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幼馴染との再会 ③


帝国軍の兵士が戦艦より、次々と降下し辺りは騒然とした。

無駄のない統率された行動で、気絶したドン・ブルーノとその一味を拘束した後、捕縛艇へ乗せ連行していく。困惑するパネラと孤児達に、数人の部下を従えた男が歩み寄る。

「ーーーー孤児院の子供たちかな?」

「は、はい…」

「私の名前はクーネル・ボガード。そこの男の子と同じ獣人だよ」

名乗り上げると、スコープ付きのヘルメットを外して、彼は穏やかに喋り掛ける。

「急な展開で事態が飲み込めず、混乱しているだろうが、我々は君たちの味方だ。あの犯罪者を捕まえに来たのさ」

「……ドン・ブルーノを?」

「ああ。詳しい説明は彼女がしてくれる。今後、君たちの生活は帝国が不自由なく保障すると約束しようーーーーネル」

「はーい!あっちでお姉さんとお話しよっか?美味しいお菓子もあるよ〜」

「…お菓子!」

「たべたーい」

「あまいのすき〜」

「あ!ちょ、ちょっと」

背後に隠れていた孤児達が女兵士の下へ駆け寄る。想像もしてなかった急展開にパネラの思考が追い付かない。

「… ふむ」

真新しい戦闘の痕跡を眺め、クーネルは問い掛けた。

「我々が到着する前に激しい戦闘があったようだね?」

「それはーーーー」

パネラは簡単に経緯を説明した。

「…その彼は?」

「あそこに」

パネラの視線の先には、カイムが教会の前で、身を隠すように立っていた。

「あの男か」

「あ、あの!誤解がないように言っときますけど、カイムは優しい正義の味方ですよ」

「!」

クーネルはその名に驚いた。

(まさかな……きっと同名なだけに決まってるさ)

自身の馬鹿な期待に呆れつつ足を向けた。

しかし、近付くにつれ輪郭が鮮明になり、懐かしい面影が重なる。幽霊を見るように呆気に取られ、震える声で名を呼んだ。

「カ、カイムさん……ですか?」

震える声で呼ぶと、鋭い眼光が彼を射抜いた。

「ああ」

素っ気なく返事をする。

懐かしい記憶が脳内を駆け巡り、クーネルは込み上げる興奮を抑え切れなかった。

「あ、あなたが消息を絶って九年……嗚呼、女神の導きに感謝します!今までどこっ!?」

カイムはクーネルの胸倉を掴み、持ち上げる。彼の紅い瞳は怒りで爛々と燃え滾っていた。

「な、何を!」

(『Dの心臓』に適合した唯一の被験体を野放しにする気はないよな)

