王は断罪し、彼女は冤罪に嗤う
「王妃ライサよ! エフレム・ディメイズは、ここに貴様と離縁することを宣言する!」
国王であるエフレムの誕生祭で、それは起きた。
王城の最も広い大広間をメイン会場に、集められたのは国内の貴族のほとんどであると、手配に関わったライサは知っていた。
誕生祭だ。本来であれば現国王であるエフレムを言祝ぎ、その治世を褒めたたえ、この先々に続く安寧を喜ぶ、祝いの場だ。
それがこのような宣言が行われようとは。国王が白と言えば白、黒と言えば黒になる国である、周囲は息を殺し、続く展開を見守るしかない。
「……なぜでございましょう。わたくしは貴族も末席の出自ではありますが、国のため、陛下のためにと努めて参ったつもりです」
ライサの声は、震えはしなかった。それは本人の言う通り、王妃たるものそうあるべきと彼女が努力して得た資質であった。
凛と対峙するライサに、エフレムは喉を鳴らして笑う。
「貴様が私利私欲により国費を不正に横領したことはわかっている。余の寵愛を得た女たちに行っていた嫌がらせについて見逃してやっていたというのに、我が子可愛さに側妃腹の王太子を害そうとしたことも数知れず、そのような者を王妃に据え続けるのも最早限界というもの」
ああ、とライサは内心で呻いた。過去の過ちが返ってきた。
自分がやられる側となって真に理解する、当時犯した罪の重さ、あの日断罪された人物の恐怖と嘆き、そしてエフレムの身勝手な傲慢さ。
エフレムがこのような人間だとはとっくに知っていた。
なんせ人生をそれなりの年数ともにしてきた夫婦なのだから、良くも悪くもお互いを見続けてきた。……今となっては、彼の方は本当にライサのことを見ていたのかわからないけれど。
「わたくしはそのようなことなどひとつも!」
「王妃という立場を笠に着てやりたい放題であったと! 余が多忙なことを上手く利用しおって!」
「陛下!!」
強い語気で吐き捨てるエフレムは、話を聞く気など端からないのだ。
離れた場所で顔を青くしている我が子マルクに首を振ってみせ、駆け寄ってくれるなと伝える。
冤罪で断罪されるのならば、誰を巻き込むことも望まない。
間違いだったのだ。生まれの身分を越えて王妃となったことも、そもそも手が届かないはずの彼を求め、そうして結ばれたことも。
彼と出会ったのは、まだ十代の頃。
街を探索していた彼と偶然出会い、恋に落ちた。王太子であった彼には親の決めたクリスティーナという名の婚約者がいたというのに、これが真実の愛なのだと酔いしれ、人目もはばからずに寄り添った。
愛していたし、ライサからすれば格上の男に見初められ順調にいけば豊かな暮らしが出来るだろうとの打算もあった。
最初から正妃を望んだわけではない。側妃にでもなれればよかった。何だったら能力値の高そうな子を、正妃より先に産んでしまいさえすれば先行きは安泰だろうと、そう考えていた。
だというのに、王太子だったエフレムがライサを王太子妃にすると決めた。
決められたからには役割を果たすしかない。
本来王族と結ばれることのない末端とはいえ、ライサは貴族の娘だった。村娘のように何も知らない顔をして逃げ出すことも、誰かに責任を押し付けてしまうことも出来なかった。
愛するエフレムの言うがままに、彼の婚約者であった公爵令嬢の悪行を訴え出て、涙ながらに真実の愛を語る。そうして正義の名のもとに、エフレムは婚約破棄を宣言、ライサは婚約者の後釜に座ることとなった。
断罪されたクリスティーナはそのまま処刑されることとなり、短い生涯を終えた。
――すべては冤罪である。
許されることではない。しかし王族は存在からして絶対であり、つまりはエフレムは当時でさえ国王に次ぐ絶対的な立場だった。調査が行われることすらもなく、クリスティーナの家族でさえ反抗する者はなかった。
ライサは当然求婚を受け、王太子妃となり、教育を受けた。
それは、彼女にとって大変厳しい道のりだった。貴族の端くれでしかなかったものだから、上位貴族の令嬢であればすでに身につけていて当然の教養もマナーも、何もかもが足りない。
