新米教師のファーストコンタクト
◇◇◇聖暦1798年4月2日◇◇◇
時刻は午前11時。集会ホールには全校生徒、教職員、新入生、多数の来賓が参列しているが保護者は居ない。これは両国の微妙な関係性を考慮して、敢えて招待していないのだ。
苦慮するネムの気苦労が窺える。
既に式は始まり、一時間が経過している。
「ーーーー以上で来賓紹介を終了します。つぎに閉会の挨拶の前に、今学期から本校で戦闘学の教鞭を取る教師を皆様に御紹介します……カイム・レオルハート教員」
司会進行を務めるランメルが名前を呼ぶ。
(壇上で挨拶だったな)
「ねぇあれ」
「……海賊を退治した噂の人でしょ?」
「顔の傷やばいって…」
にわかに生徒が騒つく。
「戦闘学を教えるカイム・レオルハートだ」
ホールにマイクで拡張された声が響くも、言葉が続かない。
(これで駄目か?)
ネムを横目で見ると首を横に振っている。
(やれやれ)
一瞬、瞼を閉じ息を吸う。
「……俺の授業に帝国も共和国も関係ない。先入観は捨てろ。以上だ」
この言葉に生徒を含め、全員が驚いた。短く無愛想な挨拶に、ネムは苦笑し他の者は呆気に取られる。参加者の大半が両国の友好や繁栄を願う、当たり障りない挨拶を想像しただろう。しかし、カイムは関係ないと言い切ったのだ。
前任の教師とは思想が違うことを、認識させるのに十分だったに違いない。最後はネムの挨拶で締め括り、始業式が終わった。
あっという間に昼が過ぎ、新入生は入寮前のオリエンテーションに参加している。
他在校生は門限の午後19時まで自由時間。職員もホールの後片付けが終わり、各々帰宅した。
カイムは時間割と明日からの授業準備、それに自分が担任を務める新入生の名簿を確認中である。
「お疲れ様ですぅ」
チヨが声を掛けた。
「…お疲れ様」
「新入生の名簿ですかぁ?」
「ああ」
「カイムさんも大変やねぇ……今年の新入生は気難しい娘ら言うて、職員の間で噂ぁなっとったもん」
「へぇ」
「ーーーー『帝国護衛騎士団』の首席貴族ロレーヌ家、金融界を牛耳るダンルケン財閥、豪傑『赤竜』が率いる猛者揃いの『リンドブルム猟兵団』、独立国家の支配者『ドラニクル一族』、世界的大企業『メロビィング』……五人とも超有名な家のご息女だもんなぁ」
ツヴァイも会話に混ざる。
「あらツヴァイ先生」
「よぉ」
「確かに有名だな」
聴き覚えのある名前ばかりで、過去に面識のある者もいる。
「新人に任せるにしちゃ豪勢過ぎだよ」
「期待の現れゆうか理事長はカイムさんを信頼しとるんでしょうねぇ」
(リンドブルム猟兵団の『赤竜』とは、一戦交えた事があったっけ)
「こりゃ父兄参観が大変だぜ」
「やね」
「父兄参観が大変?」
「生徒じゃなく教師の品定めが目的だからさ」
髪を掻き上げツヴァイは、ウンザリした口調でボヤく。
「私らが教えとる科目はまだええけど、戦闘学は悲惨でねぇーーーー去年は保護者同士で揉めて、阿鼻叫喚の地獄絵図でしたわ」
(それは面倒だな)
かと言ってそれに怖気付く玉じゃない。
「ま、アンタは大丈夫だと思うけど頑張れよ」
「海賊団を一人で壊滅したなんてびっくりやわぁ」
「二人も余裕だろう」
「「!」」
カイムはツヴァイとチヨの実力を見抜いていた。
「勘が鋭いんやねぇ」
「…さすがネム理事長の幼馴染だわな」
それは方便で裏がある言い方だったが、チヨとツヴァイも否定はしない。
「他にも何人かーーーーいや、関係ないな」
自分も脛に傷持つ人間なので余計な詮索はしない。
「さてと」
カイムは名簿を片付け席を立ち上がる。
「どこか行くのか?」
「授業で使う教材を捕まえに行ってくる」
そう言い残して、職員室を出て行く。
「「……教材を捕まえる?」」
二人は顔を見合わせ、首を傾げた。
日は暮れ空にうっすらと月が浮かぶ。
「どこに行ったんだろ」
夕食を一緒に食べようとカイムを誘いに、職員寮へ足を運ぶネムだったが彼は生憎と不在。諦めて帰ろうと思った矢先、帰って来た。
「ーーーーカイム!探してたのに、何処に居たの?」
「『モンスターハント』にゴード連峰へ出向いてた。『テイム』も済ませてる」
【モンスターハント:生きたままモンスターを捕獲する高難度の狩猟技術】
【テイム:モンスターを従僕化させる調教技術】
眉間を指で押さえ、ネムは頭を悩ませる。
「……色々と理解が追い付かないけど、そのテイムしたモンスターはどうするつもり?」
「授業に使う」
「じ、授業に?」
「ああ」
(任せるとは言ったよ?確かに言ったけどさ…)
この発想はさすがの彼女も予想外だった。
「暇潰しに習得した調教スキルが役に立ったよ」
戸惑うネムを他所にカイムは嬉しそうに喋る。
「ありきたりな授業を想像してる生徒達は驚くぞ」
「……」
「……もしかして駄目だったか?」
折角のやる気に水を差すのは不本意だし、カイムを信用しているので首を横に振った。
「今回は理事長の権限で許可するよ」
「助かる」
「ーーーーでも次は先に断ってね」
しっかり釘は刺す。
「善処しよう」
「善処じゃなくて!…はぁ…それで肝心のモンスターは?」
「『ハントボール』の中だ」
【ハントボール:捕獲したモンスターを安全に運び、呼び出す目的で作製された球状の道具】
「それ冒険者ギルドで結構な値段で売られてるよね?」
「まあな。三個も買ったから金がすっからかんだ」
「経費で処理しよっか?僕がいるしお金の心配はしないで」
「幼馴染に金を無心するほど腐ってないぞ」
「そんな意味じゃ」
「大丈夫だ」
(頑固者なんだから)
ただでさえ世話になってる上、金銭まで融通して貰うのは彼のプライドが許さないのだろう。
「それよりあれでモンスターの飼育小屋を頼めるか?」
「もちろん!場所は?」
「裏の畑の隣で」
職員寮の裏に勝手に開墾したホムンクルス畑へ行くと、ネムは徐に左手を突き出した。
「…ふっ」
【創造の息吹のスキルを発動】
【ネムは飼育小屋をイメージする】
半透明の木造の納屋が朧気に投影される。
「こんな感じ?」
「もう少し大きくして貰っていいか?」
「了解」
【ネムは大きな飼育小屋をイメージする】
甲高い音が鳴り響き、色が青から紫へと変わる。
「完璧だ」
「クレアーレ」
【イメージを反映!大きな飼育小屋が創造された】
何と立派な木造りの丸田小屋が具現化した。
「……何度見ても凄いスキルだよな」
「僕も久々に使ったけど、相変わらず『MP』の消費量が半端ないんだよね」
ネムの『創造の息吹』は、脳内でイメージした物をMPを消費して具現化する特殊スキルで、産み出す物体のイメージが正確な程、クオリティは高くなる。質量・物量・熱量に比例して、具現化成功率は変わり、ネムは創造した物を物理法則を度外視して操ることができる。但し生命を創造することだけは不可能。彼女のみ扱える超万能な固有スキルである。
【MP:生命エネルギーであるマナの総量】
「出てこい」
モンスターをハントボールから解き放つ。
「アォーーーーーン!」
灰色の体毛を靡かせ、巨狼ジェヴォーダンが吠えた。
「ゴォォォォォ」
不可思議な紋章が岩肌に刻まれた石巨人アメンポテプは両手を振り上げる。
「フフフ…ルェ?」
薄紅の花を象る愛らしい妖精クー・シィが笑う。
「……レアモンスターばかりじゃないか」
「まあな」
「よくテイムできたね」
「帝国軍から身を隠して山篭りしたお陰さ」
皮肉交じりにカイムは鼻を鳴らす。
「クゥーン?クゥーン」
「ほらほらよーしよし」
「ハッハッハッ!」
撫でろと甘えるジェーヴォダンの腹を摩る。
「ゴォォォ?」
小鳥がアモンポテムの肩と頭に停り囀った。
「フフフ!フフフ」
鱗粉を輝かせクゥー・シィがネムの周りを飛ぶ。
「さてと入っていいぞ」
三匹は素直に命令に従い、小屋へ入ってく。
「……一流の『調教師』でもテイムが難しいのに」
蓄えた知識量と技術力の凄まじさが窺い知れる。九年前の彼にはなかった力だ。
【テイマー:モンスターをテイムする専門職の呼称】
「生態を知ればモンスターとて可愛い生き物だ。人と違って嘘は吐かないし、簡単に裏切ったりしない」
経緯を考えれば致し方ないが、人間不信とも捉えられる発言だった。
「…そんな目で見るなよ」
サーモで再会できて本当に良かったと思うネムだった。
「まぁなんだ…小屋の礼に夕飯でも食べていかないか?」
高級レストランの一流シュフが作るディナーより、彼女には魅力的なお誘いだろう。
「ふふふ!喜んでご馳走になるよ」
「おう」
「カイムの手料理なんて久しぶりだね」
クイーンナイツに居た頃、野外で彼に振る舞われた料理の味が舌に蘇る。
(思い返せば一番生活力があったのはカイムだったなぁ)
「ネムは壊滅的に料理が下手だもんな」
「ーーーーし、失礼な!僕だって少しは上達したよ?卵だって割れるようになったし」
「………」
「肉も魚も野菜も洗剤で洗わないのは知ってるもん」
「……へぇ」
大貴族の一人娘は、世間とは常識と感覚が違う。幼馴染との夕食を楽しみ、早目に就寝する。
いよいよ明日、カイムは教師としての第一歩を踏み出す。
