第三話:柔らかくて食べやすいです
ゴブリンさんを弔った後。
行く当てもなく森の中をさまよっていた私が出会ったのは、冒険者を名乗る男性でした。年のころは、二十歳かそこらでしょうか。
「君みたいな女の子が、どうしてこの森に……いや、いいんだ。嫌なことは思い出さなくていい」
「ありがとうございます」
血まみれだった私は今、とてもさっぱりしています。この、今の私が不幸な境遇にあると勘違いしてくれた親切な方が、私に新しい服を与えてくれたからです。あ、もちろん水浴びしてから着替えましたよ。すごく綺麗な泉がある場所も、教えていただきましたから。
泉に映して確認した私の体は、小学生程度の子どものものでした。実際に見てみると想像以上に幼くて……十歳くらいかな? そうそう、桜色の髪は染めたものでなく地毛だと思います。瞳も、同じような色でしたし。
「サイズ、ちょうどよくて良かったよ」
サイズ……?
この世界には英語があるのですかね。
「本当にいただいてしまってもよいのですか? これ、あなたの姪へのお土産なんですよね」
「大丈夫。また買えばいいからさ。ほら、知ってるかな……? えっとね、己の欲する所を人に施せという言葉があるんだよ。この言葉の意味は――」
己の欲する所を人に施せ?
それ、たしか、聖書の言葉だった気が…………。
「ありがとうございます……えっと」
「僕はライドラライス」
「ライドラ、ライスさん」
「うん、そうだよ。ライドラライスだ。ライスって呼んでくれていいからね」
ライス……英語でごはん…………。でも、その意味を知っているようには見えませんね。わかっていたら、ジョークの一つも言いそうなもんですし。
「君に、名前はあるかな?」
「オウカ……です」
ライスさんは私の名前を聞いても妙な反応は見せませんでした。なんとなく、この方は転生者ではない気がします。
「綺麗な名前だ。つけてくれた人に、感謝するといい」
「ありがとうございます」
ここまでの会話でわかったことは、この世界の住人の名前の響きは日本語とはだいぶ離れていそうだということ。それと、名前のない子どもたちが当たり前のようにいる世界であろうということ。あと、親以外の者が名前を与えることも珍しくないのだろうということ。そして、私の前世がいた世界と関係のある世界かもしれないということ。
いや……まあ…………私が転生してきた時点で関係アリアリでしたね…………。
「おなか、すいただろう」
「ありがとうございます」
渡されたのは干し肉。ワイルドすぎて抵抗のあるビジュアルをしているけれど、ここで食べないと怪しまれてしまいますよね。
「肉は嫌いかい?」
「いえ、いただきます」
大丈夫、このくらいなら平気で食べられますから。監禁されてたときなんて、食べ物じゃないものたくさん食べさせられましたし。
「美味しいかい? 自慢じゃないけど、柔らかくて食べやすいだろう」
「そうですね、柔らかくて食べやすいです」
「よかった」
味付けは塩とスパイス……かな? お母さんの大好物のちょっと高そうなジャーキーをわけてもらった時を思い出す味です。まあ、あのジャーキーに比べたらだいぶ臭みがありますけど。
「ありがとう……ございます」
涙が出てしまいました。思い出の中のお母さんの顔が、少し、ぼやけていたから…………。
「泣くほど喜んでくれるなんて、本当に嬉しいよ。うんうん、今まで辛い日々を……がんばってきたんだね」
「……ありがとうございます」
話を合わせておこう。私の前世がつらい日々であったことは、確かですし。
「これは作るのにコツが必要でね。肉に回復術式をかけるタイミングと加減が難しいんだよ。生肉まで戻しちゃうと腐っちゃうからさ」
術式……つまりこの世界には魔法があるということですね。
「ライスさんは、すごいんですね」
「いやぁ、照れるなぁ。でもまぁ、ほとんど素材のおかげだよ。やっぱりゴブリンの肉以外だとここまで柔らかくはならないからね」
「ゴ……ブリンのお肉、はじめて食べました」
よく耐えました、私。偉いですよ、私。顔色を変えず、普通に言葉を返せて。
「ゴブリンジャーキーは高級品だもんね。僕もほとんど販売に回して自分用は少しだけしか……あ、ごめんごめん。気を使わずに食べていいからね。冒険者たるもの子どもには優しくありたいからさ。これぞ、己の欲する所を人に施せだね」
できるだけ、思い出さずに食べましょう。二足歩行で、器用な両手を持つあの姿を。