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期待と才能 ①


◇◇◇聖暦1798年4月10日◇◇◇


二日後の月曜日。

土曜日に起きた誘拐未遂事件を、朝礼でネムは各職員へ報せ注意喚起した。

今後は学園の警備システムの強化と見直しを図り、また有志の教職員により市内の警邏活動を行うと説明するが、有志の教職員とは、カイムを指している。これは彼自らの提案だった。


朝礼後、カイムのデスクの両隣の二人は、警邏活動について質問した。

「先生が一人でするん?」

名簿の角を整えつつ頷く。

「戦闘学の授業数は、他科目に比べ少ない。日中の空き時間を使って見回るさ。……今回の件で少なからず、ルーヴェ市警は学園を疎んでる。学園側の協力姿勢を見せないと、遺恨を残す羽目になるだろう。ただ、『パトロールを強化してくれ』より『こっちも頑張るのでよろしくお願いします』では、後者の方が印象は良い」

「それはそうやけど」

チヨは彼がそこまでする義理はないと考える。

「理事長が要請してる以上、連中は文句なんざ言わねーと思うぜ?」

「文句は言わないだろうが不満は募り続ける」

「あ〜」

ツヴァイはカイムの返答に相槌を打った。

「俺が望んでやることだ」

(一生懸命なんやね)

淡々と答えるも、生徒の身を案じているのが伝わってくる。

「……折角やしうちも手伝うわ」

「別に気を使わなくていいぞ」

「気ぃなんて使うてないよ」

「俺は一人で大丈夫だ」

「一人より二人の方がええし、そんなん言う口は抓るよ〜」

カイムの頰を摘み微笑む。

(チヨはスキンシップが激しいな…)

誰彼構わず彼女がする訳ではない事には、考えが及ばない。

「はは!数少ない男同士だし、偶には俺も付き合うぜ?」

ツヴァイは親指を立て笑う。

「ツヴァイ先生は毎日暇やん」

「はぁ?こー見えて俺は」

「ちゃんと声かけてな〜」

「ーーーーいや最後まで言わせろよ!」

ツヴァイには容赦ないチヨだった。

(…朝から騒々しい)

それでも鬱陶しいとは思わない。

「………」

ナフカは機を窺うようにカイムを見ているが、その視線に彼は気付かず、数分後教室へ向かった。


◇◇◇戦闘学一限目 9時15分〜10時30分◇◇◇


朝のHR後、ジャージに着替え1ーAの生徒五人は運動場に集まる。

「さぁやりますわよ」

「ん」

「体を動かすって楽しいよね〜?キャハハ」

「あたしも頑張る」

「う〜〜」

オルタを除く四人はやけに張り切っていた。

「気合いが入ってるみたいだな」

それとなく呟く。

「うん!もう先週とはちがうから」

「…あぁ」

やる気満々のラミィに目を細める。

「先生。今日はどんな授業ですの?」

「来週以降の実戦訓練に備えて、簡単な力量測定を行う」

アレクシアの質問に答えた後、指を鳴らす。

「「「「「!?」」」」」

運動場の端から謎の物体が列を作り、こっちへトコトコ歩いて来る。

「紹介しよう。俺が育てた『ホムンクルス』だ」

「プイプイ〜」

「プヤ!」

「…プー」

「プィ」

「プープー」

小動物と球根を合体させたような愛らしい風貌である。

「ホ、ホムンクルス」

「…初めて見た」

「か、かわいい」

「わぁーーい」

「……モンスターじゃないの?」

五人の反応は様々である。

「モンスターではなく人造生命体と表現した方が正しいな」

【ホムンクルス:錬金術で産み出す人造生命体。現在は様々な倫理的観点から、ホムンクルス精製の錬金術は廃れつつある】

この五匹はカイムが開墾した畑で産まれたオランタンのホムンクルスだ。

「ププ〜」

「みんなの名前は?」

オルタは明るく笑顔で問う。

(名前か。全然、考えていなかったな)

カイムは少し間を置き答える。

「1号と2号、それに3号と4号と5号だ」

「……」

適当に名付けるカイムを不満そうにオルタは見上げた。

「今後は座学と実戦を段階を踏み、交互に授業を進める。今日の実戦訓練では、実際にホムンクルスを自分の武器で攻撃してみよう」

「ーーーーで、できません!こんなかわいいのに倒すなんて…はぅぅ〜!」

顔を真っ赤にしてオルタが反対する。はっきり拒絶の意思表示をする姿は初めて見た。カイムは勿論、他の四人も驚く。

「大丈夫。このホムンクルスは倒しても死なない」

「…え?」

「限度はあるが土と水があれば復活する」

カイムが畑で育てたこのホムンクルスには特性があり、土と水の元素を糧に何と最大999回まで自己再生する。不死に近い特性の反面、戦闘能力は皆無だ。

「経験値も獲得できるよう育てたから、気兼ねなく攻撃して大丈夫だ」

ホムンクルスは育成方法によって、特殊効果を発露させる。

経験値獲得はモンスターの素材を餌に使った育成の成果であり、再生する特性と併せた手法は見事だ。

「ふっふっふ!やる気が漲ってきましたわ」

「ん」

「フラウもがんばっちゃうしぃ〜」

「…よし…冷静に狙って…うん」

(四人は大丈夫そうだな。問題はーーーー)

「あう…うぅぅ〜」

横目でオルタを見ると涙目で狼狽えあたふたしている。

(……優しい性格のオルタには厳しそうだ)

不安を余所に先陣を切ったのはアレクシアだった。

「私が一番手ですわ」

「ああ」

「行きますわよ〜」

武器を構えアビリティを繰り出す。

【アレクシアの睡蓮二刀流!水蓮衝】

「プ…ププ〜イ!!」

【1243ダメージ】

交差する刃の衝撃波がホムンクルス1号を襲う。

「やぁ…とぉ」

そのまま連続攻撃に移った。

【168ダメージ×9】

「ーーーー我が掌に、火よ、灯れ」

【アレクシアの火魔法!ファイア・ハンド】

左手の掌から火が迸る。

(上手いな)

魔法で攻撃を繋ぐとは、中々の動きだ。

【1000ダメージ】

しかも、弱点属性でダメージも大きい。

「プ〜…」

【ホムンクルス1号を倒した】

【戦闘経験値1000P獲得!1AP獲得!】

1号は倒れるも、瞬時に復活を果たした。

「……ププ〜!」

【土と水の元素を吸収しホムンクルスは再生した】

「ほ、本当に再生した。不思議ですわね……えい」

「プニィ〜」

1号と戯れるアレクシアを横目にカイムは、一連の動きから適正を探っていた。

(アレクシアはどっちかと言えば…)