◇◇◇聖暦1798年4月3日◇◇◇
陽春、本校舎から見える桜の樹々の花弁が風に攫われ舞う。
長廊下を渡り一階左端に、五人の新入生が待つ初等部1ーAの教室がある。時刻は午前8時45分。カイムは扉の前に立つと、柄にもなく深呼吸する。
(HRの時間……一ヶ月間、ネムが付きっきりで指導したといえ、未経験の俺が教師なんて本当に大丈夫だろうか?不安がないと言えば嘘になるな)
しかし、最終的に引き受けたのは自分の意志。褌を締め直すように気合を入れる。風貌から想像付かないが、ネムの言う通り彼はとても真面目な男なのだ。
(ーーーーよし)
意を決してカイムは教室へ入った。
「「「「「………」」」」」
五人に生徒の視線が集まる。
(教卓の前に立ち先ずは挨拶……そう、挨拶だ)
「おはよう」
「お早う御座います」
「お、おはようです」
「……ん」
「あはは!おはよ〜」
「………」
五者五様の反応が返ってくる。
「あらためて自己紹介しよう。俺の名前はカイム・レオルハート。君達の担任を務める教師だ」
はきはきした口調で威圧的にならないよう注意して喋る。
「全学年の戦闘学を担当するが、ここにいる五人とはより長い付き合いになる。今日のHRは互いを知るため、先ず自己紹介から始めよう……出席番号一番のアレクシア・ロレーヌから順番に頼む」
名前を呼ばれた少女は、勢い良く立ち上がった。
「はい!私はアレクシア・ロレーヌ。帝国の名門貴族ロレーヌ家の次女ですわ」
家紋が刺繍された赤い帽子を被り、金髪のロングストレートを靡かせ、アレクシアは堂々と胸を張る。
(…ロレーヌ家…勝気そうだな)
【ロレーヌ家:帝国の名門貴族。代々当主は帝国護衛騎士団の団長を務め、王家の護衛を任される】
「士官学校の推薦を蹴ってまで、ヴァルキリースクールへ入学した理由は敬愛するネム・スーフェリア卿が理事長を務めているからです。私自身『睡蓮二刀流』中伝の腕前で武芸の他、一般教養、帝王学、芸術は一通り嗜んでいますわ」
(アピールが凄い)
【睡蓮二刀流:太刀と小太刀を用いた刀術。速い攻撃とカウンターを得意とする】
「10才で中伝は凄いな」
会話を広げようと褒める。実際、大したものだ。
「…子供扱いしないで下さる?私は立派なレディなので」
「あ、ああ」
アレクシアは気難しい性格のようである。
「……次は出席番号二番のオルタ・ダンルケン」
「は、はひゅ!」
(噛んだな)
オルタは栗毛のツインテールで、アレクシアとは正反対の内気そうなエルフの少女だ。
「ミ、ミドガルムきょ、共和国ユグドラシル出身で……えっと……お菓子作りとぬいぐるみが好きです」
「そうか」
「う、運動は得意じゃありません。そ、その戦闘学も自信がないですぅ…」
「誰だって得手不得手はあるから一緒に頑張ろうな」
「は、はい」
【ダンルケン財閥:金融業界を牛耳る資本家の一族】
(気弱そうでちょっと心配だ)
「出席番号三番セア・リンドブルム」
「ん」
跳ねた白髪と澄んだ碧眼が印象的なセアは、無表情のまま喋り出す。
「セア・リンドブルム。帝国のウェールズ出身で得意なことは白兵戦と偵察」
【リンドブルム猟兵団:赤竜ことロッソ・リンドブルムが率いる帝国屈指の実力を誇る猟兵団】
(リンドブルム猟兵団か…)
実はカイムと赤竜は浅からぬ因縁があった。
「好きな食べ物はケーキ。嫌いな食べ物はピーマン」
「好き嫌いはしない方がいいな」
「ん」
残すはあと二人だ。
「出席番号四番フラウ・ドラニクル」
「はーい!『キャッスルバニア』から来たフラウ・ドラニクルだよ〜」
腰まで伸びた赤髪を揺らすフラウの背中には黒い羽根、臀部と背中の付け根には尖った尻尾が生えていた。
(『ヴァンパイア』は珍しい亜人だ)
【キャッスルバニア:北ソーマ海に浮かぶ島国で三年前、共和国から独立した】
【ヴァンパイア:蝙蝠の羽と尻尾の生えた特殊な能力を保有する亜人】
「フラウは遊ぶのが大好きだよ!」
「勉強も頑張ろうな」
「ぶ〜〜〜」
「ここは学校だぞ」
「ぶ〜〜〜〜!」
(噂に聞くヴァンパイアの印象とは、かけ離れてるが……ふむ)
お転婆や天真爛漫の言葉が似合う子だ。
「最後は出席番号五番ラミィ・メロビィング」
「……ラミィ・メロビィング」
無造作に伸ばした薄紅色の前髪を手で払い、分厚い眼鏡を掛けたラミィは面倒臭そうに名前を言った。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
「…出身は?」
「ミドガルム共和国ユグドラシル」
(……魔工製社メロビィングの一人娘は人見知りか)
【魔工製社メロビィング:錬金術を流用した『魔導技術』で一大産業を築いた共和国の大企業】
取り敢えず全員の自己紹介が終わった。
(質疑応答は大事。自分を曝け出せば、生徒も心を開いてくれるーーーーってネムは言ってたっけ?)
愚直に教えられたことをカイムは実行する。
「まだ少し時間はあるし何か質問はないか?」
真っ先に手を挙げたのは、フラウとアレクシアだ。
「フラウ」
「なんて呼ぶといい〜?」
「俺か?カイム先生とでも」
「むぅ〜堅苦しいよぉ!フランクにいこー」
「……各々、好きに呼んでくれ」
形式に拘らないのは無頓着な彼らしい。
「わーい!」
「次、アレクシア」
「先生の職歴は?」
職歴。答えに窮する質問だ。
「各地を転々としていた」
「転々?過去の功績は?」
まさか自分もクイーンナイツに在籍してたとは言えまい。
「モンスターや賞金首を……うん」
曖昧な物言いに、アレクシアは期待外れとばかりに肩を竦める。
「つまり、傭兵ですか?士官学校の準教官レベルを期待してましたのに残念ですわ」
(肩書きに拘わるのは、帝国貴族らしいっちゃらしい)
「あ、あの」
「どうしたオルタ?」
「せ、戦闘学の授業って何をするんですか?」
「最初は基礎知識の勉強だ」
「よ、よかったですぅ」
「フン!ちっともよくありませんわ」
胸を撫で下ろすオルタにアレクシアは言い放つ。
「は、はぅ!?」
「専属の家庭教師から基礎は既に学んでます。私は高等学部の方々と同じ授業内容で構いません」
「ぼくも大丈夫」
「キャハハ!フラウも〜」
「……体動かすの嫌いなんで戦闘学は休みたい」
「あ、あう〜」
「………」
カイムは頭を抱えたい衝動をグッと堪える。
「…あー…他に質問は?」
「ん」
「セア」
「その顔の傷は?」
「これか」
頰に走る深い傷痕を指でなぞり答える。
「とんでもなく強い女と戦って負った傷だ」
「強い女?」
「ああ…二度戦ったが、三度目はもうごめんだな」
そう言いつつもカイムの横顔は何故か嬉しそうだ。
「…っと時間か」
予鈴が校舎に鳴り渡る。
「HRはこれで終了だな」
このまま1ーAの一限目は戦闘学の授業になる。
◇◇◇一限目 9時15分〜10時30分◇◇◇
「ーーーー戦闘の定義は様々だが、俺が教える戦闘学は基本的に対モンスター戦・対人戦を想定した防衛する手段、もしくは打倒する技術と知識を培って貰う」
カイムは黒板にチョークで、四つの文字を羅列する。
【戦闘経験値:戦闘で得られる経験値】
【AP:アビリティを成長させる経験値】
【SP:スキルを成長させる経験値】
【Lv:強さの指標。戦闘に勝利して獲得する戦闘経験値のPが一定量蓄積するとLvが上がり、身体能力が上昇する】
「この四つが戦闘で得られる主な恩恵だ」
「常識ですわね」
「フラウも知ってる〜」
「ん」
「えーぴー?すきるぽいんと?あう…」
「………」
「オルタとラミィは分からないか」
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくていい。戦闘経験値が貯まるとLvが上がり『HP』とMPの他、能力が向上するんだ。身体能力を総じて、『ステータス』とも言う。ステータスが高い程、HPに与えるダメージも大きくなる」
【ステータス:各種身体能力の呼称】
【HP:耐久値の呼称。0になると瀕死状態となり、瀕死状態でダメージを負えば死亡する】
「ほへぇ…」
「戦闘はある意味、体を鍛える有効なトレーニング手段だな」
相関図を黒板に書き、丁寧に説明を行う。
「APは習得済みのアビリティに振り分けることで、成長させるポイントで、SPは自身が持つ『特殊技能』を成長させるポイントだ。特に戦闘ではアビリティとスキルを活用する事が重要になる……む」
真面目に聴く二人と違い、他三人の態度が悪い。
(知ってるから興味ないって感じだな)
カイムは趣向を変え、三人の関心を引く事にする。
「……ここからは俺が習得したスキルを活用して、授業を進めよう」
【慧眼のスキルを発動】
【対象のLvと適正属性を表示した】
「アレクシアLv21、セアLv28、フラウLv24ーーーー成る程。歳の割にはよく鍛えてる」
「「「!」」」
三人の顔色が変わる。
「な、何で分かりましたの?」
「今使ったスキルは相手のステータスを簡易的に閲覧するスキルだ」
「パパと同じスキル……」
「カイムすごーい!」
「経験を積めば習得できる珍しくないスキルだけどな」
(珍しくない?)
