誰も生きていないことなんて。
「埋めるくらいしか……できませんけど」
穴を掘って埋めてあげましょう。いや、あげましょうだなんておこがましい。埋めたいという思いは、私の自己満足の懺悔でしかないのですから。命を奪われた人たちからさらになにかを奪おうとした私の、懺悔でしかないのですから。
だから、許してください。あなたたちの所持品は一つも盗みませんから。全て、全て一緒に埋めますから、どうか許してください。
「あれ……?」
私とそう歳の変わらないであろう女の子たちは、みな、同じデザインの服を着ていました。きっと、この世界ではファッションを楽しむということはとても贅沢なことなのでしょう。でも、この服どこかで見たことがある気がしますね。
「特に特徴のないデザインだから、そう思うのかな」
二枚の布を張り合わせたような雑なワンピース。ファンタジー作品で貧乏な子どもが着ていそうな、よくありそうなデザイン。そういえば、ライスさんはなかなかよい身なりをしていましたね。高級品の販売もしているみたいですし、意外とお金持ちなのかもしれません。
「そういえば、転生モノにもこういう服よく出てきましたね」
こんなどうでもいいことを考えるよりも、早く穴を掘らなければ。太陽の位置はまだ、ほとんど変わらず真昼のまま。天体が、前世の世界ではありえない状態にあるのならば、突然夜になってしまう可能性だってあるということですし。
「あの木の根元、良さそうですね。綺麗な花が咲いている木ですし。そういえばあの泉も綺麗でしたね。この世界の自然は――」
あ…………。
「この子たちの服、私の服と同じだ」
「そう、同じだよ」
真後ろから、聞いたことのある声がしました。