腕を組みどう助言するか考える。

「スキルも見せてくれるか?」

「ふっふ〜ん!了解ですわ」

得意気に手を翳す。

【刀氣幻影のスキルを発動】

アレクシアの頭上に四本の剣が浮かび上がる。

「「「「!」」」」

「私の『刀氣幻影』は、マナをベースに作った剣を、自由自在に操るスーパーなスキルですのよ」

(ネムの『創造の息吹』に似た汎用性の高いスキルだ。……連中にも喰らわせてたな)

ウロボロス戦闘員との戦闘の一幕を思い出す。

刀氣幻影の幻の剣の持続時間は短く、一度当たると消滅するが、手数と範囲攻撃が魅力の戦闘系スキルだ。SLvを上げれば更なる進化も遂げよう。

「ーーーーやはりアレクシアは前衛よりの『万能型』だな」

「前衛よりの万能型?」

「近中距離戦を得意とするオールラウンダーという意味だ」

「おーほっほっ!私は確かに万能ですものね」

「または器用貧乏に陥り易いタイプとも言える」

高笑いするアレクシアだったが、表情が硬くなる。

「…え?」

「選択肢が多い分、欲張ってしまいAPやSPを振り間違える傾向が万能型には多い。本来は固有スキルと使用頻度の多いアビリティを主軸にした山の形が理想的だ」

「でもALv・SLvはバランス重視で上げるよう教わりました」

「低Lv帯の1〜20の間はそれでも構わない。問題は高Lvに達して同Lvの敵と闘う時だ。その際、ALvとSLvの差が勝敗を左右する。『このアビリティが俺にはある』、『このスキルがあれば大丈夫』ーーーー突出した強みがあれば、劣勢でも精神的優位を保てるが、それがないと焦りが生まれる」

カイムの説明は理に適っている。

「でも先生の指導に従えば、もっと強くなれますよね?」

「ああ」

アレクシアは例えるなら宝石の原石だ。原石を輝かせるには、正しく磨く必要がある。

「俺を信じろ」

あの日、カイムは師事するに相応しいと自分は認めた。

「…コホン!先生を信じますわ」

故にアレクシアがそう答えるのは、規定事項なのだろう。

「そうか」

「ちなみに嘘だったら、針一万本飲ませます」

冗談じゃなく本気の顔だ。

「最善を尽くすよ」

「ーーーーふふふ!約束ですわよ?」

飾り気ない可憐な少女の笑顔に頰も綻ぶ。

(…他の教師にも見せてやりたいぜ)

これでアレクシアの出番は終わった。

「さて次はーーーー」

「はいはーい!フラウがいい〜!!」

「ん」

ほぼ同時に二人が手を上げる。

「ーーーーセアだ。その次はフラウにしよう」

「了解」

「ぶーーー!」

「…むくれるなよ」

セアは装備した『二丁剣銃』を持ち、独特な構えでホムンクルス2号と対峙する。

「機械剣か」

二丁剣銃はカイムの大剣銃の後継機であり、破壊力より使い易さに重きを置いてある。

「ツインテッドは自慢の武器」

(機械剣は通常の武器より扱いが難しいが……さて)

【セアの燕走り!】

「ププッ!?」

【219ダメージ×6】

「え、速っ!」

アレクシアが驚くのも無理はない。セアはすれ違い様、ホムンクルス2号を六回切り裂いた。

(燕走りを10才で使えるとは末恐ろしい才だ)

燕走りとは直線的な高速移動を可能とするアビリティで、人並み外れた敏捷値を要する為、習得難易度が高い技である。

「ーーーーこっち」

「プィ?…プモ!」

前に居たかと思えば背後に。背後を振り向けば左に。

【157ダメージ×3】

(ん……ダメージが通るのはこっちよりあっち)

スピードこそ正義と言わんばかりの鮮やかなヒットアンドウェイ戦法。

「ほい」

【セアの高速技!ブレードダンス】

踊るように円を描き、斬撃を浴びせた。

【400ダメージ×5】

「…プ、プ〜ィ…?」

2号は目を回している。

(ふむ……成る程な)

カイムは何か気付いたようだ。

【セアの高速技!アクシズバレット】

アクシズバレットは、ツインテッドで銃弾を撃ち込み怯んだ隙に、止めの一撃を見舞う技だ。

【184ダメージ×7】

【2156ダメージ】

スピードの乗った斬線が2号を貫く。

「ププ〜〜ッ!」

【ホムンクルス2号を倒した】

【戦闘経験値1000P獲得!1AP獲得!0SP獲得!】

「ーーーーはぁ…はぁ…ん…張り切りすぎたかも?」

「よくやった」

「ん」

自信満々にセアは額の汗を拭う。

「キャハハハ!はや〜い!」

「ラ、ラミィちゃん。…セアちゃんは何してたの?」

「……全然見えなかったからわからない」

「くっ…私より速いですわね」

他四人の反応は様々である。

「かなり良かったぞ」

カイムは先ず称賛した。

「ん!スキルを使えばもっと速く動ける」

「ぜひ見せてくれ」

セアはカイムの望み通りスキルを発動させた。

【ヘルメスのスキルを発動】

【セアは風と同化した】

風を纏ったセアは天高く跳躍した後、突風の如く降り立つ。

「自然系のスキルか」

「ん…まだ10数秒しか持続できないけど、ヘルメスの発動中はどんな物理攻撃も無駄」

「ほほう」

自らの固有スキルを意気揚々と語る。それは当然かも知れない。自然系スキルは保持者自体が珍しく、攻防共に戦闘で優れた能力を発揮するので、シンプルに強いからだ。

「ーーーーカイムも戦ってぼくのスキルを味わってみる?」

まさかの挑発である。

(…容姿は似てないが性格は父親とそっくりだな)

赤竜との邂逅を思い出した。

「あははは!セアさんは自惚れ屋なのね?先生と貴女じゃドラゴンと『ポムン』くらい差ががありますわよ」

ポムンとはふわふわの毛で丸い犬に似た生物でイヴァリースでは、ペットとして馴染み深い動物である。

セアはこのアレクシアの物言いにカチンときた。

「ぼくと君もね……ぼくの方がアレクシアより数倍強い」

「はぁ?寝言は寝て言ってくれませんと」

「そっちがね」

こうなると負けん気の強いアレクシアも引かない。

「喧嘩は駄目だぞ」

カイムが仲裁に入る。

「…まぁセアの実力は認める」

「ん」

さも当然のようにセアは頷き、アレクシアは頰を膨らませカイムを睨む。

「ーーーーしかし、だ。二人の力量に差はない」

「!…そーですわよね?おーっほっほ!カイム先生は分かってますわ〜」

(分かりやすく現金だな)

セアは胡乱な眼差しを向ける。

「どういう意味?」

「スピードと技術は見事だ。アビリティもしっかり鍛えてるのが分かる。そして敵の急所をダメージの低減で確かめ、アビリティでそこを突く……高ダメージを狙う姿勢は素晴らしい」