あるのはエフレムを慕う想いと、妃として立ちたいという野心。加えて、一人の命を奪ったことによる罪悪感とそれに伴う責任感だろうか。それも幼い頃から将来を定められて妃教育を受けていたクリスティーナと比較されるばかりの日々に、いつしか掻き消えていってしまったが。
王太子妃として精一杯努めてきた。エフレムが次々と愛人を作り、子を産ませ、側妃に召し上げても、他の女が産んだ子を後継に指名しても。正妃は自分なのだからと、彼が一番に愛してくれているのは自分なのだと言い聞かせ、裏切られるたびに心を抉られ諦めながら、それでも国王となった彼の隣に立ち続け、誰に見くびられることもないよう毅然と振舞ってきたつもりだった。
ともに生きる日々から次第に彼への期待は失われはしたが、このようなことを仕掛けてくるとは。
あの日公衆の面前で冤罪を責め立てられたクリスティーナに思い馳せる。まったく同じ状況ではないか。都合の悪くなった相手を、捏造した罪を押し付けて目の前から排除する。
……ああ、あなたにはもうわたくしはいらないのね。
ライサは、年齢を重ねてなお若々しい伴侶を、伴侶だった相手を見つめる。
白銀の髪は艶やかでいて、赤紫の瞳は彼の傲慢さをも魅惑的に見せる。かつては庇護欲をそそると噂されたライサの容姿は、王宮という魔窟で心身をすり減らし、今や年齢相応を維持することで精一杯だというのに。
「悪女めが!」
神のように崇められ人生を謳歌してきた彼の分まで、彼女が負担を被ってきたことを、きっと理解してはいないし、するつもりもないのだろう。
国王なのだから、唯一神であるのだからと、軽んじられてきたライサでさえ考えていたのだ、他の誰が疑問など持つものか。
「しかし王妃として貢献してきた事実は少なからずある。命までは奪うつもりはない、王妃の地位を剥奪し幽閉とする。余の寛大さに感謝するんだな」
座っていた王妃の座はもとから持っていたものではない。それでもこうも簡単に奪われるとは、彼にとってライサの何年もの献身はその程度のものでしかなかったのだ。
悲しさを通り越して乾いた笑いがこぼれた。
この場でどう処遇を告げようと、後日毒杯を与えるか食事に毒を混ぜるかするだろうことは察せられる。でなければ、閉じ込めたまま仕事だけをこなす奴隷扱いか。
寛大とは何だ。国王とはどういうものなのだ。初めて疑問が湧いて、しかしもうどうにもなりはしない。
「罪が露見して気でも触れたか」
歪んだ笑みを浮かべるライサに吐き捨てたエフレムは、
「ナタリア」
と誰も知らない名前を口にし、ライサに見せつけるかのように、観衆に知らしめるかのように、どこからか現れた娘を傍らに呼び寄せ目を細める。
エフレムのその顔を、ライサはよく知っていた。過去自分に向け、その後あちこちに振り撒いていた表情だ。
簡素なワンピースを纏ったナタリアと呼ばれた彼女は、愛らしい顔立ちに、体格は小さく、上位貴族ではなかなか見ない深い栗色の髪を、それも肩の上で切り揃えている。それもあってかまだ少女と言い表すに相応しく、彼のどの子供たちよりもずっと年若く見えた。
「ライサ・マロスを排し空席になる王妃の座を、ナタリア、彼女に与える」
そう宣言したエフレムは、ナタリアの小さな手を掬い上げる。愛おしげにその甲を撫で、熱い眼差しで口を開く。
「ナタリア、幸せにする。余の花嫁となってくれるな?」
当然の決定事項のごとく、形ばかりの問いかけ。
今にも誓いの口付けをしかねないほど顔の近づくエフレムに、ナタリアは一歩、もう一歩、距離を取った。
「お断りします」
手は離れ、栗色の髪が肩の上で左右に揺れる。
「ナタリア? ああ、王妃という立場なら気にしなくてよいのだ。王太子始め余の子らはすでに政務をこなしておる、だからそなたはただ余を癒しさえしてくれれば――」
「お断りします。生理的に無理なので」
