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ラミィの涙 ①


◇◇◇ルーヴェ領 旧地区◇◇◇


深夜0時を過ぎ、月が微かに風化した建物を照らす。

ルーヴェの都市部から、南西沿岸に離れた『旧地区』では怪しい三人が密談していた。

【旧地区:鬱蒼とした草木茂るルーヴェの旧都市。今はモンスターが巣食い闊歩しており、周辺は封鎖されている】

「予定通り明日決行だ」

「……やっぱ気が乗らねぇわ。ガキを拐うなんてよ」

「報酬は既に支払った筈だが?」

男を一睨みポーカーは唾を吐く。

「情報によると来週まで、ネム・スーフェリアは不在。またとないチャンスだろう」

「ふふ、ふふふ」

黒い包帯を顔に巻く奇怪な女が嗤う。

「心配せずとも仕事はきっちりこなすわ。金、金、金、金、金……『帝国解放戦線』は、うちのお得意様ですからねぇ〜」

「誘拐対象はこの娘だ」

盗撮したと思われる写真を女に渡す。

「メロヴィング社の最高経営責任者の一人娘で名はラミィ・メロヴィング」

「あらぁ可愛い女の子ねぇ」

「合流地点の『セヌカ廃駅場』に、護送列車を待機させてる。必ず無傷で連れて来い」

「御安心下さいな。既に潜伏中の部下が手筈を整え、機会を窺ってるわ」

「わざわざ言うまでもないが目撃者は全員殺せ」

「まぁまぁ!なんて素敵なオーダーかしらぁ」

嬉しそうに女は身悶える。

「……失敗は許さんぞ」

最後にそれだけ言うと、男は闇に溶けて消えた。

「ーーーータントラよぉ」

「なぁに」

「……どーしてこの依頼を受けた?ルーヴェで騒ぎを起こせばかなり面倒だぜ」

「我儘は駄目よぅポーカー?私たちは、代金に見合った成果を依頼主へ提供するーーーーただそれだけよ」

子供を諭す母親のようにタントラは彼を諫める。

「わかってるさ」

「……それにぃ昨今、『ウロボロス』の台所事情も厳しいのよぉ。官邸を爆発させた所為で、帝国軍にマークされちゃって暫く大人しくしてたしぃ、貴方だって右腕(機鋼化)の施術費を稼がなきゃ困るでしょ?」

【ウロボロス:裏社会でも有数の暗殺者ギルド】

「…まあな」

カイムに切断されたポーカーの右腕は、新たな機鋼化手術により靭く頑丈に改良されていた。

「でも()()凶刃とポーカーが戦ったなんて、羨ましくて子宮がキュンキュンしちゃうわ……私も是非逢いたいわねぇ」

興奮してるのか艶やかに声が濡れている。

(俺ぁ二度とごめんだが、嘆きの聖女と凶刃の一騎討ちか。……想像しただけで背筋が寒くならぁ)

「うふふふ、うふふふふふ」

ちらつかせる彼女の舌背には、絡みつくように喰らう二匹の蛇の紋章が彫られていた。


◇◇◇聖暦1798年4月8日◇◇◇

◇◇◇ゴード連峰◇◇◇


早朝、カイムは『弱肉強食の森』と呼ばれるゴード連峰の麓へ出向き、モンスターを狩っていた。

「ギギギギギギッ…ギギギッ…」

【6547ダメージ】

大剣銃の銃弾が巨大蟷螂の頭を吹き飛ばし、触覚と肉片が飛び散った。

【ストライクマンティス・変異種を倒した】

【戦闘経験値650P獲得!1AP獲得!1SP獲得!】

【犀利の赤鎌×1をドロップ】

武器を仕舞い、アイテムを拾う。

「ざっとこんなもんだな」

清涼な森の空気と射し込む朝陽が心地良い。瑞々しい花の薫りが鼻腔を擽り、濃い緑葉の匂いが肺を満たしていく。

(……生徒を連れて、野外演習もいいな。此処は『変異種』のモンスターも多いし、勉強になるだろう。ドロップアイテムも集まったし『素材屋』へ換金に行くか)

【変異種:原種が変異を遂げ外見と能力に差異が生じたモンスターの呼称】

【素材屋:様々な素材アイテム等を売買できる専門店】

帰りの道中、カイムを襲うモンスターは一匹たりとて居なかった。


◇◇◇国境都市ルーヴェ 商業地区◇◇◇


ルーヴェに戻った彼は、商業地区の裏通りにある素材屋『ガラクタ』へ出向く。

「ーーーー犀利の赤鎌にこっちは人面樹のコアじゃな?他にも森林檎、バイオレットローズの種……ほほぉ〜〜」

アイテムと薬品が所狭しと陳列された店内は、埃臭く胡散臭い雰囲気が漂う。店主マルゴーは持ち込んだ品々を鑑定中である。

「幾らで買う?」

マルゴーは検分用ルーペを置いて、カイムの質問に答えた。

「そうじゃなぁ〜。大奮発して20万Gってとこかの」

「30万だ」

即座に否定する。

「おいおい!そりゃ吹っかけすぎじゃわい」

「そうか。他の店に売ることにする。邪魔したな」

カウンターに並べたアイテムを、仕舞おうと手を伸ばす。

交渉の余地はないと、言わんばかりの態度である。

「あ〜〜待て待て!仕方ないのう……25万でどうじゃ?」

引き留めようと、マルゴーは値段を吊り上げた。

「最低30万だ。それ以下の金額で売るつもりはない」

(……むぅ。こりゃ騙せそうにないのぅ)

マルゴーはもじゃもじゃの顎髭を撫で目を細める。

「わーったわい。お前さんの勝ちじゃ。持ってけ」

古いレジスターを開け、紙幣を取り出し雑に放り投げる。接客態度は最悪だが、どこか憎めない爺だ。

「どうも」

「ふははは!目利きができるとは、最近の若者にしちゃ大したもんだ」

ーーーーアイテムの価値は、千差万別。正しく価値を見極めるには、鑑定能力が必要不可欠である。

九年間の放浪で経験した知識の構築により、カイムは鑑定のスキルも習得していた。

「…狸爺め」

「まあの」

カイムの嫌味を気にせず、マルゴーは飄々と笑う。

素材屋に限らず、商人や鑑定士が無知な冒険者と傭兵から、アイテムを安く買い叩くのは、何も珍しい話ではない。

「近頃は大手の商会が主流で、儂みたいな個人経営の素材屋は生き残るのに必死じゃ……これも時代かの〜」

マルゴーは保管庫にアイテムを仕舞い、振り返る。

「お前さん噂のヴァルキリースクールの教師じゃろ?」

「噂?」

「うむ。凶悪な海賊団を、一人で壊滅させたスカーフェイスの男が教師をしとるとな」

(……ふん)

「ふぉふぉふぉ!化け物みたいに強いんだって?」

化け物とは酷い言い草だが、カイムは否定しない。

「別に」

無愛想に答え、顔を背けた先にある物が目に飛び込んだ。

「…あ」

「なんじゃ?何か買ってくれるんか」

「この釣り餌をくれ」

久々に釣りに興じるようだ。


ルーヴェ港の上空を飛ぶ海鳥、スカイブルーの海、遠洋に見える貿易船や漁船、潮風と穏やかに寄せる波の音ーーーー長閑で美しい海原が埠頭より広がる。

「…よっと」

カイムは素材屋で購入した餌を針に細工し、釣竿を投げた。

他にも釣り人がいて、お零れに預かろうと野良猫が釣果を狙っている。

「む」

暫くして、魚が食い付いた。竿を引き素早くリールを巻く。

【HIT!ソーマグロが釣れた】

(これは幸先良いスタートだぞ)

全長1m程の紡錘形の魚が釣れる。このソーマグロは煮ても、焼いても、生で食っても美味い魚だ。手際良く締め、クーラーボックスに入れる。

「ほっ」

再び竿を投げ、左右に揺らし魚を誘う。

「ニャ〜」

「…ニャニャ」

二匹の猫が足元に擦り寄ると同時に、竿が引っ張られる。

【HIT!緑鯵が釣れた】

釣り上げたのは、淡い緑色の魚。13cm程度で食用には物足りないサイズだ。

(小さいしリリー…)

「「ニャ〜〜〜!」」

つぶらな瞳を輝かせる猫の期待に応えるよう、釣り針を外し地面に緑鯵を置く。

「……ふん」

猫に癒されつつ彼は休日を満喫していた。


◇◇◇◇◇◇


場所は変わって同時刻ルーヴェの観光地区。

「わぁ」

「それなりに盛況ですわね」

「キャハハハ!た〜〜のし〜〜!」

「ん」

「……」

カイムが釣りに興じてる頃、私服姿の1ーAの五人は、観光地区『オセアンストリート』へ遊びに来ていた。

【オセアンストリート:アクセサリーショップ、雑貨店、ブティック、フルーツパーラー等の店が建ち並ぶ美しい街路。品揃えが豊富で女性向けの店が多く、ヴァルキリースクールの生徒も御用達である)