(…ん…わかってたんだ)

カイムは静かに諭すような口調で喋り続ける。

「但し弱点も散見された。一つ目は持久力だ。…大分、息切れしてたな?幾ら速くても、防御に徹した相手には通用しない」

「……」

「それに付随して、二つ目は威力の低さ。スピードを攻撃に乗せ、急所を狙うのは良かったが、まだ子供だと差っ引いても改善の余地がある。具体的にはーーーー」

「防御できないスピードで攻撃すればいい」

強い語気でカイムの指摘を遮る。

「……いや俺が言いたいのは」

「喰らってみればカイムだってわかる」

闘志を漲らせ、セアは視線を逸らさない。

「そこまで言うなら実際にやって見せて」

「……」

「自分ができないことを強制する奴に、教わることなんて一つもない」

度を越した挑発に場の空気が凍る。自分の長所(スピード)を否定され、セアは静かに怒っていた。……セア・リンドブルムは一般常識が通用しない世界で家族と周囲から溺愛され育った。

それ故か自己否定に耐性がない。特に戦闘面に於いて、その兆候は顕著だ。しかし、強者こそ正義という価値観が根付いているので、強さを認めさせれば忽ち心を開くだろうーーーーとはいえ、認めさせるのは容易ではない。

何故ならば、生え抜きの猛者揃いのリンドブルム猟兵団の中で、育ったので美食家の如く目は肥えている。カイムはセアを注意することなく頷いた。

「それもそうだな」

「…え」

「先生…?」

(現実を知ればきっと分かってくれる。それにセアの主張も一理あるしな)

稚拙な批判も真面目に受け止め、快く応じる度量がカイムにはあった。

「よし。俺は避けないから真正面でも、背後でも、頭上でも、真下でもセアの好きに攻撃していいぞ」

「本気?」

「ああ」

彼はセアから約3m程離れた。

「…ぼく急所を狙うよ?」

「構わない。望む所だ」

もう引けない。セアの瞳孔が縦長に細まり、髪が逆立った。

「他の四人もしっかり見とくように」

(その余裕ーーーー)

「ちょっと面白い防御を実演しよう」

(ーーーー引っぺがしてやる)

ツインテッドを逆手に持ち直し、猫のように体勢を低くする。

(…ちょっと空気がピリピリする)

「は、は、はうぅ〜」

(面白い防御とは一体…?)

「ん〜〜〜ゾクゾクしちゃうなぁ」

【ヘルメスのスキルを発動】

【セアは風と同化した】

「いくよ」

【セアの音速技!ガーレブリケイド】

「えぇぇーーーー!?」

セアの風のような闘気が火花を散らすと同時にオルタは叫ぶ。

「セ、セアが三人に増えた」

分身したのではなく、目の錯覚で増えた様に見えるのだ。

(速っ…追え切れません!)

セアが無秩序に動き回ると、風が吹き残像は次第に線となり、更に速度を増していく。

(速くなればその分、衝撃も大きくなる。……大したスピードだよ。『赤竜』はかなり尖った戦闘教育を施したな)

カイムは感心するも、セアをその赤い瞳で捉えていた。

上、右、斜め左前、右下、背後へーーーー目紛しい動きの中にパターンを見付ける。

これまでの経験で培った観察眼も立派な武器だ。

(ーーーーん!!)

セアはカイムの左腕外尺択に狙いを定める。喉、頸動脈、水月は分かり易い急所なので避けた。

十二分なスピードを乗せた技が放たれる。

「!?」

風の衝撃波が土煙を吹き飛ばした。

しかし、皮膚に刃は当たるも斬った感触はなく、鉄と鉄を打つけたような鈍い音が鳴る。

【1ダメージ】

(な゛にっこれ…!)

押しても、引いても、何度やっても無駄だった。

「もう十分だろう」

カイムが声を掛けると、セアは大人しく武装を解いた。

「…どうして無傷ですの」

「当たってーーーーたよね?」

「うん……あたしにもそう見えた」

「むふふ。あれはね〜闘気だよ」

「闘気ですって?」

「いえーす」

(…ほう)

まさかのフラウの解答にカイムは感心する。

「正解だ。よく分かったな」

「ニャハハ!ぶい〜」

「……どーゆーこと?」

表情に悔しさを滲ませつつセアは問う。

「これは体内に闘気を張り巡らせ、肉体を硬化させる防御術だ。闘気は攻撃だけじゃなく、凡ゆる活用法があり、その最上位が『覚醒』だ。例外もあるが一流の武芸者は、漏れなく闘気を使い熟す術に長けている。……アレクシアは俺が『嘆きの聖女』や連中と戦う姿を見ていたな」

「ええ」

「相手によってダメージに差があるように見えなかったか?」

一瞬だけ間を置き、アレクシアは手を合わせ答えた。

「ーーーーなるほど!あれは闘気の差ですのね?」

「その通り」

アレクシアの頭の回転の速さも大したものだ。

(タントラ・)(マクバーン)レベルの相手は滅多にいないし、実際は『耐性』によるダメージ軽減もあった。ダメージの増減は様々な要素が絡むが、それは別の機会に説明しよう。まだ早過ぎる)

基礎を疎かにして応用術を教えるのは、誤った指導だとカイムは考える。何事も土台が肝心なのだ。

「それでセアは納得できたか?」

普段は無表情で飄々とするセアも唇を尖らせ俯く。

「………ん」

「悪くないアビリティだったぞ」

セアは恥ずかしくて、顔を上げれない。

大口を叩いた挙句、自慢のスキルとアビリティを駆使して、擦り傷一つ付けられず終わってしまったのだ。

カイムはそれを見越して声を掛ける。

「今の俺とセアじゃ実力差があって当然だ。俺もこうなるまで苦労を重ね、挫折を嫌ってほど経験してる」

「……カイムが?」

「うむ」

カイムはしゃがみ、セアの頭を優しく撫でた。

「あっ」

「ーーーー自分の弱さと向き合うことから逃げるな。打ちのめされ、躓いて蹲っても、また立ち上がればいい。そうすれば必ず強くなれる。俺はずっとそうしてきた」

今し方、力を見せ付けられ説得力の有無は言うまでもない。

「……本当?」

「ああ」

「カイムの言う通りにすれば、パパに勝った男も倒せる?」

非常に答えに窮する質問だった。

「と、当然だ」

こう答える他ないだろう。

『俺が赤竜を倒した男だ』ーーーーとは言えない。少し間を空けてセアはコクリ、と頷き顔を上げる。

「…ん!わかった。カイムの指導に従う」

もう不貞腐れていない。

「よし」

手を離して立ち上がる。

「ん」

「どうした?」

「……もっと撫でてもいい。カイムは撫でるのが上手」

認めれば、忽ち心を開くとは正にこれ。

実力の()()()()()で、見事にセアの信頼を勝ち取った。

「やれやれ」

口ではそう言いつつもカイムは要望に応える。

「ん〜」

(……セアってば先生に甘え過ぎ)

