挨拶と楽しみは突然に
アスティさんに案内されて一番大きなお屋敷の中に入る。
「ここが本館。周りにある建物は別館だよ。本館の部屋にも空きはあるし、別館も空いているからどちら良いか考えておいてね」
「私達が決めていいんですか?」
「うん。使用人や俺達みたいな部下の中にも本館の部屋を貰っている人もいれば、別館を貰っている人もいるから。好きな方を選んでいいよ」
「分かりました。ありがとうございます」
選べるなんて思っていなくて驚いた。
でも、どちらがいいんだろう?
隠し事も多いし、人の少なそうな別館の方が良いのかな?
アスティさんについて行くと、屋敷の奥まったところにある部屋の前で止まった。
コンコンとアスティさんが扉をノックする。
中からバルツさんの返事が聞こえた。
「リアちゃん達を連れてきましたー」
「入っていいぞ」
アスティさんの後に続いて入ると部屋の中には、書類が沢山積まれた机とその後ろにある椅子に座るバルツさん、その近くに燕尾服を着た男性とクラシカルなメイド服を着た女性がいた。
「よく来たな」
「今日からお世話になります」
「お世話になります!」
「なります!」
そう言って三人で頭を下げるとこちらに来たバルツさんに頭を撫でられる。
アーテルとリリーを撫でて、ネーロも撫でようとしたけどふわりと飛んで躱されていた。
「歳下に撫でられる趣味はないの」
「それはすまん」
そういえばネーロの方がバルツさんより歳上だったな。
二百歳差ぐらいだっけ?
ネーロの場合、性格的にも素直に撫でられるタイプじゃないし。
「さて、本題に入るか。アスティから聞いただろうが空いている部屋や別館ならどこを選んでもいい。今日は一旦客室の方に案内するから後でゆっくり選んでくれ」
「分かりました」
これは後でみんなと相談しよう。
借りられるだけでありがたいのに選べるなんて嬉しすぎるよね。
「次はパトリック達を紹介するか。執事でこの屋敷のことを取り仕切っているパトリックとメイド長のリンジーだ」
「パトリック・スコッチェンと申します。よろしくお願いいたします」
「リンジー・ウェブスターと申します。よろしくお願いいたします。夫のダグラスはこの屋敷の料理長をしていますので、食事に関してご要望がございましたら遠慮なく仰ってくださいね」
「冒険者をしているリアです。後ろにいるのが弟のアールと妹兼従魔のリリー、精霊のネーロです。これからお世話になります」
二十代後半ぐらいで焦茶色の髪と瞳をした男性が執事のパトリックさん、同じく二十代後半ぐらいで明るめの黒髪に茶色の瞳をした女性がリンジーさんだ。
お互いに自己紹介をしたところでノックが響く。
「キアラです」
「入っていいぞ」
「失礼します」
部屋に入ってきたのはメイド服を着た二十代前半ぐらい女性だった。
「キアラ、前に話していた子達だ」
「キアラ・フェレッティと申します。皆様の身の回りのお世話をさせていただきます。何かございましたらいつでもお申し付けください」
「ありがとうございます。でも、ほとんど自分達で出来るのにいいんですか?」
私がそうバルツさんに問い掛けると「慣れないこともあるだろうし、一応だからそんなに気にするな」と言われた。
思った以上に厚遇されている。
子飼いにするとはいえ、一介の冒険者相手にここまでしてくれるなんて思わなかった。
キアラさんに自己紹介をした後、バルツさんの気遣いが嬉しかったのでもう一度お礼を言っておく。
「リアは相変わらず律儀だな。あらかたする事は終わった。質問とかあるか?」
そう問いかけられたので考える。
すると、私が考えている間にアーテルが手を挙げていた。
「おっ、アール、何が聞きたいんだ?」
「領都に戻って来たから魔物の卵に魔力を入れてもいいですか?」
「おお、そういえば待たせてたな。領都ならアーメッドもいるし魔物の卵を孵化させてもいいぞ」
「やったー!」
おっ、それは楽しみ!
しっかり覚えててちゃんとバルツさんに聞くアーテルいい子過ぎない?
うちの子、可愛い〜! 最高〜!
弟大好き思考は少し置いておいて、聞きたい事があるかどうか考える。
今思いつくのは、空いている部屋や別邸がどこかを教えてもらう事ぐらいかな?
それを伝えるとキアラさんから辺境伯邸の地図を貰った。
「空いている場所にはそう書いてありますので、そちらをご参考になさってください」
「ありがとうございます」
私が貰った地図を見ていると、バルツさんも一緒に覗き込んできた。
自分の屋敷は見慣れてそうなのにどうしたんだろう?
「俺のおすすめはここだ」
バルツさんが指差したのは本館に近い別館の一つ。
地図を見ていたのはおすすめを教えようとしてたからか。
バルツさんは相変わらず優しいな。
「この別館はキッチンが凝っているから、料理の好きなリアは上手く使えるんじゃないか?」
「それは魅力的ですね。後で見学させて貰います」
「おう。おすすめと言っても無理にそこにしろって訳じゃないから、参考程度でいいぞ」
参考程度でもそういう情報を教えて貰えるのは助かるよね。
バルツさんはお仕事がまだあるみたいなので、部屋を出てキアラさんの案内で今日泊まる客室に向かう。
案内されたお部屋は広くてベッドが三つ、いくつかあるドアを開ければキッチンや浴室、トイレなどがあった。
至れり尽くせりなお部屋。
さすが貴族の客室だ。
ちなみにアウイナイト公爵家の客室もこんな感じです。
貴族の家ってお金がかかってるよね。
「何かございましたらこちらのベルを鳴らしてお呼びください」
「はい。ありがとうございます」
キアラさんが部屋を出て行くと、一緒についてきていたアスティさんに話しかけられる。
「リアちゃん、疲れた?」
「いえ、全く疲れてませんよ」
「そりゃ、俺達のオーア攻略に余裕でついてこれるリアちゃんが、このぐらいで疲れるわけないよね。愚問でしたー」
「アスティさんが心配してくれるのは嬉しいので、愚問だなんて言わないでください。もしかして、その事を気にして部屋までついてきてくれたんですか?」
私がそう聞くとアスティさんが説明してくれた。
「それもあるけど、魔物の卵を孵化させる話になってたからさ。もし、これからすぐ孵化させるつもりなら一人ぐらい大人がついていた方がいいかな? って思ってね」
「ああ、そういう事だったんですね」
「そうそう。それに魔物の卵を孵化させるなら庭に出た方がいいって事も伝えようと思って」
アスティさんの気遣いにお礼を言う。
この話を聞いているであろうアーテルの方を向けば、キラキラした瞳でこちらを見ていた。
もう、孵化させる気満々ですね。
「じゃあ、魔物の卵を孵化させに行こっか?」
「うん!」
「あい!」
「ふふ、二人ともご機嫌ね」
私が問い掛けるとすぐさま元気に返事をするアーテルとリリーを見て、ネーロが少し呆れつつも微笑ましそうに呟く。
まぁ、ずっと楽しみにしてたから。
我慢させちゃってたし、テンションは上がるよね。
私達はアスティさんの案内で訓練などに使われる裏庭の空き地に向かった。