大勢の人で賑わう観光地区を、物珍しそうに眺める。

育った環境は違うがこの五人にはある共通点があった。それは自由に外出する機会に、あまり恵まれなかった事だ。原因は家庭の事情が複雑に絡んでいる。

「あ、あの店のケーキ美味しそうだね?」

「食べよう」

「いこーいこー」

「優雅なティータイムも悪く……あら?」

最後尾を歩いていたラミィが居ない。

「ありゃりゃ〜〜」

「どこ行ったの?」

「いましたわ」

路地裏へ行くラミィの後ろ姿がアレクシアは目に付いた。

「ーーーー全く!団体行動を乱すとは協調性がないですわね」

腕を組み、眉を吊り上げる。

「どうする〜?」

「仕方ないですわね……私が呼んでくるので、先に行ってて下さいな」

「ん」

「き、気をつけてね」

アレクシアは三人と別れラミィを追うが、自分の後を付いて行く誰かには気付いて居ない。


『旧商業地区』はオセアンストリートとは、まるで違う風景を演出する。人影もなく、気配も感じない。商業地区の移転に伴い、今や物好きが家賃の安さから、僅かに住んでいる程度だ。ルーヴェは都市面積が広く、様々な区画で分けられている。この人という部品が抜けた街路は、何とも言えぬ哀愁を感じさせた。

「いい」

ラミィは雑踏が苦手で、誰にも邪魔されぬ静寂を好むゆえ不気味とは思わないのだ。道なりに歩いていると、背中に視線を感じて、振り返るも其処には誰もいない。

(…気のせいかな)

眼鏡を外し、目を擦る。整った顔が露わになった。

その気配は気の所為ではない。

「ーーーー間違いない」

五階建ビルの屋上から、怪しい四人組がラミィを見下ろしていた。不気味な目が描かれたフルフェイスのヘルメット、頑強な防護服を装備している。

彼等は闇ギルド『ウロボロス』に所属する戦闘員だ。

「慎重に待った甲斐があったな。リスクが大幅に減った」

「無傷の捕獲には打ってつけの好機」

リーダー格の男は見比べていた写真を仕舞い、命令を下す。

「よし。作戦実行」

一人が建物を飛び降り、他三人は周囲を見張る。

「!?」

音もなく着地しラミィの前に、降り立つ。

「……え、え?」

謎の人物の出現に怯え後退るも逃げられない。

【ウロボロス戦闘員Aの幻魔法!スリープ】

「な、に…眠く…」

【ラミィは眠ってしまった】

倒れるように地面に伏せ、寝息を立てる。睡眠の状態異常に陥っているのだ。耐性のない少女に抗う術はない。

「すぅ…すぅ…」

「捕獲完了」

男の肩に抱えられた拍子に、眼鏡が地面に落ちた。

「よし、目的は達成。合流地点へ急ぐぞ……『魔導二輪車』を出せ」

男はアイテムパックの留め金を開く。


「も〜〜〜!どこへ行きましたの?」

アレクシアが頰を膨らませ愚痴った。

旧商業地区は建物が高く、路地が入り組んでいるのでラミィを見失い、逆に自分が迷子になってしまったのだ。

如何に大人ぶっていても、まだ10歳。不安で表情が曇る。

「ーーーーアレクシア・ロレーヌ」

「ひっ!?だ、誰ですの?」

急に名前を呼ばれ、慌てて振り返る。

「ナフカです」

立っていたのは、私服姿のナフカ・キングスリーだった。

「ナ、ナフカ先生?……驚かせないで下さいませ!」

胸を撫で下ろし、アレクシアは答えた。

「それはこっちの台詞です。貴女が路地裏に行くのを見つけて、心配で追い掛けて来たのよ?」

「そうでしたの」

アレクシアを追っていたのはナフカだった。

「ここは子供が遊ぶ場所じゃないわ」

「フンッ!私だって来たくて来た訳じゃありません。ラミィを探してますの」

「……ラミィ・メロビィングって、あの娘もここに?」

「はい」

彼女は小さく溜め息を吐いた。

「こうなれば仕方ありません。私も一緒に探すわ」

「……別に私一人で全然、大丈夫ですけど先生が一緒に探したいと仰るなら、付き添いを許可しますわ」

随分と慇懃無礼な物言いだが、内心は大人が付き添ってくれる事に安堵している。

(素直じゃない子だけど、可愛い一面もあるのね)

本人は隠してるつもりでもバレバレのようだ。ラミィを探し歩く二人は十字路で、驚愕の光景を目の当たりにする。

「ーーーーなっ!?」

(ど、どうしてマージバイクにラミィが?)

魔導二輪車のサイドカーにラミィを乗せ、誘拐しようとするウロボロス四人組と邂逅したのだ。肝心の本人は、口を猿轡で塞がれ、目隠しされている。

【魔導二輪車:通称マージバイク。操縦者のMPを燃料に走行する自動二輪車】

「…チッ…まさかこのタイミングで、通行人が来るとはな」

「お前達は先に行け。目撃者は殺害しろとの命令だ。処理も含め、俺とロッケンの二人で間に合う」

誘拐、強盗、不審者、犯罪現場、通報。不穏なワードが頭に次々と浮かぶも、生徒の身を案じ必死の形相で叫ぶ。

「そ、その子を離しなさい!通報するわよ!?」

「断る」

無情にもスロットルは捻られ、マージバイクが発進する。ウロボロスの戦闘員に、ラミィを連れ去られてしまった。

「恨みはないが死んで貰うぞ。安心しろ。一瞬で楽にしてやる」

更なる脅威が差し迫る。残る戦闘員二人が警棒と小機関銃を構えたのだ。

「……に、逃げるわよアレクシア!」

「で、ですが」

想像もしてなかった緊急事態に、アレクシアは呆気に取られ混乱する。

(市警ーーーーいえ、理事長に連絡しなくちゃ!)

「逃さん」

戦闘員が銃口を二人に向け、引き金に指をかける。

「くっ…!」

非戦闘従事者のナフカは、暴力に抗う術を持たない。

せめてアレクシアだけでも守ろうと、身を挺し抱き締め、背中を向ける。発砲音と共に、銃口が火を噴き、無惨に柔肌を貫くーーーー。

「なに!?」

ーーーー筈が放たれた銃弾は透明の壁に弾かれ、あらぬ方向へ逸れた。

「もう大丈夫だ」

カイム・レオルハートの登場である。

「「……カ、カイム先生!」」

ナフカとアレクシアが声を揃え名を呼び、戦闘員は背後を振り返り構え直す。

彼が此処に現れたのは、偶然であり必然。ルーヴェ港から旧商業地区は、中央地区へ続く近道でもある。釣りを満喫した帰り道、旧商業地区を歩くカイムは、不穏な気配を察し探知のスキルを発動させ、この場に急行したのだ。

その巡り合わせが二人の窮地を救う。

【ウロボロス戦闘員Aの暗殺技!スタンロッド】

【ウロボロス戦闘員BはC2投擲手榴弾を投げた】

先手必勝と言わんばかりに、戦闘員は攻撃するも、カイムは空中で手榴弾を切断、華麗に警棒を躱す。

【ミス!ノーダメージ×2】

「がっ…は!?」

【9500ダメージ】

防刃防弾仕様のプロテクターは意味を為さず、黒刀の袈裟斬りで両断。戦闘員ロッケンは、一撃で地に伏した。

「ロッケン!?…貴様ぁ!」

右手を翳し、戦闘員トムは魔法を放つ。

【ウロボロス戦闘員Aの火魔法!フレイムバースト】

【カイムの強奪技!闇の左手と光の右手】

迫る火の渦を、左手で薙ぎ払い、右手を翳すと、そっくりそのまま、フレイムバーストは術者本人へ返される。

(かはっ!ま、魔法のカウンターだと?このままでは…)

【1240ダメージ】

とても敵わないと判断した彼は、最も愚かな手段に手を出した。

「ーーーーきゃっ!」

「ナフカ先生!?」

「……武器を捨てろ」

ナフカを羽交い締め、人質に取ったのだ。

「この女を殺ーーーー」

【カイムの縮地法!】

縮地法で瞬く間に距離を潰し、銃口をへし曲げる。

「ば、馬鹿な……ぐふっ!」

カイムは首を掴み、片手で持ち上げる。こうなれば決着だ。

「こ、こほ!…はぁ…はぁ…」

羽交い締めから、解放されたナフカが跪く。

「お前は何者だ?」

「だっれ…が喋っ…るか」

「ラ、ラミィが!ラミィが拐われましたの!」

「…何だと?」

カイムの表情が、険しく変貌する。

「ゴホッ、ゴホッ…ええ…マージバイクに乗った連中に、誘拐されたわ」

悠長にしてる暇はない。鬼のような怪力で締め上げる。

「話せ」

「ぐっぎぎっ…」

しかし戦闘員は口を噤み、意識消失を堪えた。

(通信ヘルメット、改造銃、防護プロテクター……間違いなく堅気ではない)