(釈然としない気分ですわね…)

ラミィとアレクシアは仏頂面で、その様子を眺めていた。

次はいよいよフラウの番だ。


「ん〜〜!元気いっぱいお転婆がーるフラウちゃんが久々にやっちゃうよぉ〜?やる気マーーックス!カイムにサプライズをプレゼントだぜ」

背筋を伸ばし、溌溂と親指を立てた。

「それは楽しみだ」

「でしょ〜?キャハハハ!」

(よく喋りよく笑う子だな)

「……アホみたいにハイテンションですわ」

「ん」

天真爛漫にして純真無垢。カイムの知るヴァンパイアとフラウは、まるで正反対だ。彼等は巷で『夜の支配者(ナイトウォーカー)』とも呼ばれ、『血の掟』なる戒律に従い生きる。闘争に優れた種の運命か、道を踏み外し裏稼業に身を投じる者も多い。

「はいはーい!出番が終わった前座は静かにしてね〜」

「ふざけんなですわ」

「激しく同意」

フラウはアレクシアとセアを無視して、武器を握る。

「ーーーーじゃじゃーん!魔斧ナイトブリンガ〜〜」

紫紺色の湾曲の刃は分厚く最早、斧より鈍器に近い形状だ。

そして、でかい。自分の身長を優に越している。

「破壊力はありそうだけど不便そう」

「うわぁ…フラウちゃんは力持ちなんだぁ」

「あれって斧なの?」

(…俺の大剣銃並みの得物だと?流石に重そうだが、子供といえヴァンパイアの筋力は凄いな)

「んしょ、んしょ」

引き摺るナイトブリンガーの柄を両手で握り絞め、限界まで腰を捻った。

「ププ?」

ホムンクルス3号は不思議そうに佇んでいる。

「それじゃいっくよぉーーーー!」

(あの体勢でどう攻撃するか楽しみだ)

【フラウの光穿つ斧技!ギルティクラッシュ】

「いーーち!」

黒い靄のような闘気がフラウの体から発せられた。

(闘気を使い、力を溜めてーーーー)

【魔を従える者のスキルを発動】

【周囲に漂うエレメントを吸収した】

(ーーーーいや!エレメントも吸収してる)

「にぃーーーの!」

徐々に闘気は勢いを増して、宙へ消える。

「…プイ?」

そして、最大限まで力を溜め終わった。

「………さーーーーん!!」

「プ…プーーーーーーー!!?」

体を浮かせ振り下ろした一撃は、凄まじい威力だった。

地面は陥没して、弾けた土砂が雨のように周りへ落ちる。

【8956ダメージ】

【ホムンクルス3号を倒した】

【戦闘経験値1000P獲得!1AP獲得!0SP獲得!】

「プニィ!……プ、プ、プイ〜〜!?」

再生したホムンクルス3号は、一目散にフラウから逃げ出した。

「あ…待ってよ〜。まだあそぼー!」

無邪気に3号を追いかけ回すフラウにカイムは息を飲み、目を見張る。

(…10歳の子供とは思えんな)

アレクシアもセアも年齢に不相応な実力がある。しかしこと破壊力に関しては、比較対象にすらならない。

「嘘ぉ…?」

「ん……パワーでは負けた」

二人も予想外の実力に驚きを隠せない。

「やった!捕まえたーー!」

「…プーーイ…ププーーイ…」

「追いかけっこは終わりだぞ」

呼ぶ戻すと3号を抱き抱えて走って来る。3号はこの世の絶望を味わったように、項垂れていた。

「カイム!フラウはどーだった?」

「見事だったよ」

「えっへん」

満面の笑顔を浮かべ、誇らしげ胸を張る。

「闘気の他、エレメントを吸収してステータス強化するスキルも使ってたな」

「まーね!『魔を従える者』ってゆーの」

(ヴァンパイアのスキルとは別の固有スキルか)

底の見えない才能に舌を巻くカイムだった。

「生まれ付き闘気も扱えるだろう」

その質問にフラウは目を丸くする。

「……すごーい!言ってないのにカイムはよくわかったね〜?」

この世の理には、数少ない例外が存在する。

カイムの『Dの恩寵』然り、フラウの闘気がそれだ。

フラウに限らず極稀に努力を必要とせず、手足を動かすように闘気を自由自在に扱い、最初から『覚醒』を会得する者もいる。詳しいメカニズムは解明されていないが、遺伝や血筋が関係しているようだ。

(…『ヨナ』と同じ天稟の持ち主か)

ヨナとはカイムが知る中で、フラウと同じ素養を持つ人物である。本名はヨナ・パーシヴァン。『魔狼』、『神剣』、『冰帝』に並ぶ七英雄クイーンナイツの一角で二つ名は『夢幻』。

「二ヒヒヒ!……まだ遊び足りないし、今度はカイムがフラウと遊んでくれる〜?」

3号を離してニッコリと笑う。解放された3号は、速攻で花壇の陰へ逃げ隠れた。

「遊ぶ?」

「セアだけズルいじゃーん。フラウも構ってよ〜」

「…わかった」

「やふ〜〜い!」

「さっきは闘気を使ったが、今度は技術で防ぐ術を見せよう。攻撃がヒット…いや掠ってもフラウの勝ちでいい」

「りょ〜か〜い」

大口ではない。それだけ自信を裏付ける技術を培ったのだ。

「楽しみですわ」

「ん」

「…どんなのだろ」

「う、うん」

(やはり、実演した方が受けは良いな)

技を実演するのは手本を示す他、関心を惹くためでもある。

「んで、んで!もしフラウの攻撃が当たったら、カイムは何してくれる〜?」

「む」

「やっぱゲームには景品が付きものでしょ〜」

(これは授業なんだが……まぁ物で釣るのも偶にはいいか)

カイムは何が良いか考え提案する。

「そうだな。もし俺にヒットできたら」

「たら?」

「オセアンストリートのパーラー『シーフォーズン』のパフェを全員にご馳走しよう」

【シーフォーズン:オセアンストリートで一、二を競う有名なフルーツパーラー。名物『ロイヤルフォーズンパフェ』はとても美味】

「おぉ〜〜!カイムってば太っ腹じゃん。フラウちゃんは、パフェに『ブラッドベリー』のトッピングをマシマシね」

「シーフォーズンといえばロイヤルフォーズンパフェですわね?……まぁ一皿3500Gの庶民的なお値段のデザートですけど我慢しますわ。あ、『レッドスター』を乗せて貰おうかしら」