掴んだ右手に力が込められる。

「ーーーーどうせ『ユルヴァ博士』の差し金だろう?」

「な、なんのことで、すか!?」

「……この九年間で帝国の隠密部隊に何度も襲撃された」

「カ、カイムさっ」

「最後の襲撃者を返り討ちにして漸く五年経つが、まだ諦めて無かったとは驚いたよ」

「ち、違います!あなたは誤解してるっ」

「……今度は趣向を変えて、あの子達を盾に従わせるつもりか?」

「お、仰ってる意味が……帝国軍は昔とは違うっ…サーモに来たのも別件で…ま、全くの偶然…です」

「……」

嘘を言ってるようには見えず、流石のカイムも顔を顰める。


「ーーーー隊長を離せ!貴様は完全に包囲されている」


気付けば他の兵が銃器を構え、辺りを包囲していた。

「ぶ、武装を解除しろ。私は大丈…夫だ」

「し、しかし隊長」

「早くしろっ!」

クーネルの命令に従い兵士達は渋々武器を下ろす。

「…何が起きたか、説明させ…て下さい。『女王の騎士(クイーンナイツ)』の一人…ネム・スーフェリア卿もっ……きっとカイムさんとの再会を望んでるはず…」

「!」

【女王の騎士:帝国軍特別殲滅部隊の呼称。数々の遂行困難な作戦を成功に導き、百年戦争で最も名を馳せた部隊】

胸倉を掴んでいた手をゆっくり離す。

「ゴホッ!ゴホッ…」

「ネムが来ているのか?」

「い、今は会談中ですが……はい」

深く溜め息を吐きカイムは頷く。

「…話を聞こう」

「あ、ありがとうございます!」

「……乱暴な挨拶になって悪かったな」

憧れだった男の弱々しく謝る姿に、クーネルは胸が締め付けられた。


カイムが扉を開け、中に入ると野良猫の穴蔵の酒場は静まり、物々しい雰囲気か漂う。気付いたユギルが慌てて駆け寄った。

「カ、カイム!?帝国軍がドン・ブルーノを逮捕したって」

「ああ」

「それにサーモは帝国の属州になるって市長から緊急放送があってね」

「そうだな」

「えっと……カイムも関わってるって噂が広まってるんだけど」

物々しい理由はそれだった。僅か数時間で大混乱のサーモに感染症のように、様々な情報が倒錯している。カイムは黙ってバトルカードを差し出す。

「……報告処理を頼む」

それ以上は何も言わず、ただただ無言を貫く。納得しないままユギルは、カードリーダーで記録を確認して、報酬金を手渡した。

「世話になったな」

「カイム…?」

それだけ言うと踵を返して、振り返らずに外へ出た。路駐に停まる軍用車輌の後部座席に乗り込む。

「行きましょう」

クーネルが運転手の兵士に指示を出し発進する。帝国軍がサーモを制圧した様子を窓から眺め、カイムは呟いた。

「ーーーー『属州治安維持法』か」

「はい。領土内の独立した都市を属州化して、帝国兵が民衆の平和を守り、治安を維持するために施行された法律です」

「…平和?治安維持?侵略の間違いじゃないか」

「まぁ賛否あるのは否定しません。……ですが、ドン・ブルーノのような弱者を虐げ、搾取する輩は未だ大勢います。あの男は密偵の報告によると、市警や市長と癒着して違法薬の売買、人権を無視した奴隷商売、汚染物質の不法投棄などを請負い、私腹を肥やしていた。貧民街の住人や孤児が被害を被っていたのが、決定的な証拠ですね。カイムさんのお陰で手間が省けましたよ」

「それで一気に制圧したと?」

「ええ。市長と市警長は即刻解任。近い内、帝都から清廉潔癖な州知事候補が派遣されます。これでサーモの闇も払拭され、住みやすい都市になるでしょう。属州治安維持法は、立案者の『ゼノ・ファーベイン元帥』の正義を体現しています。義心がもたらす秩序と繁栄こそ我が軍の新たな指標です」

熱く語るクーネルを横目にカイムは顔を顰める。

「……前元帥はどうした?」

「ユルヴァ博士と『ヘイムワース前元帥』は帝国から亡命しました。後々、発覚した二人の戦犯の数々は今じゃ帝国最大の汚点で、軍のブラックリストのトップに名を連ねています。……カイムさんが無実の罪を着せられたと判明した時、口には出しませんでしたが、ゼノ元帥は誰よりも後悔していたと思います。四年前、あなたの追放処分は免除され、極秘裏に捜索を開始しましたが、今までどこに?」

「…各地を転々としてた」

答える気がないのか、味気ない返答だった。

「……そうですか」

車内は重苦しい空気に包まれる。

「ーーーータバコあるか?」

不意にカイムは問う。

「あ、どうぞ」

一本貰いライターで火を点け、紫煙を窓の外へ吐き出す。

「……久しぶりに吸うと旨いな」

「禁煙されてたのですか?」

「ああ」

ヘビースモーカーだった頃のカイムを知るクーネルは、複雑な心境だった。

「ーーーーあのですね」

「……」

「ゼノ元帥はカイムさんの帰還を心待ちに」

「止めろ」

「え…」

「元々俺とは血の繋がらない赤の他人だ」

「カイムさん…」

(進んだ時計の針は元に戻らない。全部、終わったんだ)

戻らない過去を振り返っても、そこに救いはない。


暫く車を走らせ、サーモの市庁舎前に到着した。

「スーフェリア卿は最上階の市長室で、待っているそうですよ」

「……ここから先は一人で行く」

「分かりました」

「送ってくれて助かったよ」

カイムは礼を言って市庁舎の中へ消えた。

「『カイム・ファーベイン』……奴は何者なんですか?」

運転していた部下は、怪訝そうにクーネルに問う。

「ーーーー功績も軍在籍時の記録も全て抹消されて、お前等の世代は知らなくて当然か」

「え」

「とにかく気にするな」

「…はぁ…」

そこまで言うと、タバコに火を点けた。

(誰が何と言おうと、俺にとっちゃ今でも憧れに変わりない。……あの人こそ、帝国最強の兵士なんだ)