口を割らないと判断して、スキルを発動させる。

「恨むなよ」

【暴食の貴婦人のスキルを発動】

「え…こ、これは!?」

「…ひっ!」

脳味噌が剥き出しで、目を縫われた恐ろしい女の顔が、虚空より現わる。耳まで裂けた口を開き、戦闘員に食らい付き、数度咀嚼すると霧散した。

カイムが首から手を離すと、男は蹲り体を震わせる。

「お前は何者だ」

静かに問う。

「…あっあっあっ…お、俺の名前はプアー・トム…あ、暗殺者ギルド…ウ、ウ、ウロボロス…の戦闘員…」

「ラミィを誘拐した目的は?」

「し、し、し、知らない。お、お、俺は…せ、『セヌカ廃駅場』ま、ま、まで…つ、連れて、れて……うあああああっ!!」

絶叫と同時に、プアーは地面に突っ伏し、身動ぎ一つしなくなった。

【ウロボロス戦闘員×2を倒した】

【戦闘経験値300P獲得!1AP獲得!1SP獲得!】

暴食の貴婦人はカイムが保有する、特異な五つのスキル群『Dの恩寵』の一つ。海賊船に乗り込む際、発動した赫眼もこれに属する。精神に作用するスキルで、現れし貴婦人は対象の意志を喰らい、喰われると対象は恐怖に蝕まれ最悪の場合、廃人となる。戦闘員プアーが質問に答えたのは、抵抗する意思を貪られた所為だ。唖然とするナフカだったが、危機を脱した事に一先ず安堵する。

「セヌカ廃駅場だと?」

首元を摩りつつ、ナフカが答えた。

「痛っ…セヌカ廃駅場はルーヴェから、北西へ進んだ先にある廃駅よ」

カイムは誰か分からず、問い掛ける。

「ところで君は誰だ?」

ナフカは眉を顰め、大声で怒鳴る。

「……ふざけてるの!?私はナフカ・キングスリーよ!」

数秒沈黙した後、ばつが悪そうに呟く。

「…言われてみればそうだな」

「言われなくても、同僚の顔ぐらい覚えてなさい」

(化粧と服で印象が変わる人だな。…む)

地面に見覚えのある眼鏡が、落ちている事に気付いて拾う。

(これはラミィの眼鏡だ)

懐に仕舞うと、ロッケンのマージバイクに跨り、エンジンを始動させた。

「俺はラミィを攫った誘拐犯を追う。ナフカ先生は、ネム……理事長に連絡した後、市警に通報してくれ」

慌てる事なく、カイムは冷静に指示した。

「で、でもこの人達は?」

不安気に横目で、倒れた戦闘員を見る。

「大丈夫。殺しちゃいないが、自力で起き上がる事もない」

(殺しちゃいない?本当に生きてるのかしら……)

指一つ動かさないので、俄かに信じ難い台詞だった。

二人が会話していると、黙って眺めていたアレクシアは、決意を秘めた表情でタンデムシートに跨る。

「!…アレクシア!?」

「降りろ」

二の句を言わせぬ口調でカイムは言う。

「嫌ですの」

「子供の出る幕じゃない。駄目だ」

しかし、アレクシアも引かない。

「クラスメートが目の前で誘拐され黙ってられません」

「……」

「罪なき者が虐げられるなんて許せません」

「付いてきても何の解決にもならん」

幾ら腕に自信があると言っても、それが残酷な現実。かえって足手纏いだろう。

「ッ!……確かに私は何も出来ませんでしたわ。でも、それでも」

先程の一件で分かった。いや分かってしまった。未熟さを知らぬ無知の驕りを。それを承知の上でアレクシアは叫ぶ。

「ーーーー私の魂が悪を許すなと叫ぶのです!!」

愚直で、頑固で、我が儘。しかし傲慢ではない。

まだ幼い少女なのに、気高く勇ましい精神だ。それが心を奮い立たせるのだろう。

(…この娘は…ふっ。本当に大した根性だよ)

青い瞳の奥で燃える義憤の炎は、過去カイムが何度も見た欲塗れの連中とは違う。

ネムと同じ、凛とした美しさを称えている。

(これもロレーヌ家の血脈か……万が一でも、危険な目に遭わせる訳にはいかない。しかし、ここで降ろせば、アレクシアは、二度と俺を信頼しないだろう。……やれやれ)

カイムは溜め息を吐き、ぶっきら棒に告げる。

「ーーーーしっかり掴まってろよ」

説得を諦めたのだ。

「!…はいですわ」

ぎゅっと腰に腕を回す。そして、クラッチレバーを離した。

「カイム先生!?待っ、ア、アレクシア〜〜〜!」

ナフカの声が遠退き、マージバイクはみるみる加速する。

ラミィを救出すべく、セヌカ廃駅場を目指しフルスロットルだ。


◇◇◇北ルーヴェ街道◇◇◇


マージバイクの速度は、操縦者がMPを消費する程、上昇する。行幸だったのはプアー・トムのマージバイクは、エンジンとMP変換炉を改造しており、速度上限を超える走行が可能なこと。カイムは惜しみなくMPを消費し、マージバイクを疾走させる。

「ーーーーひゃん!」

可愛い悲鳴が挙がった。帽子を飛ばされまいと、必死に手で押さえ、アレクシアは叫ぶ。

「……麗しいレディが乗ってることお忘れですか!?」

「すまん」

適当に謝り、カイムはスキルを使う。

【探知のスキルを発動】

【全方位5kmの詳細情報を表示する】

非常に精巧で立体的な地図が、電子映像のように浮かぶ。

「え、これ探知のスキルですの?」

「ああ」

(どれだけ『SLv』を上げれば、こんな風に……)

【SLv:スキルレベルの略称】

アレクシアも探知のスキルを、習得している。故に驚きを隠せなかった。初期Lvで探知のスキルは、方角を示す磁石を表示するが、カイムの探知は機械並みの精度と処理で、自動マッピングまで行っている。

(やはり、只者じゃないですわ)

今、聞くのもどうかと考えたが、アレクシアは好奇心が抑え切れなかった。

「…先生」

「どうした」

「先生は本当に傭兵でしたの?何者ですか?」

その問いにカイムは何も答えない。返答を待つも、風を切る音だけが鮮明に聴こえる。

「ちょっと無視しないで下さる!?」

我慢出来ず背中を叩くと、前方を睨み漸く口を開いた。

「敵だ」

「!」

背中から覗くと六台のマージバイク、二台の装甲車が走行している。明らかに武装しており、迎撃態勢は整っている。

「追跡者を肉眼で確認したぞ」

「……トムとロッケンはあの野朗に倒されたようだ」

「間違いないわ」

「廃駅場には向かわせん!総員迎撃用意」

装甲車の荷台に積まれた速射砲が、此方に照準を合わせる。

「……あの機関銃、私達を狙ってません?」

「その通りだ」

答えるな否や薬莢が排出され、弾の雨がアスファルト路に突き刺さるも、バイクを傾け緊急回避する。

「どうしますの!?これじゃ近づけませんわ」

(ふむ……ある意味、これも絶好の機会か)

カイムは妙案を思い付いた。

「よし。課外授業をしよう。アレクシアは魔法を使えるよな?」

「こ、この状況で急に何を仰ってますの」

「使えないのか?」

その言葉に頰を膨らませ、唇を尖らせる。

「ーーーー使えますわ!私、三属性の『低位』魔法はもちろん、火魔法は『中位』まで習得済みですのよ」

「オッケーだ。……いいか?動く離れた相手に魔法を当てるのは、いつもと同じ要領で放っても駄目だ。工夫が必要になる」

(課外授業ってまさか…!)

【カイムの強奪技!プロテクトウォール】

マージバイクのフロントを半透明の膜が覆う。

「このプロテクトウォールは物理ダメージを無効化するが、発動に時間制限がある。解ける前にアレクシアの魔法であの装甲車を破壊してくれ」

「本気で仰ってます!?」

とんでもない指示に目を丸くする。

「前に基礎じゃ満足できないって言ってたじゃないか」

アレクシアは閉口した。

切迫した状況下で授業と嘯く教師は世界中、何処を探してもこの男以外に居ないだろう、と。

「大丈夫。君ならやり遂げられると信じてる」

(……付いて行くと決めたのは、私ですものね。期待に泣き言で応えるのは、ロレーヌの流儀に反しますわ)

迷いを打ち消し前方を睨む。

「ーーーーやってやりますわ!」

【アレクシアの火魔法!ファイアボール】

魔法と銃弾の攻防戦が繰り広げられる。


「…くっ!?また外れました」

頑張っているものの、アレクシアの魔法は当たらず、悉く不発に終わった。

(MPの残量を考えると、これ以上無駄な消費は避けたいですわね)

操縦に専念していたカイムは一言だけ助言する。

「頭上を狙え」

「頭上?」

そう言われて、アレクシアは考える。

(私の魔法速度と射程距離では、直線で狙っても当たらなかった。それで頭上を狙うには、どうすれば……あっ!)

