誕生と別れ
あれから数ヶ月経って年が変わった一月、ウィットゥを迎えていた。
実は昨日の夜からお母様の陣痛が始まっていて、もうじきアーテルが産まれそうなんだ。
正直とても心配でいてもたってもいられないんだけど、私は無事を願う事以外何も出来ない。お父様も私と同じみたいでお母様がいる部屋の前で右往左往していた。
すると、ついに産声が聞こえてマーサが私達を呼びに来た。
「リエール様、マグノリア様、無事に元気な男の子が産まれましたよ。トゥイーディア様がお呼びなので浄化魔法をかけてからお入りください」
「本当かい! ああ、良かった。マグノリア、すまないけど私にも浄化魔法をかけてもらえるかな?」
「ええ、もちろん。『クリーンアップ』ついでに『ピュリフィケイション』これで完璧です」
「ありがとう。それじゃあ、入ろうか」
「はい!」
やっとアーテルに会えるんだね。すごく嬉しいな。
さっき使った浄化魔法の『クリーンアップ』は光属性があれば発動できて汚れとかを浄化してくれる。自分の身体以外に洗濯や掃除としても使えるとっても便利な魔法。ちなみに浄化魔法スキルは持っていなかったのに、光属性で『クリーンアップ』を練習していたらスキルを取得する事が出来ちゃったんだ。
そして、もう一つ使った『ピュリフィケイション』は浄化魔法スキルが無いと使えなくて『クリーンアップ』よりも効果が強い魔法。穢れを浄化したり呪いを解除する事も出来たりするらしい。だから念には念を入れて両方使っておいた。
それにしても私、あの称号にすごく助けられてるね。
お父様が私に浄化魔法を頼んだ理由は簡単で、基礎属性の中で光属性だけ持っていないから。逆にお母様は闇属性だけ持っていない。
さて、部屋に入るとお母様が産まれたばかりのアーテルを抱いてベットに横になっていた。
「あなた、マグノリア、ふふ、可愛いらしいでしょう?」
「ああ、とても可愛いよ」
「うん、すっごく可愛い」
産まれたばかりのアーテルは泣き疲れたのかすっかり眠っていた。
ああ、本当に可愛いな。前世で弟が生まれた時も嬉しかったけど、今世でもすごく嬉しい。
「そういえば名前は決めたのかい?」
「ええ、男の子だからアーテルにしたわ。昔読んだ絵本に出てくる優しい闇の精霊の名前なの」
「それは、いい名前だね」
アーテルの名前はお母様が決めたんだね。アーテルは闇の精霊の先祖返りだから、すごく似合う名前だな。
私の名前は誰が決めたんだろう? 今度聞いてみよう。
「君のお腹にいた時から魔力量がとても多いように感じていたけど、やはり先祖返りのようだね」
「ええ、先程マーサに魔道具で鑑定してもらったのだけれど、種族は闇の精霊だそうよ。だからアーテルって名前はぴったりでしょう?」
「そうだね、本当にぴったりだ。流石、ディアが考えただけある。
それにしてもまさか、精霊の先祖返りが生まれるとは。今までアウイナイト公爵家で生まれた先祖返りは、エルフやハーフエルフだけだから精霊の先祖返りは初めてだよ」
やっぱり、精霊の先祖返りは初めてなんだ。
ずっと気になっていたから、書庫にあるアウイナイト公爵家の記録を読んだことがあるんだけど、精霊の先祖返りがいた記録は無かったんだよね。
アウイナイト公爵家はセレスタイト王国建国時からある家で、セレスタイト王国が建国三千年ぐらい、という事はこの三千年で初の精霊の先祖返りなのか。
ちなみに、エルフの寿命は千から二千年で、ハーフエルフは千年前後だから先祖返りの人達は生きていたりする。
ただ、初代公爵夫人メラン様と同じように自分の子供が当主になったり、孫が当主になったあたりで公爵家を離れて旅をしたり、好きな所に住んだりしているらしい。
そして、エレメンタルエルフなメラン様は今までにほぼいない種族だから寿命は分からないんだってさ。
そういえば、精霊の寿命は位によって変わる上に、人型になれる中位精霊からエルフの寿命を超えるらしいから、先祖返りで既に上位精霊なアーテルはものすごく長寿になるのか。
なんだか最初に考えていた事と違う事を考えていたら、お父様に声をかけられた。
たまにだけど、考え込むとだんだん内容がズレていくことがあるんだよね。
「マグノリア、そろそろトゥイーディアを休ませてあげよう」
「はい。お母様、ゆっくり休んでね。あっ、とっても可愛い弟を産んでくれてありがとう」
「ふふ、どういたしまして。お姉さんとして沢山愛してあげてね」
「うん!」
この後、お父様とお母様が少し話してから私とお父様は部屋を出た。
