幼馴染との再会 ①
銃弾が頰を掠め、魔法が飛び交う。熱い火の粉が目の前で弾け、鉄臭が香った。
「ーーーーこ、この悪魔め…ぷぎ!」
男は脳漿を撒き散らし、壁のパイプは血飛沫で赤黒く彩る。
「や、やめぎゅ!?」
千切れた手足と内臓を踏み抜き、前へ前へと突き進む。
「えっぐ…ひっぐ…」
「おぎゃあああ!おぎゃああああ!」
警告音が劈き、赤い点滅が視界を眩ませる。
「ーーーー走れっ!」
泣き噦るエルフの少女の手を引き、抱き抱えた赤ん坊の頰に血が滴る。遠くに映る光を目指して我武者羅に戦った。
(……嗚呼、またこの夢だ。俺は後悔してるのか?いや、俺の選択は……この選択は、決して間違えてなどーーーー)
何十、何百回と繰り返す悪夢と自問自答。光に辿り着いても、答えは見付からないのだ。
◇◇◇聖歴1798年2月4日◇◇◇
彼は瞼を開けると、部屋の黴び臭さで現実を実感する。
「……またあの夢か」
ベッドから起き上がり、洗面台へ向かう。
鏡に映った右頰の引き攣った傷と、左胸の歪に縫われた手術痕を触る。鍛え抜かれた肉体は、獰猛で雄々しい野生の獣を彷彿させた。顔を洗い血のように、紅い瞳が細まる。
「依頼に行かなきゃな」
伸びた黒髪を乱暴に結び呟いた。
彼の名はカイム。この物語の主人公である。
◇◇◇歓楽都市サーモ◇◇◇
投棄された廃棄物が山となった『サーモ廃棄物処理場』は、華やかな『歓楽都市サーモ』の闇を体現していた。
処理場とは名ばかりの不法投棄物の温床。
ドロドロした有害な液体で濡れた路面は粘着を帯び、まるで蛞蝓の外皮を歩いてるような気分に陥る。
【歓楽都市サーモ:賭博遊技場・風俗街・オークション会場等、娯楽に溢れた辺境有数の歓楽街を運営する都市】
【サーモ廃棄物処理場:汚染物質塗れの廃棄物が捨てられる処理場。悪臭が漂い、モンスターが棲み着く危険な場所】
「こいつが『傭兵ギルド』の討伐クエスト対象。廃棄物を食い、異常成長したスライムーーーーダストイーターか」
【傭兵ギルド:モンスター討伐・賞金首の摘発・身辺警護の依頼をギルドに登録した傭兵へ斡旋する組合組織】
膨らむ汚泥の巨塊を睨み、鍔の深い帽子を目深に被り直すと襟と裾が長いコートを翻す。
「…ブポポポ…ポポッ…」
不快な音を漏らし、ダストイーターは液体を飛ばした。
【ダストイーターの怪溶液!】
カイムは軽やかなステップで横へ回避する。
【ミス!ノーダメージ】
いつの間に手に握っていたのか、黒乾石目塗の鞘から刀を抜いた。
【カイムの強奪技!飛剣・鎌鼬鼠】
一直線に放たれた斬撃は空気を裂き、ダストイーターへ衝突する。
【6580ダメージ】
怯んだ隙を見逃さず、追撃に転じた。
【カイムの強奪技!フレアスター】
煌めく光を迸らせた爆炎の渦は、一帯の塵と汚泥諸共、澱んだ空気を吹き飛ばす。
【5000ダメージ×6】
高威力の攻撃に晒されたダストイーターが消滅する。
【ダストイーターを倒した】
【戦闘経験値2150P獲得!3AP獲得!2SP獲得!】
【汚れたスライムコア×1をドロップ】
カイムは落ちたアイテムを拾い、『アイテムパック』へ収納する。
【アイテムパック:収納数に限界はあるが質量・重量を無視して、物品を保管できる便利な道具。但し値段は高い】
(…依頼完了だ)
廃棄処理場を出て傭兵ギルド『野良犬の穴蔵』へ向かった。
「ーーーーお疲れ様」
カイムがカウンターの椅子に座ると『ギルドガール』ユギルに『ログカード』を無言で差し出した。