解決案が閃いたのか、魔法の詠唱を始めた。

【アレクシアの火魔法!ファイアボールII】

放たれた二つの火球は、大きく弧を描き速射砲に衝突した。

【速射砲に引火!9999ダメージ】

「ぎ、ぎゃああああーーーー!」

銃座に座っていた戦闘員が叫び苦しむ。

(上出来だ)

直線で放つより速度は落ちるが、放物線で放てば速度は落ちる分、相対的に射程距離は伸びる。

アレクシアは時速を計算して、着弾点を予測したのだ。

魔法は角度を少し変えるだけで有効性が違う。闇雲に唱えるだけではいけない。

「三本の火槍よ、敵を貫き、燃え盛れ……はぁぁぁ!これでフィナーレですのよ」

【アレクシアの火魔法!フレイムランスⅢ】

失速した装甲車の後輪を、火の槍が貫き破裂した。

【車両に引火!14000ダメージ】

一回、二回と横転し燃料に引火し爆発する。

【27式装甲車輌を倒した】

【戦闘経験値15000P獲得!7AP獲得!6SP獲得!】

【アレクシア・ロレーヌのLvが21→25へLvup!】

「や、やった!大成功ですわ!」

両手を挙げ喜ぶ姿を見て、カイムも褒めずにいられなかった。

「満点だ。偉いぞ」

「あっ……」

思い掛けない褒め言葉に、頰が赤くなる。

「わ、私はロレーヌ家が誇る歴代随一の才女ですから当然です!」

「そうだな」

(うー…フワフワで変な気分?)

余談だが自分より高Lvの敵を倒せば、獲得経験値は約2倍になる。乗車していた戦闘員は、当然アレクシアより高Lvだった。Lv=実力ではないが、高いに越した事はない。

(二代目を目指すなら、強くならなきゃな)

彼なりの応援である。

「クソがっ!……こうなれば、接近戦で潰すぞ」

戦闘員が乗るマージバイクが減速して、行手を阻むよう蛇行しつつ、寄り始めた。

「アレクシアは休め。ここから先は俺に任せろ」

逆にカイムは大剣銃を肩に担ぎ、スロットルを捻り、突っ込む。

「退け」

「死ね!」

二合、三合、と打ち合い火花を散らすも、激烈たる破壊力を前に戦闘員の武器が壊れる。

(か、片手で振ってますの)

隙を見逃さず、リアフェンダーを両断した。

「あ゛っーー!!」

戦闘員は悲鳴を挙げ、地面に転がった。全身打撲、擦過傷、骨折は免れないだろう。

「……ぺ、ペペを良くも…テメェ!生きて帰さねぇぞ」

「覚悟しなさい」

左右を並走する二台が、攻撃しようと迫り来る。

「先生!挟み打わっひゅ!?」

アクセル全開で直進すると、ハンドルを思いっ切り、右に切った。

「しっかり掴まってろよ」

「…ちょ、え、えぇーーーーー!!?」

垂直に近い状態で、バイクは傾き、タイヤの摩擦でアスファルト路の焼けた臭いが、一瞬だけ鼻を刺す。

そのまま、スロットルを捻り回転数が上昇させる。

「ふんっ」

横転寸前で彼は大剣銃を地面に突き刺し軸とした。

「なにぃ!?」

「ブレーキが間に合わなーーーー」

アクセルターンを利用したアクロバティックな斬撃でバイクを破壊され、戦闘員は戦線離脱を余儀なくされた。

(残るマージバイクは三台、それと装甲車が一台か)

「うー」

目を瞑り必死にしがみ付く、アレクシアが唸る。

「もう大丈夫だぞ」

「……し」

「し?」

「ーーーーし、死ぬかと思いましたわ!カイム先生のバカ!」

涙目でぽかぽかと背中を叩く様が、可愛らしい。

「スリルがあって、楽しかっただろ?」

「むき〜〜!」

軽口を叩きつつ、大剣銃を突き出して照準を定める。

(特製の炸裂弾を喰らえ)

銃口が火を吹き、破砕した弾劾が、三台のマージバイクに突き刺さる。走行不能な破損により、体制を立て直す間もなく、運転していた戦闘員は、アスファルトと熱烈な接吻を交わした。

「これで終わりだ」

最後の標的は装甲車。

【カイムの強奪技!飛剣・鎌鼬鼠】

凄まじい勢いで、飛翔する斬撃は、装甲車を両断する。

【12594ダメージ】

残骸が路肩に散らばり、爆風を突き抜け進む。

【27式装甲車輌とウロボロス戦闘員×6を倒した】

【戦闘経験値1500P獲得!2AP獲得!1SP獲得!】

「これで駅まで行手を阻む輩は居なくなったな」

(凄い、凄過ぎです……きっと士官学校の教官なんて、遥かに凌駕してますの……)

初対面時の愚言を恥じり、アレクシアはカイムに、尊敬と畏怖の念を懐く。

「飛ばすぞ」

「ーーーーはい、ですわ!」

力強く返答した。駆動音が一層、甲高く鳴り響く。セヌカ廃駅場まであと少しだ。


◇◇◇帝都セインバスティオン◇◇◇


アレクサンドリア帝国の首都『帝都セインバスティオン』の郊外には、『満月の宮殿』と呼ばれ、有名な雑誌『イヴァリース絶景百選』にも載せられる宮殿がある。

【イヴァリース絶景百選:一年に一刊『ロイド出版社』より発行される世界の美しい建造物・風景・名所を紹介する観光誌】

敷地内で働く使用人の数は優に二百を超え、その資産価値は小国の国家予算を凌ぐ。そんな目も眩む宮殿に住むのは、大貴族スーフェリア家だ。

カイムとアレクシアがラミィ救出にセヌカ廃駅場を目指す頃、古今東西の書物が収められた豪奢な書斎で、ネム・スーフェリアは仕事に精を出していた。

「ーーーー爺。例の件は次回議題に必ず挙げるとレキンシン卿に伝えておいて」

「畏まりました御嬢様」

「それと領税率カットの議案の評決進捗は?」

「賛成少数、反対大多数。変わらずで御座います」

「……やはりクルーエ卿とヴァリアント卿がネックか。あの二人が飲めば、他は大人しく追従するだろうから」

書類に判を押しつつ、ネムは呟く。

「私に御任せを。御嬢様の顔に泥を塗る輩は、容赦なく排除しましょう」

「程々にね?爺に甘えてばかりじゃ父に怒られちゃうよ」

執事長ガイモン・ヘミングを例えるなら、白鋼という表現がよく似合う。白髪、白髭、白い執事服。肌の色以外、全身が白で統一されている。

65歳と老齢だが、微塵も老いは感じさせず、洗練された立ち振る舞いは、見事の一言。

多忙なネムの業務を補佐する、とても有能な執事だ。

「いえ。御父上も御嬢様の日々の御活躍に、目尻が下がりっ放しで御座います」

「そうだと嬉しいね」

謹厚過ぎる喋り方も子供の頃から、変わっていない。最早家族と言っていい間柄だった。


仕事を片付けたネムは、ガイモンが淹れた紅茶を飲み一息吐く。標高5000mの寒暖差激しい高地で、栽培されるイエロールという茶葉を発酵させた一級品。麦芽香と舌に転がる黒糖のような甘味が素晴らしい。

「御嬢様。彼方をご覧下さい」

顔を上げるといつの間に準備したのか、封蝋された角形の封筒を六、七枚持って来た。

「その封筒は?」

「こちら御嬢様宛の御見合いの申込み状と相手方の御写真で御座います」

(またか…)

ネムは深い溜め息を吐いた。

「先月は読まれず捨てられたようですので、御拝見如何かでしょうか?」

「……」

「御安心下さいませ。此度は僭越ながら私目が厳選に厳選を重ね、選別した殿方のみで御座いますゆえ」

有能で瀟酒な彼に、ネムが唯一不満を抱えてることは頼んでも、望んでもいないのに、自分の結婚活動に精力的な点。実の父母よりも熱心で、昨今の悩みの種だった。

「先ず面識がお有りのアントニオ・ロレーヌ殿は、如何でしょうか?お仕事はお嬢様もご存知で、王族護衛騎士団のーーーー」

「何度言われようと、誰とも見合いする気はないよ」

遮るように、ピシャリと言い放つ。

「ーーーー左様で御座いますか」

表情は変えずとも、明らかにトーンダウンしている。

「大体、アントニオはまだ19歳じゃないか」

ガイモンは暫し沈黙した後、口を開く。

「……私は御心配なのです」

「心配?」

「貴族の子女は、10代後半、遅くとも20代前半で御結婚されますのに、御嬢様は28歳。もう直ぐ30歳になられる。若くして帝国議会の議長を務め、スーフェリア家の当主に襲名された傑物なれど、女性としての幸せは如何に?花も蝶も旬は短く、いつか散りゆく運命に御座います」

(毎度毎度いい加減、耳にタコができるよ)