「ぼくは『スカッシュアイス』をダブルでトッピング」

「あたしは『マロンハニー』かな」

「わ、わたしは『シェルチョコ』を…」

五人はすっかりご馳走される気満々のようだ。

「……いいか?ヒットすればの話だぞ」

念を押してカイムは伝える。

(ん…正直、当てるのは無理だろうけど)

(万が一という可能性もありますし)

先に済ませたセアとアレクシアは内心、諦めていた。

「みんなの期待を背負って、フラウちゃんのテンション爆アゲだぁ!!ぜーーったい当てるもんね」

ナイトブリンガーを握り、不敵に笑うと闘気を発した。

「いつでも良いぞ」

「ーーーーキャハッ!」

振り被りナイトブリンガーを振るった。

力任せの大振りだが、遠心力で勢いがある。それをカイムは黒刀で軽く弾く。フラウは体勢を崩し、斧の尖端は斜めに逸れ、地面へ突き刺さる。

「どんどん来い」

その後もカイムはナイトブリンガーの攻撃を刃先を合わせ、弾くように攻撃を逸らす。

その光景はまるで、フラウが一人で転んでるように見える。

「…なるほど」

「ん」

「あのガードが何かわかるの?」

ラミィの問いにセアが答える。

「あれは『パリィ』だよ」

「「パリィ?」」

オルタとラミィが声を揃えた。

「相手の攻撃を受け流す技ですわ。成功すると、ああやってフラウさんのように体勢を崩されますの」

「ん。相手の攻撃力が高いほど弾かれた時、硬直時間が長くなる」

アレクシアとセアは解説しつつ、一挙一動を注視した。

「どうした?終わりか?」

「ーーーーふっふっーん!フラウちゃん閃いちゃったもんね」

「ほう」

フラウはニヤッと笑う。

【フラウの闇魔法!シャドー・ボール】

「ーーーー魔法はパリィできないっしょ〜?」

詠唱破棄した方が詠唱した魔法より威力・効果が劣る分、放つまでタイムラグがない。ダメージ狙いではなく、当てることが目的なので、フラウの判断は間違ってない。

「…ちょ…えーー!」

ただ、今回は相手が悪かった。

シャドー・ボールが刀で真っ二つに両断され消えた。

「魔法って斬れるの!?」

「ああ」

カイムの『パッシブスキル』の力である。

【パッシブスキル:常時効果を発揮するスキルの呼称】

パッシブスキル『破魔の矛』は魔法を攻撃可能とするスキルだ。但し攻撃不可の魔法もあり、相手のALvと自分のSLv次第では、高確率で不発に終わる。失敗すると、魔法のダメージ倍率が1.25倍となる為、闇雲に攻撃して失敗すると手酷い目に遭うだろう。……諸説あるが破魔の矛は五百年前、帝国の戦士が共和国の『魔女』を倒すべく会得したとまことしやかに伝承されているが、今や古い武家の間にしか伝わらないスキルだ。

「魔法の発想は良かったが残念だったな」

「……」

フラウは黙ってしまう。

(…やる気を削いでしまったか?)

「ーーーーキャハ!キャハハハハハハッ!!すっご〜〜い!そんなの初めて知ったよ〜?」

全くの杞憂だった。目を輝かせ、喜んでいる。

フラウは闘気を両腕に集中させた。

(!…闘気を腕に集中させ威力を)

【フラウの光穿つ戦技!ラースインパクト】

「せーのっ!ぶっ飛んじゃえ!」

強烈な縦斬りをパリィで防ぐ。柄越しに伝わる衝撃が威力を物語る。

「ーーーーまだまだぁ!!」

【魔を従える者を発動】

【周囲に漂うエレメントを吸収した】

「すっごいのいくよ〜〜〜」

【フラウの光穿つ戦技!サイレントカタルシス】

実戦では致命的な溜め時間も、今は気にする必要もない。

それにカイムは避けずに防ぐと手段を縛っている。

相手に背中を向ける程、体を捻ったフラウはナイトブリンガーを真横に振り切った。

銀紙を無理矢理、丸めたような音を立て巨斧が迫る。身を竦めたくなるド圧力だ。

「ふっ」

しかしカイムは冷静に刀を尖端に合わせ、真上に逸らしパリィを成功させた。

「ーーーーうわっとっとっと!?」

フラウは反動で凄い勢いで、頭から倒れそうになるも、カイムが咄嗟に肩を掴み引き寄せ、事なきを得た。

「大丈」

「……()()

「駄目?何のーー!」

フラウを見てギョッとする。陽気で爛漫さの欠片もない虚な表情は、まるで人形を彷彿とさせた。

「フランをイジメたわけじゃ……ちがう。ちがうよ『フラン』…うん、大丈夫だから」

焦点も合わず瞳の色は褪せ、独語を囁いている。

「フラン?」

カイムはそう聞き返すとハッと我に返ったのか、いつもの人懐っこい笑顔に様変わりした。

「ーーーーキャハハハハ〜!あのアビリティもパリィするなんてびっくりだよ〜」

「フランとは誰だ?」

「なんのことー?カイムの聞き間違いじゃなーい」

尋常じゃない変貌だったので、腑に落ちない。

「今回はフラウの負けだね!ちょっぴ残念だけどめっちゃ楽しかったよ〜」

(……まぁいいか)

一先ずカイムは疑念を忘れる事にした。

「さてと見てたな?」

「は、はい」

「うん」

「ええ」

「ん」

「あれは武器を弾き防御すると同時に、相手の隙を作り出す技術『パリィ』だ」

「さっきアレクシアとセアが教えてくれたよ」

「そうか。二人ともありがとう」

「伝導は知る者の当然の義務ですから」

「ぼくの得意分野」

礼を言われ満更でもなさそうだ。

「但し武器種に拠っては、そもそもパリィできない。使うには相手の武器特性を見極め、一瞬の機を狙う必要がある。成功すれば、無条件で攻撃を叩き込めるのが大きな利点だな。『柔よく剛を制す』という諺が東国にあるが、パリィは正にそれだ」

「どうやって覚えるの?」

カイムは右拳をラミィの前に突き出した。

「これを退かしてみろ」

「こう?」

ラミィは手で除けるように、拳をずらした。

「そうだ。これを戦闘で出来ればパリィさ」

「え、これだけ?」

「ああ。弾き、逸らす、防ぐーーーーそれを繰り返す毎に段々兆しが分かるようになる。俺の感覚を事細かく伝えても、それが皆に適するとは限らない。同じ入り口でも、ゴールはそれぞれ違うものだと思って欲しい」

「「「「「はーい!」」」」」

生徒の個性を正しく育みたいとカイムは考えていた。

「…少々話が脱線したな。授業(力量測定)の内容に戻ろう。フラウの攻撃は、他二人と違った点で見事だった。純粋なパワーは頭一つ抜きん出てNo.1だ。一発一発の破壊力は申し分ない」