出産したばかりのお母様は疲れてはいたけど、元気そうだった。このまま元気でいて欲しいな。
アーテルが生まれてから数週間が経ち二月、リフトブラウに入っていた。
ここ最近のお母様は体調があまり良くない。少しだけ寝込むことが増えている。
お父様もお医者さんや治癒術師の方を呼んだりしているけどあまり効果はないみたい。
なので、三ヶ月前ぐらいに子供を生んだメイドの一人がアーテルの乳母になって面倒を見てくれていた。
私も学院から帰ると浄化魔法をかけてから、アーテルがいる部屋に入り浸って手伝う事にしているんだ。
「ただいま。『クリーンアップ』『ピュリフィケイション』これでよしと」
今日もいつも通り綺麗にしてからアーテルの部屋に入る。
「お嬢様、おかえりなさいませ。お坊ちゃまは今日もお元気ですよ」
「ただいま。良かった。ジャンティは体調大丈夫?」
ジャンティだって出産してから三ヶ月程しか経ってないし、お母様の事もあるから心配になった。
「大丈夫です。お嬢様は本当にお優しいですね」
「そんなことないよ。ジャンティこそ仕事だとしてもいつもアーテルの事を見てくれてありがとう」
「こちらこそお気遣いありがとうございます。旦那様や奥様、そしてお嬢様もお優しい方ばかりなのでいつも楽しくお仕事をする事が出来ていますよ」
ジャンティは本当に優しくていい乳母だ。アーテルを見てくれるのが彼女で良かった。
さて、私達が話しているとお昼寝していたアーテルが起きたみたい。
「あー」
「アーテル、起きたのね」
「お坊ちゃまはご機嫌ですね。お嬢様も寝起きが良かったのでよく似ていらっいます」
「そうかな? そうだと嬉しい」
学院に通いつつアーテルのお世話を手伝ったりして、日々を過ごしているとついにヴァイスが産まれた。
お父様に呼ばれると、明日別邸に行ってヴァイスに会うと言われた。
ヴァイスには会いたいけど、そうするとハイアシンス様にも会うことになるんだよね。ちょっと憂鬱だけどヴァイスに会えるって方を楽しみに頑張ろう。
こうして次の日を迎えた。
さて、今日は光の日で学院はお休みなのでお昼前ぐらいに別邸に行く事になっています。
別邸に行く前にアーテルの顔を見て、貴方の同い歳の弟に会ってくるねと言ってきた。
ストーリー通りだと二人の兄弟仲は悪く、ヴァイスは少し性格に難アリな子になる。だけど、それは私が絶対に防ぐので二人には素直で優しい子に育って欲しい。
別邸に着くとそこでお父様の執事兼側近なテリオスが待っていたくれた。
テリオスはメイド長のマーサの兄でお父様の乳母の息子なんだ。だから二人は同い歳の乳兄弟で仲が良い。
「リエール様、ハイアシンス様は現在自室でお休みだそうです。ヴァイス様は乳母が別室で見ているそうなので、そちらに向かいますか?」
「そうだね。そうしようか」
という事でハイアシンス様には会わなくて済みそう。良かった。
ヴァイスのいる部屋に入ると、ベビーベッドに金髪で紫色の瞳の赤ちゃんがいた。そういえば、アーテルは闇の精霊の先祖返りだから黒髪黒目だったな。
それにしてもヴァイスはお父様に似たんだ。お父様も同じ金髪で紫色の瞳なんだよね。原作で見てるから知ってはいたけど絶対イケメンに育ちますなぁ。もちろんアーテルもだけど。
「お父様、可愛いね」
「そうだね。マグノリアはちゃんとヴァイスのお姉さんも出来るかい?」
「もちろん! 私、ヴァイスとアーテルのお姉さんとして頑張るよ」
これはずっと決めている事だから。
お父様と二人でヴァイスを見守りながら話していると、お父様がテリオスに呼ばれて部屋を出る。
すると、直ぐに扉がノックされ誰かが入って来た。
「あら、旦那様はどちらに?」
「ハイアシンス様、こんにちは」
「こんにちは、マグノリアさん」
まさかのハイアシンス様だった。えー、会わなくて済むと思ってたのに。
「それにしても相変わらずエルフなのね」
「えっ? 種族が途中で変わる事はありませんから私はずっとエルフですよ」
「あらそうなの。そういえばトゥイーディア様はエルフの次は精霊を産んだそうね」
どういう意味? 何が言いたいんだろう。
「亜人や人外を産むなんて公爵家の妻として何を考えているのかしら。貴族として相応しくない子供はいらないでしょう?」
「お言葉ですが、アウイナイト公爵家の初代公爵夫人はエレメンタルエルフで、その後もエルフやハーフエルフの方がいらっしゃいました。
そのご先祖様達の功績はとても大きいのに、それをアウイナイト公爵家の第二夫人であるハイアシンス様が否定なさるのですか?」