女性の社会進出と活躍が目覚ましいご時世で、良く言えば古風。悪く言えば陳腐化した概念だ。女の幸福が結婚と決め付けるのは、ナンセンスである。

「おや?爺の考えが黴臭い偏見だと御思いですかな」

「時代錯誤だとは思うかな」

いつも話は平行線で交わらない。

「兎にも角にも物は試しに一度、御見合いをされても」

「しない」

取り付く暇もなく、首を横に振る。

「そもそも僕は好きな人がいるんだ」

ガイモンは直ぐに思い当たった。

「……カイムで御座いますね?」

コクリ、と頷きネムは微笑む。

「彼の前では、僕はありのままの僕でいられる。一緒に泣いて、笑って、傍に居たいと心の底から思えるんだ。……あの日から、この気持ちは変わらない」

健気で一途な主の答えにガイモンは、カイムへ苛立ちを隠せない。

「御嬢様にこうも慕われ、彼奴は本当に幸せ者ですな」

「…まだ怒ってるの?」

「御嬢様の命とはいえ、私目が方々へ駆け回り、新たな戸籍を御用意したのに、未だ挨拶に来ない不義理に対して、少々憤りを感じておりますのは事実で御座います」

(つまり顔を見せに来いって意味か)

スーフェリア家とファーベイン家は、代々親交深く、家族包みの付き合いがある。ガイモンは腕白だったカイムの悪戯に手を焼かされ、何度雷を落としたか数え切れないが、愛情を持って接していた。

彼もまた、長年カイムの身を案じていた一人なのだ。

「まぁまぁ……近い内にね?」

苦笑しつつやんわり宥める。

「爺も何だかんだ言って、僕とカイムが結婚すれば嬉しいでしょ?」

「それは……」

勿論嬉しい。幼少期より一緒に育った二人を、士官学校に入学し、帝国軍に入隊するまで見守ってきたのだ。

ネムとカイムが夫婦となり、その子供を世話出来れば、スーフェリア家に仕える執事として、これ以上の幸福はない。

……しかし、拭い切れない懸念も山ほどある。

「今はね、九年間の空間を埋めてる最中で関係が進展してないように見えるだろうけど、それも時間の問題さ」

自信満々にネムは言い切る。

(……御自分と結ばれると信じて疑わない御様子だが、彼奴は果たして御嬢様を、一人の女性と見ているのだろうか?)

ガイモンは、良く分かっている。

一目瞭然ではあるが、カイムは恋愛に疎く、異性の好意に呆れるほど鈍い。この心配は見事に的を得ていた。

カイムにとってネムは大切な存在なのは間違いないが、それは家族へ向ける愛情に近い。

(彼奴が追放された日、御嬢様の焦燥は見るに耐えなかった。…いや、御嬢様だけではない。私もそうだった。もし、また同様の事態が起きれば、今度こそ御嬢様は耐え切れず、心が壊れてしまう)

淡い希望に縋り付く彼女の九年間を知るガイモンは、確信していた。見合いを薦めるのは、そんな絶望を味わせたくない親心なのだ。

(しかし、こうなれば、爺も一途な真心を否定しませぬ。腹を括り是が非でも、どんな策を講じようと御嬢様とあの馬鹿者を結ばせて、見せましょうぞ)

恭しく一礼し、ガイモンは口を開く。

「ーーーー御嬢様の御気持ち、ようやっと私目も御理解致しました。今後御見合いの申し込みは、先方へ丁重に御断り申します」

「え、本当?」

「はい」

(ずっとしつこかったのに急に変だな?…まぁいいけど)

「失礼致します」

突如、紺色の給仕服を着た白髪の獣人のメイドが姿を現す。

「どうしたんだい?」

彼女の名はキーサ・フラットレイ。満月の宮殿を守護するスーフェリア家自慢の私設兵部隊『月暈』の部隊長である。

「学園の教師より緊急事態発生とお嬢様宛に電報が届いております」

「…内容は?」

嫌な予感がした。

「結論を先に申し上げますと生徒が賊に誘拐されました」

キーサが言うや否や、ネムは立ち上がり指示を下す。

「ーーーー爺。大至急、ハンドレッドの離陸準備を」

「畏まりました」

「キーサ。その連絡した教師の名前と生徒の詳細は?」

「教師の名前はナフカ・キングスリー。誘拐された生徒は、ラミィ・メロビィングで御座います。ルーヴェの旧商業地区で襲われたようで、話を聞く限りプロの計画的犯行かと」

端正な顔を歪め、ネムは唇を噛む。

「メロビィング社最高責任者の一人娘を、御嬢様が不在時に攫うとは……以前仰っていた憂慮が当たりましたな」

「……当たって欲しくなかったけどね。ナフカは無事なのかい?」

キーサは頷くとカイムが窮地を救い、アレクシアと共に救出へ向かった事を伝えた。

「カイムが?」

「はい」

眉間に寄せた皺が、幾分か和らぐ。

「部隊ならば準備を整え、既に待機中で御座います。ルーヴェで軍を動かせない以上、私設兵たる我々が鎮圧にあたる最適解かと。お嬢様の学園を脅かす愚劣な犯罪者共を、迅速に一匹残らず駆逐して見せます」

「ありがとうーーーーでも、僕だけでいい」

「宜しいのですか?」

「うん……相手が誰だろうとカイムがきっと助け出してくれるから」

確信した口振りは長年の付き合いの賜物ーーーーもあるが、他人の為に闘う時こそ、カイムは最も真価を発揮すると知る故だった。


◇◇◇セヌカ廃駅場◇◇◇


一方カイムとアレクシアは、セヌカ廃駅場に到着する。

鉄筋剥き出しの朽ちた建物が並び、雨曝しで腐食した看板は風で揺れ、今にも落下しそうだ。

昔、この辺りは列車の運搬物と人で賑わっていたのだが、今や見る影もない。

「先生!あれをご覧になって」

「…武装列車だな」

廃駅の筈が銃火器を搭載した、十両編成の列車が停車している。

「ラミィはきっとあの中ですわ」

(今回の件、単なる身代金目当ての誘拐じゃない。大企業メロビィングは軍需産業、魔導兵器の製造でも有名だ。考えられるのはーーーーいや、悠長に考えてる暇はないか)

カイムは推察を止め、マージバイクを降りる。

「ここから走って行くぞ。エンジンの調子が悪い」

高回転・高出力で走行を続けた結果、負荷に耐え切れず原動機が壊れオーバーヒートしていた。

「無茶苦茶な運転のせいですわね」

ちくりと嫌味を言う。

「……最近のバイクは脆くて困る」

(あんなに酷使されれば脆くもなりますわ)

二人は錆びた駅構内へ足を踏み入れると、銃弾が跳ねる。これは威嚇射撃だ。

複数のウロボロス戦闘員が、二人を待ち構えていた。

「ーーーー護送班と潜入班を壊滅させた男だな?」

黒刀を鞘から抜き、カイムは構える。それが答えである。

「……気を付けろ。手練れだぞ」

「準備が整うまで時間を稼げ!」

【カイムの強奪技!赤玉の理】

赤い宝玉がアレクシアの周りを、クラゲのように浮遊する。

【赤玉が敵の物理攻撃・魔法攻撃・状態異常攻撃をカバー】

これは付与(エンチャント)した相手が喰らう一定量のダメージを、代わりに引き受けるこれまた優れた防御系アビリティだ。

「その玉が壊れるまで、ダメージは受けない。……授業の続きだ。恐れず立ち向かえ」

カイムは黒刀の切っ尖を、戦闘員に向けて告げた。

「フン!上等ですわ。正義の刃をとくと御覧あそばせ」

花を模した鍔の太刀と小太刀を抜き、意気揚々と吠える。

「お嬢ちゃん恨むなよ」

戦闘員が投擲した毒ナイフを躱し、アビリティを使う。

【アレクシアの睡蓮二刀流!鏡花の構え】

刀を交差して、近接攻撃を待つ。

「ふんっ!」

もう一人が容赦なく、ロングソードを振り下ろすも、何と小太刀で弾き、カウンターを見舞った。

「ーーーー見切りましたわ」

【498ダメージ】

「ぐっ!こ、このガキィ…」

怯んだ隙を見逃さず、追撃する。

【アレクシアの睡蓮二刀流!花吹雪】

「やぁぁーー!」

懐に飛び込み、連続で突きを繰り出す。

【210ダメージ×8】

「がっは…調子に乗るなよっ!?」

「チッ!援護するぞ」

見兼ねたもう一人も参戦する。

【ウロボロス戦闘員Cの風魔法!エアロカッター】

【ウロボロス戦闘員Hの雷魔法!サンダーボルト】

風の刃と落雷が直撃するが、ダメージを赤玉がカバーする。

【ミス!ノーダメージ×2】

「「!?」」

(凄っ…本当にダメージが通りませんのね)

戦闘員は距離を取ると、自動小銃による遠距離攻撃を図るが無駄だった。

【ミス!ノーダメージ×12】

「どうしてダメージを喰らわねぇんだ…!?」

こうなると精神的優位から怖気付く事もない。

「ーーーー悪を滅する刃よ。我が敵を穿ちたまえ。『刀氣幻影』」

青い炎の闘気が背後で揺らぐ。

【刀氣幻影のスキルを発動】

敵の頭上に無数の剣が浮かび、一斉に落下して切り裂く。

「「ぐああぁああぁぁ!!」」

【370ダメージ×27】

子供だと油断していた彼等のHPを容赦無く削り取った。

「…う、そだろ?こんなガキに…」

「ば、馬鹿な」

戦闘員は倒れ、譫言を呟き、突っ伏す。

【ウロボロス戦闘員×2を倒した】

【戦闘経験値3500P獲得!5AP獲得!3SP獲得!】

【アレクシア・ロレーヌのLvが25→26へLv up!】

(よし!他の敵はーーーー)

