幼馴染との再会 ②
◇◇◇聖暦1798年2月11日◇◇◇
カイムが孤児院の警護に就き、早六日が過ぎた。
初日のようなトラブルは起きず、ただただ平穏な毎日である。
「鬼ごっこしよ!」
「おままごとがさきぃ〜」
「あたちといっちょに水やりにいくのぉ」
コートの裾を引っ張り、孤児達は甘える。
「すっかり馴染んじゃったね」
パネラは洗濯物を干しつつ微笑んだ。
(……あれ以降、連中も来ないしカイムは料理も上手で面倒見も良くてーーーーこのままずっと居てくれたら嬉しいな)
院長が亡くなり、望まずとも齢15歳で孤児院を仕切るパネラの気苦労は計り知れず、ここまでやってこれただけ大したものだ。淡い期待を胸に秘め頰を染める。
「あれ〜?パネラお姉ちゃんってば顔真っ赤〜」
「まっかっか〜」
「お猿さんみたーい」
「……だぁれぇがぁお猿さんですって〜?」
「「「こわーい!逃げろ〜」」」
元気に走り回る姿に、カイムのささくれた心も安らぐも、束の間の平穏だった。
「!?」
悪意に満ちた歓迎出来ぬ来訪者の襲来。
突如、猛スピードで四台のトラックが孤児院の前に停まり、武装したドン・ブルーノの手下が降りて来た。
忽ち辺りを囲み、機関銃の銃口を向ける。
「みんな!教会の中へーーーー急いで!?」
パネラが表情を強張らせ叫ぶ。慌てて孤児達は、教会の中に逃げ込んだ。最後に到着した高級車の後部座席からドン・ブルーノが現れた。
「テメーがカイムか?……俺様はドン・ブルーノ。サーモの裏稼業を仕切ってるもんだ。兄ちゃんが嬢ちゃんに何を吹き込まれたか知らねーが、俺様は貧民街の薄汚ぇ住人共の味方だぜ」
小物が大物振る程、滑稽なものはない。余りに傲慢な自己紹介に呆れるカイムだった。
「ふざけないでっ!あなたは貧民街に違法薬をばら撒き、皆から土地を騙し奪った悪党じゃない!」
「証拠もねぇのに人聞きが悪いなぁ〜……嬢ちゃんもあんまり威勢がいいと、院長のババアみたく不慮の事故で死んじまうぞ」
「……え」
「俺ん家に直談判に来た帰りに、暴走車に轢かれるたぁ可哀想によ」
葉巻に火を点け、煙を吐き出す。賢い少女は悟った。
「ま、まさかあの事故はあなたがっ…」
「げへへ」
ブルーノの下衆な笑みが全てを物語る。
「ーーーーこ、殺してやるっ!!」
激昂するパネラをカイムは制止して、初めて口を開く。
「孤児院から手を引け」
「……あぁん?」
「二度は言わない。最後の忠告だ」
「ぶわっははははは!忠告だとぅ?……俺を誰だと思ってやがんだ!?ドン・ブルーノ様だぞ!この貧民街はよぉぶっ潰して、売春街にするのさぁ!その嬢ちゃんも亜人のガキも、薬漬けにして腰を振る、性奴隷にしてやるぜ」
浅はかな欲に塗れた醜悪さがだだ漏れだ。
「…そうか」
カイムはその答えに頷く。
【カイムの『強奪技』!スリーピーホロウ】
そして『アビリティ』を発動させた。
「あっ…れ…?」
「…急に…眠気が……」
「な、んだ…よ……これ…」
美しい音色が響き渡った直後、ばだばたと手下が卒倒する。
「お、おい!テメェら!?」
【私設兵×30は眠ってしまった】
「ーーーーチャンスは与えた。この選択はお前自身が招いたことだ」
刀を抜いたカイムに、ドン・ブルーノは腰を抜かす。
「ひ、ひぃぃ…せ、先生ぇぇ…!?」