「フラウちゃんのマッスルパワーが炸裂だぜぃ」

(…ヴァンパイアの生まれ持つ身体能力と闘気のお陰だろうな)

「ぷにぷにマッスル」

「プティングみたいに柔らかいよ」

セアとラミィは、フラウの二の腕と脇腹を触る。

「ア、アハハハ!くすぐったい〜」

「ーーーーしかし、問題点も露呈している。一つ目は一撃に神経を注ぐ余り、コンビネーションがなく、攻撃リズムも単調な点。二つ目はアビリティの溜め時間を含め、全体的にスピードが遅過ぎる」

「え〜」

セアとは対象的な戦闘スタイルだ。

「バーンってしてドッカーンのほーが派手で面白いでしょ?」

「面白いかどうかは別として、課題はスピードの向上と」

「ブーブー!フラウは楽しければいいもーん」

(……能力云々より、一番は精神面かな)

今は言っても無駄だと判断して、カイムは言葉を飲み込む。

「まぁ良くやったよ」

「はーい」

「…3号は離してやれ」

いつの間に抱き抱えていた。

「プイ!ププイ!!」

「バレた?こっそり持って帰ろうと思ったのに〜」

手を離すと一目散にカイムの足元へ逃げ隠れる。

「ふぅ」

一息吐き目を閉じる。

(トータルバランスの高いアレクシアは、安定した戦闘能力が魅力だ。それ故どこを伸ばすか判断が難しく、決め手に欠ける。セアはスピードに優れ、機動力も技術力も高いが長所に依存している上、パワーがない。言わずもがな闘気の扱いに突出したフラウは、大人も凌駕するパワーが持ち味だ。しかしその分、スピードは壊滅的で安定性がない)

課題はあるものの、若干10歳にしてこの能力の水準は、正直末恐ろしい。自分の同年齢の時と比較すると、三人の足元にも及ばない。正真正銘、金の卵である。この卵を割らずに、無事孵すのが彼の役目なのだ。

「……オルタとラミィはどっちが先にする?」

「あたし」

勢い良く手を挙げ、一歩前に出る。

「ラミィか」

(は、はぅ!わたしが最後?)

さっきと変わって、表情も硬くラミィは肩に力が入り過ぎてるようだ。

「二人にアドバイスするが、前の三人と比べるなよ」

「え?」

「何事も最初は皆、初心者からスタートだ。上手くやろうと気負うな。自分の好きなようにすればいい」

「…うん!」

ラミィは気合いが入った。

(結果はどうあれ、きっと頑張れば喜んでくれる)

憧れの人に褒めて欲しい。ラミィのやる気を引き出すには十分な動機だった。ホムンクルス4号とラミィが向き合う。

「プーイ!」

深呼吸しラミィは密かに練習していた、武器(カード)を左手に持つ。

運命の42枚(グーテンベルグ)は武器変化鍛錬法で、生まれ変わったモストロカードの新たな名前である。

「カードでどうやって攻撃するのかしら?」

(あたしは大丈夫、あたしは大丈夫、あたしは大丈夫……よし!)

「「「「!?」」」」

「…ほう」

次の瞬間、何とカードは宙を舞った。

驚く周囲を意に介さず、ラミィは集中力を高め、左人差し指を下に向ける。

「プギッ!?」

【14ダメージ×6】

「キャハ!手品みたーい」

「どーゆー原理ですの…?」

「……投擲タイプの武器?面白い」

「わぁすごい!」

他の四人は驚愕する。カイムでさえ唸った。

幾何学的にラミィの周りを浮遊するカードが、4号を襲ったのだ。指揮者がタクトを振るうように、ラミィが左手を振る度、グーテンベルクは遠距離より4号を一方的に攻め立てる。

【16ダメージ×9】

自動で4号を追尾しつつ、攻撃が必中する。恐ろしく正確無比な精度だ。

【21ダメージ×10】

「プ…プニ〜…」

不規則な軌道で前後左右からカードが迫る。

「ーーーーおわり!」

【12ダメージ×17】

最後は4号に一気に突き刺さり、それが止めとなった。

「…プイプイ〜〜!」

【ホムンクルス4号を倒した】

【戦闘経験値20000P獲得!25AP獲得!20SP獲得!】

「やっ……や、やったーー!!」

両手を胸の前で握り締め、その場で飛び跳ねるラミィは、喜びを体で表現していた。

【ラミィ・メロビィングのLvが1→15へLvup!】

【アビリティ『天啓示す札』を習得!】

【スキル『ミラーズ』を習得!】

(カードは全部で42枚。枚数分の攻撃回数でリセット……ダメージが低い代わり、命中率と回転率が高い武器だな)

非常にユニークな武器だった。

「よくやったぞラミィ」

カイムは手を叩き、惜しみない拍手を贈る。

「先生!…あ、あたし…アビリティとスキルを習得した!」

「ああ」

駆け寄ったラミィの顔は興奮で紅潮していた。

「初戦闘で勝利すれば、必ずLvは上がる。武器次第でアビリティ、それに本人の素養に応じて、スキルを習得する場合があるんだ」

「うん、うん」

「獲得したAPとSPの振り分け方法は後で教えよう」

カイムが錬成したホムンクルス1号〜5号は、各種経験値獲得だけでなく、一定Lv(Lv0〜12)以下の対象者が倒した場合、経験値を倍増させる効果も備わっていた。先の三人はLv20を超えているため、対象外で経験値は低かったのだ。

「…あたしね」

「ん?」

「先生に褒めて貰いたくて頑張ったよ?」

両手を後ろで組み、上目遣いでカイムを見詰める。愛らしい仕草は庇護欲を擽り、口元が弛んでしまう。

(……教師冥利に尽きるってやつだな)

少女が自分にどんな想いを懐いてるか、鈍感な彼は分かっていない。

「ラミィのお陰で俺は今、最高の気分だ。かっこよかったぞ」

「ふ、ふふ!くすぐったいよ」

髪を撫でられ、ラミィはとても嬉しそうだ。

「……私の時より褒めてて不公平ですわ」

「ん。ぼくも同感」

「そーだよ〜!フラウも頑張ったのにぃ」

それを見ていた三人は不満を口にする。

(む…アレクシアもセアもフラウも褒めたよな?)

