夏季休暇の練習と交流
お母様の妊娠を知らされてから、二ヶ月ほど経ち季節は夏真っ盛りな八月、ヴーロートを迎えていた。
現在、学院は夏季休暇で出された課題を既に終わらせていた私は家で魔法の自主練習中だ。
ミルフォイル様と仲良くなった時に読んでいた時空間魔法の本に載っていた、転移が出来る魔法を試そうと考えて裏庭の練習場に来たもののちょっと緊張する。失敗したらどうなるんだろう?
「いや、失敗を恐れていたら何も出来ないよね。女は度胸! まずは視界に入っている範囲に移動出来るワープから試そう」
呼吸を整えてイメージを膨らませる。十メートル先にある椅子を見据えたら後は詠唱するだけ。
『ワープ』
咄嗟に目を瞑ってしまったけれど成功してる? ゆっくりと目を開けて周りを見ると、ちゃんとさっきまで見ていた椅子の上に立っていた。
やった! 成功だ。思ったよりも上手く出来たな。
じゃあ次は、もっと難易度の高い遠くへの転移をやってみよう。学院は夏季休暇だけれど特級院生などは通っていたりするので、立ち入り禁止にはなっていない。だから、学院の図書館に転移しちゃおうかな? そう考えて、またイメージを膨らませる。
『ワールドワープ』
一瞬の間に景色が変わって、私は学院の図書館に居た。
よし、今度も成功。これなら何かあった時もすぐ使えそうだね。
あっ、そうだ。無詠唱でも出来るのかとか詠唱を変えても出来るのかを試してみよ。
まずは無詠唱で家の裏庭に戻る。
(ワールドワープ)
また一瞬で景色が変わり、さっきまでいた裏庭に戻れた。
よし次は、詠唱内容を変えてみよ。昔やった水の玉みたいなやつね。
(転移)
この詠唱でも上手くいくみたいで、あっという間に図書館に転移出来た。
「あれ、マグノリア?」
「っ、びっ、びっくりした。えっ、ミルフォイル様?」
「さっきまで誰もいなかったと思っていたのだけれど、いつからここに来ていたの?」
あちゃー。朝早いこの時間帯なら誰もいないと油断してた。
ミルフォイル様勉強熱心だもんね。まぁ、でも見つかったのがミルフォイル様で良かった。
「いや、その、先程来ました。ミルフォイル様もお早いですね」
「そうだったのか。それにしてはとても目が泳いでるけれど、マグノリアは嘘をつくのが下手だね。
これは僕の予想なんだけど、もしかして時空間魔法を使ったんじゃないかい?」
あっ、これはバレてますね。精神年齢は結構歳上な筈なのになー。いや、ミルフォイル様が賢いんだ。私がおっちょこちょいで分かりやす過ぎるなんて事は無いはず。
わざわざ時空間魔法の本が置いてあったあたり、図書館の中でも奥の人があまり来ないところに転移したのにな。
「正解です。前にミルフォイル様と一緒に読んだ本に載っていたので試していたんです。まさか、この時間のこの場所に誰かいるとは思ってもいなくて」
「ふふ、僕もまたあの時空間魔法の本を読もうと思って今日は登校していたんだ。僕だってまさかこんな形で、マグノリアに会えるとは思ってなかったけどね」
ごもっとも。
私もついでにあの本を読もうと思って図書館に転移したから、会うのはある種必然だったのかな。
私の目的も同じだと知ったミルフォイル様は、あの時と同じように一緒に勉強をしようと誘ってくれた。断る理由も無いし、むしろ嬉しいので一も二もなく頷く。
一緒に時空間魔法の本を読んでいると、本の中にまだあの時は見ていなかった魔法があった。
「どうしたんだい?」
「いえ、この魔法ならここでも試せるかなと思って」
「どれかな? ああ、ピックアップとビジョンワープか。うん、ここでも使えるね」
「ですよね。試してみませんか?」
「ふふ、僕もそう提案しようと思っていたんだ」
ミルフォイル様はこういう時とてもノリがいい。だから一緒にいるのも、話すのもすごく楽しいんだろうなと思う。
さて、魔法を試す前に魔法の説明をよく読もう。イメージを膨らませるのに大切だからね。
ピックアップとは、自分の近くに目的の物を転移させる魔法。普通は視界の範囲内の物のみだけど、その物がある場所を明確に思い浮かべる事が出来る場合は視界の範囲外でも使う事が出来る。
また、同じ時空間魔法のビジョンワープ、いわゆる千里眼や視覚転移って呼ばれる魔法との併用で同じく視界の範囲外の物を取る事も出来る。
「ミルフォイル様、どちらから試しますか?」
「じゃあ、僕からで。教室に置いている鞄をここに持ってくるね」
最初から高度な方をするんだ。視界の範囲内にある物からやるのかと思っていたのに。
「じゃあいくよ『ピックアップ』」
「おー! 成功ですね! 流石ミルフォイル様、一回で出来るってすごい」
ミルフォイル様の足元にはきちんと鞄が転移して来ていた。
素直な感想を言ったのになぜかミルフォイル様は不満そうな顔をしている。あれ、どうしたんだろう?