あー、ムカつく。何を考えて言ってるのやら。
初代公爵夫人のメラン様はもちろん、その後にいたエルフやハーフエルフの先祖返りの方達も様々な分野で国や家に貢献している。
それを人族至上主義だからといって、貶すような事を言うなんてありえない。
それに相応しいか相応しくないかはその人個人の資質や性格であって種族は関係ないのに。
まぁ、多分そこまで考えずにお母様や私、そしてアーテルを貶したくて言ったのだろうけど。
私を悪く言うのは我慢出来る。でも、お母様やアーテルを貶されるのには耐えられなかった。
けれど、ハイアシンス様を貶して私まで同じ土俵に立つ訳にはいかないし、そうなりたくは無いからグッとこらえる。
それにしても、今この部屋に来たのもお父様がいない事を分かっていて来たんだろう。そりゃ、お父様に聞かれたら困るもんね。
「やっぱり貴女、生意気な子ね。あの女から生まれただけあるわ」
「ご先祖さまを貶すハイアシンス様には負けますが。それでは、ここで失礼致します」
このまま話を続けてヴァイスに嫌な事を聞かせたくなかった私は直ぐに部屋を出た。
「あれ、どうしたんだい?」
「いえ、そろそろアーテルの事も心配なので家に帰ろうと思って」
「そうか。じゃあ私もテリオスとの話は終わったから、マグノリアはテリオスに送ってもらいなさい」
「はい」
こうして私はテリオスに送ってもらって本邸に帰った。
二人が生まれてから数ヶ月が経ち、季節は夏を迎えていた。
アーテルもヴァイスもすくすく育っていてくれて本当に嬉しい。
だけど、お母様の体調は良くないままで、何も出来ない自分が情けなくて悔しい。
そんな事を考えながら部屋で学院の課題を済ませていると、マーサに呼ばれた。
「お嬢様、少しお話があるのですが今お時間よろしいでしょうか?」
「うん、大丈夫だよ」
急に改まってどうしたんだろう。
「実はお医者様から、トゥイーディア様の状態が芳しくないというお話がありまして」
「えっ」
「覚悟をしておいて欲しいと」
そんな、まだ時間はあると思っていたのに。
「お父様はもう知っているの?」
「はい、私と一緒に聞いていらしたので」
「そう。私はどうしたらいいのかな?」
正直目の前が真っ暗になりそうだ。動揺している私にマーサが優しく声をかけてくれた。
「お嬢様はトゥイーディア様の傍でお話をなさったりしてください。トゥイーディア様と楽しい時間を過ごす事が今大切な事だと思います」
「そうだね。お母様ともっとお話してお母様が楽しい時間を過ごせるように頑張る」
そうだ、決めたはず。私はアーテルの姉として頑張ると。
私は直ぐにお母様の部屋に向かった。
「お母様、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
お母様の顔色はあまり良くなくて、けれど嬉しそうに迎えてくれたからお話しに来たのは間違いじゃないよね。
ここからお母様と二人で沢山話をした。
お母様とお父様の話や、私の学院での出来事。
たくさん、たっくさん、話して笑って幸せな時間を過ごした。
「ねぇ、マグノリア」
「なあに、お母様」
「もし、お母様がいなくなっても、お父様と仲良く、弟達とも仲良くね」
「は、はい。でもそんな悲しい事を言わないで」
多分、お母様は分かっているんだ。自分の身体が限界に近いと。
「もちろん、私も頑張って長生きするから。もしもの時の約束ね」
「はい」
この会話の数日後、お母様は亡くなった。
葬儀を終えて一週間ほど経っても、悲しくて悲しくてたまらない。
お母様の事を考えると涙が止まらなくて、でも考えないなんて出来なくて。
「お母様、あの約束はもしもだったでしょ。本当にしちゃダメだよ」
ねぇ、私がもっと頑張ってたら違ったのかな?
後悔ばかりが頭をよぎる。
お母様が亡くなってから、お父様は仕事に没頭し始めた。
元々、隣国のアンバー帝国が少し不穏な動きをしているという噂があって仕事が増えていたみたいだけど、理由はそれだけじゃない。
お父様はお母様の思い出が詰まった家に帰るのが辛いんだ。
たまに家に帰っていても執務室に閉じこもって仕事に明け暮れている。
気持ちは分かるよ。でも、私やアーテルの事を忘れちゃってるみたいでそれも悲しい。
けど、私まで悩んでいたらどうにもならないよね。
私がアーテルを守るんだ。姉として、母代わりとして、お父様がアーテルを見てくれないのなら、父代わりにだってなる。
私は決意を新たに頑張る事にした。