Lvが違えば個人の指導内容も評価方法も変わる。

褒めると同時に指摘を受けているので、その所為かラミィだけ特別扱いに見えたのだろう。なんだかんだ可愛いものだ。


いよいよ大取りのオルタの番が来た。

「最後はオルタだな」

「は、はひゅ…」

今にも泣き出しそうに瞳が潤み、顔色は真っ青。

側から見れば、カイムが無理強いしているように見える。

「…大丈夫だよ。緊張しないで」

「そーそー!バーッてしてギューでドカーンだぁ」

「オルタさん。落ち着いてやれば大丈夫ですわよ」

「ん…頑張って」

先に終えた四人が檄を飛ばし応援する。

「まず装備したぬいぐーーーーコホン……ミーちゃんを出してみようか」

カイムも緊張を解そうとわざと言い直す。

(だ、駄目よアレクシア……淑女が笑っちゃ駄目!だって先生は真剣だもの)

ミーちゃんと呼ぶには、彼はギャップがあり過ぎた。

「ぷぷぷっ!カイムってば似合わなすぎだよ〜?その顔でミーちゃんって……アハハハ!」

必死に堪えるアレクシアと遠慮なく笑うフラウだった。

「う、う…ミーちゃん」

現れたオルタの武器(ミーちゃん)は、心情を表現するように項垂れている。

「プ〜イ?」

不思議に思ったホムンクルス5号は、無造作に近付く。

「あとはオルタが攻撃の意を示せばミーちゃんは動くだろう」

「………」

オルタはホムンクルス5号を凝視し黙ったままだ。

攻撃するか否かーーーー迷っているとカイムには見えたが、決して急かさず見守りに徹する。

「……むりだよ」

「プィ!?」

ボソリと一言呟き5号をギュッと抱き締めた。

「ーーーーで、できません!」

他の四人は、呆気に取られている。

カイムは注意ではなく、優しい口調で問う。

「理由を教えてくれるか?」

「だって、だって……可哀想なんだもん!ぐす…この子たちは何も悪いことしてないのに……斬ったり、殴ったり、攻撃されてっ…」

見兼ねたアレクシアが横から口を挟む。

「……最初に先生が言ってたでしょう?このホムンクルスは何度でも再生しますわ」

「さ、再生するからって怖くないわけじゃない!げ、現にフラウちゃんから逃げてたよ?」

「それは、その」

「あ〜…にゃはは」

涙目で必死に叫ぶ姿に強い意思を感じたのか、アレクシアは口籠る。

「…わたしにはできないよ」

一粒の涙が頰を伝い、5号に落ちる。

「プィ?プィ〜」

(とても優しい子だな)

彼女らしい主張だった。オルタとて自分が的外れな発言をしてるとは、重々承知の上だろう。

大抵の教師は、カイムと同じ状況に直面すれば、泣き虫で臆病なオルタを煙たがる。

『こんなことで』ーーーーそう思うかも知れない。

しかし、彼はその慈しみに溢れたオルタの姿に、当時の自分には欠けていたものを見出していた。

思い遣りで泣くことを、カイムは弱虫だとは思わない。

「ーーーープイ!プープイ!!プニィ〜」

5号が何かを訴え鳴いた?

「プイ!プププイ」

「プニ〜」

「ププ!プニニ」

「…プィ〜」

突如、ホムンクルス1〜4号の様子がおかしくなる。

「え…え…?」

オルタの周りに集まり、共鳴するように鳴いたのだ。

【『地母神の導き』のスキルを発動】

「…な、何が起きてるの?」

「ん…ぼくもわからない」

不思議な緑光を発しつつ、ホムンクルス1〜5号は輪になって踊り出す。

(まさかこれは…!?)

カイムの予感は的中していた。

「「「「「プーーーーイ!」」」」」

【ホムンクルス1〜5号はオルタへの忠誠を誓う】

「きゃあ!?」

五体が合体して、新たな姿形へ変貌ーーーーいや、転生を遂げる。

「あうぅ…?」

光で目が眩むオルタの傍に、見慣れぬ生き物が立っていた。

「フニィ〜!フニニ」

【モンスター『アガペー』が誕生した!】

アガペーの風貌は妖精と植物の融合体のようで、頭には白い花弁が咲いている。スカートのような葉身をはためかせると、爽やかな芳香を漂う。愛嬌のある可愛い貌で、オルタへ擦り寄った。

「あ…あはは!くすぐったいよぉ」

皆は驚きのあまり言葉を失い、唖然としていた。

「オルタ」

カイムは自身の予想に確証を得るべく、オルタへ声掛ける。

「せ、先生?」

「あれが君のスキルなんだな」

「…はぅ〜…わ、わたしのスキル?」

(成る程な。先天的な()()()()()()()か)

横にいるアガペーを一瞥する。

「落ち着いて聞いてくれ。ホムンクルスは君のスキルで、進化を遂げたようだ。しかもテイム済みで、今は君が主人になっている」

「えぇ!?」

自覚していないので、とても驚いている。

「まずはスキルを確認してみよう」

「ど、どーやって…」

「一度スキルやアビリティを発動すれば、自分の意思で『ウィンドウ』の閲覧ができる」

「うぃんどー?」

「スキルを見たいと頭の中で念じてみろ」

「えーっと……わぁ!」

オルタの前に半透明な文字の羅列と画面が浮かんだ。

【ウィンドウ:各々が持つステータス・スキル・アビリティを閲覧する身体機能。初めて開示する場合、一度スキルとアビリティを発動もしくは獲得する必要がある】

「見れただろう?」

「は、はい」

「スキル欄が表示され、スキル名があると思うが」

「ありました!えと……『地母神の導き』?」

「タップして能力詳細を見せてくれ」

辿々しい手付きで言われた通りタップした。

カイムは顎に手を当て、オルタのスキルの内容を頭の中で反復する。

(『地母神の導き』は固有の育成系スキル。能力はオルタの感情・波長・素養に惹かれた他生物を、オリジナルモンスターへ進化させ成功率100%の強制テイムを実行する。他、①SLVの上昇毎にテイム済みモンスターの成長限界を突破して、固有スキルorアビリティを習得。②モンスターが獲得した各種経験値を主人へ還元(SLV1で3%)。③モンスターのSLv・ALvは地母神の導きのSLvに連動する為、各P振分け不能の三つが付随。……保有者に一片のリスクがない超高性能のスキルだ)

モンスターの調教テイムに大きく影響する育成系ブリーダースキルは、習得が困難である。

それはモンスターの種別により、調教に関する知識量も増え、襲われる危険性も孕んでおり、カイムも先週の授業で『モンスターハントとテイムに必要な点を挙げれば、切りがないが、何より大事なのは強さだ。例外もあるが、基本自分より弱い相手には従わない』…と明言している。

それ故、調教師テイマー自体の数も少なく、仮にテイムに成功しても、育成に膨大な労力と時間を費やし、途中で失敗するケースが殆どだがオルタは違う。カイムの言う例外なのだ。指導者としての裁量が問われる逸材である。

