賢すぎる子どもたち
今思うと、それはおかしなことだった。アーウィン・プランク教授は、すでに5年前からその大会を計画していたのだ。俺、マックスは、ありとあらゆるパズル大会に俺の息子を参加させている。だから、パズル大会の開催予定日を知らないことなんてありえなかった。
しかし、今回は違った。アーウィン教授は開催することを今日まで隠し続けていた。それは、アーウィン教授が遺伝子改良した天才児を勝たせて最新の遺伝子改良技術をアピールするのが狙いだろう。俺は噂で今日あたり情報が出回ると聞いていた。アーウィンは遺伝子工学のスペシャリストだ。そんな奴がパズル大会を開くのだから、魂胆は見え透いている。
「クソ、出題範囲はどこだ。」
俺は息子を勝たせるために情報収集した。Googleで、"Erwin Plank puzzle competition" と検索したら、堂々とホームページが作成されていた。しかも、このホームページは今日掲載されたばかりらしい。そこには、デカデカとアーウィン教授のプロフィール画像があり、次のような説明文と共に掲載されていた。
ーようこそ、アーウィンのパズル大会2043へ。この大会は2043年12月23日に行われます。出題範囲は、偏微分方程式、数論、代数幾何学の最新分野からです。この大会の賞金は10万ドル支払われます。出場者の年齢の縛りはありませんが、18歳以下のお子様が優勝された場合、理科大への入学権利が得られます。それでは検討を祈る。
クソ、明後日じゃないか。正直、俺にとって理科大への入学権利なんてどうでもよかった。俺は俺の子供のパズル大会記録を更新し続けたかった。クソな親だと思うだろう?そう、俺はクソ親だ。親の満足のために子供を利用するクソ親、でもこの時代は、そのクソ親が標準の親だ。
社会がSNSで盛り上がった時代の後、自分の子供のすごさをアピールすることで様々な特典が得られる状況になった。Youtubeで子供が儲かれば、親はそれを自慢できる。それを知った世間は、子どもたちを自慢の道具と化した。それがブームなのだ。俺の家族は、唯一、パズル大会への出場で世間様へ自慢しているようなクソ家族だった。
「なあジョン、今回のパズル大会は微分方程式、数論、代数幾何学から出題されるらしいぞ。準備しておけよ。」
ジョンは俺の息子だ。IQは160とずば抜けている。こいつは4歳でジョン・フォン・ノイマンの「ゲームの理論と経済行動」を読破した。まさに俺に似つかぬ天才児だ。
「それじゃ範囲が絞り込めないよ。まあ、僕は何でも知ってるからどんな難しい問題が出ても対処できる自信はあるけどね。ママも天国で応援しているよ。まあ、出題範囲のことなんて、パパに聞かなくとも自分で調べられるけどね。出る大会の名前さえわかればだけど。」
ジョンはまだ8歳なので、天国というものを信じている。というか、俺が昔教えたのだ。母さんは天国でいつもみているよ、とね。
「一応、対策はしておけよ。今回も優勝しないと、Youtubeで自慢できないからな」
自分で言っていてクソな親だと思う。ユーチューバーとして生計を立てるために、子供を利用するなんて。もちろん、俺はちゃんと仕事についている。プリンタ複合機の物理的なテスト業務だ。ただ、あの仕事は単純作業で退屈だし、第一給料が低い。だから俺は、ユーチューブの広告収入を頼りにしている。あと、ほんの少しの虚栄心もあるが。
「わかった。とりあえずAMSの出版する教科書を一通り読んでおくよ。」
今は夜中7時。酒を飲む時間だが、子供は学校で疲れているにも関わらずまだ勉強をしている。大したものだ。自慢じゃないが、ジョンは天才児が通う特別な学校へ通っている。最初の学校では、教師が足し算の問題を出したところ、「それでは簡単すぎる」といって、抽象代数学の「体」の話をジョンはし始めたらしい。それで、教師も理解できなかったので診療所で頭脳を診断したらとんでもない数値だったってわけさ。そのあとは、天才スクールの奨学金制度を利用しないかと誘われて、入試テストをし、見事、無料で学校へ通えているというわけだ。
「はあ、どうして俺の子供がこんな天才になるのかねぇ...」
俺は酒を飲みながら独り言を言った。
***
翌朝、土曜日だったのでジョンにはパズル大会の猛特訓をしてもらうことにした。
「ジョン、いいか、お前は勝てる。準備さえすればな。だがな、今回の相手はアーウィンという教授の遺伝子改良した天才児だ。油断してはいけない。」
「はいパパ。でもパパ、パズル大会ではコンピュータは使っちゃダメらしいけど、練習の際には答えの確認のためにpythonを使って答えを確認しておきたいんだ。使っていいかな?」
pythonなんて俺は知らない。子供のやり方にケチをつけるほど俺は賢くはない。
「いいよ。お前の好きなようにやれ。」
俺はガレージで車の清掃をしながら雑に返答した。
「はい。パパ。優勝できるといいな。そうすればパパの稼ぎになるからね。」
こういうところは純粋というか、馬鹿というか...俺の道具として利用されていることに全く気がついていないのだろうか。俺の虚栄心のために利用されているというこの事実に。
「おう、がんばれよ。」
俺にはそれしか言えなかった。車の清掃が終わると、俺はアーウィンの情報を調べた。
アーウィンの遺伝子改良技術によれば、人間のIQを極限まで高める方法があるらしい。しかも、それは生まれたときに改良するのではなく、生まれた後に改良できるようだ。学術用語は詳しくないのでわからなかったが、IQと関連性の高い何かの方法で遺伝子を挿入する技術らしい。
「クソ、何が遺伝子改良だ。チーターめ」
この時代は、実は遺伝子改良技術が進んでいる。つい最近、ヤギの乳から蜘蛛の糸を取り出せるという研究が発表されたばかりだ。つまり、ヤギに蜘蛛の遺伝子を挿入するらしい。あるいは、人間にも適用されている。アスリートが筋力を強化するために遺伝子改良している。スポーツの進歩は、技術力の進歩と共にあることを俺達は歴史から学んでいる。そして、その遺伝子改良技術は最たるものだ。
今は、息子にかけるしかない。ジョンは遺伝子改良などしなくとも良い成果を出せる。俺はそう信じている。
すると電話が入った。
「もしもし、マックスです。」
すると、予想だにしない人物だった。
「もしもし、私はアーウィン・プランク教授です。ジョンくんの親のマックスさんですか?」
アーウィンだと?あのコンペ開催者のアーウィン?