セアは顔を顰めた。
「さて次の内容に移ろう。Lvが上がると上昇に必要な戦闘経験値が次第に増え、最初は満遍なく強化されたステータスも種族、性格、『適正属性』に影響される。適正属性は言葉通り、己に適した属性のことで魔法学でも習うだろうが、自身と相性の良い属性は、魔法の威力と効果が桁違いだ。逆も然りで、『相反属性』は威力も効果も適正属性の魔法より下がる」
「わ、わたしの適正属性は?」
「オルタは水属性と聖属性だな」
慧眼のスキルで表示された属性を読み上げる。
(二つの適正属性持ちは珍しい)
他の四人の属性もそれぞれ違う。
「ラミィは雷属性か」
「………」
「先生!私は火でしょう?」
「ああ」
「ぼくは風属性」
「その通りだ」
「フラウは闇でしょ〜」
「うむ」
ヴァンパイアは基本的に種族柄、闇属性へ傾向する。
「オルタもラミィもLv1だが気にするな。寧ろ零から始める分、成長も早い」
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
カイムは真剣な眼差しで全員を見る。
「俺は誰一人蔑ろにしない」
「「「「「………」」」」」
「だから三人も先入観は捨てて学んで欲しい」
「ふん…」
「ん…まぁ」
「キャハハ!カイムって面白い〜」
「最後に武器についての説明だが、この中で装備してないのは二人だけだよな?」
「は、はい」
「……」
オルタとラミィが手を挙げると、カイムは黒板に繊細な手の絵を描く。
(見た目と違って絵が上手いわね…)
(じ、上手ですぅ)
「よし、と。通常の武器装備枠は左手、右手、両手だ。最大で三つ装備し携帯できる。足に装備する変わった武器もあるがな」
カイムは自分の右手の掌を翳す。
「枠内で装備すればこんな風に任意で呼び出せる」
右手に黒刀が現れた。イヴァリースで戦闘に携わる者の常識である。
「…う、うん」
「……」
「しかし見えないだけで、探知機に引っかかるし重量もある。利点は動きが制限されず、荷物にもならないことだ。わざと装備せず、威嚇目的で見せびらかす奴もいるがな」
刀を鞘に納める。
「わたしにも使える武器ってあるのかな…」
不安そうにオルタは呟く。
「ヌイグルミが好きって言ってたな?」
「は、はい」
「ヌイグルミを武器にする方法があるぞ」
「え、えぇ!?」
驚愕の提案に声を挙げる。
「……そんなの聞いたことありませんわ」
「ん」
「見てみたーい!」
「説明するより見せた方が早い。帰りのHRにヌイグルミを持ってきてみろ」
「わ、わかりました」
「ラミィはどうだ?」
「……じゃあカード」
「試してみよう」
興味本位に習得したスキルが、こんな風に活きるとはカイムも想像もしていなかった。
(芸は身を助けるだな)
二十分後、授業終了を告げるチャイムが鳴る。
「ーーーー今日の授業はここまで。質問があれば帰りのHRで聞こう」
黒板消しで筆跡を消しつつ安堵する。
(……何とか無事に終わった。次は高等部か)
五人はカイムが出て行くのを見届け、ポツリポツリと喋り出す。
「先生って顔は怖いけど……優しい?」
「少しは学もあるみたいですわよ」
「フラウはけっこー気に入ったかなぁ〜」
「……」
「どうしましたの?」
黙りこくるセアにアレクシアが問う。
「ん…ステータスを閲覧するタイプのスキルの習得は、相当な戦闘数と勝利数がキーポイント。カイムは二十代後半くらいだと思うけど、その歳で習得するのは只者じゃない」
鋭い考察を披露するも、ラミィは窓の外を眺め応える。
「……別にどーだっていいじゃん」
「えー!興味ないの〜?」
「戦闘が弱くても困らないし」
生真面目な性格のアレクシアは、ラミィの態度が気に食わない様子だ。
「貴女って視野も狭いし志が低いのね。強さとは誇りよ」
挑発するような言い方に負けじと言い返す。
「うるさい。でこっぱち」
「…誰がでこっぱちですって?」
「ケ、ケンカはダメだよぅ〜」
性格、思考、言動、生活環境まで個性的な五人の少女に共通してるのは、幼くとも容姿に優れた美少女という点のみ。
この後、他の教師陣も案の定手を焼く羽目になる。
◇◇◇戦闘学ニ限目 10時45分〜12時00分◇◇◇
整備の行き届いた運動場にジャージを着た生徒が整列する。ヴァルキリースクールの初等部は、現在新入生の五人のみ。他は高等部に在籍する二年生と一年生だ。
高等部1ーA、1ーBを合わせ20人しか生徒がいないので、他科目と違いクラス合同で戦闘学の授業となる。
「先に言うが前学期で習ったことは忘れろ」
開始早々、予想外の一言が飛び出し生徒は怪訝そうだ。
「基本が不安な者には随時追指導も行う。今日が新しいスタート地点だと思ってくれ」
「ちょっといいっすか」
「どうした?」
気が強そうな『オーガ』のコハクが手を挙げる。
【オーガ:肌が赤く角の生えた亜人。人間と比べ、逞しい筋肉美が特徴】
「先生の出身は帝国っすよね?」
「ああ」
腕を組み不遜な態度で告げる。
「……先に言っとくけどアタシは帝国人の無粋な戦闘方法を学ぶ気はないっすから」
「無粋?古臭い懐古主義の共和国民らしい発想だわ」
犬耳の獣人であるルミアローネが鼻で笑う。
「ケッ!弱っちいお嬢様がまーた絡んできたよ」
「あら……その身で私の強さを味わってみる?」
(対立し合ってると噂の二人だな)
事前にある程度の情報は既にインプット済み。
困った事に1ーAが帝国出身、1ーBが共和国出身で編成されており、そのリーダー格がルミアローネとコハクだった。
「喧嘩はやめろ」
「ふん…」
「……」
「始業式で俺が言った言葉を忘れたか?」
声は荒げずに静かに問うも、返事は返ってこない。
(……実際に体験した方が理解も早いだろう)
カイムは一計を投じるつもりのようだ。
「よし。1ーA、1ーBの中で戦闘に自信がある者は?」
コハクとルミアローネを筆頭に数人ずつ挙手する。
「四人と五人か」
カイムは腰に下げたアイテムパックの留金を開き、ハントボールを取り出した。
「今日は少し予定を変えクラス毎に組んだPTで、俺がテイムしたモンスターと模擬戦をして貰う」
【!?】
テイマーは滅多にお目に掛かからない専門職なので、生徒が驚くのは無理もない。
「万が一、勝利した暁には今学期の最高評価を約束する」
「本当っすか?アタシは強いっすよ」
ポニーテールを揺らし自信満々にコハクは言う。
「戦ってみれば分かるさ」
カイムはハントボールを解き放つ。
「グルゥゥゥ」
「…ゴォォォォォ…」
「フフフ!フフフ?」
威勢の良かったコハクもこれには言葉を失った。
「テイムされたモンスターは初めて見た……」
「あ、あたしも!」
「意外と可愛い気がーーーーダメ!や、やっぱこわい」
三匹を怖がるのは無理もない。
ネムが言っていたようにジェヴォータンも、アメンポテプも、クー・シィも通常のモンスターとは別格なのだ。
「最初はどっちからにする?」
「…1ーAが先で」
コハクを筆頭に1ーAの生徒が武器を構える。
「ジェヴォーダン」
「ワォォォン」
ジェヴォーダンは前脚で地面を掻き、指示を待つ。
「ではーーーー始め」
短い号令と共に模擬戦闘が始まった。
「…いくぞ!はぁぁぁぁっ!」
コハクが叫び仄かに赤いオーラが『PT』メンバーを包む。
【鬼の雄叫びのスキルを発動】
【コハクの叫びでPTの攻撃力が上昇した】
「こっちもオッケー」
【魔装術のスキルを発動】
「…準備万端」
【魔装術のスキルを発動】
「いっくよ〜!」
【魔装術のスキルを発動】
ルミアローネは眉を顰めた。
「武器が光ってる?」
「魔装術は共和国軍が編み出した武器強化スキルで、一時的に武器性能を向上させダメージを底上げする他、アビリティやスキルとの併用も可能ーーーー応用力の高いスキルだ」
「詳しいですね」
(百年戦争の時に嫌ってほど相手をしたからな)
冷静に観察を続け、解説する。
「コハクの雄叫びはステータスの強化スキルだろう」
「……初見なのに分かるんですか?」
「ああ」
数多の戦闘で培った観察眼は伊達ではない。
「撹乱しろ」
「ワウッ!」
主の指示に従い猛速でグランドを駆け回るジェヴォーダンを前に、四人の攻撃が虚しく空を切る。
【ミス!ノーダメージ×12】
(くっ!は、速いっ…)
「ま、魔法で対抗する!」
【サーレの風魔法!エアカッター】
「こっちも加勢」
【メリーアンの土魔法!ストーンスロー】
「これは当たるっしょ〜」
【ココアの火魔法!ファイアボール】
三方向からの魔法攻撃を真っ向から、ジェヴォーダンは迎え討つ。
「アォォーーーン」
【疾風怒涛のスキルを発動】
【速度と魔力が飛躍的に上昇した】
放たれた魔法より素早く動き回避する。
【ミス!ノーダメージ×3】
「ま、魔法を避けた!?」
「嘘でしょ…」
「下がってて!地面をぶっ壊せばーーーー」
コハクは上半身を捻り、大剣を振り被る。
(…む)
【コハクの剣技!赤鬼の一撃】
「うりゃああああああああ!」
大剣を地面に向け思いっ切り振り下ろす。衝撃で土が隆起した。ジェヴォーダンは宙へ飛ぶ。
「ーーーー今だ!」
他の三人が再び魔法の詠唱を始める。わざと足場を崩して、身動きの取れない空中に誘い出したのだ。
(狙いは悪くないが甘い)
【ジェヴォーダンの風魔法!ストーム】
「きゃっ!?」
「前が見えないっ…!」
グランドの砂を巻き上げ、風が荒れ狂う。
足踏みする隙に、ジェヴォーダンはコハクへ突進する。
「う、うわっ!?」
噛みつこうとする迫力に負け、目を瞑った。
「待て」
「ワン!ハッハッハッ……ペロ…ペロ」
(あ、あれ)
命令を即座に聞き入れ、ジェヴォーダンはコハクの頰を舐めその場に座る。
「いい子だジェヴォーダン」
「アォォーン!ハッハッ」
カイムの下へ駆け寄り、顎を撫でられご満悦である。
「模擬戦闘は終了。1ーA選抜PTの負けだ」
「……先生!ま、まだ戦える」
戦意は失ってないとアピールするも、彼は首を横に振った。
「戦えるのはジェヴォーダンが攻撃しなかったからだ」
「「「「!」」」」
「実戦を想定した場合、コハクは頭を噛み砕かれ死亡。他三人も無残に食い荒らされて終わりだ。今の四人の実力では、ジェヴォーダンに勝つのは不可能だろう」
「バウッ」
(ぷっ!無様ね)
ルミアローネの嘲笑に悔しさを滲ませ、コハクは歯を食いしばる。
「さぁ先生!次は1ーBの出番ですね?惨敗した1ーAの皆さんに、帝国流の優雅な戦闘法を見せて差し上げます」
「…そうか」
入れ替わりで武器を抜き1ーBの生徒が陣形を作る。
(『メロヴィング製』最新モデルの『魔導銃』か)
【魔導銃:マナを銃弾に変換して射撃する小銃。弾切れの心配はないが一発毎にMPを消耗する】
「次、アメンポテプ」
「ゴォォォ」
巨体ゆえジェヴォーダンとはまた違う迫力がある。
(……狼のモンスターじゃない?)