「……先生?」

「ーーーー君のスキルはとても素晴らしいスキルだ」

「すばらしい?」

「ゆえに正しい使い方を覚えなくちゃいけない」

「は、はい」

本人はこのスキルの希少性と無限の可能性を理解していない。

「オルタもきっと強くなれる」

「わ、わたしがですか?」

とても信じ難いのか目をぱちくりさせた。

「そうーーーーきっと仲間を守る強さだな」

「?」

「ふっ…いつか分かる時がくる」

カイムが微笑むとオルタは戸惑いつつ頷いた。

「その子を大切にしてやってくれ」

「い、いいの!?」

「フニィ〜?」

「勿論だ。この子は君がテイムしたモンスターだからな」

「わーーーい!」

泣き顔が一転して、はちきれんばかりの笑顔である。

「わたしはオルタ。あなたのお名前はえーと……アガペー?」

「フニッ!」

頭の花を揺らし頷く。意思疎通も問題ないようだ。

「よろしくねアガペー」

「フィ〜〜フニィ〜」

アガペーを抱き寄せ、頰を擦り寄せる。

「いいなぁ〜フラウもかわいいペットがほしい」

「ペ、ペットじゃないよ?」

「オルタさんのスキルは凄いですわね。私、驚きましたわ」

「え?……えへへ」

「ん」

「レモンの匂いがする」

カイムは和気藹々と喋る五人に声を掛け授業を再開する。

「さて、次は実際に獲得したSPとAPをスキルとアビリティに振り分けて貰う。俺のウィンドウを参考に説明しよう」

「「「!」」」

複数のウィンドウが浮かび、カイムのスキルが羅列され、文字の横にSLvの数値が載っている。

「どうしたの?」

ラミィは様子が変わった三人へ声を掛けた。

「す、凄い数のスキルですわ」

「…ママよりSLvが高い人は初めて見たかも〜」

「ん……ふつーにやばい」

「別に大したことじゃない」

気に留める様子もなく、彼は講釈を始めた。

「ウィンドウの右側は戦闘系のスキル、左側は非戦闘系のスキルだ。前に使った『武器変化鍛錬法』もあるだろう?」

ラミィのカードとオルタにヌイグルミを武器に変えたスキルである。

「うん…横の12って数字が赤くなってる」

「数字が赤くなってるのは、SLvの上限に達した証拠だ。SLvは上昇する毎に必要なSPが増加する。一番下に4642SPとあるのは、現段階で獲得した振り分け可能なSPの総数だ」

三人が驚くのも無理はなかった。カイムの網羅したスキルのSLvは殆どが赤く染まっている。

ここまでスキルのSLvを上げるには、途方も無いSPが要求されるだろう。これは彼が何百、何千と戦闘に勝利した確固たる証拠でもあるのだ。

「SPを振りたいスキルを選択後、総数をタッチすればSPを消費して振り分けは完了する。では実際にやってみようか……ラミィ」

「はい!」

「ウィンドウを開いてスキルを見てくれ」

「こうかな」

小さなウィンドウが表示され、スキル欄にミラーズの文字が浮かんでいた。

「あたしのスキル……」

ラミィはまじまじとウィンドウを眺める。

「現在ラミィのスキルは一つだが、成長すると別スキルを派生したり、新たなスキルを習得する可能性もある」

「派生?」

「例えば炎を操るスキルが熱を奪うスキルに派生したりな」

「へぇ…」

「ではスキルの能力を確認してみようか」

ラミィは文字を読み上げる。

「ーーーー『ミラーズ』。ラミィ・メロヴィングの戦闘系固有スキル。能力は①物理攻撃・魔法攻撃を反射する鏡の展開。②反射した攻撃の1/3のダメージ量を本人のHP・MPに還元する。③ミラーズの展開時間は120秒。一度使用すると再発動まで、インターバルが必要になる。④設置した鏡を利用して、本人のみ鏡から鏡へ移動可能。⑤合わせ鏡にすることで、その間に居る対象を鏡の中へ一時的に閉じ込めることもできる。……ふーん」

「ほぇ〜!ふ、複雑な能力だね」

(…ラミィもまた負けず劣らず物凄いスキルだな)

なんと攻撃・防御・回復・移動と四つの特性を兼ね備えたスキルである。因みに固有スキルは、本人の願望や潜在意識が素養と合わさり、能力に反映するケースが多い。

「そうかな?あたしは気に入ったよ」

頭の回転が速いラミィにはマッチしたスキルだ。

「先生。どのくらいSPを振ればいい?」

「うむ。最初はーーーーー」

その後も五人へSP・APの振分け指導を行い、時間は瞬く間に過ぎた。


(ーーーーそろそろ終業時間だ)

時計を見てカイムは一限目授業の終了を告げる。

「今日の授業はここまでにしよう」

しかし、アレクシアとセアは不満を口にする。

「まだ質問がありますわ」

「ぼくも」

「嬉しいが続きは帰りのHRで頼む」

熱心に指導をする余り、時間配分が上手くいかなかった。

(今後の課題は簡潔に要点をまとめた説明だな)

カイムは教師として、自分はまだまだ未熟だと反省する。

豊富な実戦経験で得た知識を正確に生徒へ伝えるには、コミュニーケーション能力の向上が必要だと考えた。

(敵を倒す方が遥かに楽だーーーーでも、心の底から楽しい。これが教える喜びなのだろう)

自分を誘ってくれたネムには感謝しかなかった。

「次の授業は歴史学だったな?ツヴァイ先生の講義もこの調子で頼むぞ」

「その時間は武器のメンテナンスタイム」

「私の方が帝国史に詳しいですわ」

「キャハハ!フラウは寝る〜」

「………」

頭が痛くなる返答だった。

「あたしは真面目に聞くから大丈夫」

「う、うん」

「……二人共偉いぞ」

ラミィとオルタの頭を思わず撫でる。

「え、えへへ」

「あはは」

それを眺めていたアレクシアは唇を尖らせ忠告する。

「…コホン!カイム先生?レディの髪を不躾に触るのは、大変失礼ですのよ」

(それもそうか。子供とはいえ、年頃の女の子だ。馴れ馴れしく男に触れられるのは嫌だろう)

素直に聞き入れ、手を離した。

「それはすまない」

ラミィはムッとした顔でアレクシアを見る。

「……あたしは嫌じゃないけど?」

「わ、わたしも」

オルタも嫌がっていないようだ。アレクシアは二人の返事が面白くないのか、不機嫌そうに眉を顰める。

「キャハ!もしかして自分が撫でられてないジェラシー?」

「!」

ラミィの一言にアレクシアの顔が真っ赤になった。

「ヒュー!アレクシアってば、か〜わ〜いい〜〜」

すかさずフラウが便乗して揶揄う。

「ち、ち、違います!?そんな子供じゃ……あーもう離れなさい〜〜!」

(……やれやれ)

わいわいと騒ぐ中、授業の終わりを告げる鐘の音が鳴った。


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