「はい、私はマックスです。要件は?」
アーウィンは冷静な様子で答える。
「実は、ジョンくんに次のコンペに参加してほしいのです。私の技術のアピール...いや、私の自慢の生徒たちと一騎打ちをしてほしくて。」
俺は苛立ちながら答える。
「いえ、すでに出場することは決めています。出場の手続きをしようとしていたところです。」
アーウィンは喜んだ様子で答えた。
「それはよかった。手続きはこちらで行っておくよ。ジョンくんはなにせ全米が誇るパズルチャンピオンだからね。」
俺はさらに苛立った。わざとらしいアーウィンの言い回しがムカついたのだ。
「わかりました。手続きはしておいてください。いっておきますが、勝つのはジョンですよ。」
アーウィンは悪巧みしていそうな声で言う。
「それはどうですかね?まあ、検討を祈りますよ。」
プツっ、と電話はきれた。あいつの狙いはわかっている。ジョンに勝つことで自分の技術のアピールをすることだ。
「遺伝子改良?馬鹿げている。そんなの、ずるいじゃないか。」
みてろよ、アーウィン、明日のパズル大会は俺達が優勝するからな。
***
翌日、マックスは早速会場へ向かった。会場は理科大の3F教室だ。
「ジョン、緊張していないか?」
「大丈夫だよ、パパ。こういうの慣れてるから。」
ジョンは指定の位置に座ると、問題が配布されるのを待った。一応言っておくが、会場は大学の教室だ。そんなに豪華なものではない。
すると、壇上に男が現れた。
「ようこそパズル大会へ。私はアーウィン・プランクと申します。生物学者です。今回はお越しいただきありがとうございます。選ばれしものだけが出場できるこの大会では、頭脳が試されます。出題範囲はもうご存知ですね?それでは、問題用紙を配布いたします。はじめ!と言うまで伏せておいてください。全問正解した時間で勝敗が決定されます。解き終わった方は手を上げてください。そのときに正解しているか確認します。全問正解していなければ続けてください。全問正解していれば、そこで終了です。」
独特の緊張感、それが俺は好きだった。俺の息子が当然のように勝っていくあの瞬間を毎日思い浮かべる。そして、「自慢の息子」を、実際にYoutubeで自慢することが俺の唯一の生きがいだ。
「それでは...はじめ!」
出場者たちは一斉に紙をめくった。1分、2分...と時間は過ぎていく。すると、3分立つと、ある子供が手を上げた。
「ハリーくんだね、どれどれ...」
採点官はハリーと呼ばれるその子供の問題用紙を見た。
「全問正解です!おめでとうございます!」
なんだって、たった3分ちょいで...というより、こいつは答えを前もって知っていたんじゃないか?いや、そんなことはありえない。だって、そんなことをすれば裁判沙汰になるからだ。
「それでは、ハリーくん、壇上へ」
ハリーと呼ばれたその眼鏡の少年は、壇上に上がっていった。
アーウィンは誇らしげにいった。なるほど、あいつが遺伝子改良技術を施した子供か...!
「ハリーくんの成績は、3分12秒です!これはパズル大会上の新記録!どうですか、みなさん、ハリーくんの凄さを見たでしょう。これは、私の施した遺伝子改良技術の成果です。IQに関連する遺伝子を生きたまま操作することで、このような結果を出したのです。今後、これはIQインプルーバーという名前で製品化されます。ぜひ、私達の製品を購入してください。特許も取得済みです。」
ジョンが負けた。それよりも悔しいのは、俺がジョンに対して遺伝子改良技術を施せなかったことだ。俺はクソ親だ。ジョンと虚栄心のためならなんでもやる。ジョンに遺伝子操作を施すことで次に優勝できるなら、おれはIQインプルーバーを購入するだろう。そして、俺達はまた、Youtubeで自慢するのだ。「IQインプルーバーでさらに賢くなった息子の数学講座」ってね。