振り返ると、皆全滅していた。再起不能のダメージを受け、悶絶し呻いている。

「良い動きだったぞ」

カイムは感心した面持ちで、アレクシアを凝視めていた。

【ウロボロス戦闘員×14を倒しました!】

【戦闘経験値1000P獲得!2AP獲得!1SP獲得!】

(アレクシアを過小評価していたな……英才教育を受けたと豪語するだけある)

高Lv者が低Lv者に敗北する事はままある。

無論Lvが高い方が有利なのだが、レベルアップのステータス上昇比率は千態万状なのだ。

例えばLv50のヒュームの兵士の平均筋力値は150程度だが、筋力に優れたオーガはLv20で、筋力値が160と上回る。作戦を駆使すれば、子供が大人に勝利する事も不可能ではない。……とはいえ、今回は強力なアビリティのサポートと彼等の油断等の要素が、勝利要因の大部分を占めていた。

「ふっふーん!当然の結果ですわね〜」

それを露とも知らず、アレクシアは褒められ鼻高々である。一間もなく武装列車がレールを動き始めた。

「あ、先生!列車が動きましたわ」

(……アレクシアのスピードじゃ間に合わん)

「ちょっ」

急に抱き抱えられ、アレクシアの頰が染まる。

「行くぞ」

駅構内を尋常ならざる速度でカイムは駆けた。列車の最後尾がプラットホームを過ぎる瞬間、跳躍して飛び込む。

「きゃあーーーー!?」

届くか否かの瀬戸際でデッキに滑り込み、乗車に成功する。

「ぎりぎりだったな」

がたん、ごとん、と徐々に列車は加速して、廃駅場が遠去かっていく。

「……び、び、びっくりしましたわ」

アレクシアはしがみ付き胸元で、目をぱちくりさせていた。

「華麗なエスコートだろ?」

似合わない冗談を言うと、頰を膨らまして口を尖らせる。

「説明もなく、体に触れたので減点です」

「採点基準があるとは知らなかった」

(…不思議と嫌な気分じゃないですけど)

デッキの入り口の鋼鉄製自動開閉扉は、ロックされている。

【施錠中。開錠にはディスプレイへ、施錠解除番号をご入力下さい】

「む〜〜ロックされてますわ」

「少し下がってろ」

電子音声がパスワードを要求し続けるが、カイムは無視して、背後回し蹴りをお見舞いした。

頑丈な鋼鉄製自動開閉扉が、へしゃげ外れてしまうとは、恐ろしい脚力である。

「開いたな」

「えーー!?こ、壊したら警報が……あぁ、やっぱり!」

【異常事態発生、侵入者、侵入者、侵入者。最後尾車両に、侵入者。異常事態発生、侵入者、侵入者ーーーー】

けたたましい警報が、鳴り響く。

「正面突破で行くぞ」

潜入するより、薙ぎ倒し進む方が早いと踏んだのだ。

この余裕は強さ故か、怯み慌てる様子が一切ない。

(お父様、お母様、お姉様、お兄様。担任の先生は滅茶苦茶、破天荒ですの……)

「どれ」

【探知のスキルを発動】

【全方位5kmの詳細情報を表示した】

(ラミィは最前列か…む)

地図に記された名前を見て驚く。

(ポーカー……こいつは先月、サーモで戦った暗殺者ギルドの男だ。それにタントラだと?まさか……)

探知のSLvを最大値まで極めたカイムは、会っていなくとも、知り得た情報に該当する人物が範囲内に居た場合、地図に名前付きで示す事が可能である。

この場合、カイムはタントラと邂逅した事はないが、過去何かしらの媒体で彼女の名前を知り得ていたのだ。

「どうしましたの?」

アレクシアに懸念を悟られぬよう、表情を取り繕う。

「…早くラミィを助けに行こう」

「了解ですわ」

二人は前列車両を目指し進む。


カイムとアレクシアが乗り込む前に時間は遡る。武装列車最前車両の操縦室で、ポーカーは戦闘員の報告を受け、冷や汗浮かべ驚愕した。

「ーーーーなに!あー!?…全滅?…チッ!わーった。おう、おう……そのまま交戦しとけ」

八つ当たりするように、荒々しく通信機を切り舌打ちする。

(馬鹿でけぇ機械剣、紅い瞳の男……おいおい、マジかよ〜)

サーモでの一戦が脳裏に蘇る。

「どうしたのぉ?」

「潜入班と護送班が壊滅だとよ」

「あらあらあらあらあらあらぁ?」

逆にタントラは、実に愉快そうに嗤う。

「いや笑えねぇわ」

「まぁまぁ。あのネム・スーフェリアが運営する学校だもの。一筋縄じゃいかなくて当然っちゃ当然よねぇ」

ポーカーだけが知る真実をタントラは知らない。

「魔狼よりヤベェ野朗が迫ってる。……どーゆー経緯か知らねーが、追跡者は多分、カイム・ファーベインだ」

タントラの笑みが止んだ。周りの戦闘員も騒つく。

「……間違いないの?」

「間違いねぇよ」

「…さ」

「さ?最悪ってか?」

「いいえ!最たる幸福で最幸って感じかしらぁ〜」

(ウットリしてまぁ……タントラの悪ぃ癖だぜ)

歓喜に身を捩り、口元から涎を垂らす姿は、非常に興奮しているのが窺え、部下はその異様さに圧される。

「凶刃、凶刃凶刃凶刃、凶刃凶刃凶刃凶刃凶刃。まさかこのタイミングで出遭うとは……戦場の伝説は真実か否か?是非是非、私が、このタントラ・マクバーン(嘆きの聖女)が確かめなきゃ。ねぇポーカー?貴方も滾るでしょ」

「ふざけんな!パスだパス」

「あらぁ」

「また腕を壊されたら堪らねぇっつーの。それに怪獣同士のバトルに首突っ込んで、死にたくねぇーわ」

「まぁ怪獣なんて…ふふ…そんなに褒めないでよぉ」

(褒めてねーけどな。マジで巡り合わせってのは怖いもんだ)

「ともあれ予定時刻だし発車しましょうかぁ」

「はっ」

操縦席に座る戦闘員が、操作盤を弄りレバーを引く。動き始めた列車は速度を上げ、線路を走り出す。

「凶刃を待たねぇのか?」

「仕事は仕事だから。それにぃ…お姫さまを誘拐したわる〜い魔女とその従僕が、王子さまの救出を邪魔するのは、物語の嗜みじゃない?どうせならロマンチックに楽しまなきゃ」

艶かしく舌で唇を舐める。

「ずいぶんと()()()()()()()()だな」

呆れた発想に両肩を竦めた。

「素敵でしょお?ポーカーはお姫さまを連れてきて頂戴」

「あいよ」

誰も倒された仲間を、気に留める様子は一切ない。

二列目の車両を隔てる扉が開く。

「お疲れ様です」

「ガキは?」

部下は横目で鉄製のロングシートを一瞥する。

「そこで寝てますよ」

「うぅ…」

……魘されるラミィは、果たしてどんな夢を見ているのだろうか?