相手が変わると思ってなかったのか、顔色が微かに曇る。
「何か不都合でも?」
心中を見透かしてわざとルミアローネに問う。
「大丈夫です。帝国の戦術編隊に死角はないもの」
(それはどうかな)
横一列に1ーB選抜PTは並び、対象と距離を取る。
「開始」
カイムの号令で再び模擬戦闘が始まった。
「前進だ」
一歩一歩を踏み締め、ゆっくりと歩き出す。ジェヴォーダンと比べると兎と亀。鈍重で緩慢な歩みだ。
「横陣!一斉射撃用意」
「「「「ヤー!」」」」
レイピアをタクトのように振り、ルミアローネの号令で四人は銃を構える。
【装填短縮令のスキルを発動】
【ルミアローネの命令で魔導銃の装填速度が上昇】
「あれは帝国兵が得意とする一斉射撃による制圧戦術だ」
「……知ってるっす」
カイムの解説に、コハクが頷く。
「そうか」
「自分達は被弾せず、相手を一方的に攻撃する厄介な戦法だし」
「はたしてそうかな」
「え…」
「見てれいば分かる」
コハクはカイムを見上げ、首を傾げた。
「ファイヤー!」
アモンポテムに向け、何十発も銃弾が放たれる。
【1ダメージ×39】
「…ゴォォォ…」
硝煙を覆われるも、前進を続けていた。
「もう一度よ」
降り注ぐ銃弾の雨をアモンポテムは意に介さず歩みを止めない。
【1ダメージ×50】
「な…!?」
想定外の事態に、余裕は消え去り、焦りが滲む。
「ルミアローネどうする!?距離を取る?」
「き、効いてないはずがないわ!もう一度よ!」
しかし、何度撃ち続けても、結果は変わらず距離だけが縮まった。
(最新の魔導銃が効かないなんて…嘘でしょ…?)
「や、やばい!MPが切れ、て…体が…」
「ぜぇ…ぜぇ…!」
メンバーの四人が蹲り、息を荒げる。
「…くっ…私が時間を稼ぐわ」
(いい根性じゃないか)
諦めてはいないようだ。
【ルミアローネの刺突術!二連突】
「ーーーーていっ!」
懐に飛び込み、レイピアを素早く二回突き刺す。
(か、硬っ!?)
【25ダメージ×2】
碌なダメージは与えられず、遂にアメンポテプが眼前まで辿り着いた。
「あっ…あっ…」
強烈な圧力を前に、足が竦み動かない。腕を振り上げ、攻撃態勢に移行する。そしてーーーー。
「きゃああああっ!?」
「ゴォォォ」
アメンポテプは、彼女の頭上で腕を止めた。
「え、え…?」
「よくやったぞ」
また悠然と歩き出し、カイムの下へ戻る。
「1ーB選抜PTも敗北。これにて模擬戦は終了だ」
「…ッ…ちょっと待ってください」
「どうした?」
「あ、あのゴーレムは卑怯よ!攻撃してもダメージは通らないし、絶対そのウルフより強いわ。対等な条件じゃない!」
見縊られたと察したのか、ジェヴォーダンは不機嫌そうに尻尾を膨らませる。
「ジェヴォーダンとアモンポテムは実力伯仲だ。……そもそも戦闘で対等な条件を求めること自体、間違った考え方だぞ。君はこの先、自分より弱い相手としか戦わないのか?」
「そ、れは」
ド正論なので反論の余地もない。
「弱点を探す工夫もせず、無駄に射撃を繰り返し仲間はどうなった?」
「!」
MP切れで苦しむ四人を見て、奥歯を噛み締める。
「ルミアローネはリーダーとして判断を間違えたな」
「優雅な狩り?はっ!どこが優雅なんだか」
さっきとは逆にコハクが嘲笑した。
「お互い笑えない結果だろう」
「「……」」
両名共、自分の未熟な発言を思い出して閉口する。
「クー・シィ」
四人の上を軽やかに飛び、鱗粉を撒く。
【クー・シィの妖精技!レルレオラの祝福】
【範囲内の対象のMPが全快した】
「……あれ?」
「MPが回復してる…」
MPは底を尽くと一定値まで回復する間、行動不能となり過呼吸、強烈な頭痛、酷い吐き気等の症状に見舞われてしまう。一瞬の隙が生死を左右する戦闘でMP切れは、正に致命的である。
「ありがとう」
「フフフ!ルェ〜」
右肩にとまったクー・シィに礼を述べ、カイムは集合を掛けた。
「ーーーーさて、二組とも全く歯が立たなかったな」
「はい…」
「…その通りです」
「逆に1ーBがジェヴォーダン、1ーAはアモンポテプの相手をすればもう少し善戦できたかも知れない」
「え」
「本当ですか?」
腕を組み頷く。
「基礎の話になるが陣形戦術が有効な相手もいれば、個々の攻撃が有効な相手もいる。要は状況で適したカードを切ればいい。どんな戦闘方法も一長一短なのさ。一つの戦法に盲信するのはいけない」
「「……」」
生徒達は引き込まれるように耳を傾けた。
「俺が始業式で言った意味が分かっただろう」
「…まぁ…はい」
「悔しいですが…ええ」
コハクとルミアローネも、同意するしかなかった。
「先入観は罪じゃないが固定観念は罪だ。国なんて小さな枠に囚われて、自ら可能性を狭めるな。……分かったか?」
全員が返事をした訳ではないが、真剣に傾聴しているのは分かる。
(初日にしては悪くないスタートかな)
「あの、カイム先生」
「なんだシハ」
「モ、モンスターを触ってみてもいいですか?」
唐突な質問で多少面食らったが、断るのも可哀想なので了承した。シハは恐る恐るジェヴォーダンの毛を撫でる。
「フサフサで気持ちいい…」
「ワフ」
ジェヴォーダンは箱座りで大人しく、受け入れている。
「あたしも触りたいです!」
「私も私も」
「…ゴォォォ?」
「うわぁゴーレムって本当に石なんだ」
「フフフ!フフ」
「妖精の羽って綺麗だね」
次々と生徒が三匹に群がり、わいわい騒ぐ。
(授業は……まぁいいか)
戦う以外にモンスターと触れ合う機会は滅多にないので、生徒の関心を惹くのも致し方ない。
「先生」
コハクとルミアローネが声を掛ける。
「あの三匹は先生がテイムしたモンスターじゃん?」
「まあな」
「…つまり先生はもっと強いと?」
「モンスターハントとテイムに必要な点を挙げれば、切りがないが、何より大事なのは強さだ。例外もあるが、基本自分より弱い相手には従わない」
淡々と語るカイムに二人は畏敬の眼差しを向けた。
結局、予定通りに授業は進まなかったが、生徒には概ね好評のまま終わる。
◇◇◇昼休み 12時00分〜13時30分◇◇◇
昼休みの時間、カイムは職員室で高等部二学年の名簿を眺めつつ、手製のサンドイッチを齧る。
(高等部も完全に別けてるんだよな)
共和国出身は2ーA、帝国出身は2ーB。一学年と同じ編成だ。
(ネムの伝手もあるだろうが2ーBは比較的、貴族出身が多い。メンツァー、ウィルソン、セクテンダイス、シャロット……『シャロット』だと!?)