カードを受け取った彼女は、専用端末でカードの記録を読み取り、内容を確認すると依頼の報酬金を支払う。
「ダストイーターを一人で……本当に凄いわね」
【ギルドガール:ギルドに雇われた女性職員。主にクエストの受付業務と報酬金の支払いを担当する】
【ログカード:傭兵ギルドが登録者に配布する戦闘記録を自動保存するカード端末。クエストの虚偽報告を防ぐため、依頼達成の報告時は必ず提出を義務付けられている】
「別に」
腕を組み、一言だけ返す。
「サーモに来て早一ヶ月ーーーー他の酒浸りの傭兵に見習って欲しい働き振りよ」
ユギルは酒を飲み騒ぐ輩を一瞥すると、溜息を吐いた。
「……」
「カイムも飲む?奢るよ」
胸を寄せたユギルから、香水の匂いが漂う。彼女は
野良猫の穴蔵に勤めるギルドガールの中では一番の美人だ。
「飲まない」
されど彼はにべもなく断る。
「カワイイ女の子と楽しくお喋りしようって気にはならない?」
「時と場合に寄る」
「あはは!なによそれ」
顰めっ面の男を前に愛嬌良く振る舞えるのも、人気の理由の一つだろう。
「それより依頼はないか?」
「もう仕事の話?偶には休んだ方がいーよ」
期待を込めた眼差しを注ぎ、ユギルは喋り続ける。
「実は明日、休みなの。せっかくだし一緒にーーーー」
「依頼は?」
「……はいはい!わかったわよ」
(なんで怒ってるんだ?)
「えーっと今、受注できるクエストは『ドン・ブルーノ』の依頼と放置されてる孤児院の身辺警護の二つかな」
ドン・ブルーノは非合法な稼業で金を荒稼ぎするサーモの資産家で、悪辣で鬼畜な男だと黒い噂が絶えない。
「孤児院の方の詳細を教えてくれ」
「うーん……これはやめといた方がいいよ」
「何故?」
「ドン・ブルーノが孤児院の土地を狙って、長年脅迫してるのは有名な話だもん。サーモで彼に睨まれたら生きていけないし、護衛期間も長いのに報酬金はたった5万Gよ?」
カイムは暫し考え、口を開いた。
「孤児院の依頼を受ける」
「本気?」
「ああ」
「……ドン・ブルーノは怒らせるとヤバいよ?」
「そういう手合いには慣れてる」
ユルヴァの心配を他所に彼は平然と答えた。
「ーーーーそれにこれが最後だ」
「え…最後って」
「明日、孤児院に向かうよ」
動揺するユギルからカードを受け取り、席を立ち上がる。
「じゃあな」
彼はそれだけ言うとギルドを出て行った。
「……急に嘘でしょ?」
ユギルは親指の爪を噛み呟く。
「ユギルよぉ流れ者の傭兵に恋したって実らねーぞ」
「そうそう」
「う。うるさい!」
左隣に座っていた男女の傭兵二人組が揶揄う。
「あの野朗は各地を転々としてるらしいぜ」
「転々?」
「片っ端からギルドの依頼を受けて、片付けると居なくなっちまうそうだ」
「お尋ね者の賞金首だって噂もあるしね」
「あぁ」
「………」
「まぁ面倒毎に首を突っ込まねぇ方がいいぞ」
彼女はカイムが座っていた席を物憂げに見詰めた。
◇◇◇聖暦1798年2月5日◇◇◇
翌日、彼は借りていたアパートを引払い、サーモの貧民街へ足を踏み入れる。
「あ〜神さまが踊ってらぁ…」
「…へ、へへっ…」
罅割れた鉄筋コンクリートの建物が所狭しと等間隔に並び、地べたに這い蹲る大人は、虚な表情で宙を仰いでいる。
カイムは手に握る小瓶を見て顔を顰めた。
(白濁した瞳、額に太く浮き出た血管ーーーー『違法薬』の中毒症状だ)