尊敬の念は抱いた眼差しは、遠くをただ見ていた。


エレベーターが最上階で停まるとカイムは、市長執務室の扉の前で尻込みする。

九年振りの幼馴染との再会に、不安で柄にもなく、緊張していた。別れ際に、辛辣な態度を取っていたので尚更だった。

(……突っ立ってても仕方ないか)

意を決しゆっくりと扉を開く。

「あっ…」

結んだ白銀色の長髪が靡き、切長の蒼い瞳に射抜かれる。

帝国の紋章をあしらった高級スーツを身に纏う男装の麗人が、徐々に輪郭を歪めた。

狼の血を色濃く受け継いだ美しき獣人。彼女の名前はネム・スーフェリア。

(き、九年でこんなに変わるか?)

魅力溢るる大人の女性へ変貌した幼馴染に、戸惑いを覚える。

「………」

無言で眼前まで歩み寄った彼女は、彼の右頰を引っ叩く。

「ーーーーいっ!?」

さすがに予想外だった再会の挨拶に狼狽を禁じ得ない。

「このっ」

「あぷっ!」

次は左頬だ。

「…どれだけ心配したかっ…」

「ネ、ネム?」

恐る恐る名前を呼ぶが、スナップの効いた平手打ちが飛ぶ。

「うるさい!」

「りぷじっ!?」

「馬鹿っ…バカバカバカバカッ」

熱くなったカイムの頰に両手を添え、彼女は大粒の涙を流す。

「相談もしないで去るなんてっ…九年間も音信不通で……カイムはいつもそうじゃないか!?大事なことは、勝手に決めて置き去りにして……僕と君は親友なのに」

精一杯、気持ちを込め真摯に一言だけ答える。

「…ごめんな」

本当はもっと他に言葉を尽くしたいが、上手く伝えれなかった。そんな性格を分かってるのか、胸に飛び込み頷く。

「…ぐすっ…ひぐっ……ずっ、ずっと…会いたかった」

幼馴染の温かい涙が胸を濡らし、嗚咽しか聴こえない。

時間が経ち、落ち着きを取り戻したネムは喋り続ける。

帝国に起きた変革、法整備による軍縮、かつての仲間達の活躍ーーーー他者との接触を避け、辺境を放浪していたカイムには、どれも新鮮な内容ばかりで、目から鱗だった。


「ーーーーサーモの市民も最初は、属州化に戸惑うだろうけど心配ないよ。公共施設を充実させ数年内には、鉄道や空挺の交通機関を開通……市民が安全に暮らせる都市へ生まれ変わる。帝国軍の分隊が在住し監視もするからね」

「用意周到だな」

「軍縮で国費にかなり余裕ができたの。属州化治安維持法は、帝国史に残る素晴らしい法案だよ」

一呼吸、間を置きネムは続ける。

「……ゼノ元帥も、アナスタシアさんも、リィンさんも、ミラちゃんも皆、君の帰りを待ってる。セルビア、ザックス、クーベル、トト、アルティナーーーー僕を含めたクイーンナイツの仲間全員も」

顔を背けポツリと呟く。

「皆も元気そうだ」

「はぐらかさないでちゃんと答えて」

追求されると深く息を吐き、きっぱりと伝えた。

「……俺の中で『Dの心臓』が鼓動する限り、帝都に戻るつもりはない」

「心臓?」

「……」

「カイムが十二歳の時、心臓の移植手術を受けたのは勿論、知ってるけど何か関係があるの?」

「……答えたくない」

表情から触れられたくない話題だと察する。

失踪する以前、家族ぐるみの付き合いで、本当の兄弟か姉妹のように過ごしたネムには、否が応でも分かってしまう。

「じゃあカイムの話を聴かせてよ」

彼を気遣い追求は止め、話題を変えた。

「え?」

「九年間で何があったか教えて」

拒否は許さないと上目遣いで、彼女は凝視する。

「……分かったよ」

「ふふふ」

(笑った顔は子供の頃と何一つ変わってないな)