「マグノリアはそう言うけれど、君がさっき家からこの図書館に時空間魔法を使って移動するのは何回で成功したんだい?」
「えっ、いや、その、……一回です」
「ピックアップより難易度の高いワールドワープを成功させてるマグノリアに、過剰に褒められても嬉しくないよ」
うーん、普通に本心だったのにな。ミルフォイル様は頬を膨らましながら少し拗ねていた。
いや、可愛いな。こんな事考えるのもどうかと思うけど、金髪碧眼のイケショタがこういう表情してるのはとても可愛い。
「過剰なつもりは一切無かったんですよ。ここにマジックドロワーの中から出したジャムクッキーがあるので機嫌を直して頂けませんか?」
「ねぇ? 子供扱いしてないかい? 僕と君は同い歳なはずなんだけど。でもまぁ、ずっと拗ねるのも大人気ないね。ふふ、仕方ないな。このクッキーに免じて許してあげる」
「ありがとうございます。じゃあ次は私ですね」
許して貰えたところで私もピックアップを使う事にした。
さて、何を持ってこよう。おっ、あの本棚の一番上にあるのは最近気になってた結界魔法の本か。よし、これにしよう。
『ピックアップ』
「やっぱり、マグノリアも一回で成功させてるじゃないか」
「いや、私は視界の範囲内ですし、その話はもうやめにしませんか?」
「ふふ、分かったよ。それで君は何の本を転移させたんだい?」
まだ、ちょっと拗ねてたのね。ふふ、可愛いからいいけど。興味があるのか私の手元を覗き込むミルフォイル様。
「結界魔法入門? あれマグノリアは結界魔法にも興味があったの?」
「ええ、この魔法があれば敵の侵入や攻撃を防げると聞いたので、使えたら良いなぁと思って」
「それならアルに聞くといい。彼は結界魔法を持ってるし、自主練習をしてしっかり使えるようになっているから」
「アル? ああ、アルディート・モルガナイト様ですか?」
あれ、もう仲良いんだ。そういえば、ミルフォイル様の選択授業で私が一緒じゃない時はアルディート君と組んでるって誰かが話してたな。
「そう、アルディート。あっ、今度王宮に僕の親しい友達を呼びなさいって母上に言われているのだけれど、来ないかい?」
「よろしいのですか?」
「うん。むしろ誰も呼べない方が困るし、宰相の娘である君なら余計な詮索をする連中も少ないと思うんだ。後で手紙を出して日程を知らせるから、それを君のお父上に見せればいい」
「では、お邪魔させていただきます」
ちゃんとお父様への伝え方まで考えてくれている。この辺の気遣いが流石ミルフォイル様だなってすごく思う。
「アルディートもその時に呼ぶつもりだから、そこで魔法の勉強会をしよう。結界魔法の事も聞けるよ」
「それはとても楽しみです。ところでそのご様子だと王妃様にもお会いする事になりますか?」
聞かないでおこうかなって思ったけど、やっぱり聞いとくべきだよね。心の準備は大切だよ。
「あー、うん。おそらく会うことになると思う。でもそんなに身構えなくて大丈夫だよ」
「はい。でも心の準備は必要なのでそのつもりでお訪ねします」
よし、頑張ろう。
いつの間にか結構な時間が経っていたので、このあたりでお勉強会はお開きとなり、私は時空間魔法を使って家に帰った。
ミルフォイル様の行動は早く、翌日には手紙が届きヴーロートの第二週、水の日に王宮に行くことになった。