【違法薬:快楽を得るために精製された人体に有害な中毒性の高い危険なポーション】
嫌悪感を募らせつつ、その場を立ち去る。
交差した街路を抜けると、目的の孤児院へ辿り着いた。
外観は老朽化の激しい鐘付きの教会。中庭で数人の子供が遊んでいる。
「…あ!」
犬耳の生えた女の子がカイムに気付いた途端怯え、他の孤児にも伝染する。
(『獣人』の子供か)
【獣人:体の一部に動物の特徴がある人間】
向こうから15歳位の女の子が異変に気付き、鬼気迫る表情で走って来た。
そして両手を広げ、庇うように孤児の前に立つ。
「ーーーー帰ってください」
毅然と言い放った。
「俺は」
「どんなに脅されても屈しません!……この孤児院を絶対に売ったりするもんですか」
(……勘違いしてるようだが、恐らく彼女が依頼主のパネラだろう)
誤解を解くべく、手短に説明する。
「俺は護衛の依頼を受けてきた」
「…え」
ポカーンと口を開く。
「脅迫されて困ってるんだろう」
「じゃあ傭兵ギルドの…?」
カイムが頷くと慌てて謝罪した。
「ご、ごめんなさい!すっごく怖い顔だからてっきりドン・ブルーノの手先かと思って」
「…そうか」
警戒心を緩め少女は微笑む。
「私の名前はパネラ。訳あって孤児院の責任者をしてるの。あなたの名前は?」
「カイム」
「カイムね!とりあえず中で事情を説明するから入って」
教会の中に通され、依頼の経緯を聞いた。
「ーーーーなるほど」
事情を聴き終えた彼は呟く。
貧ドン・ブルーノは、違法薬を貧民街にばら撒き、住民の判断力を削ぐと土地の利権を無理矢理、買い占めた。
孤児院の理事長も半年前、不慮の事故で亡くなってしまい、このままだと幼い孤児たちにまで危険が及ぶと判断したパネラは、傭兵ギルドへ護衛を依頼したのだが、なけなしの報酬金を支払うのが精一杯で受注する傭兵は誰一人居なかった。
「『市警』に被害届は出してないのか?」
「市警長も市長も、ドン・ブルーノの言いなりだもの……被害届を出したって揉み消されるに決まってる」
「………」
【市警:従国していない人口三万人以上の都市は、軍ではなく『市警団法』は基づく警察組織が治安維持に務める】
「きゃーーー!」
突然、庭から孤児の悲鳴が聴こえた。
「ユーガ!?」
慌てて飛び出すパラムの後を追い、カイムも外へ出る。
「は、離せよっ……こ、このっ!?」
「はっ!威勢のいいガキだぜ」
武装したドン・ブルーノの手下が、猫耳の少年ユーガの襟を掴み拘束する。
「ユーガ!!その子を離して!」
「お〜お〜強情なうら若きシスターの登場だ」
リーダー格の一人が詰め寄る。
「嬢ちゃんが土地を売るって首を縦に振ってくれりゃ穏便に話が進むんだがよぉ…?」
「何度脅されても絶対に売りません!ユーガを離して帰って」
「そりゃ困ったぜ。慈悲深ぇブルーノ様もいい加減、痺れを切らしちまってな。……今日は手ぶらで帰るわけにいかねーんだ」
手下の一人が銃口をユーガに向ける。
「!?」
「心配すんな。嬢ちゃんや孤児共は、ブルーノ様がちゃーんと面倒を見てくれる。娼館の娼婦に男娼……獣人のガキは人気があっからな」
カイムは拳を握り締め、無造作に歩み寄った。
「あ?…何者だてめぇは」
「ボディガード」
「ギャハハ!!笑わせるぜ!傭兵風情が俺たちを誰だっぷぎゃっは!?」
【2171ダメージ】
無言で殴り飛ばすとリーダー格の男の歯が砕けた。
「…あっ…あ…」
混乱するユーガの手を引き背後に匿う。