「ごほっごほ!」
ある生徒の名前を見付け、驚いた拍子に咽せてしまう。
「大丈夫ですかぁ」
「……大丈夫だ」
隣席のチヨが話し掛けるも、動揺を悟られぬよう、コーヒーを飲み平静を装った。
「そーいえば先生の授業は、早速評判になっとりますよ。テイムしたモンスターを授業で生徒と戦わせたとか?」
「まあな」
「話ぃ聞いたロイーナ先生も興味深々でしたわぁ」
「そうか」
素気ない彼の返答を気にせず、チヨは喋り続ける。
「気難しいコハクちゃんとルミアローネちゃんも大人しゅう話ぃ聞いたゆうて驚きましたわ」
「…別に」
「もぉ〜!照れ屋さんやね」
顔を覗き込み、彼女は目を細める。
「そんな無愛想な顔してぇ折角の男前が台無しですよ?」
チヨは人差し指で自分の唇の端を釣り上げる。
(距離が近い)
胸元を見ないよう、目線を下げない。
「笑う必要があるのか?」
「そりゃ険しい顔しとれば生徒も不安になるし、笑顔の方が安心するもんやわぁ」
(笑顔……か)
普段意識してない部分を指摘され、戸惑うカイムだったが一理あると笑ってみせる。
「こうか?」
眉を八の字に曲げチヨは苦笑する。
「え〜……まぁなんとゆーか……凶暴な鬼が亡者を痛め付ける瞬間はそんな風に笑うんやろね〜」
話を振った割に随分な言い草である。
「おいおい、めっちゃ悪い顔してっけど腹でも痛いのか?」
偶然立ち寄ったツヴァイまで会話に混ざる。
「……何でもない」
渾身の笑顔が不評で面白くないカイムだった。
「つーか、カイムもあの五人の担任で大変だな」
「大変?」
「や、さっきの歴史学が散々でさぁ!共和国史と帝国史について教科書通り教えてるのに、アレクシアは不満なのか反論ばっか。オルタさ……は極度の人見知りっつーか、ありゃ挙動不審だな。フラウは騒ぎっぱなしで勉強する気がない。一番驚いたのはセアだぜ。堂々と武器を弄ってて、思わず三度見しちまった。大人しいラミィも終始上の空で、授業に参加する気がないって感じだ。軽く注意しても全く聞きやしねー。勤めて二年だけど過去一の授業態度だったわ」
「え〜午後の魔法学も不安になるわぁ」
(……戦闘学ではそんなに酷くなかったのに)
一限目を振り返り、疑念を懐く。これはカイムとツヴァイの醸す雰囲気も影響していた。
ツヴァイは整った容姿で明るく砕けた口調、親しみ易い空気を醸しており、あまり怒らなそうだと、判断した上での振る舞いだろう。子供は大人が思う以上に、よく観察している。良い意味でも悪い意味でも、ツヴァイには気安く接せれる安心感があるのだ。……対してカイムはというと傷痕残る強面に静かで低い声、近寄り難い空気など怒らせると怖いと思わせる要素が満載なのである。
「俺からも注意した方がいいか?」
「そりゃ担任だしな」
「…なるほど」
素直に聞くものの、甚だ彼も注意を聞かせる自信はない。
「ぶっちゃけ無理して言わなくてもいいと思うけどよ」
「どうして?」
諦めた口振りに質問を投げ掛ける。
「あの五人は家柄が他の娘より特別やし、親の影響力が半端ないんよ」
「変に告口でもされたら大問題に発展すっかもな〜」
「いちいち親が口を挟むのか」
「我が子が可愛くない親はいないもの」
それは良いことか、悪いことなのか?
教師の立場で言わせればきっと後者だろう。
「あ!それはそうとテイムしたモンスターと生徒を戦わせたってマジ?」
「マジだ」
「ひゃ〜すっげぇなおい」
「騒ぐことじゃない。ネム……理事長に許可は貰ってる」
さも当然のように言い放ちツヴァイは戸惑う。
「え、えー?」
「それより教えて欲しいことがある」
名簿に綴られた名前を指差すとチヨは微笑む。
「その娘はクイーンナイツの『神剣』の実妹やね。彼が理事長に推薦して入学した一期生なんよ」
予想が当たり、カイムは息を吐いた。
◇◇◇戦闘学三限目 13時30分〜15時00分◇◇◇
昼休みが終わり、舞台は再び運動場へ。運動着に着替えた2ーAと2ーBの生徒が横一列に並んでいる。その中で一際、目立っている少女がいた。
シンメトリーの青髪、薄い金の瞳、均整の取れたプロポーションの美少女だ。彼女の名前はエレオノール・シャロット。
七英雄の一人『神剣』ことザックス・シャロットの妹であり、実はエレオノールが幼い頃にカイムは面識があった。
(……当時、まだ6才だったから流石に俺のことは覚えてないだろう)
当時の記憶がまざまざと蘇った。
「先生?」
エリナは黙ったままの彼を呼ぶ。
「…えー…それでは授業を始めよう」
気を取り直し、カイムは喋り始めた。
「最高学年である二学年の授業は下級生と比べ、より高度な戦闘技術と知識の獲得を目指した内容になる。幸いこの学校は生徒数が少ない。個々の成長を目指して指導するつもりだが、その前に何か質問あるか?」
「は〜〜い」
一人の生徒が手を挙げる。
「ウルスラ」
「は〜〜い。この授業も先生のテイムしたモンスターと私たちを戦わせるの〜?」
『サキュバス』のウルスラは16歳とは思えない色香を匂わせ、カイムを見詰める。男を惑わせる豊満な肢体は、正に美女という言葉が似合う大人びた娘だった。
【サキュバス:赤い翼と魅惑的な容姿が特徴の亜人】
「いや、俺が直に力量検査をする」
授業構成は学年で違うようだ。
「……力量検査と言うとぉ〜?」
「要は腕試しさ。一対一かPT戦の何れかで俺と戦って貰う」
【!?】
場が騒然とした。まさかの展開だ。
「戦うと言っても、俺は防御に徹するし攻撃しない。但し気遣いは一才無用だ。親の仇を殺すつもりでかかって来い」
一方的で物騒な試験内容は暗に実力差を示している。
「アビリティもスキルも有ですかぁ?」
「ああ」
「武器は?」
「勿論使ってくれ。そうだな……もし一撃でも掠ることが出来れば、どんな要求にも応えよう」
「へぇ〜すっごい自信ですけどぉ本気ですか?」
「本気だ」
カイムは、グランドの中央へ進む。
「さぁ最初は誰だ?」
大多数の生徒が尻込みする中、威勢良くエリナとサビーナが先陣を切った。
「はーい!あたしがいきまーす!」
「同じくです…」
「よし」
【カイムの強奪技!マテリアルバリア】
観戦する生徒と設備に余波が及ばぬよう、防御系アビリティで辺りに結界を張る。
「おぉ〜」
「器用です…」
(厳密には俺のアビリティじゃないけどな。盗人猛々しいとは、よく言ったものさ)
自嘲気味に内心はそんなことを思っていた。
悠然と立つカイムにエリナとサビーナは武器を構える。
「……あたしとサビーナは強さを直で見てますし、最初からクライマックスで!」
ビシッと台詞を決めポーズを取る。
【魔装術のスキルを発動】
「ーーーー宿れ雷よ、我が身を駆け、刃なれ」
【エリナの雷魔法!サンダーエッジ】
本来、敵へ放つ魔法をエリナはガントレットへ放つ。
【魔装術→雷装術へ変化】
【一定時間、反射・敏捷・速度上昇】
魔装術と雷魔法を組み合わせ身体強化を図り、青白いオーラがエリナの体を微かに覆う。
(適正属性と組み合わせるとは、魔装術の運用法を理解してる。……それに『闘気』まで発露させるか)
「かっこいいとこ見せちゃいます…」
【速詠術のスキルを発動】
【魔法詠唱・発動速度が上昇】
「えい」
【サビーナの風魔法!エアチャージ】
【一定時間、エリナの移動速度が上がった】
【一定時間、サビーナの移動速度が上がった】
(サビーナも『詠唱破棄』とはやるな)
戦闘準備を整える様子を観察する。
(船の上じゃ油断して使わなかったけどこれが本当の『M・M・A』!)
【M・M・A:魔法と格闘技を融合させた武術】
「さて準備はいいか?」
「はい!」
「はい…」
「好きなタイミングで始めていいーー」
「やぁ!」
(……ぞっと)
奇襲紛いの雷装術で強化された拳を、首をずらし躱す。容赦なく急所を狙った打撃が繰り出される。
「は、速っ」
「エリナがんばれ〜!」
2ーAの生徒が応援するも、程なくしてその異常に気付く。エリナの的確且つ迅速な攻撃を、カイムは一歩も動かず、その場で捌いていた。
「……エリナ!」
「了解!」
サビーナの掛け声で攻撃を止め、その場を離れる。
【サビーナの雷魔法!サンダースピアⅢ】
三本の雷槍が迫るも、片腕で振り払った。
「はぁ!?」
「わ、私の雷魔法を腕で…」
こんな防御方法を見たことない二人は唖然とする。
【ミス!ノーダメージ×3】
(…くっ)
再びエリナは、突進した。
【エリナのM・M・A!ワンエイティーバレット】
「ーーーーしっ!しっ!しっ!しっ!」
両拳の連打が襲うも、見切って躱し続ける。
(精度も回転率も悪くない。良い技だな)
「……焦土と化す大地、落ちる炎、遍け悲鳴」
サビーナはその隙に、威力の高い魔法を放つ詠唱を始める。
「エリナ!」
「うん!」
熱風が吹き、肌を焼く。
【サビーナの火魔法!ヴォルケーノ】
「む」
【カイムの縮地法!】
燃え盛る業火球が、カイムの頭上より落ちた。
(広範囲の『上位』魔法は、幾ら何でも…)
(さすがに避け切れないでしょ!)