成り行きを見守っていた用心棒がいよいよ登場する。
「状態異常の範囲攻撃……かかかっ!『スキル』か『アビリティ』か?どっちにせよ手練れに違いねぇわな」
【スキル:特殊技能の呼称】
【アビリティ:戦闘技の呼称】
(『耐性』持ちか…)
【耐性:魔法・物理・属性・状態異常の攻撃に対しダメージを軽減もしくは無効化する免疫力の呼称】
「お、お願いします!野朗をぶっ殺してください!」
「パネラは下がってろ」
「う、うん」
対峙する二人の間の空気が張り詰める。
「俺の名前はポーカーってんだ」
(…あの額の蛇と鎖の刺青……闇ギルド『ウロボロス』のメンバーだな)
無骨なハンマーを担ぎ、ポーカーは笑う。
「さーて楽しませてくれ……よっ!」
カイムが横に攻撃を躱すとアビリティを発動する。
【ポーカーの壊し屋の流儀!ストームラッシュ】
縦横無尽にハンマーを振り回すポーカーの攻撃を、彼は華麗にステップで避ける。
【ミス×4!ノーダメージ】
砂埃が舞い、ポーカーは距離を取った。
(やるねぇーーーーこれならどうよ?)
【ポーカーの壊し屋の流儀!アースクラッシュ】
地面を抉り石礫を無数に飛ばす。
「きゃっ!?」
弾丸並の速度で迫る石礫を、カイムは全て難なく刀で叩き落とした。
「…やべぇ…やべぇな兄ちゃん」
ポーカーは体を震わせた。
(もしやこいつは……思い過ごしだといいが)
遠い日の戦場の記憶が甦る。屍の山を背に佇むある兵士の面影がカイムと重なった。
疑惑を振り払うかのようにスキルを使う。
【クラッシャーのスキルを発動】
【一定時間攻撃力上昇】
【一定ダメージ量の吸収効果を付与】
彼の持つスキル『クラッシャー』は、攻撃と防御を両立させた戦闘系スキルだ。
【ポーカーの壊し屋の流儀!猪突猛進】
紫のオーラを纏い、砂塵を巻き上げ突進する。
【カイムの強奪技!マテリアルバリア】
ポーカーのアビリティは突進の衝撃で周囲を破壊するも、カイムが展開した半透明の防御壁が孤児院を守る。
「ーーーーやるねぇ。大概は今の一撃で片が着くんだが」
「……」
戦闘中に関わらず、カイムは踏み荒れた野菜畑を見ている。
「…なんだ?どーしたよ」
孤児が一生懸命育ってた作物は、実を結ぶ前に散った。
その事実が闘志に火を灯す。
「終わりだ」
刀を下段に構えたと思った瞬間ーーーー。
【カイムの強奪技!烈刃・乱れ桜】
「なっ!?」
ーーーー桜の花弁が宙に舞うと同時に体を斬り裂かれた。
ポーカーの右肩僧帽筋に鋭利な痛みが走る。
【ダメージを吸収された×4】
【ダメージの吸収量を超えた】
【3780ダメージ】
「……は、はっははっ!マ、マジかよおい!?」
クラッシャーのダメージ吸収効果の吸収できるダメージ量は決まっている。
まさか一度のアビリティで破られるとは思っていなかった。
その間、瞬時に武器を刀から大剣銃に持ち替え、高くジャンプする。
【10968ダメージ】
縦一文字に上空より振り下ろされた強力な一撃は、ポーカーの右肩から先を切断した。
「ーーーー参ったぜ…こりゃ参った…」
後方に引き下がり蹲る。
切断面からオイルが零れ、電気回路が火花を散らす。
「…『機鋼化』した体だったか」
【機鋼化:欠如した四肢、臓器を部分的に機械化して延命もしくは強化する技術】