ナタリアはにっこりと笑み、小首を傾げた。国王の言葉を拒否したとは思えない、穏やかで自然な態度。
誰かが息を呑む音が聞こえるようだった。王族の、国王の決めたことを否定するなど、誰にも出来ないはずだというのに。
この娘は頭がおかしいのかと、今まさにその権力に貶められているライサでさえもが思った。
「何を言っておるのだ、愛しい人よ。我らの間には真実の愛があるではないか」
不審げに眉根を寄せたエフレムの発言に、ナタリアが小さく吹き出し、さもおかしそうに細い肩を震わせる。
「真実の愛」
うふふ、と笑う声は可憐で、静まり返る大広間に軽やかに響く。
何がおかしい、と目を吊り上げるエフレムは、怒りを露わにしながらもどこか訝しげな表情を浮かべている。誰もがひれ伏すのが当たり前に生きてきた彼にとって、完全に異常な展開だった。
「随分と愉快な冗談をおっしゃいますのね、陛下。街歩きの最中に一目お目にかかっただけですのに、どこに愛の芽生える時間がございますの? たとえば出会いから幾度となく逢い引きを重ねていたなどであれば、真実かはともかく、愛なのか情なのかは湧くのかもしれませんけれど」
ちら、とその目が向けられた気がして、ライサは身体を強ばらせる。
「貧しくも家族仲良く暮らしていたところを、陛下がお召だからと突然親元から引き離された平民の子供が、どうして好意を抱くとお思いなのでしょう。貧乏な小娘なら、綺麗なドレスや宝石、甘いものを与えておけば簡単に心や身体を開くとでもお考えになられたのかしら」
たおやかに口元に手を当てて笑う表情は、しっかりとした物言いは、どう見たところで本人の口にした平民の子供のものではない。
「豊かな、食べるに困らない暮らしは確かに魅力的です。だからといって、誰しもがそれを望むとは限りませんわ。少なくとも私は、どれだけ生活が苦しかろうとも家族と一緒でないと幸せとは感じません」
真実の愛、ですって。
味わうように繰り返して呟き笑うナタリアの、藍色の瞳は冴え冴えとしていた。
「お好きですわね、真実の愛」
まるであの日の断罪劇を見てきたかの様子。しかし年齢的にも身分的にもそんなことがあったとも知らないはずだというのに。
目を細めたナタリアに、エフレムの赤紫の瞳が苛烈な光を宿す。
「あら怖い。――また、殺すのですか?」
あどけないほどの、まっすぐな問い。
さすがにざわめきが起きる。声を上げる者はいないが、低く小さく何事かを囁き噂する気配が広がっていく。
公爵令嬢に死を宣告したあの日、そして今日。二十余年が経過したとはいえ、招待客は当然重なっている。あれが正しい行いであったかどうか、口にせずとも疑問に思う者もいただろう。
王族は絶対だ。逆らう者などこの国にはいない、……はずだった。だからといって家族を、友人を、自身を、王族のために命まで捧げるという行為を、本心からすべて受け入れているかというと、それは否と言わざるを得ない。
「綺麗な瞳ですけれど、どうしてかしら、私にはそれ、効かないみたいですわ」
「なっ!?」
「あの頃もこう出来ればよかったのに」
詰め寄る体勢だったエフレムの腕を掴み、にこやかに睨み上げるナタリア。その瞳がゆるやかに輝く。深く、澄んだ、
「紫の瞳……!」
驚愕の声。先ほどは藍色ではなかったかと、口々に上がる。誰より間近で目撃したエフレムが動揺を見せる。
紫色の瞳が神の血筋である証拠だと、国民ならば誰もが知っている。他の人間にない特異な能力である〝聖なる力〟を所持していることを示すものでもある。王家に連なる生まれでなくとも突然現れるとも言われているが、瞬間的に瞳の色が変化するなどとは、妃教育の中で読んだ歴史書にも王妃となってから手にした書物にも記されてはいなかったはずだ。
「父上!!」
王太子が走り出た。二人の間に飛び込み引き離そうというのだろう。ライサは咄嗟に彼の前に立ち塞がる。
「どけっ!」
「なりません! 王の御前で何をなさるおつもりですか!」
「その王を守るのだろうが! いいからどけッ!!」
