編入試験と学院長先生
ゴブリンとオークの討伐依頼をした日から数日が経ち、ついに編入試験当日になった。
四月二十三日金曜日、こちらの世界で言うヘールフルン第四週の地の日です。
ヘールフルン二十三日地の日ともいう。
指定された時間にアンビティオ魔法学院に向かうと、まず最初に筆記テストを受ける事になった。
筆記テストは予め腕試しのやつを辺境伯邸でさせてもらっていたので、不安もなくすんなりと終わった。
次は実技テストだ。
魔法の練習などに使われる演習場に案内された。
基礎属性や特殊属性は使えるものを書類に書いているので、まずはそれを使って的を狙ったりする。
スキルは隠したい人もいるので、記入必須ではなかったんだよね。
正直、時空間魔法を使える事は出来るだけ隠しておきたかったので助かった。
『アイスアロー』
実技テストは、指示された魔法をいくつか見せればそれで終了だ。
私の方は研究院の試験だから魔法の難易度が高かったみたいだけど、困ることも無く終わった。
アーテルの方も順調に終わったみたいで一安心。
そんな事を思っていると、どこからともなく拍手が聞こえた。
「今回の編入生は優秀なようで、喜ばしい限りじゃ。では、この二人を少し借りてくぞ!」
そう言いながら現れたのは、黒髪に赤い瞳のゴスロリ系の服装をした少女。
私達の方に近づくと魔力を練り始めた。
『ワールドワープ』
えっ、時空間魔法?
私達は一瞬で知らない部屋に転移させられた。
というかそれ以前にこの方は誰なんだろう?
バルツさんや案内してくれた先生は驚いてなかったし、アンビティオ魔法学院の関係者だとは思うけど。
転移先の部屋で黙って考え込む。
「すまん。驚かせてしまったようじゃの」
「ええ、まぁ。あの、貴方は?」
「そうじゃ、自己紹介をしておらなんだな。わらわの名前はリリス! リリス・ヴァルメリオじゃ」
「えっ!」
って事は、バルツさんの先祖でヴァンパイアのリリス様!?
というか学院長先生じゃん!
えっ、私達はなんでここに連れ去られたんだ?
たぶん、この部屋は学院長室だよね?
「何故、私達を連れて来たのでしょうか?」
「二人に少し聞きたい事があっての」
そう言ってリリス様は水色の宝石に魔力を注いだ。
なにかの魔道具かな?
結界魔法が張られた感覚がした。
「誰にも入れぬよう結界を張った。防音もしておるから安心して話せるぞ」
「あの、私達に聞きたい事とは?」
「おぬし達はメラン・アウイナイトの子孫か?」
えっ、なんで……。
安易に否定しても意味無い気がする。
なので、顔色を変えないよう気をつけながら聞き返す。
「どうしてそう思ったのでしょうか?」
「まずは、リアだったかの? おぬしの顔がメランそっくりだったからじゃ。後は、おぬしがエルフな事、弟のアールが精霊だった事が決め手じゃな」
「そこまで確信を持たれていては否定しようがないですね」
私は苦笑しながらそう言った。
心配そうな表情で私達を見るリリス様。
「おぬし達の素性を誰かに話すつもりは無い。ただ聞きたかっただけなのじゃ。家に戻るつもりは無いのか?」
「今のところはないですね。そのご様子だと私達が誘拐されたという話もご存知なのでは?」
「もちろん知っておる。帰らぬのは命を狙われるからか?」
リリス様の問いかけに頷く。
録音した魔道具があったとしても第二夫人のハイアシンスを追い出したり、罪に問える保証はない。
カルミア侯爵家の力を考えればもっと危うい状況になってしまう可能性だってある。
貴族派筆頭のカルミア侯爵家にはそれだけの力がある事を知っていたから。
アウイナイト公爵家は王族派よりだし、お母様の実家もそう。
けれど、いくつかある他の公爵家は中立派だったり、侯爵家はカルミア侯爵家との繋がりが深い貴族派が多かったりする。
その状況であまり使われてない魔道具の証拠を出しても、揉み消されたり証拠にならないと言われるのがオチな気がしているんだよね。
だからあの時、私は証拠を出して戦う道より逃げる方を選んだ。
命あっての物種だ。
「長く不在にすれば、最悪おぬし達の帰る場所が無くなる可能性もあるぞ? リアは女じゃからそこまで当主の座に興味は無いかもしれんが、アールはよいのか?」
「それは……」
私が言い淀むとそれまで黙って話を聞いていたアーテルが口を開いた。
「ぼくは父さまみたいになりたいと思ってないから大丈夫です」
「そうなのか」
「それに姉さまやリリー、ネーロやルーセントにトラストと一緒に冒険者をしている今がすごく楽しいんです。ヴァイスが困っているのなら助けたり代わるつもりはあるけど、ぼくよりヴァイスの方が父さまのお仕事に向いてると思ってます」
私はアーテルがそこまで考えていると思ってなくて驚いた。
いつも元気で無邪気なアーテルも公爵家の長男で令息だ。
色々と自分なりに考えていたんだね。
本当に賢くて良い弟だなとしみじみ思う。
「リア、おぬしの弟は賢いのう。おぬし達が納得しておるのなら、わらわが口を出すことではないな。リア、アール、おぬし達の編入を歓迎するぞ!」
「学院長先生、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
ニコニコ笑顔のリリス様に頭を撫でられた。
十二、十三歳ぐらい少女姿のリリス様の方が、百六十五センチぐらいある私より背が低いんだけどね。
背伸びしながら私を撫でるリリス様は可愛い。
学院長先生で三千歳を超えているだろう方にそんな事を思うのは失礼か。
「可愛いは褒め言葉じゃからいくらでも言って構わんぞ!」
「えっ、今声に出てました?」
「いや、顔に書いてあった」
またか! 私ってそんなに顔に出てるの?
顔に出てるとしても、それを正確に読み取るリリス様達がすごいのでは?
うん、そういう事にしておこう。
「シュバルツ達にはおぬし達の素性を明かしておらんのか?」
「はい」
「そうか。では、わらわも黙っておくから安心してよいぞ」
「ありがとうございます」
「メランの子孫じゃからな。何かあれば相談に乗るからの。遠慮なく言うんじゃぞ?」
そう言ってリリス様はウインクをした。
リリス様の言葉に驚きながらも再度お礼を言う。
前にも思ったけど、私はとても周りの人に恵まれているね。
感謝の気持ちを忘れちゃダメだな。
人って表現したけど、人族は少なかった。
ヴァンパイアにハーフスノーフェアリー、ハーフドラゴニュートにエルフとドワーフ。
獣人族もいるし、精霊や人化出来る子を含む従魔達。
人族の方が少ない……?
まぁ、そんな事は無いんだけど。
人族が多い国にいる割に周りに人族以外が多いってだけか。
私自身も先祖返りとはいえエルフだし弟も精霊だ。
そういえば、セシリオはオーアスを出る時に一緒に領都について来て、私達と同じように辺境伯邸の一室を借りているんだけど、もう少ししたらエドゥアルドさん達も来るみたい。
最初は自分達の故郷に帰ろうかと思ってたらしいんだけど、ネフライト王国にもう少し滞在する事にしたんだって。
だから、機会があったらセシリオやエドゥアルドさん達と一緒に依頼を受けてもいいかもね。
なんだか話が逸れたな。
「もう少しすればシュバルツ達がやってくるじゃろうから、それまでわらわと雑談でもせぬか?」
「はい!」
リリス様の話はすごく面白いので喜んで返事をする。