火柱が結界で遮られ、中で熱気が渦巻く。
「え、大丈夫なの」
「普通にやばいよね…」
観戦中の生徒と違い、エリナとサビーナは警戒を緩めない。
「…どー思うサビーナ?」
「何せ召喚獣を無傷で倒した人ですし油断はーーーー」
「禁物だな」
「「!?」」
二人は慌てて背後を振り返る。
「うむ」
カイムは無傷で立っていた。
「前衛が時間を稼ぎ後衛の高火力魔法で敵を攻撃する……オーソドックスな戦法だが悪くない」
【ミス!ノーダメージ】
「えーー!無傷!?」
「あの状況でどうやって…」
「アビリティを使わせて貰った」
縮地法はMPを消費し、高速移動するアビリティだ。
戦闘に従事する者は挙って覚えたがる歩法でもあり、技量に寄って精度が天と地ほど異なる。
「どうする?続けるか?」
顔を見合わせ、武装を解除した。
「やっぱり先生はすごいね!降参します」
「白旗…」
この潔さは清々しい。
「……総評するとエリナの攻撃は速い。しかし、軌道が読み易く意外性がない。サビーナは相手の動きを予測して魔法の照準を合わせた方がいい」
「読みやすいかぁ〜」
「予測ですか…」
(指摘だけじゃなく、褒めることが大事だっけ?)
ネムに教わった研修内容を思い出す。
「…しかし、良い動きだった。将来が楽しみだよ」
(わーー褒められたぁ!!)
(まぁ悪くない気分です)
「二人は下がっていいぞ。次の生徒は?」
その後も次々と生徒の実力を、実戦形式で見極め、的確な助言を行う。
(な、なんなのこの人?)
(…ずっと連戦してるのに息一つ切らしてない)
「残るは二人だな」
化け物染みたスタミナに驚く生徒を他所に涼しげな顔だ。
「残ったのはエレオノールとウルスラ……一対一か?」
「はーい。英雄の妹ちゃんに最後は譲ってあげるわ〜」
「……」
横を通り過ぎる彼女をエレオノールは睨む。
「いつでもいいぞ」
ウルスラはカイムを見上げ、挑発的な笑みを浮かべる。
「先生ぇ〜わたしの攻撃が当たったら『宝石部』の顧問になってくれる?」
(宝石部?)
面食らう彼にウィンクを飛ばす。
「当てれなかったらぁ逆にご褒美をあげちゃおっかなぁ〜」
(戦闘前の誘惑するような軽口は油断を誘う手段か)
「私って大人っぽいでしょ?」
「……」
「ちょっとウルスラ!どーゆつもりよ!?」
「風紀違反です…」
エリナが叫びサビーナは苦言を呈する。
「はーい。外野は黙ってて〜」
「でも」
「サビーナってばぁ自分の胸が壁みたいだからってぇ、硬いこと言わないでよぉ」
「……焦土と化す大地、落ちる炎、遍け悲」
「サ、サビーナ?落ち着いて」
青筋を浮かべ詠唱を始めたサビーナをエリナが止める。
「離すですっ!あの女を焼いてやるです……うー!」
触れてはいけない凛線に触れたようだ。
「ーーーーそこまで言うなら当ててみろ」
カイムがそう言うと、場が静まった。
「じゃあ遠慮なくぅ」
武器も構えず動きもしない。対峙したまま時間が過ぎた。
【ウルスラの闇魔法!ダークニードル】
カイムの足元から黒い棘が突如、隆起した。
【ミス!ノーダメージ】
「えぇ〜今の普通は避けれないっしょ?」
【ウルスラの闇魔法!ダークレイン】
黒い塊が降り注ぐ。カイムはバックステップで回避した。
【ミス!ノーダメージ】
(…連続の詠唱破棄でこの威力とはやるじゃないか)
「逃げられるのは好きじゃないなぁ」
ウルスラが指を鳴らすと、四つの目玉が現れ浮遊する。
「ほう」
【使い魔のスキルを発動】
【イービルアイ×4が現れた】
「心強い下僕のと〜じょ〜」
【使い魔:元素で構築されたエネルギーの塊。召喚獣と違い、自我はなく必ず霧散してしまう】
このスキルは種族に寄り、生まれ付き覚えるスキルなので、努力で習得できるものではない。
「やっちゃってぇ〜」
イービルアイがレーザーを照射するも、ステップを刻み躱す。
「遠距離に特化した攻撃スタイルだな」
【ミス!ノーダメージ×16】
四方八方から襲う攻撃に動じず喋る。余裕綽々だったウルスラも、流石に焦り始めた。
(なんで簡単に避けれるのよぉ?こうなったら…)
【ウルスラの小悪魔の誘い!夢魔の眼差し】
「ねぇ先生ぇ〜…こっちを見て…?」
瞳が艶やかに輝き、ピンクのオーラが蔓延する。
【ウルスラはカイムを誘惑した】
『チャーム』の状態異常に陥れるアビリティだ。
【チャーム:魅了され意のままに操られてしまう状態異常の一種】
「……」
カイムは無言のまま、ウルスラに近付く。
「ほぉらいい子ねぇ〜」
イービルアイが前後を囲んだ。
(教師だろうがなんだろうが、結局男なんて単純な生き物ね)
しかし、照射されたレーザーは当たらず地面を抉った。
「なっ!?…わざとかかった振りを?」
眼前まで距離を詰めたカイムへ問う。
「耐性持ちの相手を見極めないと、こんな風に騙されるぞ」
「あはははぁ!先生ぇ?私は近接戦も苦手じゃない……わっ!!」
逆手で握られたナイフを数度振る。
【ミス!ノーダメージ×4】
「至近距離なのになんでっ…」
ウルスラの近接戦闘は、遠距離戦闘に比べ明らかに見劣りするレベルだった。
「時間切れだ」
最後は刃を指で止め、終了を告げる。
「接近戦の工夫と向上が今後の課題になるだろうが、総合的な戦闘力は高いぞ」
「……そうですかぁ〜」
不貞腐れた表情でウルスラは呟く。
(うーむ…やる気を阻害したか?仕方ない)
カイムは咳払いして続ける。
「…無理に大人振るより、今の拗ねた君の方が可愛いな」
「!」
彼は慰めようと述べているだけで他意はない。
「それと褒美がどうこう言ってたが一つ頼みがある。胸元を隠せ」
「え…」
「年頃の娘が無闇に素肌を見せるな」
「は、はい」
ウルスラは頭になかった要求に戸惑いつつも、素直に頷き着崩した衣服を直す。
「似合ってるぞ」
「……」
逆にチャームに罹ったようにカイムを見詰めた。
「最後はエレオノール」
名前を呼ばれても返事はせず、エレオノールは無言で前へ出る。
「……あなたでも無理よ」
すれ違い様、ウルスラは囁いた。
「思いっ切り挑んで」
「ーーーーカイム・ファーベイン」
エレオノールは他の生徒に聴かれぬよう小声で名前を言った。カイムも目を見張る。
「まさかとは思ったけど対峙して確信しました」
「……意味が分からないな」
惚けて素っ気ない態度を取るもそれは逆効果だった。
「〜〜っ!あの時、私と……」
口籠もり顔を伏せる。そして意を決したのか、鞘から刀を抜き切っ尖を向けた。
「もういい。膝を突かせて思い出させてやる」
只ならぬ空気に他の生徒も戸惑い、カイムもやり辛さを感じたものの問いただす真似はせず、知らん振りを演じた。
「やる気があるのはいいことだ」
「他の生徒と一緒にして、私を甘く見ない方がいい」
(…この気迫はザックスにそっくりだな)
クールな外見と裏腹に胸に熱い激情を秘め、エレオノールは闘気を発し刀を構える。
「始め」
戦闘開始を告げた直後、刃が空を切る。
(…速い)
「ふっ」
【エレオノールの神鷹一刀流!空閃】
居合斬りで放たれた斬撃が空気を斬り裂く。屈んで躱し距離を潰そうと前へ出た。
【ミス!ノーダメージ】
「貫け」
【エレノールの『鉄魔法』!アイアンフォール】
詠唱破棄で魔法を放ち、待ち構えたかのように迎撃する。
(『複合属性』の魔法まで使えるとは)
【複合属性:異なる元素が融合することで変化した属性】
【ミス!ノーダメージ×3】
鉄の柱が立て続けに落下するもこれも避ける。しかし、エレノールは攻撃の手を緩めない。
「…もう少しスピードを上げても良さそうだ」
ここで彼女はスキルを使った。
【剣士の矜持のスキルを発動】
【攻撃力・クリティカル率・速度上昇】
【アビリティの連続発動が可能になった】
「ーーーー避けれるものなら避けてみて」
【エレオノールの神鷹一刀流!残影陣】
【エレオノールの神鷹一刀流!八閃斬】
八人に分身して俊敏な動きで円に包囲すると、一斉に斬撃を放ちカイムを襲う。
(この技は、『神鷹一刀流』の……大したものだ)
【神鷹一刀流:太刀を用いた刀術。剣速を極限まで鍛え、居合術を得意とする流派】
怒涛の連続剣に空間が支配される。
(縮地法で回避ーーーーいや、間に合わない)
カイムは刀を抜き、斬撃を綺麗に弾き返した。
【ノーダメージ×64】
「あっ!」
「武器を抜いたです」
「…ふん」
エレノールは低い体勢を維持して刀を鞘に納め、引いた左足に力を入れる。
(防御もろとも貫いてみせる)
【エレオノールの神鷹一刀流!閃光斬】
次の瞬間、砂塵と共に消えた。
「ーーーー閃光斬」
目の前まで、距離を潰して袈裟懸けに抜刀。金属と金属がぶつかり、甲高い音が響く。
「!?」
「いい太刀筋だ」
カイムの刀がエレノールの刀を止めていた。
【ミス!ノーダメージ】
「まだだっ…」
【エレオノールの縮地法!】
一転して後退。大幅に距離を取る。
(縮地法まで覚えていたか)
「氷よ集え、塊となりて、これぞ墓氷の礫」
【エレオノールの氷魔法!フロストノヴァ】
周辺温度が下がり冷気が漂う。氷塊がカイムに向け発射された。
「ーーーー砕けろ!」
迫り来る氷塊を前に、カイムは刀を鞘に納める。
【カイムの強奪技!守護刃】
剣閃が煌めき、氷塊を両断した。
(い、今のは神鷹一刀流!?)