◇◇◇◇◇◇


「お母さん」

「なぁに」

「…いつ退院できるの?」

娘ラミィ・メロビィングの期待を込めた質問に、母親レミィ・メロビィングの表情が微かに曇る。

美しく聡明そうな女性だ。しかし、青褪め痩け細っている。

少し間を置き、レミィは笑顔で誤魔化した。

「ん〜〜お医者さんしか分からないかなぁ」

「そうなんだ」

レミィは不満そうに頰を膨らます、愛しい娘の頭を撫でる。

「ねぇラミィ」

「うん」

「お父さんとは仲良くしてる?」

母親の質問にラミィは、唇を尖らせた。

「……お父さんなんて嫌い。お母さんのお見舞いに一緒に来てくれないし、家にも帰って来ないもん」

「寂しい思いをさせてごめんねラミィ……お父さんはね、会社の経営者だから大変なの」

「……」

「でも一生懸命で、頑張り屋さんで、いつだってお母さんのことも、ラミィのことも、愛してくれているのよ?嫌いなんて言わないであげて」

穏やかにレミィは諭すも、ラミィは納得出来ず返事をしない。家庭を顧みず、仕事を優先する父親に、幼心ながら憤りを感じていた。

「ーーーーそうだ!お母さんが退院したら、三人でピクニックに行こっか?」

空気を変えるべく、明るく振る舞う。

「ほんと!?」

「ええ!い〜〜っぱいお弁当作って持ってこ」

「やったーー!」

喜ぶ我が子を愛おしく見詰めるも、レミィは一人で立ち上がる事もままならない程、酷い病魔に蝕まれていた。

それは、叶うことのない優しくて、とても残酷な嘘。

点滴、医療用チューブ、蘇生装置、多種類の医療機器。この病室と治療こそ、消えそうな命を辛うじて繋いでいるのだ。

そして、別れは唐突に訪れる。

三日後、レミィの容態が急変したのだ。


「ーーーー先生!心拍数が、低下しています」

「心室振動装置の準備を急げ!!あとニトロヒール液0.5mg投与だ」

医者と看護師が必死に救命医療を行う中、唖然とした表情でラミィは立ち尽くす。

「……ラミィ様。私と外で待ちましょう」

父親が雇った家政婦マーキュリーに連れられ、退出した。

病室より聴こえる医師と看護師の大声が、母は危篤なのだと知らしめる。

「お父さんは?」

震える声で問う。

「旦那様は、その……魔導兵器の輸出に関する重大会議中で

連絡がーーーー」

「わたしより…グスッ!…お母さんよりっ…仕事が大事なの!?」

マーキュリーは押し黙り、目を伏せた。

そして、数十分後。看護師が入室を促し、悲痛な面持ちで医師は告げる。

「手は尽くしましたが残念です」

医療機器が外され、ベッドに横たわるレミィの死顔は、まるで、眠っているように安らかだった。

「……お母さん、お母さん」

レミィの死が信じられず、体を揺らしラミィは呼び掛ける。

「ピクニックに行くって、わたしと約束したよね?」

憐憫を誘う痛々しい光景に、看護師は目を逸らして、口元を抑えた。

「…だから、起きて。ねぇ起きてよ……起きてってばっ…」

感情が堰を切り、涙となって止め処なく溢れ、シーツを濡らした。

「………」

唇を噛み締めマーキュリーは、背後から無言でラミィを抱き締める。言葉の掛けようもない。まだ年端もいかない少女が、受け止めるには、残酷な結末だ。

「…ひっぐ…ひっ…ぐす…わあああああああん!!」

慟哭が無情に響く。


レミィ・メロビィングの逝去から五ヶ月後。

共和国『首都ユグドラシル』の屋敷の書斎で、ライ・メロビィングは、ヴァルキリースクールへの進学を娘へ告げた。

彼は大企業メロビィングの最高運営責任者であり、ラミィの実父である。

「ーーーー懇意にしてるスーフェリア卿が、理事長を務める全寮制の学校だ。『聖耀イザヤ学園』への進学は取消したよ」

「……」

無反応で返事もないが、それでもライは説明を続ける。

「私も見学に行ったが、素晴らしい就学環境だった。きっと気に入るぞ」

「……どうだっていい」

漸く一言、答えた。

「……故郷を離れるのは辛いだろうが、我慢してくれ。共和国と帝国の重鎮……他にも著名な一族の子供が入学する。これはコネクションを築く、絶好の機会でもあるからな」

元々、ライとラミィの親子仲は良好とは言い難い。

仕事で忙しい父との思い出は殆ど無かった。母が父と娘を繋ぐ唯一の糸だったが、それも切れた。

レミィが亡くなった日以降、心底父親を軽蔑した。

ラミィはライに一緒に泣いて、嘆いて、傍にいて欲しかったのだが、しめやかに執り行われた葬儀の翌日、父は平然と仕事を始めた。そして今、傷心の娘を利用する発言をした父に対して、更に嫌悪感を募らせる。

「「……」」

書斎は静寂に包まれ、見守るマーキュリーの顔が曇る。

「今日は一緒に夕食を食べないか?」

しかし実際は娘の心、親知らず。親の心も子知らずだ。

「いい」

親子らしからぬ夕食の誘いは、ライの精一杯だったが郁子もなく拒絶される。

「……では、何か欲しい物はあるか?」

「…………」

ラミィの顔が、はっきりと歪む。

「お母さん」

「「!」」

それだけ言うと、部屋を飛び出した。

「……旦那様。ラミィ様は、レミィ様が亡くなられて以降、笑いません」

「そうか」

「失礼を承知で申し上げますが、あの分厚い眼鏡は、ライ様へ対する意志表れではないでしょうか?」

元々ラミィの視力は、悪くない。レミィの死後に掛けるようになったのだ。ライは何も答えず、沈黙で応える。

結局、彼は終始黙ったままだった。

部屋に戻ったラミィは、レミィの写真を眺め、涙を流す。

「……どーだっていいんだね」

父親との間に生まれた確執は、癒し難い傷となる。

不信感と猜疑感で、心の壁を作り、他者を拒絶するのは別れの恐怖を知ってしまった事が原因。

こうして、ラミィは他人を、大人を信用できなくなったのだ。


◇◇◇◇◇◇


「………あ、れ…」

目醒めたラミィは、ゆっくりと体を起こす。

(またあの夢……え、ここどこ?)

「ーーーーやっと起きたか」

ポーカーが顔を覗き込み、目を細める。

「!」

ラミィは身構え、シートの上で肩を震わせた。

(痛っ!手錠…?)

「ま、混乱するのは当然だな」

(あたしは気を失って……あれは突然、現れた変な人…?)

必死に記憶を探り、現状を把握しようと頭を回転させる。

(大したガキじゃねーか)

泣き喚かず冷静に努めようとする少女に、ポーカーは感心した。

「暴れたり泣いたりしねぇって、約束するならこうなった理由を教えてやるぜ」

「え…」

これは予想外の提案である。

「……ポーカーさん。対象に余計な情報を与えるのは」

「いいんだよ」

彼は苦言を呈する戦闘員を軽く遇らう。

「………」

直ぐに何かされる心配はないと判断して、ラミィは頷く。

すると内容を掻い摘み、ポーカーは話した。

「ーーーーっつー訳で、俺たちゃお前を誘拐した悪者さ」

「…そう」

予想を裏切り、少女の毅然とした態度にポーカーは、首を傾げた。

「俺たちが怖くねーのか?」

「こわいけど、泣いたって現実は何一つ変わらないから」

「…ほほぉ」

「大体、あたしに人質の価値なんてない」

(こりゃ度胸があるっつーより、最初から何も期待してねぇってか?)

ポーカーは頭を掻き、溜め息を吐く。

「…はぁ…雑談は終わりだ。場所を移動するからついて来い」

言う通りに黙って、大人しく従う。

心配してくれた最愛の母はもう居ない。自分が酷い目に遭っても、誰も悲しまないと自暴自棄に陥っている。


【ーーーー異常事態発生、侵入者、侵入者、侵入者。最後尾車両に、侵入者。異常事態発生、侵入者、侵入者】


立ち上がった直後、ランプが点滅して警報が鳴る。

(今度は何?)

「……チッ!もう来やがったか。防衛機と隊員を総動員して、足止めして来い」

「「「はっ」」」

慌ただしく戦闘員は車両を走り去っていく。

(…やっぱ気になるな)

ポーカーは困惑するラミィへ問い掛ける。

「おい。カイムって名前を知ってっか?」

「!」

「…その反応は当たりだな」

(せ、先生が?何で……え、え、まさか…あたしを助けに?)

その時、カイムの言葉を思い出す。


『何があっても俺はラミィの…いや、君達の味方だ。好きに振舞い続けても、見捨てたりはしない』


他の大人より少しはマシそうな男性教師。

それ以外でもそれ以上でもなく、あの言葉だってどうせ口先だけと思っていた。

(嘘、じゃなかった…)

胸に感極まる想いが込み上げ、頬が熱くなる。

窮地にこそ人の真価が問われる。善人を偽れても、本性は偽れない。つまる所、本人は意識せずとも、ラミィは他の生徒と同様に、カイムに惹かれたのだ。真摯に接して、下心を感じさせない真っ直ぐな紅い瞳が心を捉える。

時間=好意ではなく、重要なのは語源化の難しい、謂わば真心ではなかろうか?

「おっと」

咄嗟に踵を返したラミィの腕を掴む。

「……離して!離してってば!」

先程と打って変わった、豹変振りに苦笑いする。

「へへ。元気になっちまっ……先生だと?」

ポーカーは思考を巡らせる。

(ヴァルキリースクール、クイーンナイツ、魔狼、凶刃……これで追って来る理由は繋がった。チッ!あんのクソ野朗が……下調べが雑過ぎるぜ)

「ぐっ…こ、この…」

「よっこいせっと。落ち着けっての」

「せ、先生……カイム先生ーーーー!!」

暴れるラミィを無理矢理、担ぎ操縦室に戻る。


カイムは銃弾と魔法を掻い潜り、行手を阻む邪魔者へ痛烈な斬撃を見舞う。

【5872ダメージ】

「ピーピピッ…ガッガッ…」

【7440ダメージ】

「ごふっ!?」

【6900ダメージ】

「ぐぁぁ…」

草を毟るように、次々敵を薙ぎ倒す。

カイムが通る度、車両には人と機械の残骸が積み上がった。

【ウロボロス戦闘員×14とインプ型警護機mark18×11を倒した】

【戦闘経験値1990P獲得!15AP獲得!2SP獲得!】

「粗方片付いたな。ラミィは、恐らくあの扉の向こうだ」

鞘に刀を納め前方を睨み悠然と進む。

(もう無敵過ぎますわ)