昔を思い出し目を細めた。

「それじゃ僕が泊まるホテルの部屋に行こっか」

「ここじゃ駄目なのか?」

「こんな場所じゃなく、二人っきりでゆっくり話したいの」

「今も二人っきりだぞ」

不満気にネムの獣耳と尻尾が左右に揺れ動く。

「……いいから行くよ!」

「お、おう」

語気に押され頷く。

(何年経っても鈍感なのは、変わってなくてちょっと安心したけど……)

「?」

二人は市庁舎を後にして、ホテルへ向かった。


歓楽都市サーモを象徴する高級ホテルのスイートルームは、贅を凝らした内装で一泊幾らするか想像も付かない。

屋外プール付きバルコニーの下には、道路を挟み、歓楽街と貧民街を一望出来る。

「……いい部屋だな」

窓の外を眺め呟く。

「僕は巡洋艦の艦室で構わなかったけど出発前、爺やが煩くてね」

通常何ヶ月先まで予約で埋まるスイートルームに、急遽宿泊を可能とする権力と財力は、帝国貴族の中でもスーフェリア家が別格の家柄だと物語っている。

「ガイモン爺さんには怒られた記憶しかないな」

爺やことガイモン・ヘミングは、スーフェリア家に長年仕える優秀な執事で、カイムも幼い頃世話になっている。

「あはは。屋敷の彫刻や絵画に二人でラクガキして、大目玉を食らったよね?」

昔を懐かしむ二人だった。

「…そういえば仕事は大丈夫なのか?」

「うん。『帝国議会』の評議長として、属州化の告知と約諾が今回の仕事だったけど、事前調査のお陰で滞りなく終わったよ」

「代表?」

「父さんが引退して今は僕がスーフェリア家の当主なんだ」

(……親父さんが引退したのか)

【帝国議会:帝国の名だたる貴族の当主が議員を務め、法の制定を執り行うアレクサンドリア帝国の重要な中枢機関】

「ネムは随分と出世したんだな」

自分と比べると、天と地ほど差があると感嘆を洩らす。

「跡目を継いだだけさ」

スーフェリア家とファーベイン家は代々王家に仕え、帝国の礎を築いた功労者として、大公爵の爵位を持つ貴族である。実子なれど、当主の座を襲名するのは、並大抵ではない。

「僕のことはいいから隣に座って、早く話を聴かせて欲しいな」

「隣?別にこのままで」

「座ろっか」

「………」

有無を言わせぬ圧力で、ソファーを叩く彼女に逆らう気力は湧かず、言われるまま座る。

「…近いぞ」

「普通だよ」

肩に頭を乗せ密着するネムに、違和感を感じて口にした。

「もう少し離れてくれ」

「どうして?昔は一緒にお風呂にも入ってたじゃないか」

(何年前の話だよ…)

カイムは溜め息を吐き、九年間の出来事を静かに語り出した。


一時間も過ぎた頃、詳細を省き大まかに話し終える。

「ーーーーそう、だったんだ」

ネムは目を伏せ、物哀しい表情を浮かべる。

「各地を転々として、日銭を稼ぎ人目を避け暮らすーーーーその繰り返しだ。一箇所に長く滞在すれば、帝国軍の襲撃で関係ない人々に被害が及ぶからな。……お陰で最初の数年は最悪だったよ。もうその心配は無くなったみたいだがな」

「……あの日の裁判記録を僕も何度も見返した。不審な点が多いし、改竄された痕跡もあった。質問だけど迷彩艦ステルスノートで偵察任務中に乱心し、部隊員と艦兵に艦長それにアーマン将官を殺害して、ステルスノートを爆破したって本当なの?」

「真実だ」

きっぱりとカイムは答える。

「嘘だね。君が乱心した挙句、仲間を殺したなんて信じれない」

「……」

「真実を話してよ」

賢明で聡い幼馴染に話すべきか迷う。

「誰にも言わないと誓うから」

沈黙が続く。悩んだ末、カイムはその言葉を信じて、明かさなかった秘密を喋った、

「ーーーー表向きは偵察任務だったが、本当はミドガルム共和国に潜入し、『三賢』の身内を誘拐する極秘作戦だった」

「!?」

【三賢:ミドガルム共和国の代表する三人の統治者】

「誘拐目的は百年戦争が終戦間近になり、和平条約を締結するに当たり、帝国に有利な条件を共和国に提示するため。作戦立案者はヘイムワース元帥とユヴァル博士の二人で、俺は博士の推薦で作戦に参加した。……そして共和国に潜入し『妖精王』の娘と息子を拐った実行犯なのさ」