唖然とするエレオノールへカイムは告げる。
「時間切れだな」
「っ…」
健闘虚しく制限時間内で、一撃当てる事は叶わなかった。
「まさか武器を抜く羽目になると思わなかった。剣技も魔法もよく鍛えてる」
「……」
(流石ザックスの妹だ)
唇を噛み締め、エレオノールは悔しさを滲ませた。
「どうした?相手をした生徒の中じゃ一番だったぞ」
「……約束を糧に頑張ってきたのに」
(約束?)
「貴方が帝国を去って、ずっと私は!私はっ…」
「……」
カイムはこれ以上、誤魔化すのは難しいと判断したのかすれ違い様に耳打つ。
「放課後、職員寮の前に来い」
「!」
「今は戻れ。いいな?」
「……はい」
グッと言葉を飲み込み、エレオノールは戻る。
「全員集合」
再び整列し直した両クラスの前に立ち、総評を述べた。
「ーーーー今日は皆、よく頑張ってくれた。凡そ実力を把握したつもりだが、正直及第点とは言い難い。個々の能力差はあれど、補う術は幾らでもある。何事にも言える話だが優れた技術と知識は、境を気にせず貪欲に学ぶべきだ。あれは良いこれは悪い、あれは違うこれはこうだ……この考え方は駄目だな。過去に囚われた固定観念は視野を狭め、可能性の芽を潰してしまう。今後、戦闘学の授業で帝国では〜、共和国は〜の文言は禁句にする。分かったか?」
【……はい】
常識を覆すような圧倒的な様を見せ付けられ、異を唱える生徒は居ない。
「少し早いが、今日の授業を終わりにしよう。次の授業は、『儀術室』で『魔石』を使う予定だ。変更あれば事前に通達する。では解散。HRに遅れるなよ」
【魔石:マナが蓄積された結晶石】
それだけ言うと、運動場を去って行った。
「……なんてゆーか…すごい先生だね?」
2ーAの生徒が呟くとクラスメートも同調し始める。
「一撃も当てさせないってあり得ないし」
「それそれ!」
「エリナとサビーナは戦ってるとこ見たんでしょ?」
「まあね!凄かったよ〜」
「召喚獣を一人で倒しましたから」
「あ、あれって本当だったんだ」
半信半疑だったのも、今や真実と頷けるだろう。
「帝国と共和国も気にしないってのも、マジっぽいよ」
「禁句だってさ、禁句」
ウルスラはカイムの後ろ姿を目で追うエレオノールへ話し掛ける。
「熱心に見つめちゃってどーしたの?」
指摘され、視線を外し睨む。
「別に」
「あらぁ?クールな妹ちゃんらしくない熱視線だったからぁ」
「…ふん」
絡むウルスラを無視して立ち去る。
「ーーーー共和国の雌牛がエレオノールさんに絡まないで下さる?」
それに2ーBの生徒が突っ掛かった。
「雌牛?弱いくせにブーブー威勢のいい子豚ちゃんね〜」
「…このサキュバスの売女」
酷い言い草だがウルスラは動じず、逆に言い返す。
「寸胴女のひがみって嫌だわぁ」
「なっ!?だ、誰が寸胴ですって!」
そこに2ーAの生徒も加勢し始めた。
「…なに?やる気?」
「帝国のブスがうっさいんだよ」
「共和国のチビが生意気じゃん」
対立し合う構図が瞬く間に出来上がり、火が燃える。
カイムが居なくなった途端これである。
「あーあ……まーた始まったよ」
「不毛です」
蚊帳の外のエリナとサビーナは呆れ顔だ。
……苛烈な戦争が生んだ両国の溝は未だ根深く、十代の子供にまで選民思想が植え付けられていた。
終礼のHR。本校舎初等部1ーAの教室に戻ったカイムは、教壇の前に立ち問う。
「今日は初日だったが授業はどうだ?」
「あんな内容では勉強になりませんわ」
「が、がんばりました」
「ん。武器のメンテナンスが捗った」
「ぶ〜〜!つまんなーーい」
「………」
五人の反応は様々だったが、オルタを除き芳しくない。
「…そうか」
上手い注意の言葉が浮かばず押し黙ってしまう。
(どう言えば良いか分からん)
そもそも彼も学問は疎かにしてた部類なので、自分を棚に上げ注意するのは些か気が引けたのだ。
「コホン!……正直に申し上げまして、フウラさんが五月蝿かったですわ」
「アレクシアも質問ばっかして先生を困らせてた」
「武器を弄ってた人に言われたくないですわね!」
「……オルタは急に泣くのやめて」
「ご、ごめんなさい。で、でも…」
「キャハハ!ラミィちゃんは無口すぎて暗いよ〜。もう少し笑えば〜?」
非難し合うもどんぐりの背比べである。
「静かに」
見兼ねたカイムが諌め一旦静まる。
「とりあえず約束の物は持ってきたか?」
一限目にオルタとラミィへ言った武器の件だ。
「は、はい!」
「……カードも」
「ミ、ミーちゃんです」
置いていた大きいネコのヌイグルミをオルタは持ち上げる。
「あーーー!『ミドガルムランド』の『ミッティ』だ」
「えへへ」
【ミドガルムランド:共和国最大規模を誇るテーマパーク】
【ミッティ:ミドガルムランドのマスコットキャラクター。妖精ケット・シーをモチーフにしている】
「はっ……子ども騙しのマスコット人形で騒ぎ過ぎですわ」
(アレクシアもまだ子供だろうに)
心の中でカイムは至極真っ当なツッコミを入れた。
「ーーーーち、ちがうもん!!」
「えっ」
「ミーちゃんは子ども騙しじゃない!」
怒り叫ぶオルタに全員が驚く。
「な、何よ急に…」
ばつが悪いのかアレクシアは、歯切れ悪く口篭る。
「……」
オルタはヌイグルミを両手で抱いてきつく口を結んだ。
(よほど大切な物なんだな)
嫌な空気がクラスに蔓延したので、雰囲気を変えるべく話の矛先を変える。
「ラミィは?」
「これ」
「!…『モストロカード』じゃないか」
多様な怪物の絵が描かれたカードの束にカイムが珍しく目を輝かせる。
【モストロカード:『モストロバトル』のゲームに使用するカード。特殊な加工を施して精製されている】
「………知ってるの?」
ラミィも驚いた顔で問う。
「ああ」
「モストロカード?」
セアが不思議そうに首を傾げた。
「世界中で流行ったカードゲームのカードだ。16年前、販売生産していた会社が潰れて、もう流通してないがな」
モストロカードで遊んでいた懐かしい記憶が甦る。
「今じゃ希少価値の高いマニア向けのカードをよく持ってたな」
「あたし蒐集家だから」
(意外な一面だ)
その顔は少し自慢気に見えなくもない。
「では早速、武器化のスキルを試してみよう」
「ーーーーカイム先生!」
「なんだ?」
「私もどんなスキルか詳しく知りたいですわ」
「ん」
「フラウも気になる〜」
対象外の三人も思いの外、興味津々だ。
「使うのは『武器変化鍛錬法』というスキルだ」
「うぇぽんちぇんじくりえいと?」
きょとんとした顔でオルタが復習する。
「ざっくり説明するとモンスターの素材を消費して、物品を武器へ変化させる非戦闘の職人スキルだ。遥か昔、偏屈な鍛治師が変わった武器を作ろうと思い、試行錯誤して編み出したスキルーーーーらしい」
「先生はどうやって覚えたの?」
「…あー…興味本位で習得したのさ」
無論、事実は違う。
(帝国軍に追われ山中に逃げ込んだ結果、廃墟の隠された古文書を読み漁り、暇潰しで習得ーーーーって説明は駄目だよな)
駄目に決まっている。
「今回は俺が集めた素材を材料にする」
「あ、ありがとうございます」
「………ども」
五人が見たことのないモンスターの素材が次々と机に並ぶ。
(ルブルムドラゴンのコア、赤鬼の血液、フリカンムの蕾、ゴアトロールの心臓、雷鳥の卵、不死鳥の羽根、首なし騎士の鎧片、リッチのエクトプラズム)
九年間、各地を転々と渡り歩いて集めた素材、アイテム、骨董品、遺物が山のようにカイムのアイテムパックの中には眠っている。
「わぁ〜きれい!」
「それはフリカンムの蕾だ」
「こっちの心臓まだ動いてる」
「面白い形だろ?ゴアトロールの心臓は錬金術で重宝するぞ」
「血、血、キレイな血〜」
(ヴァンパイアは血を嗜むもんな)
「これは『コア』?……実物は初めて見ましたわ」
【コア:高Lv体のモンスターから極稀にドロップする体内で形成されたマナの純結晶】
「ルブルムドラゴンのコアだぞ」
珍しいモンスターの素材に興味津々の様子だ。
(こんなもんでいいだろう)
カイムはオルタのヌイグルミとラミィのカードの前で、一列に素材を並べ直す。
「各々手を添えてくれ」
二人は言われた通りに手を添えた。
「最後に注意事項を一つ。武器変化鍛錬法で生まれ変わった武器を装備すると、壊れるまで外せない。出来上がった武器を装備するか否かの判断は、オルタとラミィに任せるぞ」
「……外せない?」
ラミィが訝し気に復唱する。
「それがスキルの前提条件の一つだからな。スキルについての詳しい説明は、追々授業で教える。楽しみにしててくれ」
「わ、わかりました」
「…うん」
「よし。では始めよう」
【武器変化鍛錬法のスキルを発動】
並べた素材とヌイグルミとカードが銀色に輝く。
【変化成功率100%!ウェポンクリエイトを実行しますか?】
(これだけ素材を使えばそうなるわな)
武器変化鍛錬法は消費するモンスター素材のレア度と質量で成功率が増減する。
【はい←いいえ】
右人差し指をスライドさせ選択すると、素材がヌイグルミとカードに吸収され煙に包まれた。
【ウェポンクリエイトに成功しました】
「お、大きくなっちゃった!」
「……カードが」
170cm程の大きさになったミッティのヌイグルミと、絵柄が変わったカードを見てオルタとラミィが驚く。
「無事成功だ」
「…ふーん…形は変わりましたが武器っぽくないですわね」
アレクシアは難しい顔で答える。
「ん」
「どんな風に使うの〜?」
「それは装備してみないと分からな」
「み、ミーちゃんが動いた!?」
(早っ!)
