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優しさに包まれて

「バルツさん」

「どうしたんだ?」

「ちょっと眠れなくて。今日は色々とあったので興奮しているのかもしれません」


 そう答えるとバルツさんは私の隣に来て、着ていたコートを肩に掛けてくれた。

 さらっとこういう行動ができるのすごいなぁ。


「結構冷えるからな。羽織っておけ」

「あ、ありがとうございます」


 掛けてくれたコートからふわりとバルツさんの香水の香りがした。

 私もバルツさんも静かに夜空を眺めている。

 なにか話をした方がいいのかと悩んだけど、言葉が出てこない。


「リア」

「はい」

「なにが辛い? 無理に言わなくてもいいが言って楽になる事もあるぞ」


 優しい声でかけられた言葉に自然と視界が滲む。

 ……泣くつもりなんてなかったのにな。


「今日、初めて人の命を奪いました。覚悟はしていた筈なのに、覚悟したつもりになっていただけだった。あの時の判断を後悔している訳じゃないんです。でも、あの瞬間が頭から離れなくて……」

「そうか。まず一つ、あの時のリアの判断は間違っていない。あのまま敵の魔法が発動されていたらどうなっていたことか。あそこに居た俺達の、そしてオーアスの人々の命を守った事は誇っていいんだ」

「……っ、はい」


 堪えるつもりだった涙が頬を伝った。

 間違っていないと断言してもらって心が軽くなる。

 バルツさんは私の頭を撫でながら言葉を続けた。


「エドゥアルドが言っていたが、あの闇ギルドの奴らはアンバー帝国の諜報員でもある。だからこそ死なば諸共と考えたんだろう。死んでも構わないと思いながら魔法を使う奴を、殺さずに捕縛する事は俺を含む高ランク冒険者でも難しい。だから、誰一人としてリアの判断を間違っているなんて言える奴はいないんだ」


 バルツさんの言葉にぽろぽろと涙を零しながら頷く。

 ちゃんと根拠まで示して伝えてくれる事が嬉しいし安心出来た。


「だが、リアのその感覚も間違ってないぞ。本来、人を殺す事、誰かの命を奪う事に慣れるべきじゃない。だからこそ、その辛さや重さを覚えていれば、人の道を踏み外すことはないからな」

「……はい。きちんと、覚えておきます」

「冒険者を続けていれば盗賊や山賊の捕縛討伐の依頼もあるし、貴族や商人の護衛依頼もある。守るべきものがある時に躊躇う事のないよう、全ての辛さ重さを抱え込む必要はない。心の奥に少しだけ留めておけばそれで十分だ」


 バルツさんはそう言って私を優しく抱きしめた。

 少し屈んでくれているので私の頭がバルツさんの胸のあたりに当たる。


「その全てに押し潰されそうになったら誰かに話せばいい。リアの周りには受け止めてくれるやつばかりいるんだからな。今は俺が聞くし他には誰も見ていないから好きなだけ泣いていいぞ」


 少し治まったと思った涙が溢れ出す。

 バルツさんの胸で声をあげて泣いた。

 ずっと泣いちゃダメだと思ってた。

 何があっても私は頑張らないといけないんだって。

 けど、バルツさんのおかげで泣く事が出来て少しづつ心が軽くなった。

 バルツさんは私の背中を優しくトントンと叩いてくれている。

 ちょっと恥ずかしいけどすごく安心出来た。


「っ、ふぅ、ありがとうございます」

「もういいのか?」

「はい。思いっきり泣いて落ち着きました」

「そうか。リアはよく頑張ってる。何かあったら、いや何も無くても話に来ていいからな」

「ふふ。やっぱりバルツさんはすごく優しいですね。分かりました。その時はよろしくお願いします」


 私が軽くお辞儀しながらそう返すと頭をぽんぽんされた。

 その行動をナチュラルに出来るのかっこ良過ぎでは?

 その後はバルツさんに部屋の前まで送ってもらった。

 宿の中だから安全なのに優しいなぁ。


「明日は休みなんだからゆっくり休めよ。寝坊したっていいぞ。おやすみ」

「はい。ありがとうございました。おやすみない」


 バルツさんは少し笑いながらそう言うと、私の頭をぽんぽんしてから自分の部屋に戻って行った。

 かっこいいスキンシップが増えて心臓が持たないな。

 私は静かに部屋に入り自分のベッドに寝転んだ。

 バルツさんの前で泣いちゃったけどそのおかげで心の中の曇りは晴れた。

 思いっきり泣き過ぎて恥ずかしいけど、あの様子じゃそんな事みじんも気にしてなさそうだし私も気にしないようにしよう。

 とっても恥ずかしいけどね!

 そんな事を考えている内にいつの間にか眠っていた。




 ぐっすり眠れたおかげで気持ち良く目が覚める。

 部屋を見回すと誰もいないから、アーテルとリリーはもう起きているみたい。


「ふふ、バルツさんに言われた通り少し寝坊しちゃったなぁ」


 メンタルも復活したし今日も頑張ろう。

 部屋を出て食堂に行くと、バルツさん達が何かを話し合っていた。

 事後処理関連かな? なんて思いつつ会釈だけして朝食を頼み食べ始める。

 まぁ、時間的には朝食というよりブランチだけどね。

 食べ終わったので、そろそろアーテル達を探そうかなと席を立ったところでクラルテさんに声をかけられた。


「リアさん、少しお時間いいですか?」

「はい、大丈夫です」


 クラルテさんの話は薬師ギルドの事だった。

 私が薬師ギルドでポーションを売った時、思いっきり買い叩かれていたので正規の金額分を支払ってくれたんだ。

 足りなかった中級治癒ポーションの小金貨十枚と上級治癒ポーションの金貨六枚を渡された。

 ついでに気になった事を聞いてみる。


「あの、薬師ギルドのギルドマスターと買取担当以外の方達はどうなりましたか?」

「調べている最中ですが、その二人以外は脅されていたようなので、お咎めなしということになるでしょう。後任のギルドマスターは王都の薬師ギルド本部から送られてくるはずです」

「そうなんですね。良かった」


 その後も色々と聞いたけど、今回の作戦で大きな怪我をした人もいないし全て上手く収まったみたいだ。

 闇ギルドの連中は一通り取り調べを受けた後、ネフライト王国の王都に護送されるらしい。

 ヴァルメリオ辺境領での事件だけどアンバー帝国が関わっている以上、国ぐるみで深く調べるんだろう。

 私達の名前は一部の人達以外には知らされないそうだから、そこまで心配する必要はないよね?

 うん、そう思いたい。

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