「や、野朗!?」
次の瞬間、轟音が鳴り響き銃を構えた男の右足が吹き飛び、肉の花が咲いた。
「ーーーーぎゃああああああああああっ!!?」
絶叫が響き渡る。
【8047ダメージ】
硝煙を纏ったカイムの右手には、リボルバー銃と鉄塊の大剣が融合した形状の武器が握られていた。
この武器は『機械剣』の一つ大剣銃だ。
【機械剣:複雑な構造と扱い難さ故、使い手は少ない。大剣銃は銃と大剣の性質を両立させた武器である】
「悪いが容赦はしない」
ここで漸く手下達は、カイムが只者ではないと気付く。
「なんだよ…こいつ…!」
「…て、帝国の機械剣?」
「次はどいつだ」
後退り怯えふためく。
「一旦引くぞ!屋敷に戻ってブルーノ様に報告だ!」
怪我人を抱え手下は去っていった。
「……やれやれ」
溜め息を吐き、武装を解く。
「ーーーース、ス、スゲェ〜〜!」
「今のなに!?ぶぁぁんって鳴ったよ」
「おいちゃんはいいひと…?」
孤児達が一斉に足元へ群がった。
まるで彼がヒーローのように見えたのだろう。
「あ、ありがとう」
「気にするな」
茫然とした表情で礼を言うパネラに素っ気なく答えた。
金蘭雅な豪邸の一室で、手下の報告を受けたドン・ブルーノは舌打ちをする。
金のアクセサリー、銀のブレスレット、宝石の指輪、悪趣味な派手な服。どれも悲しいほど似合わず、下劣な印象を増長していた。
「ーーーーそのカイムって野朗は何者なんだ?」
酒が入ったグラスを片手に問う。
「一ヶ月前から傭兵ギルドで活躍してる流れ者の傭兵ですわ。腕は相当立つみてぇっすよ」
「……どーしてソイツが薄汚ねぇ孤児院のボディガードをしてんのか、教えろって俺ぁ言ってんだよ!?」
でっぷりと贅肉のついた腹を震わせ声を荒げる。
「じ、実は連中もあんま詳しくは知らねぇようで……これ以上、調べようがないっすわ」
「チッ!来週には『アレクサンドリア帝国』の大貴族スーフェリア卿が軍を率いてサーモに来るっつーのに……時間がねぇんだよ!時間が!」
【アレクサンドリア帝国:イヴァリースで栄華を極める巨大国家】
「て、帝国軍!?なんでサーモに?」
「帝国領のサーモを属州にするために決まってんじゃねぇーか!あの法律のせーで、こっちは商売上がったりだクソがっ……せめて連中が来る前に土地を手に入れときてぇ」
唾を撒き散らし醜く叫ぶ。
「野朗は機械剣を使ってたし、もしかて帝国軍の密偵かも…」
孤児院へ行った手下は、肩を震わして呟く。
「あぁ?機械剣だとぉ…」
ドン・ブルーノの脂ぎった顔もいよいよ曇った。
「ーーーーおもしれぇ」
窓際で傍聴していた左目に眼帯を着けた男は、機械剣の言葉に反応した。
「歯応えのねぇ雑魚を殺すのも、いい加減飽きた。俺が相手をしてやるよ」
「おぉ!先生が助太刀してくれりゃあ百人力ですな」
「まぁ雇われてるし……なぁブルーノよぅ?」
市長と市警さえ逆らえず、サーモを裏で牛耳る彼を呼び捨てにする辺り、只者ではないようだ。
「そ、そんな滅相もねぇ」
「あ〜〜ちっとモンスター相手に馴らしてくらぁ」
そう言って男は部屋を出て行った。
(『闇ギルド』の『壊し屋』ーーーー食えねぇ野朗だぜ。……馬鹿高ぇ報酬に見合うだけのことはあるけどよ)
冷や汗を拭いドン・ブルーノは心の中で愚痴った。
【闇ギルド:殺害・暗殺・テロ等の犯罪稼業を生業にする非合法の組織。主に殺人鬼・賞金首・犯罪者が加入しており、一度加入すれば脱退は許されない】