「『戦時国際法』を破る大問題じゃないか……それで?」

「誘拐した後、二人のこれから辿る顛末を考えた時、自分の恥ずべき非道な行為を俺は心底悔いた。こんなことの為に、戦ってた訳じゃないーーーーってな。そして悩んだ末、二人を逃すと決め、行手に立ち塞がる兵士を、艦長を、将官を全員殺し格納庫の空挺を奪い脱出したんだ。後は国境のミドガルム軍の駐屯施設に送り届け……そこから先は分かるだろ」

「うん…」

「造反した一兵卒に過ぎない俺が裁判で極刑を免れ、追放処分で済んだのも、作戦の詳細を公にできなかった所為だろう」

彼女は掛ける言葉が見つからなかった。

「念を押すけど誰にも言うなよ?余計な火種はごめんだ」

終戦したといえ、現在も帝国と共和国は友好的とは言い難い関係だ。百年続いた戦争の遺恨はそれ程、根深い。

(なるほど……ヘイムワース元帥が九年前の和平条約で肥沃な領土を、共和国に譲渡した原因はこれか。暴露ないよう密かに段取りをしてたんだな)

ネムは顎に手を当て、思考を巡らせた後に問う。

「…一人で抱えて辛かったよね」

「どうだろうな」

その直後に彼女は後悔した。

「でも打ち明けて気が楽になったよ」

言葉を濁した気遣いに、彼女は唇を噛む。

(ッ…僕のバカ…辛いに決まってるじゃないか!一人で九年間もカイムは、カイムはっ…)

孤独に耐え忍んでいた姿を想像して瞳が潤む。

「これからどうするの?」

「…わからない」

胸が締め付けられる横顔だった。ネムには親と逸れ、途方に暮れた迷子の子供のように映る。

カイムの右手を、両手で強く握った。

「ーーーー僕は決めたよ」

「…決めたって何を?」

もう二度とこの手を離さないと強く決意し告げる。


「君を教師にする」


唐突で脈絡のない彼女の発言に唖然とする。

「急になんの冗談だ?」

「冗談じゃない。本気だよ」

「…そもそも帝都に戻るつもりはない」

「違う。二年前、僕は『国境都市ルーヴェ』に『ヴァルキリースクール』という学園を創立した」

「………」

「不戦の地で帝国も共和国も関係なく、各地から生徒を募集してる」

「……なんで俺を誘う?」

「戦闘学を教える教師が辞めて、適任者を探してるのも理由の一つかな」

無論、それは大した理由ではない。本題は別にある。

「戦うのと教えるのは別問題だ。大体、適任者なんて星の数ほど」

「ーーーー君じゃなきゃ駄目なんだっ!!」

大声で遮られ、言葉を失う。

「…カイムは生きる意義と目的を見失って、分からないんだよね」

心中を見透かされ、咄嗟に顔を背ける。

追われ放浪を続ける必要もなく、他者を遠去け警戒する必要もなく、襲撃に怯える必要もなくーーーー闘う必要もない。

彼にとって、九年間の降り掛かる苦難と受難は、いつの間にか生きる原動力になっていた。

その原動力を突然失い、何をすべきか分からなくなった。

「僕が傍にいるから……カイムの辛い顔はもう見たくない」

(そんな顔してたのか?)