オルタは躊躇することなく、装備したようだ。
「お、踊ってますわ」
ミッティのヌイグルミはタップを踏んでいる。
(装備した者に従う人形の武器ってとこか)
「ミーちゃんジャンプ!」
命令を聞き入れ、その場で飛び跳ねた。
「す、す、すごーーい!!」
目を輝かせオルタは大喜びだ。
「……こっちはカードが飛んでる」
周囲に浮かぶカードはラミィの意志で自由自在に動く。
(ラミィのもまた面白い)
奇怪で常識外れの武器だろう。
「二人の武器のカテゴリーは、間違いなく『ユニーク』類だな」
「本当にすごい」
ラミィも感動したのが、口数が増えている。
「これは不思議ですわね」
「…本当に武器になるんだ」
「え〜〜!フラウもそーゆー武器がほしい〜」
カイムはオルタとラミィへ向き直る。
「二人ともよく聞いて欲しい」
「は、はい」
「……」
「ウェポンクリエイトの武器は通常のアビリティが発動しない」
「ずばり固有アビリティですわね?」
「正解だ。よく分かったなアレクシア」
「ふふん!このくらい当然です」
鼻高々に胸を張る。
「こういう類のユニーク武器は、オリジナルの技を覚える代わり技の癖が強い。使い熟すのに苦労するだろうが、努力すれば結果はいずれ伴う。ぜひ練習に励んで欲しい」
「が、がんばります!先生ありがとう」
「……どうも」
「!」
嬉しそうなオルタとラミィを見て、カイムはえも言われぬ幸せな気分になる。
(達成感……それとも充実感か?)
照れたのが暴露ないよう顔を逸らす。
「担任として当然の義務だ」
時計を見ると丁度いい頃合いだ。スピーカーから予鈴が鳴り、HRの終了を知らせる。
「これで終わりだ。今日は疲れたと思うから早目に帰って、ゆっくり休め」
「は、はい」
「……うん」
「ん」
「私はぜんぜん余裕ですわ」
「おかし食べたーい」
完璧とは言えないが上出来な塩梅で、教師生活の一日目が終わった。
◇◇◇放課後 午後15時30分〜17時30分◇◇◇
早々と職員寮へ直帰したカイムは、飼育小屋の前で三匹をハンドボールから放ち餌をやる。
「森鹿の肩肉だぞ」
「ガウガウッ!ハフッハフッ」
ジェヴォーダンは鋭い犬歯で肉を引き千切る。
「純銀鉱石だ」
「ゴォォォォ」
鉱石を砕きアメンポテプは飲み込んだ。
「…ゴホ、ゴホッ!ムガムガの花粉」
「フフフフ」
花粉を浴びて、クー・シィはご満悦である。
「今日はよく頑張ってくれたな」
人前で余り見せない穏やかな顔で労をねぎらう。
「先生」
(きたか)
約束通りエレオノールが現れた。
「…本当にモンスターを飼ってる」
「ああ」
複雑な表情で自分を見詰めるエレオノールに、カイムが先に口を開く。
「立派になったな」
「!」
「ザックスは元気か?」
「やっぱり…!」
ここまで言えば認めたも同然だ。
「兄さんは何一つ教えてくれなかった……貴方はクイーンナイツで……帝国を救った英雄なのにっ!一体何があったの?」
(帝国軍も自国民に、わざわざ恥を晒す真似はしない。俺の情報を厳しく規制した結果か)
灯りで、影を隠す。
国家包みの情報規制とは大それているが、この先どんな機会が訪れようとカイムは弁明しない。敵国の子供を助けた倫理観の是非はどうあれ、同胞を惨殺した罪は事実なのだから。
「色々あったんだ」
「ーーーー誤魔化さないで!私はもう子供じゃない!」
粗末な一言で納得させられるのなら苦労しない。
(ふっ……まだ子供だろうに)
友人の妹というだけで、付き合いの浅いエレオノールが自分の名声に拘る理由がカイムには分からなかった。
「今の俺は君が知る英雄でも、凶刃でも、カイム・ファーベインでもない。俺はヴァルキリースクールの新米教師カイム・レオルハート。それが唯一無二の真実だ」
「……ネム理事長はどこで貴方を?」
「偶然、再会したのさ」
嘘は言っていない。言っていないのだが、嘘と捉えられても仕方ない返答だった。
「……」
(…納得してないな)
今ので納得できると思っているのが、自分を客観視できないカイムの悪い癖だ。
そして、俯く姿を見て忘れていた過去を思い出す。
「エレオノール」
違和感のない慣れた手付きで、カイムはエレオノールの頭を優しく手を置き撫でる。
「あっ」
「昔、森で迷子になった君をザックスと探したよな」
「!……覚えてたの?」
「思い出したよ。時間が経つのは早いな」
モンスターが蔓延る森の奥で、カイムは彼女を見つけた。
「はい、はい!本当に早いです…」
涙汲む彼女の目尻を拭い、不器用に微笑む。
「俺の過去は忘れてくれ」
唯ならぬ面貌に事情を察したエレノールは、目を閉じ頰に添えたカイムの手の感触に浸りつつ答えた。
「……わかりました」
「あと他の生徒も混乱するから吹聴しないで欲しい」
「つまり、二人だけの秘密ーーーーですね」
「そうなる……のかな?」
ロマンチックには程遠い秘密だが、エレノールの瞳は潤み熱を帯びる。
「あ、あの約束も覚えてる?」
「約束?」
本気で悩むカイムを見て、眉を顰める。
「すまないが、忘れてしまったようだ」
正直に答える。
「……もういい!18歳になったら私から言う」
「そうか」
(カイムお兄ちゃんのバカ…)
憤慨するエレノールに困惑しつつ、意味が分からないまま頷く。
「しかし、お転婆だったエレオノールがこうもクールな性格になると思ってなかったよ」
「そ、それは」
「それは?」
(あの日、あの瞬間からずっと貴方に憧れて真似たから)
伝えたい本心をグッと飲み込む。
「それに綺麗になって驚いたよ」
「え」
彼は美辞麗句やおべっかを言える器用な性格ではない。
率直に思った事を口にしただけだ。
「……あ、う」
思春期真っ盛りで好意を寄せる男性に、褒められたエレオノールの顔は真っ赤に染まる。
「む?そろそろ寮に戻る時間だな」
少女の機微を意に介さず、雰囲気をぶち壊す。
「どうした?」
「……鈍感」
(何故だ?)
そう言い残して女子寮へ帰った。
(ふぅ……エレオノールの件は驚いたが初日にしては上出来かな?)
タバコに火を点け煙を吐き出し、今日一日の出来事と授業を振り返る。
「やり甲斐のある仕事だ」
カイムは一人呟くのであった。
女子寮の自室へ戻ったエレオノールは、ベッドに寝転ぶとロケットペンダントに挟んだ一枚の古い写真を眺める。
写真にはザックス、自分、カイムの三人が写っていた。
「カイムお兄ちゃん」
愛おしそうに凝望し微笑う。
(…ずっと忘れてないよ)
10年前交わした約束を今も尚、鮮明に覚えている。
「ーーーーエレオノール〜?夕食の時間だよ」
同室のサナ・セクテンダイスは扉を開け名前を呼ぶ。気付かれぬようロケットを素早く仕舞い、表情を取り繕う。
「…うん」
「電気も点けないでどーしたの?」
「別に」
「あっ…ちょっと〜待ってってば」
足早に食堂へ向かう。
エレオノールの素顔は熱い情熱に恋焦がれる乙女だった。