力任せに押し通る王太子に突き飛ばされたライサは体勢を崩して倒れる。尻もちをつき、慌てて上半身を起こした視線の先ではすでに王太子がナタリアの肩を引くところだった。
紫の瞳が振り向き、彼女の背後にエフレムが落ちるように座り込む。
王太子はヒッと短く声を上げたかと思えば動きを止め、呆けた顔をして立ち尽くした。
「はじめまして、王太子様。あなた個人に恨みはないのだけれど王太子というものにトラウマがあるものですから。あなたも彼と同じで他者を踏みにじって生きているのでしょうね」
ぐらり、王太子の身体が傾き、崩れ落ちる。誰もが様子を見守るものの、護衛の一人でさえそれを受け止める者はいない。
だが突然のことであるがゆえだ。今日は国中の貴族を集めたがために警備も厚い。にわかに動き始めた兵士の姿に、ライサは急ぎ立ち上がりナタリアの手を取って引く。
「……こっちへ」
算段など何もなかったが、彼女を逃がさなければ、湧き上がったその思いだけに突き動かされた。
ドレスの長い裾が邪魔で令嬢時代に着古していた、それこそナタリアが着ているようなワンピースが恋しくなった。飾り立てた頭も重い。
すべてとは言わずとも自分で求めてたどり着いた場所だというのに、着崩れることも髪が乱れることも化粧がどうなっているかもなりふり構わず逃げ出す日が来るなんて。それも手を引く相手が、可愛い我が子ではなく見も知らなかった少女だなんて。
逃げおおせられるとは考えていなかった。ただ身体が動いただけで。
それでも存外人波を押し退けて進んで行くことが出来た。おそらくはナタリアの瞳が有する能力によってのことだろう。混乱している人々はもとより、立ちはだかるはずの兵士が一睨みでまるで味方のように振る舞い、兵士同士でぶつかり合った。
「まさかあなたに助けられようなんてね」
物陰に身を寄せ追っ手が通り過ぎて行けば、少女が低く笑い出した。
「あなたは……」
クリスティーナ様なの?
声にならない声で問いかけたライサに「さあね」と華奢な肩がすくめられる。
「あなたはあなたのことを考えた方がいいのではなくて、王妃様?」
言われるまでもない、ライサとて自分が何をしているのか誰より困惑している。クリスティーナであるように思えて仕方のないこの少女が真実そうであるなら、エフレムを除けばライサにとってこれ以上ない爆弾だというのに。
ライサは何かを言おうとするものの、言葉にならずに押し黙る。
数瞬見つめ合う。〝聖なる力〟は象徴である紫の瞳を通して効力を生み出すと、説明はされずともこれまでの人生で理解していた。
つまりこれは危険な状況だろう。しかし逸らそうとは思わなかった。それこそがその力の一端なのかもしれないけれど。
ナタリアが薄く笑ったかと思うと、小さく首を傾げた。
「……私にはもう帰るところがございません」
つぶやくような声の不穏な静けさに、ライサは知らず息を呑む。
「仲の良い家族がいる、と、」
「少し拒んだだけで両親は殺されました」
「…………ッ」
「私の家族はもうどこにもいません。絶対的支配者たる国王の望みとはいえ、一人娘を奪われまいと、……平民とはこんなにあたたかいものなんですのね」
胸元に手を当てたナタリアは、悲しみに濡れた紫の瞳を伏せた。
ライサの記憶では、クリスティーナの生家であるルグル公爵家は今も存在している。しかしクリスティーナの死後も王家とともに在った。反抗的な視線ひとつないままに。
貴族であるか平民であるかというよりはそれぞれの家の方針であるのかもしれない。しかし貴族が一様にギスギスしているのは確かだ。平民は生活こそ苦しくとも、だからこそ支え合わねば生きていけないのかもしれない。それは、王妃として生きてきた日々で何度となく考えたことでもある。
そして、それを知り得る状況に落としたのは自分だ。あの日の断罪劇がなければ、公爵令嬢が己の生きてきた環境を冷たいと感じることはなかったのかもしれない。
まさか時を超えて突きつけられるとは予想だにしなかったが、いつか罰が下るかもしれないとは頭の片隅にあった。今日がその日なのだろう。