涙が溢れ感情が邪魔して、上手く言葉に出来ないネムだったがその分、気持ちがカイムへ伝わる。

「…俺に教師なんて無理に決まってる」

「無理じゃない」

「誘ってくれたのは嬉しいが気持ちだけで十分だ」

「あぁ…もうっ…!」

「あぶっ!?」

煮え切らない態度を見兼ね、両頬を挟み引き寄せる。

「帝国を信じれないなら僕を信じて!」

「…ふぇむ…」

「君の幼馴染で親友のネム・スーフェリアを信じてよ」

力強い意志と言葉に惹き込まれる。

(生きる目的……こんな俺にもまだ……)

淡い希望が灯る。それは微かな期待だ。

「ーーーーわかった!?」

「ふぁ、ふぁい」

「!……今、返事したね?」

(あっ…)

勢いに押され、つい返事をしてしまう。

「…よかった…これからはずっと一緒だよ?」

嬉しそうに微笑むネムを見て、カイムは観念して腹を括った。

(…親友の頼みだもんな)

「分かったから一旦離れてくれ」

「嫌」

「お、おい…」

首に手を回し抱き着かれる。鼻腔を擽る髪の甘い匂い、柔らかな感触に緊張した。

「……逃げたらどんな手を使っても探し出すよ?」

耳元で警告するように囁き、悪戯な笑みを浮かべる。

(本当に敵わないな)

ーーーーこうして思いも寄らぬ偶然の巡り合わせと紆余曲折を経て、カイムはネムが運営する学園の教師をする事になってしまった。一度、帝都に戻り準備を整え、迎えに来る彼女をサーモにて待つ。

唯一、彼が納得いかない点は……。

『元帥とクイーンナイツの皆には、黙ってる訳にいかないし、最低限の経緯は話すよ』

……とネムが譲らなかった事だ。

クイーンナイツの面々は兎も角、義父に話すのは渋ったが、最後には説得され了承した。


◇◇◇聖暦1798年2月18日◇◇◇


そして一週間後。帝国軍の軍用車が孤児院の前で停車する。

「やぁ」

「てーこくのおじさんだー!」

「お菓子くれるの〜?」

「遊んで遊んで!」

「…ごめんね。今日は別の用事で来たんだ」

「「「えぇ〜!!」」」

颯爽と降りて来たクーネルは、目配せした。

「ああ」

身支度を済ませたカイムは頷く。

「…パネラも皆も元気でな」

「え、カイムどっかいっちゃうの?」

「嫌だ嫌だ嫌だ〜!」

悲しい顔をする孤児に微笑む。

「永遠に会えないわけじゃない。また遊びに来るよ。約束する」

宥めるもパネラは俯き、肩を震わせた。

「…カイムには感謝してるよ?ずっと…ずっと…私も傍に居て欲しいって思っちゃうくらい…」

我慢出来ず、涙を流すとそっと指で優しく拭い、便箋と小包を渡した。

「元気でな」

そして振り返らず車両に乗り込み、彼は去って行く。

「ぐすっ……え!?」

布を解き小包の確認すると、中身は分厚い札束だった。慌てて便箋の封も切り、手紙の内容を読む。

『パネラへ。この金は暫く世話になった礼だ。もし困ったことがあれば、帝国軍の駐屯所を訪ねろ。必ず君たちの力になってくれる。また会う日まで元気でな』

綺麗な筆跡で書かれた文章を読み、暖かい気持ちになる。

(……またね)

パネラは涙を拭い愛おしそうに手紙を胸に抱いた。


サーモの南の外れに広がる空き地は、たった一週間で軍の駐屯地へ変わった。帝国兵が整備し、戦車や爆撃砲が並び宿舎・倉庫・訓練所が急ピッチで建造されている。

中央の飛行場には、真紅の機体が停まっていた。

この機体はハンドレッド。全長50m全幅36m。

変速圧縮タービンと出力補助エンジンを6基積み、74mm魔導砲を搭載したネムが所有する最新鋭の戦闘機だ。

「ネム・スーフェリア卿がお待ちです」

車から降りたクーネルはカイムへ告げる。

「…クーネル」

「はい」

「あらためてあの子達を宜しく頼む」

「任せて下さい」

頼もしい返事で彼は応じた。

「……それと」

「?」

「いい兵士になったな」

思い掛けない賞賛の言葉に、クーネルは頬が緩む。

(カイムさん…)

ハンドレッドのエンジンが始動し重低音が響いた。

「新天地でのご活躍、心より期待してます」

満面の笑みでクーネルは敬礼した。事情を知らぬ部下も、怪訝そうな顔で真似る。乗り込むとハッチが閉まり、瞬く間に離陸し、新天地へ向け飛び立った。


……この物語はかつて最強と謳われた元兵士が教師となり、新たな道を歩む再生の物語だ。


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