四月、君の桜に恋をする。
はじまりは、いつだったか。
もっとずっと昔のことかもしれないし、この鳴り止まない心臓の音が開幕を知らせるブザーなのかもしれない。
とにかく、俺は高校2年の4月、あいつの瞳に
――恋を、自覚したんだ。
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「やばい、もうこんな時間か!いってきます!」
誰もいない家の中に挨拶をして、鍵を閉める。
世界中を飛び回る父と、医療の最先端でメスを取る母。多忙な両親と暮らす彼にとっては日常茶飯事だ。
自転車と電車を乗り継ぎ約30分。昨日入学式を終えたばかりである私立秋山高校には、たくさんの桜が乱れ咲いていた。
未だ慣れない下駄箱に移動し、慣れない教室まで歩く。
……と、視界の端に困ったような顔をしておろおろと歩き回る女子学生を見つける。きちっと整えられた結髪、どこにも綻びがない制服。どうやら新入生が2年の教室前まで迷い込んでしまったようだ。すかさず声をかける。
「……あの。君、1年生だよね?もし困ってたら教室まで案内するけど。」
女子学生はパァっと顔を明るくし、何度もお礼を言ってくる。
2人は何気ない会話をしながら1年生の教室まで歩く。幸い大した距離がある訳ではないので、彼女の教室まではすぐに辿り着くことが出来た。
彼女は今度お礼でも、と申し出てきたが、案内をしただけだからと言って断り、自分の教室に向かう。来た道を戻る際に初々しい新入生と何度もすれ違い、なんだか懐かしい気分になる。あいつと知り合ったのも、なんだか遠い昔のように思えて――
「新入生助けるとかかっこいいじゃん冬雪!」
噂をすれば、だろうか。爽やかな声、整った顔立ち、憎らしいほどの高身長。その3つが揃った完璧イケメン、御堂 葉は肩を叩いてくる。
「いや、そんなことないけど」
冬雪は素っ気なく答えた。葉は右目を隠れたアシメントリーの髪をいじりながら、冗談めかして言う。
「ん、なんか機嫌悪い?俺の顔でも見て元気出す?」
「その綺麗な顔を1年間見続けて飽き飽きしてんだよ、今年はクラス離れると思ったんだけどな……」
「まーいいじゃん仲良くやろうよ?」
憎まれ口を叩きながら教室まで歩く。なんだかんだ、葉とこうして話している時が冬雪にとって1番楽しい時間でもある。
ようやく彼らの教室が目前に迫っているという距離で、葉が女子学生の集団に囲まれてしまった。
1年の頃から当然のように行われていたこの集会。教師の介入により大人しくなっていたこともあるが、別クラスのイケメンに声をかけるタイミングを逃したくないのだろう。3学期の終わりごろには毎日行なわれるようになった。
おはよう御堂くん、今日もかっこいいね、よかったらお昼一緒に……なんていう言葉が投げかけられるのをいい感じにあしらって教室に入っていく。そのあしらい方が雑でもなく丁寧すぎず、という本当にちょうどいいという言葉が似合う温度感。冬雪はこれだからこの男は好かれるんだろうな、としみじみ思い、集団が去ってからこっそりと教室に入った。
冬雪が自分の席に座ると、前の席の小木が話しかけてくる。
「お、風守。今日もちまっこいな」
冬雪の見た目は、葉には及ばないにしろそこそこ女子に評判がいい。顔立ちは幼く、黒髪をM字バングにしている。165センチ余りの身長と華奢な手足から、声さえ聞かなければショートヘアの女子だと勘違いされるほどだ。
「うるせー、俺だっていつかお前みたいにデカくなってやるからな」
どーだかな、と小木は野球部特有の坊主頭を掻き、ケラケラ笑った。
すると突然、葉が話に入ってくる。
「なにー、冬雪が可愛いって話ならオレも混ぜて?」
「いやお前の場合は梢ちゃんがいるから感覚がバグってるだろ。風守は中身が凶暴だから」
「梢は梢らしさがあるからね、オレは冬雪の凶暴さも可愛いと思うけどな。子犬みたい!」
「可愛い可愛いって言うな!バカ葉!」
怒りとも照れとも分からない真っ赤な顔で叫ぶ。他のクラスメイトがふざけて可愛いとか小さいとか言ってくるのにはもう慣れていた冬雪だったが、葉のそれに関しては妙に熱が籠っていてなんだか恥ずかしくなってくる。2人が冬雪をからかって笑い、冬雪がいじけはじめたところで始業の時間になった。
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授業が何事もなく終わり、放課後。
「葉、今日ラーメン食いに行かね?」
「ごめん、今日隣のクラスの子に呼び出されてて。すぐ終わるだろうから待っててくれれば行けるよ。」
「また振るんだろ?」
「好意を持ってないのに付き合うのはなんか違うなって思うんだよ。」
「……あっそ」
冬雪はそう返事をすると、機嫌悪そうにふて寝をはじめた。どうしてか分からないが、葉が告白されている度にどうしようもない怒りが湧いてくる。モテ男に対する僻みだろう、と決め込んで表には出さないよう気をつけてはいるつもりだった。
「……ん」
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。薄く目を開けると、目の前には葉がいた。
開け放たれた窓から風が吹き、すみれ色の髪の隙間から右目が覗く。感慨もなく外を眺める桜色のそれは、元から綺麗な葉の顔がもう一段階整って見えるほど酷く冷たく美しく、冬雪は心を奪われてしまった。
……恋慕混じりの親愛を、自覚するほどに。
葉が女子に集られていることや告白の度呼び出されることがなぜ嫌なのか。そして葉に可愛いと言われた時だけ早くなる脈拍の理由が、分かってしまった
「んー、起きた?おはよ。」
聞き慣れているはずの間延びした声が、甘くてクラクラする。頭に血が上って何も考えられなくなる。風が止んでまた葉の右目が隠れる。自分を捕捉してふにゃっと歪んだ隻眼ですら、冬雪には耐え難いほどのものだ。
「寝ぼけてる?オレが目覚めのキスでも…なーんて、さすがにキツいか」
「しろよ」
「……え?」
寝起きでも、余計なことを口走ったのは理解出来た。だが、早まる鼓動と高まる衝動が留まることを許さなかった。
「はやく、して。」
その瞬間、教室の扉が開け放たれる。
「葉〜っ☆ご用事おわった?おうち帰っ………………ぅあ。」
ばばーん!とセルフ効果音をつけて登場したのは、極端なアシメ前髪で左目を隠した可愛らしい人物。
その騒々しさで正気を取り戻した冬雪はいたたまれなくなり、真っ赤な顔のまま教室から走り去った。
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「ねぇ…葉くん。ボクの大事なきょうだい。蜜月ならそぉ言ってくれたらお邪魔しなかったよぉ…」
「……いや、キスしてって言われただけだから何もしてないよ」
「それを蜜月って言うんじゃないのかなぁ……でも、付き合ってないんでしょ〜?」
「それはまぁ。だってオレは――――」
「……そうか。そう言うと思ったけど。」
読んでいただきありがとうございます。
今後も週1程度で投稿していきたいと思っています。本編に関しては約半年で完結させる予定です。
処女作ですので拙いところがあると思われますが、これからも応援していただけると幸いです。