アレクシアは只々、強靭な戦闘力に驚かされるばかり。

「む」

がごん、と大きな音と共に車両が揺れた。

「今の揺れはなんですの?」

嫌な予感が過ぎり、カイムは扉を開けた。そして忌々しそうに呟く。

「……やってくれる」

ずばり、予感は的中。操縦室と後部車両を繋ぐ連結部が切り離されていた。

風が轟々と聴こえ、次第に車両の速度が落ちていく。

操縦室兼コクピット部のブースターは炎を巻き上げ、レールを爆進していた。

「ど、どうしますの!?このままじゃ逃してしまいますわ」

「心配するな。絶対に逃がさん」

カイムは左手を翳し目標を見据える。

【カイムの強奪技!グラビディゾーン】

眼前で大きな黒穴が渦巻くと、前を走るコクピット部の速度が徐々に落ちた。ゆっくりと、距離は縮まり始める。

(…あと一押しか)

MPを消費してアビリティの出力を高めると、レールが剥がれ飛びブースターは、火花を散らせ爆発する。

線路を破壊しつつコクピットは前進を続けるも、推進力を失い、自走が不可能な状態になった。

「よし」

逃走を阻止した事を見届け、アビリティを解除する。

「え、え〜〜!い、今のは?」

「引力と斥力を操作するアビリティだ。重力場を発生させ、無理矢理引き寄せたのさ」

簡潔に答えると、線路の上に飛び降りた。アレクシアも後に続く。

「いいか?ここから先、俺より前に出るな。ラミィの救出が最優先。悪党の成敗が目的じゃない」

「承知しましたわ」

釘を刺すのは目的を違えず、事態を悪化させない為。

二人を無傷で連れ帰る事が、彼の最優先事項である。刀を携え焦らず、ゆっくりと接近した。

「あ」

「どうした?」

(ドアを蹴破らず目的地まで潜伏して、救出した方が良かったのではないかしら)

そう言おうとするも、首を横に振り、今更過ぎた話だと思い直した。

「……何でもありません」

「?」

このアレクシアの考えは正論だが、正解ではない。

仮に潜伏して救出に成功しても、ルーヴェから離れた敵の懐で追撃を躱し、護衛しつつ帰還するのは、カイムと云えど骨が折れる。目前まで近付くと、四名の戦闘員が一斉にコクピットより飛び出して、銃口をカイムへ向けた。

「…動くな」

カイムは立ち止まり、双眸を細めた。

「聞こえるか?あぁ……現在地は『アララバ平原』。列車は追跡者に破壊され走行不能だ」

一人が無線で仲間へ現在位置を伝えている。

【アララバ平原:廃線となった鉄道が敷かれた平原地帯】

「心配するな。これも想定内だ」

顔を強張らせるアレクシアを安心させようと、冷静に告げる。膠着が続く中、タントラとラミィを拘束するポーカーが現れた。

「ーーーーどんな方法を使って止めたのかしらぁ?私ぃ吃驚しちゃったわぁ」

「先生!アレーーーーえ、アレクシア!?」

「ラミィ!助けに来ましたわよ」

まさかアレクシアまで居ると思わず、とても驚いている。

(精神的疲労は窺えるが、状態異常の兆候や目立った外傷もない。…本当に、本当に無事で良かった)

安否を確認出来て、一先ず安心するカイムだった。

「彼女を離して、観念なさい。これ以上の悪足掻きは無駄ですわよ悪党共」

ずいっと前に出て、声高らかに言い渡す。

「我が熱く燃える血潮はーーーーちょっと!?名乗り上げてる最中ですわ」

「…下がってなさい」

「むきーー!」

(さっきの俺の話を聞いてないのか?猪突猛進とゆうか、熱血とゆうか)

首根っこを掴み子猫を咥え運ぶ母猫のように、下がらせる。

「あらあら、あらあらあらあらぁ。愛いらしく、勇ましく、唆られるお嬢ちゃんだわぁ。うふふふふふふ」

(何ですのあの不気味な女は…?)

出立ちも相成り、タントラの異様な迫力に寒気が走る。

「一度しか言わん」

しかし、カイムは怯まない。

「五体満足で見逃して欲しければ、俺の生徒を解放しろ。抗えば後悔するぞ」

鼻で戦闘員は笑うが、この言葉がハッタリや誇張でない事を、ポーカーは身に染みて理解している。

「先生、先生先生先生先生ぇ?……あの『凶刃』が教師とはねぇ」

(凶刃?)

(鎧の男は先生を知ってた。どーゆー関係なの…)

アレクシアとラミィは、それぞれ疑問が浮かぶ。

「お前こそ状況が分かってるのか?人質を撃ち殺すぞ」

「ハッハッハッ!先生は苦境で大変だな」

一人が銃をラミィへ向け、緊迫した空気が場を支配する。

(殺害が目的なら、既に殺してる筈。所詮、口先八寸の脅しだな。大掛かりな誘拐劇は、殺せない理由があるから。……それに苦境だと?)

躊躇なくカイムはスキルを使う。

「笑わせるなよ」

【赫眼のスキルを発動】

一瞬の出来事だった。

釁隙の裂け目を這い出る黒い手が、ラミィを摑み引っ張り、裂け目に飲み込み、一瞬で綴じる。

「「「「!?」」」」

六人は訳が分からぬまま、狼狽した。

海賊船に乗り込む際にも使用したこの赫眼(スキル)は、自身を含め、対象を目視できる範囲内で強制的に空間転移(ワープ)させるスキルだ。重量・質量に比例し発動に時間を要するが、女子供の体重とこの距離ならば、ほぼ時間差なく使える。頭上に裂け目が現れ、カイムは落ちるラミィを受け止めた。

「え、あっ」

「もう大丈夫だぞ」

頭を撫でて頷く。

「先……ひっ…うぅ…ひぐ!ぐすっ……うっ〜〜〜〜〜ッ!!」

もう限界だった。入り混った感情が決壊して、爆発する。

幾ら強がっても、ラミィはまだ10才の子供。

列車で見せた気丈な振る舞いも、不安と恐怖を隠す虚勢だ。

況して大人を信頼し切れない少女にとって、尚更複雑な想いが駆け巡る。

「………」

温かい涙が首を濡らす。

カイムは嗚咽を堪え、体を震わせ泣くラミィを愛おしく思うと同時に、猛烈な怒りが湧き上がる。小蝿を薙ぎ払うように、敵に向け右手を振った。

【カイムの強奪技!インドラの息吹】

急に曇天が敵の上空を覆い、雷音が響き渡り、豪雨が降る。

「な、んだこれ?…やばいぞ…!」

「逃げーーーー」

逃げる事は叶わなかった。あっという間に戦闘員は巨大竜巻の渦に飲まれ、悲鳴すら聴こえない。

【50000ダメージ×6】

【ウロボロス戦闘員×6を倒した】

【戦闘経験値650P獲得!1AP獲得!1SP獲得!】

「ぐすっ…す、すごい……」

目元を拭い、泣き止むとラミィは唖然とした顔で呟く。

「やったーー!勝負有りですわ」

アレクシアは嬉々とするも、カイムの表情は険しいままだ。

抱いていたラミィを下ろし黒刀を抜き直す。

【11113ダメージ】

【5630ダメージ】

「痛ぇ…な、なんつーアビリティだよ糞が…」

「耐性で軽減して尚、このダメージ……うふ、ふふふふふふふ」

嵐が消えるも戦いは終わってない。

インドラの息吹に耐え、タントラとポーカーが佇んでいる。

(今のアビリティを喰らって…嘘でしょ…?)

「アレクシアもラミィも俺から離れろ」

二人が指示に従い離れると反対にカイムは前へ出る。ラミィは申し訳なさそうに、アレクシアに喋りかけた。

「……その、先生と一緒にあたしを助けに…?」

「当然でしょう」

「でも」

「フン!クラスメートを助けるのに、一々理由なんて必要ないですわ」

アレクシアは顔を背け答える。背後から聞いていたカイムは微笑み、ラミィは心の底から嬉しくなる。

ファーストコンタクトは、控え目に言っても友好的とは言い難く、ラミィを特別好いてる訳でもない。

ただ、アレクシアは自身の掲げる正義に忠実なのだ。好き嫌いで、他人を見捨てはしない。

時に頑固で融通が利かず、高慢にも思えるだろうが、裏を返せば高潔で誠実な証である。

「ありがとう」

単純な感謝の言葉でも、真剣な気持ちが込もっている分、百の謝辞より思いは伝わる。

「…へぇ〜…ふぅーん」

「何?」

「ラミィが素直に礼を言うなんて変な感じですわ〜」

「……もう言わない」

ぷいっと顔を逸らした。

「ふっふっふ。今後は敬意と尊敬の念を忘れず、アレクシア様と呼んでもいいのですわよ?」

「絶対に言わない」

(……雨降って地固まる、か)

時に問題は解決の過程で糧を齎らす。今回がそうだろう。

ーーーーしかし、結末によってはその糧も消え去る。

「うふ、ふふふ。うふふふふふふふ」

作戦に導入した部隊は壊滅した挙句、誘拐対象は奪還されてしまうという散々な状況にも関わらず、タントラはただただ、嗤っていた。

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