(機械剣に化け物みてぇな強さ……それにカイムって名前……もしやと思ったが間違いねぇな)
懐いていた疑惑は確信へ変わり、ポーカーの頰に嫌な汗が伝う。
「ーーーー兄ちゃんは『凶刃』カイム・ファーベインだろ」
「!」
「『百年戦争』……あの地獄で見た光景は一生忘れねぇ。当時、『ミドガルム共和国』の兵士だった俺にとっちゃアンタは、恐怖の象徴だった」
【ミドガルム共和国:『亜人』が統治するアレクサンドリア帝国に次ぐ巨大国家】
【亜人:体の一部にモンスターの特徴を残す人間】
【百年戦争:帝国と共和国が百年続けた大戦。九年前に和平条約を締結し終戦した】
「なんで帝国の英雄がこんな所に?」
カイムは吐き捨てるように答えた。
「……俺は英雄じゃない」
ポーカーは立ち上がり息を吐く。
「ドン・ブルーノ」
「へ、へ、へぁ!」
「テメーとの契約は今日付けで終了だ」
壁に隠れ震えていたドン・ブルーノは、愕然とした表情を浮かべた。
「せ、先生ぇ!?そ、そんな」
(……かつて帝国最強と謳われた男に敵うわけねぇだろ)
立ち上がると彼は腕を翳した。
「おい」
「…じゃあな」
【ポーカーの風魔法!エスケープ】
一陣の風が吹くと、ポーカーはその場から姿を消した。
【『壊し屋』ポーカーは逃走】
【ドン・ブルーノの手下×30は壊滅した】
【経験値3000P獲得!2AP獲得!1SP獲得!】
(……ふん)
「あ、あが!?」
武装を解除したカイムはドン・ブルーノの首根っこを掴み、パネラの前へ放り投げる。
「ひ、ひぃ…」
「………」
院長《育ての親》を殺された少女の瞳は復讐の炎で染まる。
「ーーーーた、助けてくれ!?に、二度と孤児院に手を出さねぇ!か、か、金も好きなだけやる」
パネラは壊れた鉄柵の棒を拾い、大きく振り被った。
「た、頼むよぉ…ご、後生だからぁぁーー!」
懇願するドン・ブルーノの真横に振り下ろす。
「あ、あっ…あ」
「はぁ…はぁ…」
荒い息を吐き、パネラは棒を捨てた。
「こんな奴、殺す価値もない……そうだよね?」
泣くのを堪える少女にカイムは頷くと、ドン・ブルーノの横っ腹を蹴り上げた。
「オボエェェッ…オェ〜〜!!?」
大量の吐瀉物を撒き散らす彼の髪を掴み、壁に叩き付ける。
歯が口内で砕け歯肉に突き刺さり、蛇口を捻ったように血が流れ落ちる。
「……あの娘に感謝しろド屑が」
ドン・ブルーノは余りの痛みで糞尿を漏らし、失神した。
「よく我慢したな」
パネラはカイムを見詰め、胸に飛び込む。
「うっぅ……うわああああああん!」
複雑な感情が入り混じり、少女の涙腺は決壊した。
【全員その場で制止せよ!動けば敵意有と見做し、武力行使する。繰り返す。全員その場でーーーー】
しかし、感傷に浸る間もなく突如、戦艦が頭上に出現する。
「な、なに!?」
「戦艦だーー!」
「でかーい!おおきーい!」
「おふね?」
狼狽えるパネラと対照的に飛び出した孤児達は空を見上げ騒ぐ。
「……帝国軍だと?」
獅子と十字紀章のシンボルマークは、アレクサンドリア帝国軍の軍旗である。
「帝国の戦艦…?」
「ああ。索敵型航空巡洋艦マファイーーーー『帝国空軍』が所有する戦艦だ」
先程より遥かに緊迫感を漂わせるカイムの横顔に、パネラは胸騒ぎを覚えたのだった。