「わたくしの命では不足でしょうが、そして願う立場にないと理解しておりますが、」
ライサは正面から向き合い、ナタリアと間近に目を合わせる。
死を得る覚悟は改めて決めずとも、ある。しかしそれは自身についてであり、一族皆殺しについてではない。そうなってもおかしくない罪を抱えた一族ではあると知っているから、仕方ないとの思いもよぎりながら、揺らがぬように紫の瞳を見据え続けた。
搾取するばかりの国の王妃が何を、と不快に受け取られるに違いない。どうにかしなくてはと一人頭を抱えていたことなど誰も知りはしないのだ。
誰も頼れなかった。頼らなかった。周囲が腐敗しきっていることは明らかで、なのにそこで生きてきた者たちはそんな自覚などまるでない。
「いずれ崩壊は免れないのかもしれない。それでも……」
このような国では、いつかは腐り落ちるしかない。
だが突然の崩壊は数多の死に繋がる。他者を傷つけ、結果傷つけられて生きてきたライサは、それでもこの国を守りたかった。伴侶であるはずの相手から得られぬ愛を、我が子と国に向けてきた。
底辺妃のやることはと嘲られても、必死に生きてきた。
「どうか、クリスティーナ様――!」
――――気がつけばライサと息子は二人、物言わぬ者らの中で取り残されていた。王族と兵士たちだったモノだ。
少女の姿はない。どうにかこの先で幸いを得てくれればと、ぼんやりとした頭で思う。
誕生祭の参加者は、城外へと逃げ出した者もいれば震えて隠れていた者、混乱が混乱を招いて暴動が起きていた気配もあったが、今は沈静化している。
エフレムは誰かの手により玉座に腰掛けた状態であったけれど、王太子は誰かの手によりその命を絶たれていた。
このような状況下でも神たる国王へは手を出す国民はいないのかとおかしく思ったが、一瞬口の端で笑うと、ライサはこの場に残った者たちへと向き合う。
ライサのドレスは騒動の中で擦り切れ、薄汚れている。それでも皆は壇上で自分たちを見下ろす王族から発される言葉を、息をひそめて待っていた。
並び立つ息子のマルクは人々を見渡し、母親へと頷く。ライサは頷き返し、場を委ねるべく一歩、二歩と後退する。
「此度の騒動により、王位は余が継承することとなった」
マルクはライサが少女と交わした言葉を知らないはずであったが、彼は自身の役割を心得ていた。
昔からそうだ。特別何かが秀でているわけでなくエフレムに軽視されていたものの、空気を、状況を読んで立ち振る舞うことが出来た。だからこそ、腹違いの兄弟姉妹より劣る底辺王子と蔑まれながらもここまで生き長らえてこられた。
「マルク・ディメイズの名において、このディメイズをよりよい国へと導くとここに誓う!」
ライサが少女へと訴え、願い出たのは、王族を一人、残すこと。
全員が死ねば王位を巡っての争いが起きるのは必至。だが一人が生きていたなら、国王を神とするこの国であれば当分は国らしく在り続けるだろう。壊すにしても、罪のない国民を道連れにしてはならない。
自分たちを、とは望まなかった。我が子だけはと考えなかったとは言えないけれど、クリスティーナを死に追いやった元凶である身でそうと望めるほど愚かにはなりたくなかった。
それでも少女が選んだのはライサたちだった。まだマシだからと生かされた。
〝聖なる力〟により脳を破壊されたエフレムはもはや屍も同然。おそらく一番継がせるなどと望んでいなかった息子が即位するとなって、意識があれば不満を口汚く垂れ流しただろうに。食事もままならない廃人は死にゆくだけ。
ライサはマルクを支え、いつか必ず滅ぶであろうこの国が、少しでもゆるやかな破滅を迎えるよう誘導するための標となる。
それは自分や息子の世代では見届けられぬことだろう。この先で意志が途絶えるかもしれないし、しかし逆に真実よい国へと舵を切る可能性もゼロではない。
精々足掻いて見せてくださいな――。
声が、頭の中に響いた。
国が終わりへと向かう、足音とともに。